14話 苦痛
作ったシャーロと戦利品のコーヒー豆を持って、運送屋へ向かう。シャーロは冷やした後瓶に詰めてコーヒー豆と一緒に鞄に入れた。
シャーロの材料分の荷物はなくなり軽くはなったが、それでも結構な荷物だ。ポルコから鞄をもらえてよかった。
右手が塞がってしまうのは不便で仕方ないが。
とりあえず、そろそろ時間だ。早く戻らなければ。
「ねね、レイカ」
「ん?」
「さっきの、食べてみたい」
「ああ、ちょっと待って」
さっきは時間がなくて味見できなかった。熱かったし。
言われてバッグから取り出そうとする。が、片手は怪我で、片手はバッグ。バッグを下ろさないと取り出せない。
片手しかないことが本当に不便だ。普段は両手すら使わずに生活していたわけだし、当然と言えば当然だが。
「メグ、出すの面倒くさいし、馬車の中でも、」
「レイカさん」
「ッ!」
俺を呼んだのはメグじゃない。メグはそんな呼び方しないし、まず声が違う。
振り向いた先には見知った顔、エレシアがいた。
「・・・・・・・よく分かりましたね」
「抜け出して行くところならここかと。どうして抜け出したんですか。まだまともに動ける状態じゃないですよね」
それは分かってる。身体は動いても、普通は動けない。常に襲い続ける激痛と、だるさ。体温は高く、足取りは鉛を引きずるように重い。
そして、それを全て隠し続ける。
痛みの発する危険信号を無視し続けるのは、並の神経じゃない。まともなわけがない。
「・・・・・・・進みたい。立ち止まりたくない、それだけだ」
「どうしてそんなに急ぐんですか」
「時間がないからだ。時間が惜しい」
時間がない。ここに向かっているという騎士と鉢合わせる前に、ここを出ないとさらに時間を奪われる。
それは避けたい。いち早く戦力を集めないと、時間が足りなくなるかもしれないから。少なくとも、自分の不調の原因くらいは突き止めなければ、取り返しのつかないことになる。
まだ時間はあるはずだが、なんだか嫌な予感がする。できるだけ時間を無駄には出来ない。
「・・・・・・・なぜって聞いても答えてはくれないのでしょうね」
「・・・・・・・・・」
「でしたら何も聞きません。それに、無理に連れ戻しもしません。その代わり、」
「・・・・・・・その代わり?」
嫌な、予感がする。
「私も一緒に連れて行ってください」
「・・・・・・・はい?」
この人から、そんな自由人みたいなこと言われるとは思わなかった。そこらの冒険者に言われるのとはわけが違う。
「ですから、私を同行させてください」
「この街を守る役目は?」
「明日の朝には数人の騎士が率いる騎士団が到着するので大丈夫です。私も今回の件について報告する義務を受けましたので」
なるほど。でも、色々おかしい。
「一緒に行く意味は?そもそも、行き先が違うだろ」
「いいえ、恐らく一緒ですよ。馬車の目的地は?」
「・・・・・・・レクタ」
「なら一緒です。魔界側から来たのなら、王都の方に近づくのが普通ですから。私は王都の手前の都市、ローズが目的地なので、レクタを通ります」
まあそれが分かってなかったら、そんな申し出はしない。
「・・・・・・・・・」
「警戒もしなくていいです。監視とかではないですから」
「それ、たとえ監視でもそういうだろ」
「まあそうですけどね。あなたと共に行きたいのは私の興味です。言ってしまえば、面白そうだからです」
似つかわしくない言葉だが、騎士という身分に制限されてきたからこそ、そういう感情に敏感なのかもしれない。
その気持ちは、何となくわかる。
「・・・・・・・馬車は予約制だし、乗れないかも」
「その心配はありませんよ。なんたって私は誇り高き騎士様ですから」
職権乱用じゃねえか。
「・・・・・・・はぁ、好きにしろよもう」
「じゃあ遠慮なく。ありがとうございます!」
俺がどうこう言えることではないし、ここに拘束されないだけまだマシだ。
それに、嘘をついている感じはない。監視されているという訳ではないらしい。なら、あまり害はない。
しっかし。
「では、これから少しの間、よろしくお願いします」
そう言って差し出された手を、仕方なく握って握手をする。
これから、面倒くさくなることは、何となく予感した。
運送屋に着いて。
エレシアは宣言通り、騎士という身分を使って、俺の馬車の席を一つ、確保していた。エレシアは顔が広いだろうし、当然といえば当然だ。強力な護衛にもなるし。
そして、馬車は出発する。俺の旅が、再び動き出す。
街中を少し歩き、北の門を通って街の外へ。そこに広がるのは広い平原。
御者のおじさんが馬車を引いて、それが六つ、一列に道を歩く。一番後ろに護衛の冒険者を乗せ、俺たちは一番前。最大六人乗れる席を、三人で座っている。正面にエレシア、右にメグだ。
穏やかな情景が窓の外に続いている。だがそれを楽しむ余裕は俺にはなかった。
軽く揺れる馬車は、軽く痛みを誘発する。リズムを刻みながら揺れる風通しの良い馬車の中は、怪我がなければ心地よかっただろう。
それに加え、一人であったなら。
「心地よいですね。私こんな気分で馬車乗ったの初めてです!」
「騎士様なら、小さい時から移動でもっといい馬車乗ってるんじゃ」
「そうなんですけど、そういうときは、防御性能最大の堅苦しい馬車なので。それに勉強や領主様への挨拶とか、気の抜けない目的ですので、羽は伸ばせませんし」
そう言いながら、気持ちよさそうに伸びをする。剣は傍らに置き、無防備に小さい胸を前に突き出して、とても偉い騎士には見えない。ただの女子だ。
「今回も、報告の任務だよな?」
「そうですけど、なんだか自由というか、楽しいというか、旅してるみたいな錯覚がします。こういう馬車に乗るのが初めてだからかも知れません。いや、あなたと共にいるからですかね?」
「かもな」
何がか少しでも変われば、感じ方が一変することもある。
というか、報告の任務を受けたのなら、運送用の堅苦しい馬車が用意されているはず。
恐らく出発を自ら一日早めたのだと思う。冒険気分なのは軽く命令違反したからでは。
「この国が平和になって、騎士なんていらなくなったら、私もレイカさんたちと旅してみたいです」
「傍から見たら旅人一行と言うより、完全に親子だけどな」
「それは口説いてるんですか?」
「・・・・・・・かもな」
からかいの口調で言ってくるのを、軽くいなす。
すると、エレシアが軽く身を引いて、照れたように顔を火照らす。自分で振ったくせに、照れられても。
「そ、そですか。じゃあ私が騎士を引退したら、仲間に加えてくれますか?」
「それは断る」
「なんでですかぁ!」
普通に人間の仲間は募集してないし、する予定もない。そもそも、俺が死なないとこの国が平和になることなんてないし、その二つは成立しえない。
いやまあ、正確には仲間は募集している。信頼できる友達、三人の誰かしか望んでないが。
「まあそんな日は来ないんでしょうけどね。先日魔王が復活してしまったばかりですし」
「・・・・・・・まあそうだな」
「でも、魔王だってあなたの師匠みたく好戦的じゃないのかも。今まで動いていないわけですしね」
「まあ、そうだな。部下を集める動きもしてないようだしな」
まあ実際、好戦的かどうかなんて関係ない。力を持っている、それだけで人間にとっては悪だ。
「・・・・・・・話し方、変えないんですね」
いきなり話題を変えてきた。
「ん?不服か?」
「いえ、なんだか新鮮で。ちょっと嬉しいです」
「そう。それならよかったです、騎士様」
「ちょっとやめてくださいよ」
先にこの話持ち出したのそっちなのに。まあ俺も面倒くさいので、今更意識して話したりなんかしないが。
「ところで次の、ん?」
次の目的地の情報を聞こうと思ったところ、右腕を引っ張られて意識を向ける。言うまでもなくメグだ。
「さっきの・・・・・・・」
「あ、ああ、分かってる。ちょっと待って、って右腕掴まれてちゃ出せないんだが」
右腕をぎゅっとして離してくれない。取り出そうとするが、逃がしてくれない。なにこれ。
「ちょ、ちょっと離してくれ。って、なんか怒ってないか?」
「・・・・・・・怒って、ない」
じゃあ離して欲しいんだが。
「メグさんは、私と話してて構ってくれないから嫉妬してるんですよ」
「嫉妬してないもん!」
「それ認めてるだろ」
嫉妬してないなら、そんな言い方はしない。というか、ここまで大きい声出すの珍しいな。俺以外もいるっていうのに。
「私は、ただ・・・・・・・」
「エレシア、そういうわけで、私語禁止だ」
「禁止は止めましょうよ。とはいえ、少し落ち着きますか」
確かに禁止は秩序だちすぎるが、話し続けるわけにもいかない。なんせこの馬車には二日ほど揺られることになる。落ち着いて時間を過ごすべき。
「メグ、さっきのはもう少し後でいいか。まだ少し早い気がするから」
「うん、分かった」
「助かる」
メグは聞き分けが良くて助かる。別に食べたいなら食べてもいいが、少し休んでからにしたい。
とりあえず、深く、椅子に背を預ける。暇を持て余すように、なんでもないように馬車の天井を仰ぐ。
・・・・・・・なんでもない、わけがない。
治っていない胸の傷、そしてなにより生命力の抜けた腕は、想像以上に不具合を招いている。身体は疲れ切っている、気力は使い果たしている、神経はすり減り続けていく、まさに満身創痍と言える。
だが、痛みが睡眠を、休息を許さない。激痛が引いていかないから意識は落ちず、意識が落ちないから表情や仕草を取り繕わなければならず、また意識が落ちても深く寝入り過ぎると苦痛が表に出てしまうから、すぐに起きなければならない。
・・・・・・・・・全く、なんなんだ。こんなの、正気でいられる方がおかしい。
逆に、なんで耐えられているのか不思議なくらいだ。封印前の痛手のほうが酷かっただろうが、それでも間違いなく過去一の激痛だ。恐らく、いや確実に混ざっているから耐えられてるだけ。
なんせ、俺は痛みに慣れているというわけじゃない。元は日本人だし、それに魔王の俺は傷つく機会が少ないのだから。
耐えて、取り繕って、正体隠して、頭まで使って、周辺を警戒して。どうしてこんなことになったのかと運命を憎む。
俺が思い描いていたものとは程遠いくて、あらゆるものを並行処理して忙しくて、こんなつらい思いをするのなら・・・・・・・。
・・・・・・・駄目だ。何もしていないと、負の方向ばかりに思考がシフトしてしまう。
「・・・・・・・!」
「・・・・・・・レイカ?」
メグが、俺の服を引っ張って、顔を覗き込んでくる。メグのその薄いピンクの瞳は、ゆらゆら揺らいでいて。
「・・・・・・・・・・・」
「え?」
メグの頭に手を乗っけて、わしゃわしゃする。
負の感情をメグに気付かれ、更には心配されるほど参っていたなんて、情けない。いや、メグだからこそ気づけた機微だったのかもしれない。
そうだ。そうだったはずだ。
・・・・・・・俺は最強の魔王様だ。一撃で街を吹き飛ばせるほどの力を持った超チート持ちのチョーカッコいい魔王だったはずだ。
痛みごときで屈してどうする。小さい子供に心配されてどうする。楽に流されてどうする。
―――――『こんなことなら、異世界になんか来なければ良かった』
なんて、思ってたまるか。あんな退屈な世界に戻りたいだなんて、絶対に思わない。
辛くても、きつくても、悲しくとも。以前の何もない俺には戻りたくない。
魔王でなくとも、力がなくとも、長大な時間がなくても、俺はこっちで人生を謳歌する。
・・・・・・・だが。今の俺には、責任がある。清算すべき責任が。
すべきことを、当然のように。それを為すまでは。
・・・・・・・俺は魔王を辞められない。
「ちょ、レイカ?レイ、カ?」
メグの銀色の髪が俺の指から逃げていく。髪質がストレートで、サラサラ指を抜けていく。絡みつくことなく、定位置に戻るようにボサボサの髪が戻っていく。
その感触は、なんとも言えない心地良さがあった。
「レイカ、何してるの?レイカ」
「別に、何となく?」
「・・・・・・・怒っ、てるの?」
「怒ってないよ」
今度は、鷲掴みの形になっていた手を平らにして、少しボサボサになった髪を撫でて直す。髪質がいいのでそれはすぐに終わり、手を引っこめる。
「じゃあ今のは・・・・・・・」
「別に何でもないって。心配すんなってことだ」
「・・・・・・・うん」
自分でも、素直じゃないなと思う。気づいてもらえたことに感謝の一つでも言えばいいものの。
だが、これでいい。俺とメグは長い関係じゃない。
このままいけば多分父親はすぐに見つかる。メグに対して愛着を持っていようがなかろうが、そこで別れることになる。
・・・・・・・俺と共にいて、幸せになれることなんてありえないのだから。
結局、俺自身はどうでもいい。メグに、愛着を持たせないことが、一番重要だ。
「どうしたんです?」
「いや、何でもない。ちょっと戯れてただけだ」
「レイカさんが戯れることなんてあるんですか。びっくりするほど似合いませんね」
「否定はせんけど」
別に戯れてたわけでもないし。
「まあいいです。これ、良ければ」
そうして渡されたのは、一冊の本。硬い表紙の分厚い本で、タイトルを見た感じだと、物語小説みたいだ。
「暇になると思って持ってきていました。読みずらいかもしれませんが、良ければ読んでみてください」
エレシアと合流し、一緒にレクタまで行くことになったのが、運送屋の近くの道。そこから一度もエレシアは戻っていないので、俺がそこにいて、さらに同行することまで確信していたことになる。
何というか、納得がいかない。
まあでも、本に罪はないのでありがたく受け取る。エレシアにも罪があるわけではないが。
「メグさんには、難しいですかね?一応子供向けのも持って来たんですが」
「用意いいな」
「・・・・・・あり、がと」
「どういたしまして」
目を向けて感謝を言っている。下手くそながら笑みも浮かべて。控えめに言って極度の人見知りだったはずで、進歩と言うべき成長だろうか。
だが、アイテムボックスが使えない今では、暇を潰せるものがあるのはありがたい。気を紛らわせればいいが、そもそも内容が入ってこない可能性の方が高いか。
まあとりあえず、ゆっくり時間を過ごすしかなさそうだ。
そして小一時間ほど経って。
まだ十数ページしか進んでないことに気づいた。いつもより何倍も遅い。そして、内容もぼんやりで、少し呆れる。
そのあたりで、メグが俺の服を引いた。
「ん?お腹空いたか?」
ゆっくり頷く。確かに時間的にも、少し遅い昼食だ。
俺の横に置いた紙袋を、そのままメグに渡す。
「あ、お客さん、昼食持っていたようなので用意しませんでしたが、必要なら後ろの馬車から持ってきますよ?」
「いえ、大丈夫です。気遣いどうも」
予想外に一人増えたが、十分な量持っている。アイテムボックスに入れようとして買ったものだから。
「そういえばお昼時でしたね」
「エレシアも食べてくれ。庶民の食べ物が喉を通るならな」
「私普段からそんないい待遇受けてないですよ?家は爵位をもらってますけど、貴族の前に騎士なので」
市民の気持ちを理解するのも騎士の務めってやつか。
「ならどうぞ」
「ありがとうございます。にしても、どうしてそんなに?」
「そこには触れないでくれ」
「もしかして、私が来るの予想してました?」
「だから触れんなって」
満身創痍の身体でそんなこと考えられたわけない。想定するほどの余裕もなかった。
「レイカ、これ、どう使うの?」
シャーロの瓶を取り出したメグが言う。
「パンの中心に切り込みを入れて流し込めばいい。これ、ナイフ」
ポッケに入れていたナイフをメグに渡す。子供には危ないだとか、そういうのは捨て置いた。今は動きたくないし、何かを口に入れる気もしない。
「メグさん、貸してください。私がやりますよ」
「・・・・・・・うん」
「ところで、この白いのは何ですか?」
「俺の、故郷の郷土品だ。毒は入ってないから」
「そんなの見ればわかりますよ。こんなに白いんですから」
「毒を見た目で判断しないほうがいい。それに成分的にも、だ。術式の付与された食べ物なら毒の反応を一切見せずに、人を殺せる」
呪術よりの術式ではあるけど、そういうものなら毒のきかない俺相手でも毒と同じ効果を与えられる。もちろん、即死させられるほどの効果を付与するのは無理だが。
「それはそうですけど。なんでいきなりそんな真面目に?」
いや、確かに。頭が上手く働かないせいだ。全く。
「昔魔術を学んでいた時に、得た知識を披露しただけだ、気にしなくていい」
「道理でそんな魔術に長けてるわけですね」
「・・・・・・・勤勉なんだよ、俺は」
「自分で言う事じゃないですね。はい、どうぞ」
俺のイメージ通りにシャーロが挟まれたパンを差し出される。
「・・・・・・・」
「ん?どうしたんですか?」
「俺はいい。メグに渡してくれ」
残念ながら喉を通りそうにない。王族だから高級品しか好まないわけじゃないが。
「あ、そうですね。はい」
「・・・・・・・ありがと」
分かってないな、この人。いや、分かってて、分かってないふりしてるな。
「では、どうぞ」
「俺は食べなくていい。お腹空いてないし。二人でどうぞ」
「食べないと大きくなりませんよ?」
「それは自虐か?自分の小さい胸に対しての」
「お、女の子になんてこと言うんですかっ!ま、まだ成長過程って言うか、ってそうじゃなくて!」
照れながら、慌てて話を戻す。まだ胸を隠した腕が戻ってないが。
「食べないと、怪我にもよくありません」
パンとシャーロじゃ栄養の足しにもならないだろうし、食べても食べなくても変わらない。それに何かをお腹に入れたら、痛みで吐き気を催しそうだし。
「とりあえずはいいよ。後で食べるから」
「もしかして、本当に毒でも入れたんですか?」
「それをメグに進めるわけないだろ」
「それもそうですね。でも、食べないとメグさんも不安になります」
俺からしたら、だからどうしたって言うところだ。それに俺の正体をなんとなく知っているメグなら、そんな感情も湧かないだろうし。
「小食なのはメグも知って、」
「それに」
「・・・・・・・それに?」
「ご飯はみんなで食べたほうが美味しいですから」
そんな気分だけの根拠もない理論で、俺は吐き気を我慢しなければならないのか。話にならないな、全く・・・・・・・。
「・・・・・・・いただきます」
「はい、いえ、私の台詞ですよ、それは」
エレシアの手から投げられたパンをしっかりキャッチする。食べ物を投げるとは、本当に品位ある騎士様なのか。
「御者さんもどうぞ。食べられます?」
「私もいいんですか?エレシア様から頂けるとは、光栄です!ええでは一つ」
「恐縮です!」
出所は俺なんだが、エレシアから手渡されること自体がってことだな。こう見ると、どれだけ慕われているのかが伺える。あ、アレルギー大丈夫だろうか、卵入ってるんだが。
「・・・・・・・美味しい!甘い!」
その疑念は、咀嚼を終えたメグの一言で飛ばされてしまった。まあ多分平気だろう。平気じゃなくても俺は悪くないし。
「そっか」
「では私も、いただきます」
「・・・・・・・」
なんか、食欲ないときみたいな拒絶反応がある。あるいは、大食いした後食べ物が口に入らない、みたいな。口が空いても、手が動かない。
「美味し!なんですかこれ、美味しいです!今まで食べたことない味で」
「それはよかった」
「・・・・・・・やっぱり、食べられませんか」
「分かってんなら勧めないで欲しいんだが」
「でも、食べないと持ちませんよ」
俺が人間なら、そうだろうけど、あいにく人間ほど脆弱じゃない。確かに食事なりの栄養補給は必要だが、そのインターバルは人間よりも圧倒的に長く、量も少なく済む。
その点で言えば、食事を必要とするのはかなり後になる。負傷している時点で、栄養失調は恒久的問題な気もするが。
「・・・・・・・はぁ」
観念して、一口。もっと胃に優しいものを口にしたい気持ちはあるが、持ってきたのが俺である以上は何も言えない。
案の定、味なんて分かったもんじゃない。喉の通りづらさと、胃に物を入れることの嫌悪感しか感じない。
どうにか一口飲み込んで、またため息が出る。
「・・・・・・・やっぱり、苦しいですか」
「・・・・・・・大丈夫?」
エレシアに続いてメグも、心配の目線を向けてくる。みんなで食べたほうが美味しい、か。ほんとにそうだろうか。俺は全然楽しくない。
「・・・・・・・大丈夫」
もう一度だけため息をついて、強がってもう一口。二、三口。大きめにかじってどうにかパンを減らす。
・・・・・・・やっぱ、苦しいな。顎を動かすだけで、妙に汗が滲みでる。
「美味しい、ですか?」
味なんて分かんないし、それを承知で聞いている口ぶりだ。やっぱ、この人助けたの間違いだったかもしれない。
「・・・・・・・美味しい」
「それはよかった。やっぱ毒は入ってませんでしたね」
「・・・・・・・」
もう返す言葉すら面倒くさい。
どうにか一個食べきって、一息ついた。一息つける状態ではないが。
でも、思ったより吐き気などには襲われなかった。全くないと言えば嘘になるが、そこはよかったと思うべきか。
どうあれ、しばらくは何も口にしたくないと強く思った。