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25話 運命論

 三時間ほど特訓をして。

 何度も倒れた挙句、最後には血まで吐いたわけだが、成果はほぼなかった。ちょろっと炎みたいなのが出るところから始まって、少し渦巻かせて竜巻みたいなものを出せるようになった。成果はないな。

 これをどうにか使えるようにするのは、少し無理があるかもしれない。成果はないが進歩はあった。だが、これ以上どうにかできるような気がしない。安全圏で、使っていては。

 宿に入って、自室に戻る。

「ん、居たのか」

 メグとエルはもう戻っていた。

「おかえり、レイ。なにしに行ってたんですか?」

「別に。性能の調整してただけだ」

「・・・・・・・大丈夫ですか?」

「ああ」

「あまり、無理しないでくださいね」

「・・・・・・・ああ」

 どうやら隠し事は出来ないようで。エルには全部気付かれていて、心配している様子が伝わってくる。これからは少しこういうことは控えたほうが良さそうだ。

 メグもまだ起きている。もういい時間なので、うとうとしているが。

「メグ、寝ないのか?」

 眠いなら寝ればいいのに。起きてる理由はないと思うけど。

「あの・・・・・・・レイカ、これ」

「ん?」

 ゆっくりとベッドから降りてきて、手渡されたのは小さな包み。それを開くと、小さな木の実が数個入っていた。

 これは・・・・・・・思うに、お土産、だろうか。

「・・・・・・・ありがとな、メグ。もう寝ろ」

「・・・・・・・うん」

 うつろな目でベッドに登り直す。

「おやすみ、レイカ」

「ああ」

 そのまま布団をかぶって寝てしまった。歯は先に磨いていたようだ。

「どうしたんだ、これ」

 とりあえず眠そうなメグは寝かせたが、正直取り残された気分だ。いつものメグの行動とは少し違った行動に、少し戸惑っている。

「私がレイは食通だと伝えたら、じゃあお土産を持って行こうってことに」

「余計なことを」

 俺は食事を必要しないし、食べるにしてもアイテムボックスに食料はある。こんなもの必要ない。

 この時間じゃ、通りの飲食店以外の店は閉まってるだろうから、出された料理からこれを入手したのだろうけど、無理に用意することもないのに。

 ・・・・・・・まあ。好意、善意には甘んじて受け入れるが。

 そう思い、一つ手に取り、口の中に放り込む。

 これはカグという木の実。ごく一般的な赤い木の実で、甘酸っぱい風味が口の中に広がる。

 他は、青くて水分の多いコーズの実、オレンジ色で糖分の多いレーズの実が数個ずつ。それも全部頂いて、椅子に座る。

 ・・・・・・・今日は疲れた。魔力の感じが落ち着かないし、身体も不調になった。このまま眠ってしまってもいいかもしれない。

 だが、少ししとくべきことがある。

「レイ。レイも横になってはどうですか?私が起きてますので」

「いや」

「心配しなくても襲いませんよ?」

 エルの冗談はスルーして、構わず言う。

「それより、聞きたいことがあるんだろ?」

「・・・・・・・よく分かりましたね」

「勘」

 そんな気がしただけ。そんな空気を感じ取っただけだ。まあただ、俺の勘が外れることはそうない。それは、無意識的に情報を処理した上で発生するものだから。

「ですが、それは明日でも、」

「今日出来ることは今日すべきだ。俺には気を遣わなくていい。知ってるだろ、俺が甘やかされるのが嫌いなことは」

 正直言うと嫌いではないが、そういうスタンスでこの生を生きてきた。そうしないと色々上手く行かなくなるから。

 それはエルにも話したことがある。

「・・・・・・・そうですね。すみません、一つだけ聞きます」

「ああ」

「レイはどうして焦っているのですか?終末機のことを話してから、そういう風に見えます」

 その疑問の内容については全く分かっていなかったが、そういう事か。合点がいった。

「今のところ世界に被害はなく、終末機の歴史的に、おおよそ六百年の周期で終末期は出現します。焦るところでもないような気がするのですが」

「終末機の性質ゆえだ。かつての魔族は終末機が出現するたび、多くの犠牲を払って今まで倒し尽くしてきた。それは、終末機そのものが出す甚大な被害があるからでもあるが、それ以上に危惧すべきことがある」

「それは?」

「他の終末機の出現だ。終末のオリジナルはあそこにある」

 窓の外のさらに先。もっともっと遥か先を指で示す。そこには、月の傍らに浮く緑の星。

「あれは、ムーンラッド、ですか」

 この世界の夜空には三つの星が鈍く輝く。ムーラッド、セイラル、そしてムーン。ムーンラッドは赤色の悪魔の星、セイラルは緑色の天の星、月は白い中立の星として存在している。

「ああ。終末機はあの星からこの地に降り立つ。オリジナルを元に魔力で形成した肉体で」

 魔力でといっても、皮だけを形作るわけじゃない。内部構造まで、上級魔族の肉体を形成する。

「召喚魔術ってことですか?」

「ま、そんなとこだ。超高度、超出力の神代の術式で召喚される。しかも超遠隔で、存在として規格外に大きい者を、だ。それに超魔力を消費する」

「超が多いですね。つまり魔力を消費するがゆえに、補給が必要。その補給期間が四百年の時間ってことですか」

「まあ、召喚するだけならそんなにはかからない」

 規模が大きすぎて推測するのも難しいが、百数十年か、二百年か、そこらだと思う。まあ術式なしの魔力で都市潰せるほどの出力だ。多分。

「というと?」

「ここからが本題だな。インターバル四百年の理由の一番は、縁だ」

「縁?」

「ああ。縁が魔術、特に遠隔魔術において重要な意味を持つことは知ってるだろ?」

「使えませんが、そうですね。関係の長さ、親密さ、持っている情報の量、さらには存在としての重要さ。そういうもので、術式の使いやすさが決まる。そういうことですよね」

 概念的であるようで、運命的であるようで、でもその実現実的なものである。機械的に決められた血縁だったり、言った通り情報の量、つまり数値化可能の変数で、意思で変えることも可能ということだ。

 以前エルには説明したことがある。強く俺との縁を繋ぐことが必要だったから。

 それも、この封印中の長い年月で途絶えてしまったようだが。

 ゆっくり頷いて、先に進む。

「終末機にはそれがない。この惑星?というか世界との縁がない」

「だから、時間がかかる?」

「魔力もな。いわば道を一から作ってるようなものだ。さらにそれが途方もなく長距離だ。それくらいかかるのも不自然じゃない」

 距離も時間もスケールが大きすぎて確信をもっては言えないが、なぜか記録にそう残っている。誰がどうやってそれを残したかは知らないが、それがなければ対策すらできず負けていた可能性だってある。ここまで歴史が続かなかった可能性も。

 それほど初見殺しの厄災だ。情報があって助かった。

「だけど今は終末機『欲望』がいる」

「ああ。道を作る工程をショートカットして終末機が現界してしまう。そうなれば・・・・・・・」

「・・・・・・・勝ち目が、なくなる」

 今の俺じゃ、一機にすら遠く及ばない。エルがいたとしても、正直厳しいだろう。それが増えていくなんて、考えたくもない。

 だが結局、急いだところで『欲望』は倒せない。魔王幹部五名を葬り去った相手だ。圧倒的に戦力不足。幹部の魔力も使うかもしれない。

 終末機単体と相手をしても勝ち目は薄い。戦力を補給するあても、時間もないこの状況。厳しいとしか言いようがない。

「なら、すぐに倒すしかないですね」

 ベッドに座っていたエルが、立ちながら明るく言い放つ。手に腰を当てて、中の下ほどの小さい胸を張る。

「・・・・・・・簡単に言うな」

「簡単なうちに言うんです。今レイが弱いのなら、私に頼ってください!」

 今更だ。現状においても、以前においても、エルに頼ってばっかだ。

 俺がこうして出来ない理由を並べているときに、問題を簡単にしてしまう。楽観とも言えるが、こんな俺よりよほど頼もしい。

「・・・・・・・今思ったこと、言っていいか?」

「どうぞ」

 跳ねた声で目を瞑って言う。良いとのことなので、上から下までエルを一瞥して言うことにする。

「あんま、変わってないな」

「む、今胸見て言いましたね!」

「さあどうかな」

 こういうやりとりも懐かしい。エルにとっては懐かしいどころではない、遠い過去なんだろうけど。

 俺だけ時間に取り残されてしまった。でもあまり変わっていないエルを見て安心した。魔族でよかった。

「安心してください。実力は、そんなことないですので!」

 自慢げにニヤリと笑った。それは心配していない。エルが鍛錬をサボるだなんて、思えないから。

 勝算は薄くとも、動かない選択肢はない。戦力がなくとも、戦わないわけにはいかない。俺の願いは、その先でしか叶わない。

「・・・・・・・俺はもう寝るかな」

「寝るんですか。珍しいですね」

 恐らく明日か明後日、ここを出る。まあ、休息は必要だろう。

 黒蝋の特訓で少し神経が削られた。肉体の不備は少し痛みがあるくらいで、目立った傷はない。こんなに落ち着いて寝れるのは久しぶりだ。

 ベッド二つある部屋だし。

「じゃ、一緒に寝ますか」

 エルがさっきまで座っていた空いているベッドの布団をめくる。片方のベッドにメグ、もう片方にエル。

「お前はそっちだろ」

「でも起こしちゃうかもしれませんし」

「いや、倫理的にアウトだろ」

 子供が寝るベッドの横で同衾は流石に不謹慎だ。いや、以前そういう事もあったような。いや、あれはまだ三人でだったし。

「なんでみんな俺と寝たがるんだか。メグは仕方ないとして」

「・・・・・・・ん?みんな?」

 何かに気づいたように、エルがその場に立つ。

「待ってください、みんなって言いました?メグさんだけじゃなくて?」

「ああいや、ま、それはいいだろ」

「よくないです!誰です!?あの話の中の誰ですか!?」

 異様に食いつく、いや、当たり前か。俺にそういう話は全然ないからな。

「・・・・・・・とりあえず、お前はそっちのベッドで寝てくれ」

「話逸らさないでください!」

「エル」

 エルの肩を掴んで、メグのベッドの方に持っていく。そして無人になったベッドに腰を下ろす。

「また、一緒に歩けて良かった。これから楽しくなりそうだな」

「え、はい、そうですね」

「じゃ、おやすみ」

「・・・・・・・・・ちょっと!?」

 軽くいなして、ベッドに入った。今日は色々あった。そしてきっと明日も。だから今日はここらで終わらして、また明日ってことで。

 話を逸らしたのは確かだが、楽しくなりそうってのは本音だった。かも。




 朝起きたのはおよそ七時くらい。寝たのが十一時ほどだから、健康そのものだ。

 起き上がって、もう一つのベッドを見る。エルもメグもまだ寝ているようで、俺が一番乗りで起きたらしい。

 ベッドを覗く。純粋そうな可愛い顔をしてぐっすりだ。二人とも寝相はいいらしい。

 ・・・・・・・さて。メグが起きるまでもう少しかかりそうだし、俺は散歩でも。

「・・・・・・・ちょ、気づいてますよね?スルーですか?」

 ドアに手をかけたところで、部屋の中から声があった。エルだ。

「おはよ」

「おはようございます」

 寝たまま挨拶をしている。

「ま、お前はも少し寝てろ。メグが起きるから」

「そうするつもりです。早く帰ってきてくださいね」

「ああ。じゃ」

 そう言って扉を開けたのが二時間前。

 今度は外側のドアノブを握って中に入るが。

「なんも変わってないな」

 二人はベッドのままだった。昨日そんなに遅かっただろうか、結構寝てるな。

 さて、起きるまで暇だ。というか、俺もまた寝たい気分だ。

 さっきまでまた、黒蝋の特訓をしていた。ま、結果はお察しだが、進歩はあるような気がする。いや、そう思いたいだけか。

 この特訓の後は魔力に妙な感じがするのだが、問題なく他の魔術は使えた。魔力消費もあまり酷くないようでよかった。

「おかえりなさい」

「ん、ああ」

 エルはやはり起きていた。俺が出る前と同じ体制で時間を過ごしていたのだろうか。

「そろそろメグさん、起こしましょうか」

「いや。別に急いでないし」

「そうですか。でも、私もそろそろ起きたいのですが」

「ん。じゃあ」

 布団を魔術で浮かせてエルを解放する。

「メグはこの程度の動きじゃ起きない」

「それ、行く前にやってくださいよ」

「それより、次の行先どうするか」

 今の問題はそれだ。終末機の居所を探ること。だが、今持っている情報は皆無だ。

 エルが百年探しても見つからなかった。全く痕跡を残さず消え、その後も存在を隠し続けている奴を、どう探すか。魔界か人間界かも見当がつかないわけで。

「行先、ですか」

 ベッドから起き上がりながら、顎に手を当てて少し考えるエル。何かしら情報を持っているのか。

「・・・・・・・三大怪魔、ご存じですか?」

「ま、存在くらいはな」

 シャルロットのところで聞いた話に、そんなものがあった。千蛇、オーロッドレブウルフ、インフリザードの三体。名前だけで性質云々は知らないが、災害級の怪物らしいことは。

「それが潜むと言われる、魔獣の森。その最奥に古代の遺跡があるらしいと、最近噂で聞きまして」

「・・・・・・・なるほど」

 三大怪魔が現れたのは俺が封印されていた時期。終末機がそれを生み出した可能性があるってことか。

「私がここに来たのは空飛ぶクジラの噂があったからです。噂が集まるところなら、」

「俺も集まるかもってことか」

 その判断は大いに大正解だったわけだ。俺の封印が解けた段階で、まず俺との合流を最優先に動くだろうし、そうなると魔獣の森もノータッチにならざるを得ない。

「お前も噂になっていたがな」

「それは本当に知りませんでしたよ。いったいいつからですかそれ」

「知るか。にしても、クジラね」

 誰かの道楽で流れたデマか、はたまた誰かの幻覚魔術か、それとも新種の魔獣なのか。少なくとも、クジラ型の魔獣は俺のときはいなかった。

 それが羽を持って登場したと。三大怪魔と同じような出自かもしれない。

「まあ、今のところ被害はないみたいですし。それより魔獣の森です。正直、危険すぎます」

「・・・・・・・・・」

 三大怪魔に、恐らく普通の魔物もわんさかだ。その先にいるのが終末機だとしたら、消耗した状態で勝ち目があるとは思えない。三大怪魔にすら勝てない可能性だってある。

 ただ、『欲望』の権能とは少しかけ離れているような。魔獣の生成。もしくは改造。被害はあるらしいが、その存在の大きさの割に被害は少ない。

 権能以前に、魔力だけで生み出すことは可能かもしれない。だが、その後の制御が出来ていないように思える。神性の魔力を持つ終末機がそんなことになるとは思えない。

 つまりはスカの可能性。だが。

「・・・・・・・位置は?」

「ここから南西方向。大都市を挟んだ先ですね」

「ま、ちょうどいいし、行くか」

「え?そんなあっさり?」

 少し拍子抜けの表情のエル。

「結局予定なしの行き詰った状況だし、情報収集しながら目標に進む方がやりやすい」

「それは、そうですけど」

「危険だが、無謀なわけじゃない」

 言い聞かせでしかないが、実際はそうだ。今の俺とエルなら、終末機相手には相性がいいはずだ。それを分かったうえで部下を派遣し、敗北したわけだが。

 三大怪魔だって相手にはならない。知性のない相手如きに負けるつもりはない。

「せめて魔界に戻って戦力を集めてからの方がいいのでは?」

「それは厳しい」

「理由は?」

「二つ。一つは、魔王幹部連中は今や俺の敵だからだ」

 まあ当然と言えば当然だ。終末機に負けたのも元を辿れば俺の責任。戦争に負けたのも俺が原因。さらには終末機を残したまま全てを放棄して封印、と。恨まない理由がない。

「だとしても、グランさんは?」

 グラン、魔界一の天才魔術師。俺を異世界から呼んだ張本人でもある。

 確かにあいつなら強力な戦力になる。出力はともかく、魔術の腕なら俺よりも上だったし。

 だが。

「グランは無理だ。恐らく現在あいつは魔界の王族、貴族に狙われ、逃亡を余儀なくされているはずだ」

「え、逃亡!?」

「恐らく、だがな」

「もしかして、私のせい、ですか?私に手助けしたから」

「いや、それは俺も予想外だったが。そういうわけじゃない」

 俺自身が恨まれることは分かっていた。そしてグランは俺の側近の立場だ。俺の側近なら、そうしたほうがいいと、助言した。さらにそうするのならと、一つ命令した。

 俺の最後の指示で、エルに人間との講和を任せることを指示させ、さらにはエルの逃亡の手助けをし、それにもう一つ。

「俺が保有していなかった宝具二つを窃盗させた」

「宝具の窃盗!?」

「少し気がかりだったからな。その二つだけは残しておきたくなかった」

 宝剣などの宝具の類いは俺が全てをアイテムボックスに保有できるわけもなく、王城保有分も結構あった。その中でも、強力な二つ。残しておくのは危険と判断しただけ。

「また嫌な命令ですね」

「ま、きっと上手くやってるだろ。俺もこうなることは想定してなかったから、こればっかりは仕方ない」

 もしかしたら、グランが予想外の事態を考慮して、俺が戻って来たときに合流できるように手配しているかもしれないが、なんせ確証がない。エルの一件もあるし、何より二つ目の理由がある。

「二つ目は時間だな」

「まあ確かに、結構な時間はかかっちゃいますね」

「・・・・・・・これは俺の想像、というか根も葉もない憶測にすぎないが」

 言おうか少し迷って、口にする。本当に根拠はないし、ばかげた話だから。

「なんです?」

「恐らく、あまり時間がない」

「・・・・・・・それは、どういう?」

「終末機が世界に現れるまでってことだ」

「それは・・・・・・・勘、ですか?」

「ああ」

 そんなこと分かるわけもない。前代未聞、歴史がない以上、統計的な憶測でもない。本当にただの勘。

「・・・・・・・その勘、の理由は?」

 聞いてくると思った。勘に理由を求めるなんておかしな話だが、俺が理由すらない勘を人に話すことはない。意味のない事を言うなんてあり得ないと、俺を理解しているから、聞いてきている。

 もちろん俺は答えを持っている。

「俺が、目覚めたからだ」

「目覚めた?」

「俺が眠る前、大体の起きる時間を推測したんだが、それがおよそ二百年前後っていう結果だった」

「それ、どうやって推測したんですか」

「んー、簡単に言うと・・・・・・・」

 魔力結晶の封印は通常、自然に崩壊するものではない。魔力結晶は長い年月で魔力を集積して出来るものだ。それがさらに長い年月で崩壊するなんておかしな話だ。

 だが、俺の場合は話が違う。

 俺は『魔王』だ。『魔王』というのはただの身分ではない。代々受け継がれてきた『王権』を手にしている存在のことを、『魔王』という。

 その『王権』が、魔力との関係性にとって強大過ぎる存在であったがゆえに、封印中、意識のない中で、魔力結晶内の魔力を消費して、封印を解除した。そうなると俺は分かっていた。

 魔力結晶は最高レベルに上等なもの。それを踏まえての演算で導き出した答え。それが二百年だ。

「・・・・・・・ってな感じだ」

「・・・・・・・まあ、なるほど」

 分かってないようで。

「まあ、大体分かればいい。俺も『王権』に関してはよく分からないんだから」

 持っていても分からない。父は王である証とだけ言っていたが、『王権』が何かしらの力を持つことはなんとなく分かる。ただ、それしか分からない。

 どんな力を持つのか、どうやって使うのか、そもそも使うものなのか。父はそれを言わなかったが、意図して伏せたのか、それともそもそも知らないのか、分からないことだらけだ。

 俺にも分からないことを、エルが知る必要はない。

「で、話の続きだが、俺は二百年後に起きるつもりだった」

「でも、確証はないんですよね?」

「まあな。そもそもしたことのない計算だし、未知の多い中での推測だ。当たるわけがない」

 テキトー、というかほぼほぼ勘だ。

「では、あまりあてには、」

「だが、流石にずれ過ぎだ」

 俺が推測したのが、早くとも二百年後、二百数十年後だ。だが実際は百三十年。七十年近くの差は大きすぎる。

 それほどの計算ミスで遅くなるのなら納得できる。だが、早くなるのはどうにも腑に落ちない。早すぎるのが、何より引っ掛かる。

「封印という名目で、あれほどの魔力結晶を使った。そうにもかかわらず百三十年で外に出れるのは早すぎるとは思わないか?」

「まあ、確かにそうですけど、それが、先ほどの勘の理由ですか?」

「終末機が世界に現界する。だから俺を目覚めさせた。そう考えてる」

「・・・・・・・運命論、的な?」

 きょとんとして、エルが首をかしげる。俺は冗談を言わないけど、まともに信じられないから反応に困ってるって感じだ。なんか面白いな。

「ま、無理に付け加えれば『王権』がそうさせたって可能性もある」

「『王権』が?」

 可能性の域を出ない話をするのは正直嫌だが、まあ今回は言うべきだと思う。時間もあるし。

「『王権』には意思がある。『王権』は持ち主を選ぶからな」

 代々受け継がれてきた『王権』というものは、継承する前に所持者が死んだ場合、自ら持ち主を選び、その者に宿る。

 歴史の中で一度だけ、終末機に殺された魔王がいた。結局は次期魔王と呼ばれた者に『王権』が渡ったわけだが、それが唯一の継承なしの受け継ぎだったわけだ。

 決してランダムではない。最も魔王にふさわしいものを選んだ。それが、『王権』の持つ意思を証明している。

「だとするなら、『王権』が未来を予知し、俺を起こした可能性もある。俺の開放を早められるのも、『王権』以外ないしな」

「未来予知、ですか。そんなこと、可能なんですか?」

「ま、現代魔術では不可能だ。神代でも微妙なところだが、あり得なくはない」

 未来を予測すること自体は難しいわけではない。ごく低い確率的な未来予測、つまり占いなら原理的に出来なくはない。

 だが、その確率が百パーに近づく、未来予知の段階まで到達すると、厳しくなる。未来というものは暫定的であるもので、未来を知ると暫定された未来が変わることになる。

 世界に影響を与える、それは世界が許さないらしい。世界の機能として、許さないのだ。

 仮に、完全な未来予知が出来るとして、それを実行するのなら、その未来通りに動く、誰にも他言しない、などの縛り、強力な代償魔術が必要になる。

 その世界と契約するかのような代償魔術を組むこと自体不可能で、結局は不可能と言わざるを得ない。

「・・・・・・・じゃあ、結論不可能ってことじゃ?」

 説明したが、よく分かっていない様子で聞き返してくる。まあ、分からないだろうな。あくまで俺が導き出した論理なのだから。

「今回は『王権』がしたって話だ。それは喋らないし、動かない、実態もない、だが意思だけはあるものだ」

 あるかどうかすら分からないものだ。確定しない存在。それはつまり、

「基本それの意思で、世界に、ひいては何かに干渉することはない。未来に関わっていないし、他の者に影響できない。つまり、俺が考える未来予知が不可能な理由に引っ掛からない」

 存在すら怪しいものだ。未来に登場すらしないものが、未来に影響できるわけがない。

 今回の、ごく稀なイレギュラーを除いて。

「『王権』所持者の封印。それが特殊過ぎて、世界の検問を突破できた、ってこと?」

「そんな感じだ。『王権』は界歴制定時からあったもので、存在している時間が長い。魔術において時間は重要なファクターだ。力を蓄えていても不思議じゃないしな」

 難しい話、というか根拠を話すのは疲れる。引き出しの多さを誇示するのはどうにも慣れない。意思伝達も魔術で一瞬で行えたなら良かったんだが。

「要するに、時間がないってことですね。あとどれくらいとか、目星つけてます?」

「それはさっぱり。一年以内ってのは覚悟しとくべきだな」

 百三十年の年月の果てだ。明日か、明後日か、一年後か、十年後か。皆目見当はつかないが、早くに想定して動くべきなのは確かだ。

「分かりました、出来るだけ時短で行動しましょう。次の目的地は魔獣の森にしますか」

「その前に、中央都市ガヴェインだな」

 魔獣の森は地理的に中央都市を挟んだ位置にある。人間界の真ん中に位置する大都市、王都の次に大きな都市だ。

 エルと合流したことで、今まで脅威だった魔王幹部や強力な騎士を恐れる必要はなくなったので、問題なく寄り道できる。

「そうですね。あ、すみません一つ・・・・・・・」

 エルが途中で言葉を止める。振り向いた先はベッドで、本人が起き上がる前に気づいたようだ。

「・・・・・・・ん、おはよう」

「はい、おはようございます、メグさん」

 丁寧にあいさつをするエル。話の続きは今度らしい。

 メグはベッドに座ったままきょろきょろしている。寝ぼけてでもいるのか。

「ま、とりあえず朝食行くか」

 メグが起きたんなら、動こう。まずは食事から。出発は明日の朝一でいい。今日は穏やかに休暇を過ごすとしよう。

 まあ、調査とかは必要だからな。

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