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8話 ゲーム

 エレシアとの長い長い話の後。

 というか、本当に長い話だった。これまでメグと交してきた言葉の二、三倍ほどはあったんじゃと思うほどだ。メグとの会話自体が少ないだけだが。

 そう思うと、この一仕事終えた後のような精神的な疲労感も納得出来る。なんか疲労感感じ過ぎでは。

 話の後はしっかり俺たちを武器屋まで案内してくれた。元々近いところには来ていたようだ。

「見かけたら、また話しかけてもいいですか」

「・・・・・・・お好きにどうぞ」

 そんな面倒くさい約束を交わして、その武器屋の前で別れた。明日にはもう居なくなるので、その機会もないだろうが。

 メグと共に、躊躇いもなく武器屋に入る。中にはゴツい店員だけ。気兼ねなく武器が買える。

「らっしゃい!あんちゃん、見ない顔だな」

 あんちゃんとは。イメージ通りすぎて顔が緩む。いや、実際は緩んでいないが。

「どうも」

 俺も恐らくイメージ通り、当たり障りない返事。

「どんな武器探してんだい?」

「お構いなく」

 それだけ言って、片手剣の並べられた方へ足を向ける。一周物色して、テキトーに数本手に取って抱えた。

 その後は短剣。それもざっと見て持てるだけ持つ。

「ちょ、あんちゃんどれだけ試すつもりだい」

 軽く呆れた様子で、この店の主が俺に少し駆け寄る。

 だがその予想外をつくように、総重量かなりある剣たちを持ち店主の横を素通りし、レジのテーブルに乱雑に置く。

「これ、全部」

「・・・・・・・・・はあ!?」




 またしてもギリギリ抱えられる量の武器を必死に抱えて、店を出た。その瞬間に手ぶらに戻る。

 秒読みレベルで大金はたいて、今日の用事は早々に終わった。

 試し振りとか、特に必要はない。そもそも握らないし、切れさえすれば問題はない。

 よって、時間はあっても長居はせずに店を離れた。

 その後も時間の無駄なく昼食を取り、足早に通りも離れて宿に戻ることになった。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 宿に戻ったらこれだ。まあそれも当たり前のこと、することもなければ、メグと話すこともない。静寂が訪れるのも当然。

 ・・・・・・・することがない。俺も。買った武器もそれはご丁寧の研がれていて、わざわざし直す必要もなく。

 ゆえに暇だった。まだ日中、一時ほどだろう。暇なのは何とも久しぶりな事で、魔術を使えないのがもどかしい。それさえ出来れば暇なんてなくなるんだが。

 そこで、ふと思い出す。メグと約束を交わしたときのことを。

 ・・・・・・・ならば。

「・・・・・・・なあメグ」

 さっきから俺と同様暇を持て余し、ちらちら視線を送っているメグに、真っすぐに視線を向ける。

「!!な、なにっ?」

 嬉しそうに返事をする。その感情の移り変わりの速さには、子供らしさを感じる。

 正直もう距離を置く必要もない。あそこまで護ることを誓ってしまっては。感情は押し殺せても、もう既に機械的に決められた自分の中の行動原理には抗いようもなく。

 プライド、とは少し違うか、魔王としての肩書と責任、ついでに言えばほんの少しの人間性によって、結局は感情ありきの行動と同じものをとることになる。

 ならばもう、感情を律する必要性はなくなった。

「・・・・・・・ゲームを、するか」

 取り出したのは黒と白の配色のゲーム。計三十二個の駒と目がチカチカする正方形の板一枚。

 盤上の戦、チェス。

 この世界にも普及し、周知されているゲームだ。どういう経緯で両世界に普及したかは知らないが、俺が現役の時にも存在していた。

「や、やるっ!」

「あ、ああ」

 思ったよりも食いつきが凄くて、少し戸惑いを見せてしまう。メグがあまり見ない顔をするからでもあるが。

「あっと、これ」

「知ってる。やったこと、あるよ」

「知、ってるのか」

 いや、寄り添ったことがないから少しぎこちないんだ。緊張ではないはずだが、自分らしくないことをしているためか、思考と行動が上手く嚙み合わない。

 子供と接したことがない。こういう風に触れ合ったことがない。だから少しおかしい。

 すぐに自覚して、修正を入れる。

「・・・・・・・じゃあ、やるぞ」

 念動力でチェス駒を定位置に置く。

 にしても、この歳でチェスを知ってるとは、やはり中々に賢い子なのかもしれない。強い弱いはさておき。

 出来るだけ以前の自分を意識して、普通に話す。

「勝てたら、何か一つ願いを聞いてやるよ」

「・・・・・・・ほんと?」

 向かい合ってゆっくり頷く。普通にやって俺が負けるわけないので、多少は手加減する、というかあまり思考を回さないで指すつもりだが、それでも負けの目は薄い。

 有利な先手を促して、メグが一つ目のポーンを動かして、ゲームは始まった。




「チェック」

「・・・・・・・むー、負けた」

 五戦目、俺の勝ち。

 五戦五勝。まあ当然の結果だが、それでもメグは思ったより強かった。良く見えているし、それに何より、

「メグ、集中凄いな」

「そ、そう?」

「飽きないのか?」

「・・・・・・・楽しい」

 少し照れくさそうに、遠慮しながら答える。

 五戦でおよそ二時間ほど。その長い時間ほぼ休憩なしに対局をし、そして最後までテキトーな手は打たなかった。それどころか、成長すら感じるような気もしたくらい。

 元々賢そうではあったが、才能があるように思えた。子の成長を楽しむ親の気持ちがほんの少し分かった気がする。今後俺に勝つこともあるかもしれない。

「終わり?」

 席を立った俺にそう聞く。少し残念そうで、その体力は少し異常のような。

「休憩だ、そろそろ疲れが出てきそうだし」

「まだ、平気だよ?」

「疲れってのは自覚せずに現れるものなんだよ」

 メグの打ち方に浅はかな手が増えてくれば、暇つぶしも面白くなくなる。それに、時間はまだまだ余らしている。

「メグは全く疲れてないのか?」

 水を出して、メグのそばに置く。

「あんまり」

「そう」

 頭を使うことに疲れを感じないのか。

 チェスはいわば心理戦だ。最善手を打てば先行が必ず勝てるゲームではあるが、そんなのを全て覚えているものは存在せず。

 相手がどこに置いて欲しいと思っているか、またそう見せかけているか。どう相手に悟らせずに誘導するか、またミスリードを誘うか。そういう駆け引きのゲーム。

 ・・・・・・・そうか。

 メグの強さの理由が、少し分かった。

 メグは空気の読める子だ。いや、俺と出会う以前から周りの空気を読んで過ごしてきたのだと思う。

 でなければ歳と行動にこんな違和感は感じない。

 空気を読むということは、周りに気を遣うということで、周囲の感情を敏感に感じ取り、それに対応する必要がある。

 何となく分かるのだ。今自分がどうして欲しいと思われているのか。

 それが歳に見合わない彼女の要らない才能。周囲から優先されない環境が生んだ性質。

 普段してる事だからあまり苦労を感じない。感覚的に行っている作業だから、感情の読み合いに疲労しない。

 まあただそれは、感情の読みやすい相手に限ってだが。

 恐らく何度やっても、俺が負けることはないだろうな。

 ・・・・・・・ゆっくりと椅子から立ち上がる。

「すまん、用事が出来たからこれは遊びは終わりだ」

「用事?」

「ああ、今思い出した」

 水を出して思い出した。急ぎでも死活問題でもないが、今後必要になることだ。

「ま、待って」

 手をかざしてチェスを片付けようとするのを、声で止められる。

「も、もう少し、だけ・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「い、いや・・・・・・・ごめ、」

「まあ時間はあるし、もう少しだけならいいが」

 呼び止められるとは。やはりメグは、以前と変わって少しだが自分の気持ちを伝えるようになった。指示だけを遵守する機械よりはいくらか人間らしく、いや生物らしくなった。

 そう考えたら、メグが勝つ未来もゼロではないのかも。

「いいの?」

「・・・・・・・いいが、負けはしないからな」

「つ、次は分からないもん」

 結局、その後も二戦ほど対局して、二戦とも俺の圧勝に終わった。

 大人気ないかもしれないが、勝負で手を抜くのは俺の信条的にノーだった。手を抜かれるのは嫌だし、それで勝たせてもらうのはもっと嫌だ。

 勝負になるくらいには手を抜いているが、それで負ける気は毛頭ない。だが、俺がそれをしなくなるくらいなら、割とすぐに追いついてきそうな予感があった。

 あとメグとどれほどの時間を共にするかは分からないが、その間に俺の手を止める程度には成長しているのを期待しておこう。

 そう考えているうちに、日は既に傾いていた。

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