3話 常識の塗り替わった普通の街
メグと共に進むこと数時間。
結局必死で着いてきていたメグは、途中で体力切れ。俺に抱えられて進むことになった。進む速さに少しも気を遣わなかった俺は少し罪悪感が芽生えたが、予想以上に着いてきたのは少し驚いた。
その道中はほぼ無言だった。メグは遠慮し、俺は興味がない。そんなコンビじゃ会話は生まれない。暗い静寂が二人の間を流れていた。
そんな空気で進み続け、お昼前くらいになってようやく、足を止めることが出来た。
「・・・・・・・おっきい」
先に口を開けたのはメグだ。高い壁を見上げ、そう呟く。
「とりあえず着いた」
が、これは流石にと、少し足が下がる。
俺は情報収集に適した大きな街にたどり着きたかった。が、今目の前にあるのは、大きな壁に囲まれた城塞都市だ。
どう考えても入るべきじゃない。俺の正体自体はバレないだろうけど、もしバレたとして、今の俺では太刀打ち出来ない可能性がある。
ここは魔界から一番近い都市だと思うから警備も堅い。それに今は、警戒が強いと思う。
ただ、ここの滞在しなくても、馬車なりに乗車出来れば、素早く移動出来るのも確かだ。そうすれば危険は少ない。
だが、危険は犯すべきではない。手間を考えずに慎重に行動するべき、
「行かないの?」
「あ、いや・・・・・・・」
唐突に話しかけられて我に返る。思考を巡らせすぎた。とりあえず整理だ。
「・・・・・・・行くか」
「うん、あの・・・・・・・歩く」
「ああ」
メグを下ろして先に進む。
結局俺には入る選択肢しかない。ここでリスクを気にする時点で、俺の偽装は完璧じゃなくなる。
犯罪者でもない限りリスクなんてある訳ないし、ここを寄らずに先に行く方が何らかの意味を持つ。口を滑らせなければバレることは無いのだから、堂々としてればいい。
そう結論づけて、壁伝いに検問を探した。少し歩いて、舗装された道と検問を見つける。そこには列が出来ていたが、差程の量じゃない。
少し待って、検問の兵士と対面する。
「今から少し質問させていただきます。何処から来ましたか?」
「旅の者です。魔界からヒューズに寄り、ここまで」
魔界と言っても、こっちの人間の世界とほぼ変わりはない。今は人間が統治しているから。ただ魔族が暮らしていたから魔界だ。今じゃその呼び方は相応しくない。
「ヒューズですか。危ないところだったですね」
「はい、俺が出発した後で本当に良かった」
ヒューズというのは、魔王が封印されていた島の名称だ。ほんと最近に、魔王が封印から解き放たれた。そこに鉢合わせなくて、というわけだ。まあ、島の人間に死者はいないが。
「あなた荷物は」
「貯金とナイフだけです」
懐から貨幣の入った袋とナイフを机に置く。
「食事はどうしていたのですか?」
「野生の山菜や獣を」
「獣ですか!?獣は許可証がなければ狩ってはいけないのですが」
そんな制約が出来ていたのか。
「言葉の綾です。野生の山菜と、持参した獣肉です。この装備じゃ狩れないし捌けないし、ついでに言えば食べきれない」
「確かに・・・・・・・分かりました、すみません」
「いえ、緊急時ですから」
人間にとって脅威である者が解放されてしまっている現在、ただの旅人にも、いや旅人だからこそ、警戒しピリピリするのは当然のことだ。
にしても、狩りに制限してるとは思わなかった。目的は生態系の保護、食料の管理、魔物に対しての安全対策、といったところか。今後は気を付けよう。口を滑らせないことと、獣の血の香りに。
「えー、その子は?お子さんですか?」
「あ、えっと・・・・・・・」
そこ口裏合わせとくのをすっかり忘れてた。なんて言うべきか。
「お父さん」
「は」
俺のズボンを軽くつまんでそんなことを言ってくる。なにを言ってるんだが。
「・・・・・・・そう、ですか、はい分かりました」
受理されるのか。まあ子供一人くらい何の警戒もしないのは当たり前かもしれないが、俺そんな歳に見えるかな。
「あなたの魔法適性を測らせてもらいます」
「魔法適性、ですか」
「ここを通る全員にしてもらってますので」
そばにある測定用の魔水晶を俺の前に持ってくる。内側から光を発するそれは神秘的できれいだが、弱々しい魔力しか感じない。
「どうぞ」
そう促されて、躊躇うことなくさっと手をかざす。魔水晶の台座の下に置かれた紙に、情報が浮かび上がってゆく。
それを確認した兵士が眉を顰めることはなかった。
「はい、確認取れました。どうぞお入りください。町で刃物は出さないでくださいね。良い旅を」
「ありがとうございます」
そうして無事に、検問を通過出来た。
久しぶりに足を踏み入れた街は、自分の知っているそれとはまるで違っていた。
綺麗に舗装された道。耐久力がある上に細部まで綺麗な家。最初に見た城壁もそうだが、建築技術がかなり進んでいる。
街に賑やかさも段違いだ。店には充実した果物や雑貨が並び、それを選びながら笑い合う。村の風景もそうだったが、こういう雰囲気を見ると戦争が終わったことを実感する。日本の戦後もこんな感じだったのか。
ただ、正直そんなことはどうでもよかった。俺が一番驚き、目を疑ったのは。
「どうして・・・・・・・どうして、魔族が」
俺としたことが、驚きを隠せなかった。魔族と人間が笑い合っている。まるでなんて事のないように、普通であるかのように、日常としてそうしている。そうしているように見える。
俺は、それが信じられなかった。何もかも違う種族が、力の大きさも違う種族が、こうも密接に交われるなんて思っても見なかった。
「魔族?」
不思議そうなメグの声で、少し冷静になる。いや、元々冷静だ、平静なのを作って見せる。
「メグ、変なことを聞くかもしれないが、魔族と人間が混在する街、これが普通なのか?」
「?」
「魔族がここにいるのは、普通か?」
「・・・・・・・普通、だよ。村にも、魔族が何度か来たことあるよ」
やはりこれが常識なのか。目が慣れるまで時間いりそうだな。
「なんで?そんなこと」
「それより、お父さんってなんだよ。俺まだ二十二だぞ、そんな歳じゃない」
違和感を残さないように話題を変える。この子にそれをする意味はそんなないが。
「不思議じゃないよ?」
「いや、流石に不思議だろ」
この子の歳は八、九歳くらいだと思う。だとするなら、生まれたのは俺がまだ十二、三歳くらいのときってことだ。どう考えてもおかしい。
「そうなの?」
「・・・・・・・知らないけどな」
今現在の常識なんて知る余地もないし、そもそも人生で『結婚』の二文字に触れたことがない。そんな俺が子供と話す話題ではなかった。両方知らなければ話題も広がらない。
というか、はっきりと知っていないのに不思議とか言うべきじゃない。この際、俺の常識は全て捨ててしまった方が違和感がなさそうだ。
さて、この後は。
「とりあえず宿に行くか」
「宿?私は・・・・・・・そんな」
俯いて、そう言いかける。全く、だから子供は。いや、子供のくせにというべきだ。外で眠るつもりか。野宿は嫌なんだが。
分かりやすくため息をつく。
「遠慮すんな。そういうの煩わしい」
「・・・・・・・ごめんなさい」
「謝罪もするな。俺は謝るだけの奴が嫌いだ」
謝罪には相応の誠意がいる。自分の過ちを自覚して謝るのなら、何かしら挽回してからでないと意味を持たない。価値のない謝罪は、謝ればいいと思ってるみたいで鼻につく。
それをこの子に言っても意味はないが。
「・・・・・・・」
謝るなと言われれば、何も言えなくなるのも当然だ。謝らなかっただけ利口だと言える。
「気楽に行こう。そうしてくれると助かる」
そう残して、歩みを進める。
気を遣ったわけじゃない。元々そういうのが俺には似合う。へりくだられるとか、膝まづかれるのとか、正直苦手だ。苦手だった。
「・・・・・・・うん」
俺の横に追いついてから、少し躊躇いながらも、へたくそな笑みを浮かべた。
俺は少し子供相手に大人げなかったか。なんだか、怒ってるみたいになってしまったし、実際そうなのかもしれない。
全く、子供の相手をするのも、苦手だ。