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22話 クジラとリンゴ

 四日後。俺は完治した。

 全身の傷はすっかり塞がれて、跡も残っていない。シャルロットの魔術と自分の魔力でしっかりと。

 あの夜の子供たちは全員無事だ。俺らが去ってから異常を感じた兵士が森に入って、子供を保護したそうだ。犯罪グループは全員死亡、俺らの存在には気づくはずもない。俺はともかく、シャルロットは覚えられないのだから。

 予定と四日もずれてしまったが、ようやく出発できるようになった。

「今日が来ちゃったかー」

「俺が怪我してよかったとか思ってないか?」

 今日の朝はそういう反応をするだろうとは思っていたが、予想通り過ぎて少し呆れる。

「思ってないよ!思ってないけど、寂しくて」

「・・・・・・・まあな」

「やけに素直だね!」

 俺にしては素直に返事する。シャルロットに応える形で、最後くらいは。

「ここは居心地よかったからな」

「それは良かった!」

「メグはどうだ?」

「・・・・・・・うん、楽しかった」

 有益な時間だった。安全な結界内でゆっくり過ごせて、当面の問題になりそうだった腕は治って、まあ最後の最後にトラブルはあったが、無事片付いたから良しとしよう。

 封印が解かれたから、いや、生まれてから一番安らぐ時間だった。

「・・・・・・・うん、私も。人生で一番!楽しかった!だから、少し・・・・・・・」

「別に泣かなくても」

 ゆっくりと、少しずつ涙を流す。まあこれも割と予想通りだけど。

「だって、寂しくて・・・・・・・もっと一緒に、遊びたかった」

 俺はついぞ遊んだ覚えはないがな。

 メグは流石に、そこまで感傷的にはならないか。顔を伏せて寂しがってはいるようだが。

「って、ごめんね!別れるときにこんなの、いけないよね!」

「別に。何を言おうが俺らは行くし」

「そうだよね、」

「それに。また、来れるから」

 俺らはシャルロットのことを忘れない。何日経っても、何年たっても、たとえ百年封印されても。

 根拠は単純。記憶の忘却は完璧じゃない。記憶に蓋をするだけであって、デリートするわけじゃない。

 そして俺にはその蓋はない。人間にたびたび起こる忘れるという現象、俺には起きない。なんせ俺は、これまで得た知識の全てを記憶しているのだから。

 上級魔族の脳なら、情報の重要性を高くしていれば可能な事だ。やろうと思えば出来る。だから俺は忘れない。それはしっかりと確かめもした。

 メグも問題はない。記憶を保持している俺が傍にいれば記憶の保持も回帰も容易い。いざとなれば、術式を埋め込めばいいわけだし。

 だけど、その根拠をシャルロットは聞かなかった。一応促しはしたが、言わなくていいと言った。

 信頼、というか確信だ。俺なら当たり前に出来る、やると疑っていない。今回はその意気に応えることにする。

「・・・・・・・うん、楽しみに!待ってる!」

「まあ気長に頼む」

「早く戻ってきてよ~、遅すぎると、ここの中お菓子だらけになっちゃうからね!」

「保存期間考えろよ」

「へへー、腕上げとくよ!」

 もう店開けるレベルだから、もう上げようがないと思うけどな。なんか珍味を作り始めそうで怖い。

「・・・・・・・シャル」

「ん?なになに、メグちゃん!」

 メグが自分から話した。

「魔法、ありがと。嬉しかった」

「うん!今度は、旅のお話たくさん聞かせてね!」

「・・・・・・・うん」

 メグとシャルロットはやっぱかなり打ち解けていて、少し悲しくなる。メグがまたここに来れるかは、分からないから。

 たとえ来れなくとも、記憶だけは残してあげようと思う。

 そろそろだ。昨日とった馬車の時間がある。

「じゃ、もう行く」

「うん!メグちゃん、レイカ、ものすっごく、ありがと!!」

「ああ」

「え、私も?代わらなくて・・・・・・・分かったよ。レイカ、この子のこと、私のこと、ありがとう。メグちゃんも、またね」

「・・・・・・・ばい、ばい」

 メグが手を振って、それに微笑んで、碧眼がピンクに戻る。

「じゃ、またな」

 その一言を最後に、背中を向ける。それに続いてメグも。

「またねー!気を付けてー!」

「あっとそうだ、これ」

 思い出したように半分だけ振り向いて、シャルロットに石を投げる。

「え?」

「この三日の治癒の対価だ。ちょうど余りがあったからな、ついでだ」

「これは、え!?」

 背を向けながら右手を振ってそのまま進む。ここで止まっても面倒くさいだけだし。

「もう!最後の最後は素直じゃないんだから!」

 確かに。忘れてたわけがないし、少しばかり、照れ隠し、したかな。

 シャルロットの両手の中には、俺の魔力が輝いていた。




 結界を出て、路地から出る。久しぶりに気を引き締めなければ。

 人身売買グループの事件から数日、兵士の警備が強化されている。犯罪者が現れたこともそうだが、そいつらの死に方を考えたら、当然だ。全員串刺で死亡、それをやった張本人は見つからずなわけだし。

 子供は全員無事で、外傷もなし。犯罪者殺した奴をとっ捕まえようとかではないと思うが、それをなせる程の者がいるとなれば警戒するのは普通のことだ。

 俺を運ぶときにシャルロットがしっかり配慮してくれていたのなら、俺の存在は目立っていないはずだ。そもそも忘却の呪いがついているから問題ない。

「・・・・・・・レイカ」

「ん?」

「さっきの・・・・・・・シャルに投げたの」

「メグが持ってるのと同じものだ。まあそれよりは出来が悪いと思うけど」

 わざわざ治療に使う魔力を抑えて、少し滞在時間を長くしてまで作ったものだ。

「・・・・・・・作ってあげたんだ」

「・・・・・・・まあな」

 非常に俺らしくないことは分かっているが、思い立ってしまっては仕方ない。それをしなければもう一日くらいは早く出発できた。最善を選ばないのはよくないが、シャルロットの恩義もないがしろにはしない。

 メグは、からかう様子で少し笑っている。

「シャルちゃん、嬉しそうだったよ」

「そんなにおかしいか?」

「ううん、おかしくない。おかしくないよ」

「・・・・・・・そっか。まあいいけど」

 言わんとしていることは分かるから、まあ触れなくていい。変わったことは俺も自覚してる。

 でも、俺から言わせればメグの方が変わった。以前は、他人全てを怖がっているように見えたから。今でも知らない人は怖いだろうけど、知ろうともしなかった。

 それは変化というより、成長のほうが正しいか。

「レイカ、また、馬車乗るの?」

「ああ、あと一時間くらいで出発だ」

 今回も馬車の旅をすることになる。魔力が治療でからっきしだから。

 それでも歩くことは出来るが、変なトラブルに引っ掛からないとも限らない。馬車の方が賢明だ。

「うん、分かった」

「今回は一晩で着く。シャルロットから色々もらえたから、暇つぶしは大丈夫だと思うが、我慢してくれ」

「大丈夫、だよ」

 不満の色は見えない。今回は俺が構ってあげることになりそうだが、それは仕方ない。

 だが、今の俺に痛みはない。ゆっくり、気持ちいい馬旅が出来そうだ。周りに気をまわして、景色や音、感覚で楽しむ。それが旅の醍醐味というもの。久しぶりに出来そうだな。

 そう思うと、少し楽しみにもなる。それに次の街は、潮の港町ロートレル。食べ物が美味しそうだ。

 ・・・・・・・以前はこんなこと考えもしなかっただろうに。少しシャルロットに影響されたか。

 いや、多分平和ボケに近い。俺の周りは全然平和じゃないが、以前と比べて空気が平和だ。あの平和な日本の約二倍の戦後からの年月が過ぎているのだから当然か。

 俺の周りももっと平和になってくれるといいが。

「そういえば聞いたか?昨日の話」

「あれだろ?空飛ぶクジラ」

「そうそうそれ!すげえよな、俺も見たかったわ」

「デマだろ、そんなんいるわけねえよ」

 騒がしい街の中。ある会話が耳に入り、足が止まる。

 話しているのは青年二人。少し躊躇ったが、その青年たちに向かうことにする。

「すみません、その話」

「ん?なにお兄さん、気になるの?」

「ただのデマ話だって」

「いやいや、そうでもないんだよ。結構な目撃者がいるし」

「クジラだぞ?あのクジラ。本当にいたのなら俺らが見えなかったのおかしいだろ」

「む、確かに」

「すみません、最初から聞いても?」

 デマかどうかはともかく、気になっから聞いてみる。

「いやさ、街の西側で、空飛ぶクジラを見たって人がいてさ。それが結構いて、怪奇現象かって話題になってるんだよ」

「新種の魔物とか?」

「それが北側に流れて行っただけだって話なんだよ。何の実害もなかったんだってさ」

「へー」

 実害なし、か。なぜクジラを飛ばそうと思ったのかは知らないが、クジラを飛ばしそうな奴に心当たりがあった。だだ、実害なしならフライングか。

 ただ、北側か。ロートレルはここから北西方向。少し気がかりだな。

「ま、たとえそれが本当でも、北側なら問題ないだろ。無剣が北の港街にいるって話だし」

「むけん?」

 また知らない単語が出てきた。ここでは聞き込みとかしていないからな。

 俺がロートレルに行くのは、シャルロットからの情報で、そこに龍牙の宝剣、ライラットがあるらしい。それをどうにか取り戻そうってことで行先を決めた。

 だがやっぱ、少しくらいは聞き込みしたほうが良かったか。

「無い剣で無剣だ。剣が見えないほど速いって噂の冒険者らしい」

「かっこいいよなー、俺もそんな冒険者になりてえわ」

「流石に盛られた話だろうが、強い冒険者がいるなら魔物くらい大丈夫だろ」

「クジラだぞ。冒険者一人にどうにかできるわけないだろ」

「だからそんなでかいのが飛ぶわけないだろ」

 無剣、か。まさかな。

「少し心配だな。今日北に行く予定だから」

「そうなの?もしかしてお兄さん冒険者?」

「いや、ただの旅人」

「それって冒険者じゃん!すげえ」

 冒険者に夢見るとか、こいつの将来心配だな。冒険者とか収入不安定、冬は稼げない、命と隣り合わせの危険なフリーター同然の職だ。冒険者なんて仕事の当てのなくなったそれに憧れるとか、普通に馬鹿だ。

「ま、いい話が聞けた。ありがとな」

「ちょっと!クジラ見たら今度教えてくれよなー!」

「ああ、次来た時この辺寄るから、見かけたら声かけてくれ!」

「おう!気を付けてな―」

 思いがけないところで情報を得た。空飛ぶクジラに無剣。情報の真偽はともかく、それらを真剣にとらえるなら、危険と希望の可能性がある。

 少し悩む。飛ぶクジラの脅威。正直そこまで重要性の高くない宝剣ライラット。行かない理由はある。だが。

「・・・・・・・無剣、ねぇ」

 自分で名乗ったのか、それとも名付けられたのか。どちらにしよ、調べておきたい。

 ・・・・・・・今、行先を変えるのもマイナスか。馬車はすぐにとれるもんじゃないし。

「・・・・・・・レイカ?行先、変えるの?」

「変えない。メグ、魚好きか?」

「え?ううん、骨痛いもん」

「そっか。骨のない魚いるといいな」

 まあいないけど。俺の魔術で取り除いてあげればいいか。魚が美味しい街だ。

 危険はあっても、今の俺なら多分問題ないだろうし、珍しい魚もきっとある。行かないのは損だ。

 マグロとかあるといいなぁ。




 運送屋まで歩く。急がなくても到着するのでゆっくりと。

 人通りに紛れて、周囲を見ながら歩く。メグは相変わらずローブの内側から、外を覗いている。

 少し歩きにくいが、まあ大丈夫か。

「・・・・・・・レイカ」

「ん?」

 前見たまま、聞き返す。

「あれ」

「どれ?」

「あれ」

 メグが指さした方向にあるのは果物屋。

「なにか気になるか?」

「・・・・・・・あの赤いの」

「リンゴだな」

 店頭に並ぶのはリンゴに野菜に根菜に。赤いのはリンゴと店番のおじさんの服だけ。

 不思議なことに、こっちでもリンゴはリンゴだ。なぜかはよく分からないが、ちなみにアップルもアップルだ。

「食べ物、なの?」

「アップルパイ食べてなかったか?」

 流石にアップルパイは日本からの異世界人が普及させた菓子だろうけど。俺がいたとき、リンゴはあったがアップルパイはなかった。俺が初の異世界転移者だから、そういうことだろう。

 世界とは不思議なもので、そういう類似点は多くある。やはりこれはこれって、誰もがしっくりくる名前だからだろうか。

「アップル・・・・・・・あの赤いのは食べたことない、よ?」

「・・・・・・・ま、食べればわかるか」

 そういうなら、その店に寄っていく。そこでリンゴを三個買って、そのうちの二個をアイテムボックスにしまう。

 その後、少し進んで開けたところに出る。座れるところに移動して、そこに並ぶ。

 手に持ったリンゴを八等分にカットして、種を取って、食器を出して盛って完成。食器は一度失っているが、シャルロットから調達できた。

「ほい、どうぞ」

「・・・・・・・白い」

「白いな」

「こっちは赤い」

「赤いな」

 なんの確認だろう。ん?待て。

「メグ、これ食べたことないのか?」

「うん」

「まじ?」

 リンゴだぞ、これ。希少でも何でもない、メジャーな果物だ。村から出たことないからって、そんなことあり得るのか。

「白いのは、見たことあるかも。赤いのは初めて」

「ああなるほど」

 皮切った状態しか見たことないのか。ならまあ、あり得るか。

「・・・・・・・この赤いの、食べられる?」

「食べて確かめればいい。どうぞ」

「・・・・・・・ん」

 手でおそるおそるって感じで手に取る。先っちょのところを小さく一口かじって、シャキっといい音いを鳴らす。

「・・・・・・・美味しい!」

 そう言って、今度は大きく口を開けてリンゴを食べ始める。そして、あっという間に一切れ食べきる。

 このリンゴ、結構新鮮だな。みずみずしいし、皮も綺麗な赤色だ。しっかり洗って汚れを取ると、日の光を反射していて輝いていた。

「でも」

「ん?」

「アップルパイじゃ、ないよ?」

 一切れ俺に差し出して、そんなことを言ってくる。食べても分からなかったか。

「・・・・・・・そうだな、そういう事にしとくか」

 その一切れを受け取る。そのまま半分くらいかじって、食べて、飲み込む。

「おいし?」

「美味しい。残りはメグが食べてくれ。ゆっくりでいい。それ食べたら行くぞ」

「うん」

 今は一個で足りるだろう。もう一口で、残りを食べきる。

 そういえば、リンゴなんていつから食べていなかっただろうか。食べようと思えばいくらでもだけど、そんな機会ないと食べなかった。好物というわけでもないし。

 もちろんアップルパイは口にしたけど、シャルロットそのまま果物は出さなかったからな。

 思いがけないところで機会を得て、少し良かった。これを機に色々食べてみようと思う。そしてまた、新鮮な気持ちで美味しいと感じようと思う。

 きっとそれは、今の俺に残っている楽しみってやつだ。そして、楽しまなきゃ損ってやつだ。

 この旅で、それを少しでも減らせたらいいと思う。そしたらきっと、いい旅だったって、思い出せるようになるかもしれないから。

 痛い思いも苦しい記憶も全てを塗りつぶす。それが俺の、今の俺のささやかな抵抗だ。

 そして今回は、何事もなく、次の街へと到着する。

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