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18話 メグとシャルロットと

 ズシャッ―――――

 レブウルフが鳴き声を上げてその場に倒れる。腹を掻っ捌かれて生きていられるわけもなく。

 シャルロットのところに来て三日目の午前。その間の仕事は、あまり辛くない。

 魔物の処理と素材回収。どうやら両方ともシャルロットが魔術に必要とするものらしい。アイテムボックスが使えるので運搬も楽だし、敵も強敵はいない。

 それに加えて、仕事時間の短さだ。なぜだか、仕事は最長三時間で切り上げて帰ってきて欲しいとシャルロットに頼まれた。雇い主の言いつけは守るが、理由は教えてくれないらしい。

 その間のシャルロットは相変わらずうるさい。術式を組むと言っても四六時中それにつきっきりというわけじゃない。俺がいない間もメグの相手をしているようで、メグと少し打ち解けていた。予定よりも時間がかかりそうなのは覚悟しないとな。

 術式を組む作業に、俺は介入できない。術式は効果は同じでも魔力の性質によって都度変わるものだ。適合するように改変しなければならないし、反復してずれを修正する作業も必要だ。

 任せるしか出来ない状況、もどかしい。

 魔獣をしまって結界に戻る。街に入って、路地に入って、周囲を警戒して結界に入る。

 そして広がるのは、街に似つかわしくない見慣れた草原。そして目の前にはピンク色の美少女。

「あ、おかえりレイカ!お疲れ様!」

「あ、ああ。いつもそこで待たなくていいんだが」

 毎回毎回、戻るときにはそこにいる。いつから待ってるんだか。

「・・・・・・・おかえり」

 そしてメグも。

「ああ。シャルロット、今日も収穫、地下置いとくぞ」

「うん!お茶の準備するね!」

 といった感じで、いつも通り地下に魔物の死体や薬草などを置いて、その後お茶を頂く。地下の冷たい空間は、物を保存しておくのに持って来いの環境だ。

 これを日に二回。移動時間を抜けば、仕事時間は二時間ほどだし、ノルマとかも特には出されない。テキトーにやってればいいらしい。アルバイトでももっとちゃんとしてると思う。

「・・・・・・・レイカ、疲れた?」

 メグが玄関のところで聞いてくる。これも大体いつも通り。中入って地下から外へ戻ってくるときの玄関に、メグはいる。いつもと同じ、定位置に。

「別に。なあメグ、お前シャルロットと何話してんだ?」

 俺がいるときは大体俺の傍にいるが、俺が聞いてるのは俺がいないときのこと。俺は大体コミュニケーション取らなくなると思ってたんだが、シャルロットと打ち解けてるのを見るに、何かしている。

「・・・・・・・別に。大したことは、してないよ?」

「・・・・・・・そうか。まあいいや、行くぞ」

 玄関を出て、いつもお茶するテーブルへ向かう。

 無理して知ることではないが、大体は見当がついている。俺がいない状態で、シャルロットとすること。さらには俺に隠しておきたいこと。ちなみにシャルロットも言わないので、メグが隠したいことだ。

 その情報と、少しの変化が見えれば、大体予想できる。




 ※




 レイカたちが来て、二日目。午前のレイカ不在時。

 これまでいつもついて行っていたらしいけど、流石にメグちゃんがレイカについては行くことは出来ない。レイカは戦いに行くわけだし、酷いシーンを見せるわけにはいかないから。

 それに、ここは安全だから。

 メグちゃんは、少し難しい。初日は、駄目駄目だった。拒絶はされないけど、受け入れてはくれない。仲良くしたいのになぁ。

 確か、村が焼かれたとかなんとかレイカが言っていた。心を閉ざすのに十分な境遇。でも、諦めたくない。

 という事で、今日も頑張ろう!

「メグちゃんメグちゃん、こっち終わったからなんかしよう!」

 正直もっと魔術の作業を進めることは出来るけど、レイカがいないときじゃないとメグちゃんと話す機会があまりないから。

 メグちゃんはレイカがいないときは、特に何もしてなさそうで、つまらなそう。たまにチェスをいじってるところを見るから、チェスが好きなんだろうか。

「・・・・・・・・・」

「チェスする?しよう!ね?メグちゃん!」

「・・・・・・・・・」

 やっぱ今日も反応なし。難しいなぁ。コミュニケーション得意じゃない私にとって、子供の相手はかなりハードル高い。

 けど、今日は。

「じゃあお茶にする?お菓子食べよ、」

「あの・・・・・・・」

「ッ!な、なにっ?何でも言って!」

「・・・・・・・あのっ!ま、ほう?教えて、ほしい」

「え?魔法?」

 初めて何か言ってくれた!やっと前進!嬉しい!けど、魔法?

「魔法、使いたいの?」

「・・・・・・・うん」

「もちろんいいよ!いいけど、どうして使いたいと思ったのか、聞いてもいい?」

 魔法とか、魔術とか、普通はこんな小さな人間の子がやることじゃない。まだ内に秘める魔力の絶対量が少ないから。魔力は身体に必須のエネルギーで、元が少なければ、すぐに身体に異常が出てしまう。

 だからもっと身体が出来てから教えることだ。子供が使いすぎると危ないことになりかねないから、教えるべきではないとされている。

 即いいよとか言ってしまった。良くないのに、嬉しすぎて。

「・・・・・・・・・」

「言いたくないなら、言わなくてもいいよ!」

「・・・・・・・何も出来ないのは、嫌だから」

「何も出来ない?それって」

「レイカの手を、煩わせたくないの」

「!」

 レイカの手を。こんなに小さな子供が、そんなことを考えるだなんて。何というか、大人だ。

「メグちゃんって今何歳なの?」

「え・・・・・・・八歳」

「・・・・・・・凄いね!八歳でそんなこと思うんだ」

「・・・・・・・うん」

「いいよ、教えてあげる!けど、ね」

 理由を聞いて、教えてあげたいと思ったし、そもそももういいよって返事しちゃったし。

 でも、甘やかしてばかりじゃ、危ないことになる。

「言う事ちゃんと聞いて、しっかり守らないと、途中でやめるから、それだけは覚えておいて」

「え、うん」

 真剣に。自分らしくないけど、嫌われちゃうかもしれないけど、こればかりはテキトーには出来ない。

 魔力はベタ踏みすると命の危機にも直結する。便利だけど、決して軽はずみなものではないことを理解してもらわないと、安全に考慮しないと。

 レイカにも、しっかり話して許可を取らなければならないし。

「・・・・・・・じゃあまずは知識からだね。簡単なのにするから。で、レイカから了解を得たら実践に、」

「あ、あの!」

「ん?どした?やっぱお茶いる?」

「・・・・・・・レイカには、内緒でやりたい」

「え」

 許可を、取らないと。だって子育てにはそれぞれの方針があるわけだし。子供じゃないらしいけど、今の保護者はレイカなわけで。

 でも、そんな目でみ、見られたら・・・・・・・。

「んー--・・・・・・・い、いよ、わかった!」

「ほんと?」

「・・・・・・・ほんと!」

 た、多分大丈夫、だと思う。分かんないけど、メグちゃんのために、怒られることを覚悟しよう!レイカに怒られる・・・・・・・凄く怖いけど!

 メグちゃんきっと真面目だから、ちゃんと丁寧に教えれば、問題ないと思う。それより。

 お話しするきっかけが出来て、凄く嬉しい!人に何か教えたこととかはないけど、今日から頑張っちゃおう!




 ※




 俺に魔力の変化を隠そうとしてるのが凄い。調子悪くとも、感覚だけで察知できてしまう。

 俺に話さないのは驚いたが、まあ問題はない。子供に良くないのは知ってるが、そもそも俺の子供じゃないし、シャルロットもそれを分かってるだろうから。

 持ち出したのはメグだ。やりたいならやらせればいいと思う。

「はいお茶!どうぞ!ケーキも!」

「せんきゅ。で、魔術の方はどうだ?」

「え!?あーと、じゅんちょう、かな!」

 これだよ。絶対順調じゃない。ひらがなで聞こえるあたり、分かりやすい。

 まあ自分で回復させればもっと時間がかかったはずだ。どんなスローペースでも、時間も消費も抑えられる。文句は言えない、か。

 だが一つ、気がかりなのは、シャルロットに不利益が生じるかもしれない、ということ。

「・・・・・・・言っておくが、俺を長くここに置いとくのは割と危ないかもだぞ」

「そう、なの?」

「魔王だし。それに、これは俺の勘だが、きっと俺を狙ってる奴がいる」

「そりゃみんなに魔王は狙われてるよ!」

 確かに魔王は狙われるだろうが、俺が言ってるのは俺のことだ。

「俺を、だ。俺の正体がばれてるかも、ってことだ」

 以前のフェイ戦。あの戦いに関わった魔王幹部は二人だ。フェイともう一人、人間に魔力を与えた存在。フェイが倒されたのなら、そいつに俺がばれてても不思議じゃない。逐一監視されてる感じはなかったけど、正直戦闘に手いっぱいで終盤は分からない。

「つまり、レイカがあの魔王だ!ってバレちゃってるってこと?」

「まあそうだな」

「でも大丈夫!この結界内は安全だから!」

「・・・・・・・かもな。まあ気にしないならいいけど」

 この結界は間違いなく凄腕だ。時間の経過による術式の強化も感じる。俺にすら組めない結界かもしれないほど、強力だ。

 だが、なくなるわけじゃない。この認識阻害の結界は隠すだけだ。空間の空白やら、気配やにおい、その存在を隠しはすれど、無くしはしない。異空間なわけじゃないのだから。バレれば脆い。

「うん!何も気にせず、居ていいから!」

「ところで、この結界お前が張ったわけじゃないよな?魔力供給はともかく」

 時間経過の感じを見るに、シャルロットの年齢以上はあると思う。

「・・・・・・・そうだね。私の、親かな」

「・・・・・・・そうか」

 どうやら地雷らしい。回避しとこ。

 出されたケーキにフォークを入れる。ふわふわしてるな。自分で焼いたらしい。

 ゆっくり口に運ぶ。クリームもしっかりしてて、口触りもいい。普通に料理上手いな。

「あのさ、レイカの偽装の術式って、魔力少なくない?大丈夫なの?」

「これか?これは概念術式だから」

「がいねん?」

「・・・・・・・この結界もそうなはずだが」

 概念術式。一つの概念を術式に組み込むことで、効果を増大させる術式の形。組むこと自体が難しい高等術式で、あまり知識としては普及されていないかもだ。使い道があまりないから。

「えっとー・・・・・・・」

「まあいいや。概念ってのはそのものの前提の性質ってことだ。その性質が成立している間は、強い能力を発揮する」

「えっと、つまり?」

「・・・・・・・俺の偽装は、『俺はレイカ=アルスという人間である』という概念が付与されてる。俺が世界からそう認識されてる内は起動するが、逆に?」

「・・・・・・・バレれば、術式が解除されちゃう?」

「正解」

 大体は概念というのは完全なもの。その完全性が失われれば、弱くなる。

 その完全性ってのは、術式には組み込みずらい。例えば、防壁に『絶対に壊れない』や、剣に『絶対斬れる』などという概念は付与できない。付けたとしても、誰も信じないから。

 だから、他人に何かを思われることのない、『隠す』こと以外には使えない。

「え?でも、私とか、メグちゃんとか、バレちゃってるよ?」

「それは問題ない。お前らなら、お前らに知られていることを術式に追加すれば、しっかり機能する」

 縁があり、その相手のデータがあるのなら、バレても組み直せば問題ない。ここには認識阻害の術式があったから、バラしても問題はなかった。問題があるのは。

「じゃあ、さっき言ったバレてるかもしれないってのは?」

「普通に組み直せない。終わる」

 簡単に言えば、敵にバレれてはいけない、予想外でバレてはいけないってこと。

「じゃあ終わってないってことは、まだバレてないってことじゃん!」

「単細胞かよ。個々人の術式が世界に作用するわけがない」

 知らんところでバレて俺の術式に変化がもたらされるなら、俺の術式が世界全てを把握していることになる。そんな魔術はない。

「つまり、目の前でお前は魔王だー!って言われたら、解かれるってこと?」

「そゆこと」

「またすごい術式だね!」

「ここの結界もな。バレれば崩れる。だから俺は危ないって言ったんだ」

「概念術式かっこいい!私にも教えてよ!」

 こいつ話聞いてないな。

「・・・・・・・まあ気にしてないならいいや。概念術式は無理だ。むず過ぎる」

「えー、私結構すごいよ?行けるよ!」

「んー・・・・・・・いや、説明するのも難しい」

 理論的には観測を軸にして組み込んだものだが、説明出来ないし、出来たとしてもしたくない。面倒くさいし、どうせ分かっても使えないと思う。

「そーなんだー、残念」

「使い道ないぞ、こんな魔術」

「じゃあなんでレイカはこんなの使えるの?」

 なんで、か。子供の頃から数えきれない量の術式を編み出してきた。俺の余分の、十六年分の知識も使って、便利な魔術、強大な魔術、複雑な魔術に究極の魔術。そのなんでも作っていた中の、テキトーに作った中の一つだったか。

 それでも、確かに役に立った一つ。そして、確かに言える理由がある一つ。

「それは・・・・・・・秘密だ」

「え、えー!なんで!?なんで秘密なの!?」

「秘密は秘密なんだよ」

「なにそれめっちゃ気になる!」

 別に隠す必要はないかもしれないけど、必要はなくとも隠したいことはある。俺にしては珍しい、理由のない願望ってやつだ。

「ねえねえ教えてよー」

「中学生かよ」

 いや、ただシャルロットからかって楽しんでいるだけかも。

「なにそれ新しい生物?なんで秘密なのー?」

「揺らすな!」

 いやいや、楽しくねえなお茶飲めないわ。

 でも、なんか和む。穏やかな気持ちが珍しくて、愛おしくて、もっと欲しいと思ってしまう。ずっと望んでいたことのようで、ずっとこうしていたいと思う。偽りでも、見せかけでも。

 草原の緑の真ん中で、お茶を飲んで、ケーキを食べて。まるでただの人間に戻ったように感じる。それがなんだか・・・・・・・。

「・・・・・・・そろそろやめろ!」

 右腕でシャルロットを振り払う。ずっと揺らされて、流石にイラついた。

「えー、ほんとに教えてくれないのー」

 そんな不満満載な声で言われても何も教えない。

「・・・・・・・ん、っと」

 また揺らされて、手に持ったお茶をこぼしそうになる。次に揺らしたのは、性懲りのないシャルロットじゃない。

「どうした、ってごめん、ほっといて」

「むー」

 こっちも不満そうな声を漏らす。シャルロットに構いすぎて、メグの頬を膨らませてしまった。魔術の話なんて分かるわけないよな。

「で、俺がいないときは何してたんだ?」

 話題に困ってとりあえず振ってみる。

「・・・・・・・私も秘密」

「そっか、そりゃ残念」

「もうちょっと気になってよ!」

 どうせ聞いても教えてくれないしな。

 こうやってゆったり平和が流れていく。だけど。

 平和が流れて行けば行くほど、危険になっていくと感じるのは、俺の考え過ぎなのか。そう思うことが少しあって、目を曇らせていた。

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