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2話 「推しと疑似デート」

 

 感動的な再会の場面ではあるのだが、傍から見れば俺はやべーだと後で気付いた。

 普通なら初対面のはずなのに人の名前を言い当てても不自然ではない。有名人なら尚更だ。


 だが彼女は例外だ。

 バーチャルアイドルだから基本、現実世界には中の人は存在しないという暗黙の了解がある。

 仮に中の人の情報が漏洩されたとしても、そんなものはないと目を瞑る。

 

 だから今、目の前に立っているこの子がルカナだと言い張っても本物は三次元(この世界)に存在しないのだ。


「そんなことより診療の途中だ。

 体の怪我は問題ないが頭がやられてるかもしれん」


「仮にやられたとしても、あのパワー医療のせいだコノヤロー」


 大体意識があるのに電撃なんて食らわせるのはおかしいだろう。

 電気ショック医療をやるなら心音図で確認して、鼓動を失ったらやるもんだろ。

 そんなものすら置いてないから、この医者は無免許のオカルト医療という商売でやってるだろう。


「おじさんの腕はこの村でピカイチのお医者さんだから心配ないよ」


 ルカナがそう言いながら手を握ってくれた。

 しかし女の子の手は野郎の手と違って柔らかい。安心する。


「変なヤツを拾ってきてしまったか治療法を間違えたか…

 まあ前者なら一周回って興味湧いてきたわい。ところでお前さんの名前言ってみろ」


 医療法を間違えているに一票。こんな怪しいヤツに本名なんて教えてられるか。

 それにせっかく体を新調してくれたんだ。どうせなら前の名前を捨てて新しい名前で過ごしたい。

 とは思ってみたが……良さげな名前が思いつかない。困ったな……。

 いや、この状況を利用しよう。そうすれば考える時間が増える。そうと決まれば—————————


「思い出せない。まだ頭が痛いから考えられない……」


 手を震わせ、驚きを隠すように片手で顔を覆う。

 そう、俺は記憶がない。記憶がないから何者なのかもわからないし、何をされるかもわからない。

 

 というのは半分嘘である。

 ここで記憶喪失であることを装っておけば、考える時間がくれるはずだ。

 その為に数多の映像作品を見てきた中で得た焦りと驚きを、この場で再現している。

 それに名前はじっくり考えておきたい。


 失敗したら……多分殺されるだろうな。


「さっきの威勢はどうしたのやら……」

 

 あのおっさんが目を丸くして驚いた。

 効いてる!効いてるぞ!もう一押しだ!

 

「痛みが引いたら記憶が戻るかもしれない……どうか時間をくれ……」


 我ながらいい演技が出来てると思う。

 なにせ俺は過去に声優養成所に通ったことがある。その経験を活かして仕事をサボったこともある。

 インフルエンザにかかった時の事を思い出して電話をかけたら、見事成功した。

 さすがに何回もやったらバレるから切り札として使っていた。


 さあ時間をよこせ……こんな胡散臭いおっさんと話す時間より有意義な時間が欲しいんだ。


「なんかわざとくさいんだが……どうなんだ?」


 嘘だろ……疑われてる?

 大げさすぎたか……?いや、逆か?


「まずルカナの事を知ってるのにも関わらず自分の名前がわからない?

 おかしい……実におかしいなあ?」


 一部記憶が抜けてんだよ!

 なんて言ったら疑われるか……?

 そんなことより次の手を考えろ!せっかくだ、ルカナを利用しよう!


「ルカナの顔は覚えてる……だが、それ以外は……」


 それ以外はなんだ!出せ!脳内の国語辞典を引っ張って絞り出せ!


「そっか!ルカナのことがかわいすぎるくらい自分のことも忘れちゃったんだよね?」


 いいタイミングで助け舟が来てくれた!よし、このまま押し切る!


「あぁ、あの瓶を取って思ったんだ。絶対かわいいんだろうなって……」


 うわ、言っちまった……自分から口説き文句言っちまった。

 だが、恥ずかしがってどうする。恥を捨てろ恥を!


 両者、沈黙の時間が舞い降りる。

 医者は思いつめた表情で首をかしげた。

 もう賽は投げている。どう転ぶかは運次第だ。

 

「ここまでおもしろい患者は初めてだ。少し時間をやろう」


 キタコレ!俺は運命を手に取った!

 よし、策を練ろう。まだ完全に勝ち取っていない。まずは状況を知りたい。

 

 「じゃあちょっと空気を吸いに行くわ」


 そう言いながら立ち上がって診療室から去る。こんな重い空気からさっさと出るべきだ。

 

 「待って!一人じゃ危険だからルカナもついてく!」


 ということで散策にルカナも付いてくることになった。

 ……ん?男女が二人でお出かけ……来るぞ!遊馬!じゃない!

 これってもしや……デートではないのか!?




 ***




 病院屋敷から離れ、そこら辺を適当に歩くと一面広がる緑豊かな田舎の村だ。

 

 出る前に俺の荷物も一応持ったのだが、見覚えのないものばかりだった。ルカナ曰く、これが俺が持ってたものらしい。

 リュックサックは現代的な物ではなく、中世ヨーロッパの冒険者が持つようなデザインだ。

 リュックの下にぐるぐる巻きに纏めてる布は寝袋らしきものは邪魔だから屋敷に預かってもらっている。

 

 リュックの中には小包みがいくつかある。そのうち三つが匂い袋だと思ったが、その中に馴染みある匂いもあった。多分調味料かと思われる。

 それ以外に包帯や液体の瓶詰、まるで冒険に出るようなものを揃えていた。


 それ以外にもっと気になるのは、謎の本だ。

 肩掛けの紐が付いてる小学生に人気な月刊誌のように分厚くてデカい本は700ページくらいありそうだ。丁寧に動物の革で作ったブックカバーも付いていた。


 こんな本を持ち歩くなら、俺はタブレットを持ち歩いている。

 軽くページを流し見をしたが、未知の言語がざっと書かれている。当然俺には読めない。

 大体が手書きで基本文字だけだが、たまに標本のようなページもある。150ページくらいから白紙だ。

 まさかだと思うが、これ全部使い切る気なのか?まあでも、メモには使えそうだ。


 ルカナがそれに気にかかってたから読んでもらうことにした。

 もしかしたら、俺じゃない俺に関しての情報が手に入るかもしれないからだ。

 仮に俺が敵陣営だったとしても、裏切ったと言っとけば何とかなると思う。

 

 現時点でわかったことは、ここはスマホもなければ電動自動車もないしインターネットもない。

 民家は木造建築が多く、器具とかは現代的な物もない。どれも古き時代を背景にした中世ヨーロッパ味を感じるものばかりだ。


 俺の身分は多分冒険者、もしかしたら地図製作者かもしれない。

 だとしたら、俺はこの世界のプトレマイオスになれるかもしれないな。


 さっきまでさんざんインフルエンザにかかった時の夢と言い聞かせたが、あまりにもリアリティが高い。

 その証拠に田んぼの風の匂いが脳に伝わって爽やかになる気分にしてくれる。

 もしかしてVRゴーグルで遊んでいるのか?いや、仮にそうだとしても目が湿る感覚はない。

 ってことは俺はタイムスリップしたのか?だがあの痺れは古き時代で出せるものじゃない。多分。


 じゃあ異世界転生でもしたのか……今はそう考えた方が楽しそうだ。


 それにしても横から見つめるルカナもかわいいもんだ。

 横顔も整っている。本物には叶わんが、負けずとも劣らない。

 胸は本物よりちょっと控えめだが……十分だ。成長次第で化けるだろう。


「あら、見ない顔ね。もしかして旅人さん?」


 早速村人Aのばあさんとエンカウントした。

 少しふてぶてしい女だな……俺の目じゃ子持ちと見る。

 さっきは未知の言語でまともにコミュニケーションをとれなかったが、今は大丈夫だ。


「初めまして、道に迷っていたら偶然ここに着いたみたいで……」


 流石に意識失って拾われたなんて言えないだろ……冒険者として恥ずかしいと思う。

 ここは見栄を張るべきだと判断した。

 

「そうなの?それは苦労したんじゃない?

 ようこそブラーノ村へ。ちょっと不気味なとこだけど、普通に泊まる分には困らないからね」


 笑顔で俺を歓迎してくれた。農村のブラーノ村はどうやらよそ者でも歓迎されるようだ。

 その好意に対して「ありがとうございます」と軽く返しておいた。

 それにさっきのインチキ療法のおかげなのか言葉に苦労しない気がする。

 もし、霊術とやらに関係するなら聞いておくべきだ。もしかしたら生きていくのに重要な知識になりえるかもしれない。


「あれあれ~?この前、川に流されてようやく目覚めたばっかはずなんだけどな~?」


 さっきの会話から軽く歩いて時間が経つと、さっきの出来事でルカナが俺をからかってきた。

 こいつ……メスガキ属性をこっちでも上手く利用してやがる。まあそこが好きなんだが。


「てか、川に流されてたのか?」


「そうだよ?そこも覚えてないんだ……」

 

 そりゃ電車に轢かれたのと川に流されてるのじゃ死に悶える苦しさに差が出るはずなんだが……。

 それよりルカナに聞きたいことがあったんだ。忘れないうちに聞こう。


「それより霊術ってさ、あのおっさんにしか使えないのか?」


「誰でも使えるけど……翻訳霊術は上級だから才能があったら使える感じかな?」


 俺が質問をすると、ルカナは立ち止まって本を閉じた。

 あれが上級か……さっき受けた感じじゃ、脳に干渉する霊術っぽいもんな。

 脳はコンピューターだから慎重に取り扱わないと動作に異常をもたらすから難しいのだろう。


「でもあの霊術は霊術者の才能がある人なのかもわかる霊術だから、もしかしたら君も霊術者なのかも?」


 この発言を聞いて「マジ?」と聞き返して「マジ、らしいよ」と返された

 てか、霊術者?俺も?俺はそんなオカルト能力を持った覚えがない。

 となればこの身体のオマケか……。試し使ってみたい気はある。


「そういえばこの本を読んでみたけど、君の事っぽい事が書かれてたよ」


 読みは当たっていた。その本、やっぱり俺のメモだったのか。

 如何にも手作り感満載の本だったし、未完成なのは間違いなかった。


 早速詳細を読み上げてもらうと———————————

「名前はシュン。今の年齢は12歳で——————————」

 

 まさかこの身体に名前があったようだが、身元がわかったのはデカい。

 つまり下手な嘘を吐く必要がなくなる。もし、嘘に矛盾が生じたら怪しまれるからな。

 だがこの身体に名前があるってことは、俺が使う堰堤の体じゃない誰かの体ということになる。

 こうやってまた謎が謎を呼ぶのが、異世界転生(仮)の苦労するところだな。

 

「ただ……霊術が使いこなせなくて困ってるみたい」


 ルカナは喜びながらも霊術のことを話すと苦笑いを俺に向けてきた。


 って、ことはシュンくんこっちでも落ちこぼれ!?シュン君、今だけでも戻っていいから嘘だと言ってくれ!

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