7話 危ない橋
俺がメグのところに戻ると、メグは分かりずらく嬉しそうに俺を迎えた。
「お、おかえり!」
「・・・・・・・ああ」
感情を出さないメグがどうしたのか。いやまあ全然出てはいないんだが。
「ご、ご飯、食べよ?」
「ああ、えっと」
フローラの方に目を向ける。
「いえ、私はもう行きますね。その前に、一つ」
俺の隣のメグの方に移動して、目線を下げてメグに聞いた。
「お嬢さんすみません、お名前聞いても?」
「え、あの・・・・・・・メグ、です」
一瞬俺に助けを求めたが、目が合った瞬間、少し俯いて自分で答えた。人との関わりがあまりない子供なら不思議じゃない反応だが、今機会があったほうが後々困らない。主に俺が。
「メグさん、ですね。私はフローラって言います」
俺が言った通り、自分で名前を聞いてくれた。これがコミュニケーションお化け。子供にすら及ぶ力。
「あ、あの・・・・・・・」
「お父さんにいっぱい甘えて、いい旅してくださいね」
「だから、お父さんじゃ」
「うん、ありが、と」
メグの緊張も少し和らいで、ほんと凄いなこの人。魔王になってから人を尊敬したの初めてかもしれない。
でも、もうこれメグの中で俺はお父さんになってしまうかも。まあ別にお父さんと呼ばれようとも、何にも不備はないと思うけど。
「それでは、また会えるのを楽しみにしていますね」
「フローラさん、色々助かりました。また」
最後にもう一度笑って、受付へ戻っていった。
受付には既にこれから混み合う空気が流れていて、本当に大変な中時間をとってくれたらしい。まあ少しは役に立った。
これからどのように動くか、それは大体決められた。
当初は幹部の誰かに会いたかったが、無理そうだ。例え見つけても大半の幹部には恨まれてるだろうし、今の俺じゃあ幹部に殺される可能性だってある。
その中から目当ての奴を引き当てるのは現実味が無さすぎる。そもそも、信頼出来るのは一人しかいないし。
だったらまず狙うべきは、
「レイカ」
「・・・・・・・ん?」
メグにちょいちょいとつつかれて、思考から浮かび上がる。
「ご飯・・・・・・・」
そう言われて机に目を向けると、机の上に並べられた料理は全然減っていない。食べていたようで、あんまり口にしていなかったようだ。
待っていたのか、俺を。なんというか、律儀というか、どうしてこんなになつかれたのか。
「・・・・・・・そうだな、食べるか」
メグの隣に座って、また食器を取る。
今度は邪魔を入れないように。押し寄せてくる思考も一旦ブロックして、食べることに専念する。
俺がこの世界で、専念するだなんて何回したのか。専念出来るということが、こんな心に余裕が生まれるなんて、またそう思うことがあること自体、知らなかった。機会がなければ知りえなかった。
計画は後でいい。時間はある。今はそのゆとりを大事にしよう。
食事を終えて、酒場を後にする。
今日この後何をするか。特に決めてもいなかった。ここを離れる馬車は取るとして、まだ午前中に早い時間。することがない。
もちろん情報収集は重要だがもうそれは酒場で多少行った。その結果、一般人からの情報では知りたいことは知りえないことを思い知った。
やはり魔王幹部の誰か、またはそれに近しい者に出会いたいところだが、無論その情報もあるわけがない。だからそれは諦めて、早々にシフトチェンジした。
「ん?」
「これから、どうするの?」
メグに足を引っ張られて選択を迫られる。酒場の前で長考していても仕方がない。
そこで、朝のことをふと思い出す。
「服、買いに行くか」
「ふく?」
きょとんとしてこちらの目を覗き込んでいる。俺は今おかしな事を言ったのか。
「・・・・・・・ああ、必要だろ?」
「これあれば、大丈夫だよ?」
一着だけじゃ駄目だろ。
いや、俺ら二人に関してはどっちが正しいかなんて分からない。二人ともイレギュラーな存在なのだ。感覚がずれた同士とでも言おうか。
だからまあ、引く必要はないな。荷物にもならないし。
「・・・・・・・暇だし、行くぞ」
「う、うん」
話すのも面倒くさいし、さっさと歩き出すことにした。メグも後ろに慌ててついてくる。
俺の服だって、封印から目覚めたとき、島民から拝借して再構築して作ったこのコートしかない。損傷用に違う服も持っておいて損はない。
・・・・・・・そう、損傷。つまりは戦闘。
幹部の情報収集は諦めたが、ミッションを投げ出したわけじゃない。もう一つの重要事項のミッション、それを投げ出す俺じゃない。
そして、酒場で一つだけ、収穫があった。
それは、神器の情報。
俺が封印された際、俺の所有していた宝具、神器の類は全て、人間サイドに引き渡している。人間に渡したところで、真価は発揮できないだろうし、それでようやく魔王幹部と拮抗できる戦力と考えたからだ。
拮抗すれば停滞する。戦争終結後もいさかいがあると考えたゆえの判断。それが幸いしたかは知らないが、実際今は平和そうだ。
今現在、それらは各地に散らばってると思う。それを回収して戦力を補充したい。
今俺は魔王幹部に恨まれてる上に、元部下にすら殺されかねない危険な状態。戦闘を挑まれれば危うい。早くこの窮地から脱したい。
だが、それをするには。
「結局足、か」
近くの街に移動する必要があった。もちろんこの街にも宝具持ちはいるらしいが、俺は元々最強の神器目当てだ。
それの、大体の位置が分かった。
それが思ったより近くにあったのはまさに幸運だが、結局は馬車まで待ちだ。俺のペットの黒竜がいればどれほど楽か。こんなところで召喚の術式を起動できるわけがないが。
よって結局急いでも仕方なく、だから悠長に行動するほかない。
「ね、ここ、じゃない?」
「ここか」
テキトーに歩いていたら服屋っぽい店の前まで来た。
この辺のどこに何かあるかなんて知っているわけがないので、テキトーに歩いて見つけるしかない。割と早い段階で辿り着けた。
「行くか」
「うん」
おもむろに、その明らかに場違いな空間へと足を踏み入れた。
服屋は大変だった。
もうなんだかチカチカする空間で、店員の人もいい人だった。どの世界でも、服屋の店員は話しかけてくるのな。
流されるがままに店員さんに任せていたが、残念ながら俺もメグもその服は気に入らなかった。それもそのはず、俺ら二人ともおしゃれなものを拒む習性を持っているようで、当たり前のことだった。
結局目立たないシンプルな服を数着買って、店を後にした。数十分中にいただけで、結構な疲労感を伴った。
さて。
「これからどうするか」
「・・・・・・・」
酒場出たときと同じ問題。無論、メグからの反応はない。なにがあるかも分からない街でやりたいことなんてあるわけない。
あと何か必要な物は・・・・・・・。
「武器、か」
「?」
「ああいや、護身用にな」
って、そんなことメグに言うことじゃないな。普通の武器でも、アイテムボックスと物体操作を上手く使えば、そこそこ強い戦術になる。
だが、ここまで歩いてきて、武器屋らしきものは目にしていない。というか、ある気配すらない。
「武器屋ってどこだよ」
街のど真ん中にはないだろうけど、中心地から離れるほど見つけづらくなる。どうしたものか。
その困った状況を見計らうように、俺に近づいてくる影が一つ。
「どうも、こんにちは」
「・・・・・・・」
いきなり話しかけてくる女性が一人。短い金髪を持った顔立ちのいい少女だ。光る青色の瞳には満ち満ちた自信の色。歳は十六ほどだろうか。
だが、注目すべきは格好の方。気品のある服装。だが貴族のご令嬢といった雰囲気でもない。
その出で立ちからは、隠しきれない覇気が感じられた。
「どうやら道に迷っているようで。武器屋まで案内しますよ」
「・・・・・・・いえ、お構いなく。俺らは旅人で、探しながら見てまわるのも醍醐味ですので」
警戒。それはこの人の強さでなく、立場と意図に対してだ。
・・・・・・・この人、酒屋から服屋に移動する途中からつけてきている。隠しきれない覇気を纏っているのだから、気づいて当然だ。
疑念を持たれているのだとするなら、接触を避けるほうが懸命。もう明日にはここを去っているのだから、簡単に逃げ切れる。
・・・・・・・それが上手くいかないから、厄介なわけだが。
「そう言わずに。私、旅人の方には興味がありまして、色々お話を聞かせて頂ければと」
「・・・・・・・」
「私は今日非番ですので、そんなに警戒しなくても。それとも、騎士である私といるとなにか不都合でも?」
「別に。騎士様を道案内に使うだなんて、恐れ多いだけです」
「なら問題ないですね。私が付き合わせてくれと言っているのですから」
上手くまとめられてしまった。というか、途中から逃げるのを諦めた。
その理由は、腰に携えた宝剣。それ自体が力を持つ武具。やはりそれなりの立場の人だ。
明らかに目的ありきで話しかけに来ているわけで、逃げられるはずもない。真正面から対峙するしかないというわけだ。
「・・・・・・・俺はレイカです。レイカ=アルスです」
「ご丁寧にどうも。私はフラーレン家次女、エレシア=フラーレンです」
「・・・・・・・まさか、剣聖の」
「はい。恐れ多いですが、その血を受け継いでいます。私もその名に恥じないよう鍛錬を積んでいます」
フラーレン家。まさかの剣聖の家系の一人と出くわすとは。こんな魔界に近い街にいるだなんて、誰が思う。
剣聖の家系は百三十年たっても変わっていない。血で才能が受け継がれるわけだから、百三十年程度じゃ変わらないのも当たり前だ。そもそも血が途絶えるほどの出来事なんてないだろうしな。
まあなんにせよ、剣聖の家系の次女で助かった。もっと強いのが来てたらまずかったかもしれない。
「そちらの子にも聞いてもよろしいですか」
俺じゃなく、メグに問う。メグはおずおず口を開く。
「・・・・・・・メグ」
「メグちゃん。覚えました、よろしくお願いしますね」
「・・・・・・・うん」
「それじゃあ行きましょうか」
勝手に仕切って、俺らの前を歩き出した。一応案内してくれるそうだが、本当に目的地がそうなのか疑わしいところだ。目的地が兵舎の牢とか、笑えないぞ。
ただ、周りに兵士どもが尾行している気配はない。少なくともこの人の単独行動であることは確か。
だったら無駄に肩に力を入れる必要はない。逃げる準備だけしとこう。
「そういえば」
おもむろに、エレシアの口を開く。
「この辺りに盗賊が出ていること、知っていますか?」
もう聞いた話だが、黙って続きを待つ。
「盗賊は一晩にして村の人間を皆殺しにし、村を焼き払いました」
淡々と、感情の入っていない台本のような台詞を首尾よく吐いていく。子供がいてもお構いなしに。
「旅の途中で目撃とかしませんでしたか?」
「・・・・・・・」
あくまで誰にでも質問しているかのように、自然な運びで俺にも聞いてくる。だが、話の前後の関連性を見れば、考えも見えてくる。
質問には答えずに、無言でついて行く。人通りのある道をそれる。たちまち人の交差はなくなり、俺ら三人だけとなる。
どうやら武器屋に行くための方向転換じゃないようで、ならと俺から口を開いた。
「・・・・・・・村の話とその質問、関係性がないとは言わないよな。どうして俺らがここに来たタイミングを知ってる」
それが分からなければその順番で話すことに意味はない。俺らが事件よりずっと前にこの街に入っていたら、その質問に反応出来るわけがない。
そもそもそんなこと騎士が聞くわけがない。相手は盗賊とは名ばかりの殺人集団。目撃してたら普通死んでいるし、もしそれで生きていたら真っ先に関所の兵士に報告している。
それが普通。だから彼女は、俺が普通でないこと前提に話をしている。
「・・・・・・・関所の兵士は通った人間を全員記録しています。私は勤務終了後、変わった人はいなかったかと、担当に聞く習慣があります。私のただの心配性ですが、そこであなたの名前が上がりました。若い子連れがいた、と」
「・・・・・・・・・」
無言で次の言葉を待つ。まさかこれで説明終了なわけがない。そんなただ若いだけの子連れの旅人と言うだけで構っていたら、キリがない。
「・・・・・・・村で。一つ違和感のある箇所がありました」
・・・・・・・やはりか。
「瓦礫が動かされた痕跡。大きなものから小さなものまで、丁寧に。それはまるで、人を救助してるようで・・・・・・・」
メグを救い出してそのままにしていた瓦礫。森を歩いて時間の経った頃合で気づき、戻るのも面倒くさかったし、あの程度問題ないと言い聞かせてはいたが、出来る奴はいるというわけだ。
「・・・・・・・あなたですよね。あの村から、その子を救ったのは」
「・・・・・・・・・だと言ったら?」
「・・・・・・・その子を救ってくれたこと、感謝します」
まずは一度頭を下げた。
それは心からの本心なんだろうけど、生きていく上で無視できない『規則』を盾にして、淡々と続ける。
「ですが、その子は我々エルドの兵士団に引き取らせて頂きます」
この街エルドって言うのか。
「正確には確認出来ていませんが、その子にはまだ親族がいる可能性があります。その場合、親権はその方にあり、好き勝手に保護することは出来ません」
「・・・・・・・・・」
聞く姿勢の俺に、さらに続ける。
「仮に身寄りがなかったとしても、我々が引き取らなければ。このまま旅したいのなら、正式な手続きを。里親はしっかり調査し、任せられる相手を見極める義務が、我々にはあります」
もっともな理由を並べていく。学校でご丁寧に教えられでもしたらしい。
言っていることは分かるし、酷く人道的だ。里親希望が子供を売る人身売買の犯罪者だったら。もしくは歪み切った変態だったら。人は人を外見では理解できないのだから、そういう防衛線を張る。
思っていた以上に正義的な街だったってわけだ。
視線を移さずとも、メグの不安は感じ取れる。俺のズボンを引っ張って、時折俺に視線を送る。
メグを手放す正当な理由を与えられた俺のとる行動は一つ。いつもだったら仕方ないだろうと、メグに言い聞かせ、目の前の彼女を悪役に仕立てるところなんだが。
「どうか彼女を、こちらに引き渡してください」
「断る」
キッパリとそう言い切った。そこに迷いはなく、また感じさせない意志を見せる。
それを聞いた、エレシアの眉が少し曲がる。
「そんなこと言っても規則は規則です。それなら正当な手続きをお願いします。我々でしっかり調査し、親がいるのならその親に問題がない限りは認められません」
「親には見つけ次第引き渡します。だが、あんたら兵士団には引き渡せない」
「何をわがまま言っているんですか。それを私に言う意味、分かってますよね?」
「・・・・・・・そういう約束ですので」
メグの方を一瞥して、また戻す。その顔からは、不安の中に僅かな安堵が感じられた。
今日の朝、言ってしまったのだ。俺が父親のところまで送り届けると。約束は違わない、護ってやると。この子を不用意に助けたツケだとも思っている。
それを今ここで反故にするなんで、ありえない。
「そんな。規則より子供との約束を守る、だなんて」
「あんたらなら、そう言うでしょうね」
慎重に言葉を選ぶ。相手が怒らないギリギリを、反応を見ながら口に出し、攻める。
「・・・・・・・どういう、意味です」
「あんたらは民から税を巻き上げ、その引き換えで人々の安全を保障する。あの村とて例外じゃないよな」
死に絶えた村の発覚の速さ、メグに生き残りの親族がいる可能性を見出したこと、村で見た兵士らしき人影。この兵士団があの村を保護していることは明確だ。
つまり、あの村からも税を取っていた。ならば。
「お前らはあの村の人間を護る義務があった」
「それは、仕方ないじゃ、ないですか。あの村にいた兵士だって・・・・・・・」
「仕方ない、か」
人間の心の底は、大概無自覚になる。そこにあるものは心の弱さであり、人は自分の弱さを拒絶するからだ。
人が『仕方ない』で済ますことは、大体その弱さが関係している。
「面倒事がなくなって、『仕方ない』で良かったな」
「ッ!?そんなわけ!!」
「ないと?言い切れないだろ。盗賊団の存在はあの襲撃以前にも周知の事実だった。人殺し、という性質もな。あの程度の兵士の人数で、守り切れるわけがない。本当に守れると、そう思っていたのなら、想像以上にお前らが無能だった、というだけだが」
煽るように、事実を並べる。
「それはっ!!」
「つまりお前らは元々護るつもりなどなかった。護る格好を取っていただけだ。常駐していた兵士だって、ただ逃げ遅れて死んだだけだろ」
相手に話す間を与えず、自分らの本人すら気付かない隙に、攻撃を加えていく。それを自覚していく彼女は、何を思うのだろう。まあなんにせよ、沸点は高そうだ。
「そんなことはっ!テキトーな事言わないでください!!」
「兵士なんて、そんなもんだ。何も思わない、何も考えない。上の者を妄信するだけの、『指示待ち人間』集団だ。それで何かあれば、上の指示だから『仕方ない』、だろ?」
「ッ!!」
エレシアの顔が歪む。停止した思考が、どんどん復活していく。
上の決定を正しい判断だと妄信して、自分の思考を放棄する。だが、権力を持った人間は、平和よりも『利』を、見知らぬ人間よりも自分の懐を優先する。全員が全員そうだとは言わないが、それでもそういう傾向があることは、数々の歴史が証明している。
それを、俺だけが断言できる。
恐らく、そのあたりの心当たりくらいはあると思うが。
「お前は村の連中を助けるつもりは・・・・・・・。いや、見殺しにしたんだ」
圧を目に込めて、責めるように言った。別に俺には関係ないし、そういう感情を持っているわけじゃない。俺だって見知らぬ人間の人生なんてどうでもいい。
・・・・・・・メグは、そうはいかないだろうが。
「だってっ!そうじゃないですかっ!私たちは、強くないんです!全ては護れないんです。そんなのきれいごとだって、みんなもう分かっている。だから出来るだけ、多くを護ろうと頑張ってきたんです」
至極まっとうな事だ。人間は、そういう考えでないと逆に多くをこぼしてしまう。だから、護れる範囲を規定する。
「それを成すには」
「犠牲は必要、か」
これをエレシアに言わすことは、少し躊躇いがあった。
「ッ!ま、魔王が復活してからは、街の警備も強化しなければいけなかった。兵士団にも余裕はなく、だから、村は・・・・・・・」
一つため息をついて、目から光を消す。どこまでも冷たい目で、感情のない声で、エレシアに、告げる。
「・・・・・・・それを、メグの前で言えるのか」
「ッ!!」
エレシアの目が、揺らいだ。今までで一番動揺している。それはそうだ。俺がそうなるように誘導した。
エレシアの目だけが、メグに向けられる。当の本人は、話がよく分かっていないようで、良かったと言うべきか。
だが、エレシアが言ったことがなかったことにはならない。
「犠牲になったものが、どんな説明で納得出来る。人のために死ぬのはお前らの仕事であって、村の人間どもじゃない」
「それは・・・・・・・」
「護るとか言って、税取って、結局は見捨てる。お前ら」
それじゃあまるで。
「・・・・・・・詐欺師かよ」
「ッ!!あなたっ!!取り消しなさい!」
沸点を通り過ぎた。自分の非は認めている。正義感に傷がついたのも。だが、エレシアは怒らずにはいられなかった。
彼女のプライドが、それを許さなかった。
「何を?」
「撤回しなさいっ!!さもなくば、その暴言は罪に相当します!!」
「だから何を」
冷静に、その場を見極めて言葉を選ぶ。もうそろそろ、引き際だ。
「確かに私たちは悪かった。正義が、廃れていた。でも!」
「待て、俺はあんたらを責めているわけじゃない。あんたらが悪いとも思ってない」
話が長くなりそうだったので、俺が止める。もう行くとこまで温度は上がった。後は熱を与えないだけ。冷まさせる。
「ただ、あんたらにメグを預けられるほど、俺はお前らを信用できないだけだ」
「・・・・・・・でも」
「・・・・・・・なぜ、関所を閉めない」
話題をすり替える。思考を分散させて、熱も散らす。
もう少し。さっきより棘を減らして、エレシアに問う。
「魔王を警戒するなら、普通そうする。外からの侵入を断てば、一番安全に事が運べる」
「それは、関所を強化して・・・・・・・」
その兵力で、もっと危険に対処できたはずだ。今はそれは閉まっておくが。自分でも気づいているようだが。
今は熱の上がらないほうを、選んで言う。
「魔王なら、偽装でどうとでもなる。魔力検査だって。それが出来ないだなんて、過小評価が過ぎる」
「・・・・・・・確かに、そうですが、魔王がこちら側に来ることは・・・・・・・」
可能性として低い、か。だがその低いという見込みは間違いだ。実際は魔界側には魔王幹部がいて、それを避けるために人間界側に来ている。
「その見込みが外れたとき、どうする。また、『仕方ない』か」
「・・・・・・・・・」
「お前らは責任を避けているだけだ。責任を負わないために、自分で何かを変えることを恐れている」
判断を他人に委ねた方が断然楽に事が運ぶ。それに正当な理由があれば、そっちに流れる。至極当然の思考で、そこに悪はない。
ただそれは、自分の考えを捨てることとさして変わりない。正義を貫く騎士にとって、それはあまりにも、らしくない。
「・・・・・・・そんなこと」
「人の批判を恐れながらも判断に抗うことは、簡単な事じゃない。それは分かってる。だけどな」
少し目に力を込める。だが今度は威圧でも、ましてや怒りでもない。真面目に、真摯に、信念をもって、エレシアに伝える。
「変えられなければ、何も変わらないんだよ」
「!!」
当たり前のことだ。というか、口に出すまでもない。
「周りが変わっていく中で、自分らだけが取り残される。その後は、破滅あるのみだ」
「そ、んな、ことは」
実際にそうだ。俺がもし、人間の言う『魔王』なら、とっくにこの街は、ここの住人は、滅ぼされているのだから。
「俺は、そんなお前らにメグを引き渡すことが、メグを護る行為だとは思わない」
「・・・・・・・・・」
その一言を最後に、続いたキャッチボールが一旦止まった。
とどのつまり、言いたかったことは最後のこれだけだ。他のはただエレシアを、この街の兵士団を煽っただけに過ぎない。
通常は俺の立場が危うくなる行為だ。名誉棄損、とは言わないが、騎士への侮辱は罪に値する。
だが、この状況、そして相手がまっとうかつ、正義感の強い相手なら・・・・・・・。
その考えが上手くいったかは、この後の事の運び次第だ。
「あなたは・・・・・・・あなたになら、現状を変えられたのでしょうね」
「どうかな。俺は基本事なかれ主義だ。言うだけなら、簡単だからな」
「そんな人が、こんなことを私に言いませんよ」
確かにそうだ。規則を破ってまでメグを護るなんて、事なかれ主義とは反している。
そう考えるなら、異様な執着とも見て取れる。
いや、ただ俺は、自分を恥じたくないだけだ。
「・・・・・・・あなたが認めないと言うなら、敵になるしかない」
「・・・・・・・そうですね、規則は規則ですし、騎士である私を、民を護る兵士団を侮辱した罪もありますし」
「・・・・・・・・・」
身体から力を抜く。一息とともに。内心で構えている姿勢を解き、ポンッとメグの頭を軽く叩く。
「ですが今日は、生憎と私はただの少女ですので」
「・・・・・・・そうですね」
「ただ旅人さんに、良心で道案内しているだけ」
「・・・・・・・・・」
「そして、その道中の雑談で、自分の罪を、たまたま見直す機会があっただけ」
彼女が言った通り、最初から全部偶然で、ただの子連れの旅人と親切な少女だった。
そういうことになった。
「レイカさん、あなたは、強いですね」
「・・・・・・・あんたも強い。俺ぐらいには」
「私は剣聖の家系の次女ですよ?」
「そんな方にそう言って貰えて光栄ですよ」
どうにか、話を上手く進めることが出来た。まあ結局は、全部俺の思惑通りにことが進んだわけだが。
言葉通り、罪ある言動をとることで、俺の覚悟を証明した。この子のためにこれほど出来るのかと、思わせることに成功した。
彼女が自分の感情を律せなければ、それまでだったが。
彼女は強い。立場あるものが非を認められるってのは、かなりの勇気がいるものだ。だから彼女は、本当に尊敬出来る騎士様だ。
思惑通りとはいえ、危ない橋だったってのは変わらないわけで。内心で、大きく息を吐くことになった。