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プロローグ

 推しが出来ると、人生に拍車がかかって楽しくなる。

 だがその推しが居なくなった瞬間、心の行き所がなくなってしまう。

 そう、この真っ白に燃え尽きながらロードバイクに乗る惨めな青年23歳の俺のように。


 俺はこの一ヶ月の間、人生を支えてくれた二柱の推しを失ってしまった。

 片方は女だ、しかもただの人間じゃない。大手配信サイトじゃ投げ銭1位のスーパー…いや、アルティメットアイドルだった。

 高校卒業前まで、俺はアイドルに目を背けていたが……彼女が俺の価値観を変えてくれた恩人とも言える存在だ。グッズも他のアイドルと比べて一番財布を緩めたほうだ。

 緩めたとはいえ、そんなに費やしてたわけじゃない。1000円ちょっとしか出してないし、投げ銭よりグッズに費やした。

 ソシャゲのガチャで費やすより応援した証として、物として残したいという価値観である故に投げる勇気もなかった。


 自分の価値観の事はさておき……そんな彼女だが、ある不祥事がきっかけに無言の引退という最悪な結末を迎えてしまった。

 せめて一言くらい、引退の理由を彼女の声で聴きたかった。だが彼女は企業に雇われたバーチャルアイドルなんだ。

 契約を破ればケジメとして容赦なく切られてしまう。大人の世界というのはそういうものだ。

 この瞬間が人生で初めて心に消えない傷という烙印を押された瞬間だった。


 その傷を埋めようと、もう片方の推しの活躍が見れる映画を観に行ってきたのだが……そっちも結末は最悪だった。

 もう片方の推しは子供の頃の憧れのヒーローの男だ。助けを求める手が見えたら必ず差し伸べ、人だろうが怪物だろうが構わず助けた姿は忘れない。その推しの姿がまた見れる映画のはずだった。

 だがその推しは……死んでいた。物語が始まった推しの姿は、屍人形として操られてた。

 その上、最後まで生き返ることはなかった。

 なんで始まる前から死んでるんだよ……俺は推しの葬式に来たんじゃない!

 現代社会において架空の物語であろうと、俺の記憶では事実として刻まれた。

 

 この短い間に最悪な出来事をダブルパンチで食らってしまった。

 存在が遠すぎて、俺の手ではどうしようもならなかった。

 居なくなってしまう存在に助けの手も差し伸べる力もない俺を憐れみ、簡単に推しと物語に罵詈雑言の嵐の声を起こせる時代を憎み、俺の悲しみを理解してくれない人々を信じられなくなって…勤めていた会社に退職届と捜索願対策に家出の書置きを置いて外に出ている。


 俺はこれからどうすればいい?

 収入も救いも人間関係を手放した先に、なにがある?

 また新しい就職先探そうとしても、履歴書を書く気力もない。

 


 真っ暗闇の中、下り坂で加速する先に踏切が鳴り響いて道を阻む。

 踏切を無視するほど、俺は急いでない。音が聞こえた途端、ブレーキパッドを強く握って減速する。


 その時、妙な音が聞こえた。軽くブチンッと、金属が弾ける音だ。

 さらに風をすり抜ける勢いが増してきた。まさかブレーキワイヤーが切れたのか?

 そうとしか考えられない…いくらブレーキを強く握っても減速する気配がない。片方だけなら姿勢が崩れて倒れるはずなんだ。

 無理矢理でも倒れて踏切前に止まることを考えた瞬間、既に踏切棒に当たって自転車ごと宙に浮いた。


 横を向けば既に先頭車両が路線の道を照らす光を俺に向けている。

 暗闇から照らされる光の前で今までの記憶が脳裏に投影される。

 これが走馬灯ってヤツか……死ぬときってゆっくり思い出を振り返るようだ。


 画面越しの二人の推しの思い出があれば目の前に小学生の頃からの付き合いの友との記憶がよぎり、それぞれの推しの仲間が脳裏に浮かびあがる。

 同時に、その記憶に対して色んな思いが募ってきた。


 外国の飯と比べて、この国の飯が一番美味いって聞いたことがある。

その上、安いからその気になれば何回だって行ける値段だよな。

今は物価も高くなって、期間限定のバーガーもセットで700円超えとか……昔じゃ考えられないな。


それに夜更けに歩いても誰にも襲われることもなかった。

俺自身、どこか抜けているのは自覚がある。大切な書類も忘れるし、リュックのジッパーも閉め忘れる。

よく盗まれなかったよなあ……我ながら運が良すぎるよな。女運を除けば。


 俺の記憶の中じゃ、マドンナとも呼べる存在の女がいなかった。いや、いなくても趣味の合う女はいた。モデル顔とは言えないが普通にカワイイ顔だった。けど、連絡先を交換する勇気がなかった。

それに仮に恋人になれたとしても、こんな安月給で送る日々なんかで幸せに出来るはずがない。むしろ不幸を招いて、俺の性格の悪さが出て分かれる結末なんだろうな。


 悲観的になった今更だが、死に際に気づいちまったよ……


 「推しが…まだ居るじゃねぇか……」


 この言葉は誰にも届かないであろう遺言と共に、体は現代の鉄槌によって弾け飛んだ。


 もう推しとは会えない。

 けどもしチャンスがあるなら……推しと共に生きていきたい。

 でもそれ以上の贅沢―――いや、この人生が贅沢すぎたんだ。

 童貞を捨てられなかった代わりに、俺は色んな夢を見る余裕もたっぷりあって……一か月前まで友と遠慮なく遊べた。


 これ以上の高望みをしても…いずれブレーキが効かなくなって、物語の出てくるような横暴で独り善がりな魔王になりそうだ。


 次はこれ以上に楽しい人生はないな……。

ここでは初めまして、アポドラです。

このエピソードは昨年起きた自分の心境をベースに書いてます。あの時の自分は暗黒期に堕ちて絶望から這い上がれる気も全くなかったのですが、なんとかなりました。

推しが居なくなったり作中で死んでも皆さんはこの青年にようにならないで励ましの言葉を貰ったり自信をつけて生きてください。

死んだら推せるものも推せなくなるので。

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