2話 朝
メグと出会ったその次の日。
ゆっくりと日が昇っていくのを眺めながら、足を進めていた。胸にメグを抱えて。
夜の眠気と昨日の疲れ、ストレスで、その場を離れようと運んでいるうちにすぐに眠りについた。子供なら当然の時間だ。
起きる気配もなかったので、一夜そのまま歩き続けた。
食材調達などで足を止めてることも幾度かあったが、それだけ歩けば風景も変わる。今は広い草原を一人歩いている。
後ろを振り向けば遠くに森が、前を向けば眩く太陽。街も見えず流石に困った。せめて舗装された道があれば街に着きそうなものだが。いいと言えば魔物や獣の警戒をしなくていいのと、歩きやすさくらいだ。
「・・・・・・・そろそろ休むか」
何もない野原に腰を下ろす。前に抱えたメグもゆっくりと地面に寝かせる。身体に疲労がないとはいえ、精神には疲労が来る。肉体に疲労溜まってるように感じなくもないし。
バッグから木材を取り出し焚き火を付ける。とりあえずすることがない。コーヒーがあればと、ないものを思い浮かべるくらいしか。
食事もメグが起きてからでいい。下準備もとりあえずは済んでいる。あとは焼くだけなのだ。まあ、まさか人が増えるとは思わなかったので、肉しかないのだが、今日ばかりは我慢してもらうしかない。
暇な時間を動物の骨で色々作りながら過ごす。フォークとか、食器類だ。道中で作った石のナイフでゆっくり削っていく。
そんな地味な時間を過ごしているうちに、三時間ほどが経過した。
最初の二時間で工作は飽きて、それからは横になっていてぼーっとしていた。
・・・・・・・暇だ。メグの食事を済ませてからまた歩き始めようと思ったのだが、メグが起きない。
それもそうだ。俺の止まるタイミングが悪かった。止まったのは日の出の少し後。つまり時刻は朝の六、七時で、子供は寝てる時間だ。眠るのが少し早かったのは確かだが、あんな後で疲れないわけがなく、疲れればより休息が必要なのは明白だった。
空の眩しさに耐え切れなくなり、目を瞑る。
・・・・・・・少し、急ぎ過ぎたのかもしれない。何も迫ってきてはいないし、何も追っては来ていない。誰にも知られていない旅人で、俺は誰にも見られていないのだから。
眠くはないが、眠ることは出来る。身体に疲労がなくとも、休むことは重要かもしれない。
メグの普通の女の子のような寝顔を見て、そう思った。
「・・・・・・・・・・・ッ!」
視線を感じて一気に身体を起こす。すぐに周りを確認する。
いるのは驚いた様子のメグだけ。メグの起きる気配で俺も起きると思っていたので、少々驚いた。
俺が寝ているのを見て、気を遣って息を潜めていたのか。それともただ起きるのを待っていただけか。
無意識かは分からないが、確かに気配が消えかけていた。メグの才能か、はたまた日常で身についた技術か。周囲に同調し、周りの空気を日常的に読んでいたっていうのなら、メグにはあり得そうだ。
「お、おはよう?」
何故か疑問形の付いた挨拶が飛んでくる。そういえばさっきからなぜか牽制してる感じだ。俺が身構え過ぎていたせいか。
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
どうにか調子を取り戻して、メグに話しかける。
「・・・・・・・うん、眠れた」
そう言ってあくびを漏らす。悪夢でうなされるとかなくてよかった。
「とりあえず顔洗うか?」
「顔・・・・・・・水ないよ?」
「あるよ」
そう答えて、バッグから水を出す。俺の魔力を混ぜたもので、魔法で浮遊させる。
「・・・・・・・す、すごい。なんで浮いてるの!?どこから出したの!?」
「操作するくらい普通だ。保存に関しては俺はアイテムバッグの術式を持ってるから、なんでも格納可能だ」
実際このくらい魔法適性のある人間なら結構できることだ。アイテムボックスに関してはほぼいないと思うが。
「すごい、すごい!」
目を輝かせていて、もう眠気は吹っ飛んだみたいだ。でも一応出したし。
「うぷっ」
軽く顔に水を滑らせてあげた。
「ご飯食べたらさっさと出るぞ」
「ご飯あるの?」
「ないわけにもいかないだろ」
この子は朝ごはんのない家庭に育ったのか。それほど貧困してるようにも、親がろくでなしなようにも見えなかったが。
とりあえずはこの子の親のことはどうでもいい。今更どうでもいい事だし、思い出したくもないはずだ。さっさとご飯にしよう。
でも一つ問題が。
「すまんメグ、今食器とかはないんだ。俺が食べさせることになるけどいいか?」
そう言いながら肉を出して、火に近づける。食器はせめて葉っぱとかあればよかったんだが、それもさっぱり採り忘れた。
だが、想定していた反応とは違った返答だった。
「お肉だぁ」
目をいっそうキラキラ輝かせている。普段は子供らしくない冷めた子だが、普通の子供の反応が見れた。
「お肉、そんなにテンション上がるものか?前まで何食べて来たんだ」
「お魚とか、お野菜とか、パンとか」
「そんなものか。ほら、口空けろ」
メグの目の前までお肉を動かす。
「い、いいの?」
「ああ」
恐る恐る開けられる口に、さっさとお肉を放り込んだ。メグの表情が崩れていく。
「おいしー」
「すまんが肉しかないんだ。今日はこれだけで我慢してくれ」
メグの目の前に焼けた肉を次々と持っていく。肉だけは腐るほどあるからな。
「いいの!?こんなに?」
「遠慮はしなくていい。いつだって食べられるからな」
「いつだって食べられるの!?」
「・・・・・・・いちいち驚くなよ」
「だ、だって、お肉なんて高級品で、そうそう食べられるもんじゃないから」
そういうものか。人間は普通に畜産を営んでいるはずだが、そこまでないことあるのか。
魔物が増えて獣が狩りづらくなってるとか、そういう事情もありそうだな。魔物は大人数か、手練れがいないと基本倒せないから、被害も結構あるだろうし。
「本当に遠慮はいい。知らないことを知っていく、それこそ旅の醍醐味だ」
「・・・・・・・うん」
ゆっくり食べさせて、ササッと食事を終わらせた。流石に少女の食べる量なので、割と早くに終わった。
後は少し休んで、また進む。食事の後は動くのきついと思うから、消化させてから動く方がいい。
俺はそこで一つ、ミスを払拭しなければならないと思い立つ。昨日の時点で気づいていたが、結構サラッとやらかしてしまっている。
「なあメグ」
「なに?」
「俺の名前、覚えてるか?」
「・・・・・・・・・レイカ?」
「やっぱな」
分かってはいたが、やはり覚えてなかった。うっかりフルネーム答えるのは普通に馬鹿だった。気をつけよう。
「レイカ=アルスだ。一応覚えておけな。迷子とかになったときのために」
「・・・・・・・うん、覚えとく」
これでとりあえず、一つの懸念は解消された。
少し経ってから、火の処理をしてその場に立つ。早く先に進んで街に入りたい。出来れば警備の薄い大きな街に。そんなのこの辺の街じゃある訳ないと思うけど。
「そろそろ進むが、メグは俺が抱えていく。それでいいか?」
そっちの方が早いし、手間でもない。子供一人の体重が加わっても、何ら変わりなく進める。
けど、メグの反応は鈍かった。
「・・・・・・・歩きたい、自分で」
またもや予想外の反応だった。彼女は基本遠慮している。俺の言葉に反論はしないと思っていた。
わけを聞こうと思うと、自分から言ってきた。
「足でまといになりたくないの」
遠慮してるのはそっちだったようだ。自分がお荷物になってしまうから、俺の善意に遠慮したのだ。全くもって善意じゃないし、そっちの方が足でまといなんだが。
「・・・・・・・そう。じゃあ行くか」
「・・・・・・・うん」
少し嬉しそうに返事をした、ように感じた。
そうしたいと言うなら、そうさせてもいい。急ぎはしたいが、少し動いてあまりに遅かったら、また疲労が溜まってきたらやめさせればいい。そうすればあまり遅れにはならないはずだ。
この場を俺が来た前の状態に戻すと、また先を目指して歩き出した。後ろにメグがついてくるのは、さながらロールプレイングゲームのようで落ち着かないが、慣れるまで、そしてこの状況が終わるまでの辛抱だな。