冷え込む頃
急に冷え込むのは
わかっていたから、
着るものを探した。
とりあえず。
とりあえずの暮らしが
変わることはなく、
変わらなくてもいいと
何年か前から思う。
なぜなら振り返っても、
思い出せなくなった。
勝手に頭に滲むのは、
やはり、夏の光。
冷え込む今頃というと、
何があっただろう。
着るものを探しながら
考えてみた。
子供の頃なら、
シロという犬が
庭をウロウロしていた。
携帯電話のあの犬。
白いからシロだったか。
たぶんそうなんだろう。
犬は喜び庭駆け回り、
冬の童謡の通りだった。
大人たちが集まって、
餅をついていた。
父や叔父、母や祖母、
近くの、若い人たち。
冬のことのひとつの、
あの石のうすや
大きな杵はしばらく
家にあった。
楽しかったか。
勝手に頭に滲まないと
いうことは、
そうでもなかったか。
人々とどんな風に
過ごしたのか。
前田さんという若い人に
遊んでもらったような。
時間に溢れた種。
前田さんの種が、ぬっと
芽を出してくるように、
わりと具体的に甦る。
それから、それから。
他にはどうだろう。
夏の光を降らせた
あの山間を思えば。
囲炉裏に足を突っ込んで、
靴下が焦げて、
大泣きしたことが、
一番、鮮やかになった。
まだまだあるとわかる。
冷たい冬というのは、
たくさんの出来事を、
冬眠させているようだ。
冬眠させていたり、
種にして春を待ったり、
夏の光にはない、
強さがあるらしい。
着るものはあった。
そりゃあ、あるだろう。
誰も触っていない。
他に誰もいないのだから。
いったい何をして、
何を感じてきたんだろう。
夏の光、冬の種、
誰も何にも知らない。
自分でもわからなく
なってゆくのかしら。
話してもあなたには
つまらない気がして。
とりあえずの暮らしを
してきたら、
こういう人になって、
だから、良かったのか。
冷え込んだ町に
とりあえず出てみると、
今日も色んな人たちが
流れていた。
みぞれ混じりの雨が
降り始めて、
傘を差す人、走り出す人、
自分はそれを眺める人。
濡れるので店の軒先に
立ったままになった。
町と人間の様子を飲む。
久しぶり、美味しいよ。