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9話 死角

 日が傾いて、街が赤く染め上げられる。

 この世界にも太陽があり、月がある。東から上り、西に落ちるのも常識だ。そこまで同じなら、夕日の美しさも変わらず健在で、むしろこの中世ヨーロッパ風の建設がさらに綺麗さを際立たせている。

 人も少なくなってきた頃、俺とメグはようやく宿を出た。

 少なくなったといえど、言うても今は六時ほどの時間。暗くはなるが今日は月が顔を出しそうだし、それより目当てのものがなくなってしまっていることの方が気になるところだ。

 さっきチェスをしているときに気づいたのだが、食材関係を買い忘れていた。俺としたことが、抜けすぎだ。

 欲しいと思っていた米もそうだが、お茶やコーヒー、紅茶、それに食器の類も買っておきたい。破損も汚れも心配ないので数こそ要らないが、日用品は重要だ。

 雑貨屋はすぐに見つかって、必要最低限のものを買えた。

 外に出て、買ったものを即仕舞う。次は食料だ。

 なんだが・・・・・・・。

「・・・・・・・メグ、米の店とか、見たか?」

「こめ・・・・・分かんない」

 だよな。そもそもそも米がどんな状態で売ってるのかも分からないだろうな。

 少なくともこれまで歩いたとこでそれらしいのは見なかった。

 となると、他に買いたいもの含めて、まだ歩いてないところをしらみ潰しか。その間に閉まってしまう可能性もあるし、明日は探している時間ないかもしれない。

 ギルドに行ってフローラに聞くか。

 だが、その必要はなく、俺が困っているのを察知したかのように、俺のそばに来た影が一つ。

「レイカさん」

「・・・・・・・」

 げっ、と声が出そうなのをどうにか堪えて、声の方に体を向ける。

 その声の主はエレシアだ。正直会いたくなかった。

「先程はどうも、言った通り声をかけさせていただきました」

「・・・・・・・どうも。にしても早すぎでしょ」

 思わず言葉が崩れてしまう。別にエレシアに対して丁寧に喋っていた意識はなかったが。

 少し違和感があると思ったら、先程と服装が変わっている。貴族感のあった服装から、かっこいい感じの騎士の衣装になっている。

 そして腰にはもちろん、重みのある片手剣。

「これは仕事服です。ああも言われたあとで、休日を楽しめそうになかったので」

 別に長く見ていたわけでもないのに、ご丁寧に説明してくれた。

「そですか。仕事熱心で偉いですね。騎士姿もかっこいいです」

 心にもないことを、さほど心を込めずに言った。

 だが、エレシアが気に止めることはなかった。

「あ、ありがとうございます。身に余る衣装ではありますが」

 だったら俺にその宝剣を譲って欲しい。ここでフラーレン家を相手にするほど俺も馬鹿じゃないが。

「それより、一つ聞きたいことが・・・・・・・」

「・・・・・・・はい?なんです?」

 ・・・・・・・・・なんだ。この、殺気。

 俺には向けられていない曖昧な殺気。その複数あるかのようなあやふやでぶれた殺気から、すぐに一つの可能性に辿り着く。

 驚きはしない。なぜなら、俺は知っている。

 ・・・・・・・平和が崩れるのは、いつだって唐突だってことを。

「・・・・・・・メグ、耳塞いどけ」

「え?うん」

 疑問はあるだろうが、すぐに指示に従って両手を耳にあてた。重要な事じゃないが、子供は一応だ。

 ブォオオオオ―――――

「な、なに!?」

「うるさ」

 俺とエレシアの対照的な反応は、その警報音にかき消された。

 そりゃ異世界と言えど警報くらい当然ある。装置ではなく空気振動を増幅する術式のようだが。

『緊急警報、緊急警報、南の関所より襲撃あり。全住民は北の住居区まで速やかに避難してください!!』

「襲撃!?」

「・・・・・・・」

 闇夜の強襲って感じか。魔力反応を感じたタイミングで索敵範囲を南側に広げる。

 兵士よりも明らかに数が多い軍勢が、一斉に関所に攻め入っている。その中には複数の魔力反応。

 魔力は村に残っていたものと同一。つまりは盗賊団の連中だが、思った以上に戦力が大きい。魔力反応が多すぎるし、本当に人間の集団なのか。

 ・・・・・・・いや、この違和感。これは、

「あなたは冒険者ですか?」

「あ、いや、資格はないです」

「では、速やかに避難を。私は行きます」

「ご武運、を」

 言い切る前に飛んで行ってしまった。屋根の上へ移って、屋根伝いに南の関所に向かっていった。

 悪くないスピード。だが、おそらく間に合わない。中に入られてしまう。

「・・・・・・・・・はぁ。くそっ」

 俺は自分の運の悪さを、そしてこの街に寄ってしまった判断を、深く呪った。

 ここに来なければ、あるいはもう一日ここに来るのが早ければ、仮設のままで完結していた。なのに、今ここで、俺の仮説が確信に変わってしまった。それを、自覚してしまった。

 俺がここで動く理由。動くための条件。動くべき事情が、俺の意思を屈服させた。

「・・・・・・・メグ、お前は、そこらの人についてって避難しろ。後で合流するか、ら」

 予想はしてたが、案の定俺のズボンを掴んでくる。その手は、軽く震えている。

「わ、わたし、は・・・・・・・ひ、一人は・・・・・・・」

「・・・・・・・はぁ」

 分かりやすくため息をついて、メグの頭に手を乗せた。ポンポン、と。

 かがんで、メグを前に抱える。お姫様、というには無理がある。猫を抱えるような感じで、持ち上げた。

 今ついてこようが、割とどうでもいい。メグの軽さなら移動に影響はない。

「顎引いて、口閉じてろ」

「・・・・・・・うん!」

 よりいっそう嬉しそうな声で、短く答えた。

 正直その反応には少し困る。後で結局泣くことになるのだから。

 ・・・・・・・メグに構う余裕は、今の俺にはあまりない。

 俺もエレシア同様、その場に跳躍して屋根の上へ。南側を一瞥してから、北側へと舵を切った。




 屋根をひょひょいと素早く移動する。

 街の様子はまさに戦時って感じだ。人がごった返して、押し押されこそないものの、窮屈そうに渋滞している。なんだか俺らがずるしているみたいだ。

「・・・・・・・レイカ」

「口開けるな。分かってるよ、言いたいことは」

 不用意に口を開けたのを諫めてから、メグの聞きたいこともしっかり伝える。

 疑問はもっともだが、俺の考えが間違っていないことはすぐに分かると思う。

 しばらく進んでいくと、たちまち北の関所が見えてくる。その前には人が群がる大きな広場。

 どうやら、少数の兵士達でどうにか指示を出しているようだ。詰めすぎると危ないので、人と人との間にそれなりの空間がある。

 ・・・・・・・好都合だ。スペースがないと面倒だった。

 そしてすぐに目当ての人影を見つける。間に合った、というより、タイミングぴったりだったようだ。「クハハハッ!残念だったなぁ人間ども!!俺がここで全員こ、」

 バギッッ!!!!!

 勢いそのまま。止まらず奴の上空まで体を運び、全体重と落下の勢いを加えた蹴りを頬に食らわせた。

「ー----ッ」

 その男からは声にならない叫び。街の舗装が割れるほどの威力だ、無理もない。歯は折れ、ついでに骨も折れているだろう。

 だが、やはり精鋭などではない。魔力を持つ人間は優秀という話だったが、こいつらはどう考えても違う。

 気配を消していたとはいえ、メグは普通に抱えていたし、脇に抱えなおす動作すらあった。出来る相手なら普通に気づける。

 恐らく兵士の戦力分散と人間殺戮を目的とした潜入戦闘員だろうが、単独で任務をこなす役職付きの戦闘員がこの程度の人間なら、他の連中も相手にならないだろう。

 無論この男は起き上がらず。死んでいないことだけ確認して、急いで近寄ってきた兵士に指示を飛ばす。

「こいつは今襲撃を仕掛けている盗賊団の一人だ。こいつの拘束を頼む。手のひらから起爆性の魔力を飛ばすから気をつけて拘束しろ。他の仲間はいないから、報告も増援も必要ない」

「・・・・・・・・・」

 俺の早口の指示にぽかんとした兵士。目まぐるしく変化する状況にに混乱している様子だ。混乱が覚めれば、俺の指示を噛み砕いて動き出すだろうから、今は構っていられない。

「あ、あの、あなたは?」

「・・・・・・・エレシア様にこっちを任された、ただの冒険者だよ」

 エレシアの名前を出せば、とりあえず従うだろう。

 後の問題は。抱えたメグを地面に立たせる。

「メグ、ここで待ってろ」

「え・・・・・・・」

「連れてはいけない」

 結局ここで一度、別れることになる。メグを戦地に連れて行くわけにはいかない。

 街が壊れ、多くの死体が転がった血生臭い光景は、メグにとって辛い過去を思い出させるだろう。そもそも子供に見せるものではないし、それに。

 ・・・・・・・今の俺じゃ、護り切れるとは言い難い。

 俺の言葉を聞いて、メグはすぐに不安の色を見せる。俯いて、抵抗するかのように俺のズボンを引っ張る。

「・・・・・・・私も、ついて、」

「駄目だ。危ないし、痛い目に合うかもしれない」

「・・・・・・・でも、」

 ・・・・・・・声は変えなかった。いつも通り、優しさの欠片もない淡々とした声で。

 ・・・・・・・無慈悲に、突き放す。

「・・・・・・・邪魔だ」

「ッ!」

「足手まといだ。迷惑だ。俺に面倒をかけるな」

「・・・・・・・」

 メグは何も言えずに、顔を伏せてしまう。俺に突き放されれば、メグの立場的に何も言えなくなる。

 そう、当然のことだ。何か言えるわけがない。全て事実で、仕方がなく、子供がそうであることは当たり前のことだ。

 普段凍り付いている瞳から、涙が流れているのが薄っすら見えた。手にもいっそう力が入っていて、感情が直接伝わってくる。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 何も、言わなかった。俺も、メグも。

 ただただ、今あまり余裕のない時間が、いつも通りの速さで過ぎて行くだけ。焦りはある。急いでもいるし、間に合わなくなるかもしれない。

 だが、なんとなく。振り切っては進めなかった。

 時間にして、十秒ほどだろうか。メグの体感でどれほど長かったのかは分からないが、力の入った手を震わせながら、俺のズボンを解放してくれた。

 メグの手が前で両手で握られたのを確認して、足を動かした。メグの横を通り、背中の裏に立った。

「すぐ、戻る」

 それだけ言って、足に力を込める。何とも無責任なことを言ってしまったが、もとより死ぬ気はないので、遅くなっても迎えには行く。

 ここに来た時よりも強い力で、振り返らずに、大きく跳躍した。

「!!」

 その瞬間、下半身に違和感が。跳躍の軌道が想定と比べて少しずれているし、下半身にまとわりつく違和感が明確に・・・・・・・。というか、まとわりつかれている。

 屋根の上で着地し、一度止まる。すると、その『違和感』は自分から数歩離れていく。

「ご、ごめ、ごめん、なさいっ。・・・・・・・わ、わたしっ」

 自分の行動に俺以上に動揺するメグ。そして、足をふらふら引いて、下がって。そして。

 必死に謝っているメグの身体が大きく傾いた。

「ひっ!」

 一歩足を出して、片足を曲げ、しっかりと踏ん張ってメグの背中に腕を回して支える。空中に放り出されたメグの身体を引き寄せて、しっかり安定させる。

 立膝状態の俺の目の前にはメグの表情があった。泣き目で慌てているようなせわしない表情は、見たことのない表情で・・・・・・・。

 ・・・・・・・人の子というのは、こうもすぐ変われるのか。

 変化に乏しい魔族の王の俺からしたら。

 ・・・・・・・少し、羨ましいかもだ。

「・・・・・・・え、あ、ありがっ」

 ・・・・・・・気が変わった。

 そのままメグを抱きしめる。すぐ横にメグの顔がある。その後すぐ、メグの頭に手を置いて、俺の肩に顔を沈ませる。

 その状態で、南門方向に素早く跳躍する。

 低く、速く。もう猶予はないと悟り、最速で向かう。メグに気をまわす余裕はないので、頭を掴んで顎を引かせる。

 もう中に入られているし、内側で交戦が起きている。

 ・・・・・・・俺の相手じゃない。人間相手なら。

 恐らく、兵士団でもどうにかなる。魔力持ちだからと言って、強くはない。さっきの奴以下の者しかいないだろう。

 根拠の有無は当然。

 最初は焼かれた村で感じた僅かな違和感。村に漂う魔力が一種類のみだったのが不自然だ。あの破壊を一人でやったとは考えにくい。

 そして今回。複数人が同じ魔力を保有している。これが明らかにおかしい。

 なぜなら、同じ魔力を持つ人間など、この世に二人と存在しないから。

 その前提が指し示し、俺が村で立てた完結しないはずだった仮説。それは。

 ・・・・・・・誰かが複数人に魔力を貸し与えている。

 そしてそれは、俺の知る限り上級魔族、つまり魔王幹部にしか成し得ない。

 その共通の魔力を強く感じる個体がない。つまりは魔力を与えている張本人は今ここにはいない。

 が、もう一つ、別種の強大な魔力が壁内にある。俺はこれが誰のものか知っている。これだけ個性、属性が強くなれば、間違えることはない。

 魔王幹部、第四席―――――




 ※




 警報。

 生まれてから一度も聞いたことのなかったその音を聞いたとき、心臓が止まり、血の気が引いた。本当に魔王が来たのかと、恐怖が走った。

 旅人のレイカさんとあんな話をしたあとだからだ。魔王本来の恐怖ではなく、自分の大失態への恐怖だった。

 だが、それはすぐに無駄な心配だったとわかる。攻められたのは関所で、外側から。相手は例の盗賊団だろう。そう聞いて安心する。

 ・・・・・・・と、不意にそう思ってしまった自分を殺したくなる。

 楽観出来るところなど一つもない。今も部下たちが命をこぼしながら戦っている。それなのに・・・・・・・。

「あなたは冒険者ですか?」

「あ、いや、資格はないです」

「では、速やかに避難を。私は行きます」

 レイカさんの言葉を背後に聞いて、屋根に飛び乗り南を目指す。

 レイカさんが冒険者じゃないのは意外だった。旅人の収入源はほぼ全ての街で仕事が出来る冒険者による収入が常なのに。

 そもそも、あの雰囲気からは強者の予感がしてならない。武器も買っていたし。

 まあ、そうでないというのなら、戦いに加わるメリットはあっても義務はない。

 数十秒後。南の関所に到着する。

 思ったより時間がかかってしまった。元々の位置が南側との距離があったせいだ。運の悪い。

 ・・・・・・・いや、魔王が復活し、北に兵力を集中させていたが故に、こちら側から、か?

 だとしたら、敵は相当な相手かもしれない。

「ジョン!状況は」

「エレシア様!はい、現在押され気味です!敵の中距離魔法攻撃の援護を受けた前線部隊に手こずっています!」

 緊急時にも迅速な状況伝達に感心しながらも、さらに続ける。

「損害は?」

「死傷者多数!当初の兵力の三割がやられ、戦線後退を余儀なく!負傷者の回収、手当てにもかなり兵力を割いている状況です!」

「・・・・・・・そうか」

 負傷者の回収、か。まさか、我々の戦力を削ぐために、わざと死なない程度の攻撃を仕掛けているのか。

 劣勢の状況。そろそろボーナス目当ての冒険者が来るだろうが、それでも押し返せるとは考えにくい。

「・・・・・・・負傷兵は無理に回収しなくていい」

「え?」

「今動けるもので、少し戦線後退!前線に立って戦線を維持する前衛の役と、前線兵がやられた時にスイッチして戦線を維持する後衛の役に分かれて戦線を維持して!」

 優先すべきはそこだ。戦線を突破されないこと。

 ここの兵士が最後の砦だ。ここを突破されてしまうと、敵の戦士がバラけて、対応しきれなくなる。

「現在の戦力を二つに分けてしまうと、戦線を押し返せません!」

「一斉に前に出れば、魔法の範囲攻撃の餌食になる。みんなには出来るだけ最小限のダメージに抑えるよう注意させて」

「で、ですが」

「戦線が推し返せなくても構わない。私がいるから」

「!!」

「私が敵を削っていく。そうすれば、戦線が膠着して時間が経つほど、敵の戦力は減っていく」

 私なら負けない。敵が何人だろうが、傷一つなく敵を切れる。

 それは体力の限界を見なければの話だが、全員私が倒さなければならない訳ではない。自陣の損害を抑えれば、途中で戦力差が逆転する。

「は、はい!双方面に報告します!」

「頼んだよ、ジョン」

 その後は、音が消えた。

 ―――――集中。

 息を長く吐いて、身体の力を抜く。

 腰の剣を握る。少し浮かせて、数センチだけ刀身を輝かせる。

 片足を下げて、地面に体重を乗っける。

 ―――――構え。

 そして。

 ―――――抜剣。


 バクラ流剣術式一式・一閃


 瞬時に敵の首が宙を舞う。

 人並外れた超速で、エレシアが敵の懐に潜り込み、抜剣と同時に首を斬った。

 突然死んだ仲間の隣にいた兵士二人は、当然動揺する。それを、エレシアが見逃す訳もなく。


 バクラ流剣術式二式・流剣


 流れるように敵の周囲を舞い、一人を首の横から斬りつけ、もう一人が首を護ったところで手薄になった腹を斬った。

 バクラ流剣術式。細やかで素早い所作に、高速の剣速が特徴の歴史ある格式高い流派。

 エレシアの実力はもはや達人の域で、やすやすと避けれる攻撃じゃない。それに加えて宝剣すらも持ち合わせていては、並大抵の相手では傷一つ付けられない。

 ただ、エレシアは気づいていなかった。

 この攻めてきた連中は盗賊なのに、一斉に、この街に攻め入ってきたことを。野蛮人の集まりにもかかわらず、戦線の展開に、兵力を削ぐ策を持っていたこと。

 つまり、統率されていること。

 統率されているのなら、無論統率、先導している者がいる。

 その、強者の存在を、見落としていた。

「次は」

 エレシアは周囲を見渡し、劣勢のところがないのを確認する。

 兵士達は次々伝達した戦略に移っていて、前に出ても良さそうだ。

 そして、前方の二人に狙いをつける。

 自分は中に入って、魔力攻撃をしている連中を早めに叩くのがベストだ。速い攻撃を持ってすれば遊撃なんて朝飯前。

 堂々と中央突破を図ろうと、ずいずい進む。

 相手方二人が迎撃体勢に入ったのを確認して、力を込める。


 バクラ流剣術式四式―――


「!?」

 グザッ―――――――!

「ッ!!」

 いきなり。目の前の敵の一人が血を吐く。そして身体の中心からは・・・・・・・剣。

 その剣は、盗賊の命を容易く刈り取り、エレシア身体まで到達していた。

「流石は剣聖の家系、この攻撃すら、回避して見せますか」

 その声の主は無論、この残酷で冷たい剣を突き出してきた張本人。丁寧で暗く冷たく、そして重い男の声が、その騒々しい戦場に響く。

 エレシアは避けた。いや、正確には、避けようとした。

 直前だった。全く予想もしていない上に、相手は完璧に殺気、気配を消していた。姿すらも、犠牲にされた男の身体で隠れていた。

 だが、直前、何かを察知し、咄嗟に心臓の位置を横にずらしていた。

 結果、心臓に突き刺さるはずの剣は、肩に深く刺さっている。即死こそは免れたものの、避けきれはしなかった。

「・・・・・・・ッ!!」

 肩に刺さった剣が躊躇なく引かれる。肩に耐え難い苦痛と、凍えるような冷たさが残る。

 目の前の男が無惨に倒れ、敵の姿が視界に入った。水色の髪に灰色の瞳を持った長身の男。その男からは、強者の威厳が滲み出ていて、傷口の冷たさからか、それともこの男の真っ直ぐな視線への恐怖のせいか、身震いがした。

 その男の人の口が、ゆっくり動く。

「まあ避けきれなければ、意味は無いですが」

 傷口は深い。身体には激痛が走り、腕から力は抜け、もう剣は振れないだろう。

「エレシア様っ!!」

「来るなっ!!もう・・・・・・・無理です」

 こいつの言う通りだ。避けなければならなかった。

 もう私は・・・・・・・こいつに殺される。

 手負いの私では、いや、そうでなくとも、私はこいつに勝てなかったかもしれない。

 そしてこいつがいる以上、この街も・・・・・・・。

 自分の顛末を、そして自分の使命の行く末を悟って、ゆっくりと目を閉じる。

「・・・・・・・あなたは、何者ですか」

「死者が知って何の意味があるのですか」

 男が、蒼く光る剣を上げる。

 どうして、そんなことを聞いたのか。もう、何もかも終わると、諦めたはずだ。なにを知ろうとも、時間を稼ごうとも、全ては無意味だ。

 そう、もう諦めたのだ。

 ・・・・・・・どこかで、何か、期待しているのかもしれない。何を?こんな状況で、何を期待している?

 それはきっと、この状況を覆せるかもしれない何か、だ。そして、ありもしない何かを、求めている理由は、きっと、今日にある。

 分かる。男の剣が、私の首を捉えている。

 おかしいくらい冷静だ。死ぬ直前だってのに。

 だから自分の感情が良く分かる。分かってしまう。

 痛い。苦しい。怖い。

 ―――――死にたくない。

「それでは、死んでください。剣聖の次女」

「ッ!!」

 一筋の涙とともに、目が閉じる。そして。

 ・・・・・・・目が開く。

 恐怖で音が断絶され。痛みで知能が邪魔をされ。

 それでも。いきなり視界に飛び込んできた人が、何を言ったのかは理解できた。

 ―――――死なせねえよ、と。

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