12話 かろうじての生存
「・・・・・・・くそっ」
意識が飛びそうになるのを、首を振ってどうにか持ち堪える。今の魔力量で意識を失ってしまうと、偽装魔術が切れてしまう。
激しい痛みを意識の外に持っていくように、体内で魔力を廻す。したこともない魔力回復を促進させる方法だ。その効果は無に等しい微々たるものだが、今の状況じゃあ割と使えるものだ。
とりあえず、使える魔力をギリギリまで使って、胸の傷を回復しなければ。胸に刺さった剣を抜かないと、エレシアたちに言い訳できな、
「レイカさーん!何処ですかー!」
「ッ!!」
来るのが早い。まだ氷樹が崩壊しきってないのに、探しに来るとは。
どうする。剣を抜いた後の止血が出来るほどの魔力、まだ回復していない。
「・・・・・・・はぁ」
胸に刺さった宝剣を、アイテムボックスに収納した。瞬間、胸から一気に血が噴き出す。
このままじゃ、失血死で死ぬ。魔王が失血死とか笑えない。
しょうがないので、最後の手段だ。左腕の生命エネルギーを魔力に変換、それを胸の応急処置に使用して、どうにかした。代わりに、左腕がミイラみたいに痩せこけてしまったが。
左腕を使った代償で身体がどっと疲れたのか、自然と地面に倒れ込む。その後すぐにエレシアが俺の元に到着した。
そこからは、割とあっという間に事が進んだ。
襲撃した盗賊の残党は、俺の安否を確認した後また戦場に戻ったエレシアの活躍で掃討され、捉えられた。
俺はあの後、この街の衛生兵に回収され、治療を受けた。と言っても、普通の衛生兵に治せる傷な訳がなく、微々たる回復をした後、「なんで生きてるの!?」と驚かれる始末だ。人間の構造上はギリ生きられる筈だが。
まあそれでも楽にはなった。身体を覆っていた氷を取り除けたし、止血に必要な魔力も少なくなった。自身の魔力の回復速度も、なぜだか良くなっているし。
とりあえずは、兵舎で療養することになってしまったが。
長居はしたくなかったが、今の俺の状況からして仕方ない。満身創痍な上、溜めていた魔力も使い切った。この状態で動いてもあまり意味がないし、むしろ安全なここにいるのはいいかもしれない。
・・・・・・・エレシアさえいなければ、の話だが。
兵舎の一部屋を借りて、一晩経った。
食事を持ってきてくれて、多少の治癒もしてくれて、時刻は朝八時くらいになったところで、エレシアが部屋に訪れた。
「レイカさん、調子はどうですか?」
「まあ、良くはなった」
「そうですか」
最初はこんな感じで入ったが、何を聞きたいのかはなんとなく分かる。真剣な空気が伝わってくる。
「街は?」
「復興してます。盗賊から聞いた、魔力を分け与える存在に関しての情報はありませんでした。攻めてくる様子も今のところはありません」
「そっか」
「・・・・・・・こんな状況で聞くべきではないんでしょうけど」
「・・・・・・・・・」
「あなたは、何者なんですか」
「・・・・・・・何者、か」
そこに、触れないわけがない。だからここに残りたくはなかった。
「魔王幹部に勝てる旅人なんて、普通ではないです」
「俺が普通だったら、この街は残ってない」
「それは感謝してもし切れません。ですが、私は騎士として、この街を護るものとして、聞かなければなりません」
正直、エレシアに疑念を抱かれると不都合だ。剣聖の家系である以上、剣聖本人に話が行くことも十分ありうる。目の前に立たれれば『縁』の関係で気づかれる可能性もある。
そもそも、この街の話、それにフェイのことも周知の事実となるわけで、何か変な疑いでここに拘束されるのが一番やばい。
「あなたの尋常でない実力もそうですが、もう一つはその腕です。私含めこの街の全員その症状について何もわからず、全く治癒魔術を受け付けなかった。何の説明もなければ、疑問を持たざるを得ません」
「・・・・・・・」
だからこれは使いたくなかった。人間の世界の知識には存在しない古代の術式だ。
人間の知識でこの術式を理解するのは難しい上、人間がこうなってしまった腕を治すことは不可能に近い。知識として普及されるわけがない。
「・・・・・・・あなたは強い。ですが、それでも相手はあなたよりも強かったように思えます。それでもあなたが戦えたのは、あの異常なまでの対応力があったからです。その技術がどこから来るのか、出来ることなら話して欲しい」
「・・・・・・・まあ、話すしかないだろうな」
逃げられる気配はない。逃亡も、今の俺じゃ難しい。これほどばらしてしまっては、魔族と無関係には出来ないだろう。
「全ては、俺の師匠のおかげだ。魔王幹部第一席であった、師匠の」
「だ、第一席!?そ、それはもしかして!」
「魔王幹部第一席、神速のエルノア」
正確には知らないが、俺の指示通りなら、かつて人間との種族戦争において、戦後のことを任せた人物だ。和平交渉などをあいつがやったなら、人間にも周知のはず。
「まさか、魔王幹部最強の方と面識があるとは」
エルノアは確かに最強だが、この様子だと真に強さを理解していない。
魔王幹部の席は、強さで決まるわけじゃない。一番強いから第一席というわけではないのだ。
そう聞けば人間が勘違いするのは無理ないが。
「魔王幹部に教えられたから、魔王幹部とも戦えた。さらに言えば、魔王幹部の術式についても多少聞いてはいた。だから先回りして指示を出せたし、対応も出来た」
「・・・・・・・・・」
「この腕も最後の手段として教えられた魔族の魔術だ。これで、納得できたか?」
辻褄は合わせられたし、否定する材料はどこにもないだろう。逆に言えば、肯定する材料もないが。
ただ、エレシアからすれば妥当な話ではあるはずだ。魔王幹部とやり合った時点で、俺を魔族だなんて思わないだろうし、人間の俺が勝てるとしたら、それくらいの憶測しか思い浮かばないだろう。
「・・・・・・・なるほど。ですがそれは、」
「分かってるし知ってる。ルール違反だってことは」
魔王幹部と遭遇していたこと自体が、ルール違反だ。いや、そのはずだ。
見たわけではないが、恐らく終戦後から魔王幹部は指名手配されているのだろう。エレシアの反応からして明らかだし、当たり前の対応だ。
「知っててなぜ」
「魔王幹部だからと言って、人間に敵対的だとは限らないってことだ。師匠のように、優しく、争いを嫌うのもいる」
「それは・・・・・・・」
否定は出来ないはずだ。魔族と人間が共存している時点で、魔族は人間と同じ感情を有していることは明らかとなった。生まれながらにして性格に偏りはなく、その人生、これまでの経験や記憶が、性格を形成している。
それは魔王幹部とて例外じゃない。力ある魔王幹部が敵対的であるとすることは、当然の判断ではあるが。
「生き方の分からない俺に、生きる術を教えてくれた。師匠には、返しきれない恩がある。そんな師匠を売るわけないだろ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・悪い人じゃない。し、それに今どこにいるとか分からないし、話したって仕方ない」
居場所を知る方法がない。あるのなら教えて欲しいくらいだ。師匠兼部下の居場所を。
「・・・・・・・いい、お師匠さんなんですね」
「騎士様としては見過ごせないし、認められないのは仕方ない。だが、あんたも、この街自体も、間接的に師匠に救われてる」
「・・・・・・・分かっています。何も聞きませんし、聞きたいことは聞けました」
「理解が早くて助かる」
情報は出せないことを、理解してくれたようで良かった。もっとも、今の師匠がどんななのかは分からないわけだが。まあ死んでいることはないだろうけど。
とりあえず、どうにかごまかせたようで良かった。真実に嘘を混ぜる、ブラフの基本だ。
「・・・・・・・レイカさん」
「ん?」
「・・・・・・・すみません、ちゃんと言ってませんでした」
「ん?」
「・・・・・・・ありがとうございましたっ」
「・・・・・・・」
深々と、しみじみと、頭を下げて。綺麗な姿勢で、心からの声で、俺にお礼を述べた。
騎士が頭を下げることの意味。普通は心から忠誠を誓う相手にしかしない事。いや、出来ないことだ。
けして容易く行えない行為だと、俺は知っている。
「私じゃ、不可能だった。護り切れなかった。それを代わりに護ってくれて、本当に、ありがとうございました!」
自分の命ではなく、自分の責務のこと。謝罪じゃなくて感謝を言ったこと。
・・・・・・・いい騎士だな。
「下げなくていい。俺だって助けられた」
「・・・・・・・お気遣いありがとうございます」
俺の事情もあったわけで、実際助けられたのは俺だ。この街は結果的に助けられただけ。まあ説明なんて不可能で、俺は彼女の誠意に応えられないが、この街を救った対価だと思うしかない。
・・・・・・・俺の正体を知れば、何をしようが害敵でしかないのだから。
そう言えば、俺からも一つ、聞きたいことがあった。
「・・・・・・・一つ、いいか?」
「いえ、私からもう一つ、先に」
「ん?」
ここで譲ってくれないことで、何となく察した。
「メグさんのことです。昨日からあなたに会いたいと駄々をこねていて。・・・・・連れてきますか?」
俺の腕を一瞥して、そう聞いてくる。この大怪我を子供に見せるべきではないと判断したのだろう。
全く持ってその通りだが。
「連れてきてください」
あまり迷惑をかけていられない。メグが駄々をこねてる姿は想像できないが。
エレシアが女性の部下に合図を送ってくれた。
「ところで、聞いていいですか?」
「ん?また?」
「あ、いえ、気になって。あの村で助けた子ですよね?以前から知り合いだったんですか?」
以前から、ね。その日の昼に見かけた覚えはあったが、会話した覚えはないし、ほぼ初対面だったはず。
「いんや。なんであんななついてんのか、俺が教えて欲しいくらいだ」
「あ、そうですか」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
エレシアの聞きたいことを汲み取ったせいで、変な沈黙が訪れてしまった。
でも、話せることもない。メグが何を思って俺にこだわるのか。それは本人に聞かなければ分からない。
「レイカ!!」
「エレシア様、連れてきましたって、ちょっと!?」
「お、おうメグ、ひさしぶっ、」
「レイカ、レイカッ!!」
「っつ、ちょ待てメグ」
「メグさんそれは!」
ドアに姿を現したと思ったら、いきなり抱きつかれた。いつからこんなことする奴になったのか、妙に子供らしい。
と、そんなことより、俺の左側にはあまり触れないで欲しい。ちょうどドアが左側にあったのが悪かった。
「会えて良かったっ!会え、て・・・・・・・っ!!」
「落ち着けメグ、分かったから」
「左手が、・・・・・・・レイカっ、死ぬの?」
青ざめた顔で泣き顔を見せるメグを見て、何となく分かった。メグらしくない行動も、表情も。
心配しているのだ。何故俺にすがるのかは分からないが、独りでいることを怖がっているメグが俺を心配するのは当然のこと、か。
心配されるのなんて久しぶりすぎて、実感が湧かない。
「・・・・・・・死なない。ちょっと痩せただけだ」
メグの頭に手を乗せる。すぐに、自分が笑っていることも自覚した。少し力を入れられればボキッと折れてしまうほど脆くなった重症の腕を、冗談交じりに話してしまうほど、心が和やかだった。
「・・・・・・・本当?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとな、メグ。けど、左腕は触らないでくれ。あとベッドから降りてくれ」
「もう、離れたくない、の・・・・・・・一人は、嫌、なの・・・・・・・」
「分かってる。分かってるから、安心しろ」
何度も聞いた。何度も。不安そうな声で、泣きそうな顔で、抱き止めようとしてまで抵抗して、そう簡単には忘れない。その言葉の重みを。
「悪かった、メグ。怖い思いさせて」
「・・・・・・・うんっ」
正直良い保護者みたいで納得行かないが、まあ今は別にいいと思う。全てが何とかなったからか、メグがあの一歩を踏み出したからか、それともここが兵舎だからか。なぜそう思うかははっきりしないが、嫌なことを我慢しているわけじゃない。
・・・・・・・ただしたいことを。魔王のとき、俺が望んだことだ。
「レイカさん、では私たちはこれで。メグさんをよろしくお願いします」
「ああ。エレシア、メグをありがとう」
「あなた!偉大なる騎士様をっ!」
女性の兵士?が声を荒らげるのを、エレシアが手で止めた。確かに、一般人が騎士を呼び捨てなどしない。必要性を求めた演技を最初にした結果、これがしっくり来てしまった。
「いいですよ、そのくらい。この人は英雄ですから」
「え、エレシア様がそう言うなら」
英雄って。むずがゆくなるな。
「あの、英雄とかやめてください。というか、俺が魔王幹部を倒したとか、広めないでくださいよ」
「え?それは魔王幹部とかに目をつけられたくないってことですか?」
「・・・・・・・話が早くて助かります」
「でも、レイカさん南の関所前広場で、市民を助けてくれましたよね?もう顔とかはバレてるんじゃないですかね?」
そうだったな。それに加えてギルドにも顔を出しているから、きっとばれてるだろうな。
「まあ、出来れば魔王幹部は剣聖の家系の騎士様が倒したってことにして欲しいってことです」
「・・・・・・・それは、厳しいですね。大々的に公表するわけじゃないので、あなたのことを話さなければ私がって、ほとんどの人が解釈すると思いますが、私を知っている優秀な騎士の場合は違います」
「というと?」
大体言いたいことは分かるが、俺が言う事じゃないので続きを促す。
「未熟な私では、力不足であると分かっているからです。私の兄様や、兄様に近い実力を持つ騎士様方は、敵の実力を正確に理解しています。だとすれば、たとえ嘘を付いたとしても、それはばれてしまいます」
「・・・・・・・まあ、隠すも隠さないもないか。今更人の意思でどうにかなることじゃないし」
一度広まったものを消すことは不可能だ。大人数の記憶を削除する大型術式を使ったとしても、完全には消せない。原理的に復元可能なのだ。記憶を完全に消すには、存在を消すしか方法はない。
上級騎士に関しては、鉢合わせでもしない限り問題ないと思う。俺の偽装は完璧だ。
「では。ゆっくり、安静にしていてください」
「はい」
エレシアと兵士達は、俺の部屋を後にした。残されたのは、俺と俺の膝の上に乗っかっているメグだけ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
一日二日しか経っていないのに、久しぶりとも思える心地よい静寂がこの部屋に訪れた。
でも、一つだけ。
「・・・・・・・そろそろ、降りてくれない?」
「・・・・・・・もう少し、だけ」
「お前そんな感じだったか?」
「・・・・・・・・・」
まあ別にいいけど。胸も最初から薄く防護したので痛くないし。
メグには外傷はなさそうで、とりあえずはよかった。あっても取り返しのつかない怪我は俺が治せるので、心配するまでもないが。
これからどうするか。ギルドのフローラが言っていたが、魔王幹部の目撃情報はここしばらくなかったらしい。だとしたら、今回の襲撃事件の注目度はかなり高い。
もたもたしていたら王都の騎士が派遣されることは容易に想像できる。この件の裏にもう一人、魔王幹部がいることは伝わるだろうし、この周辺を探索することは当然の判断だろう。
ただ、それでも移動の時間はどうしようもない。かなりの人数を動かすだろうし、だとしたらまだまだ猶予は全然ある。
・・・・・・・今は、のんびりするべきか。
難しいことは考えず。先のことは先の自分に任せればいい。大怪我をしたときくらい、身体の頭もゆっくりさせるべきだ。
身体が倒れてベッドに寝転がる。することも、すべきことも何もない。今日は存分に、時間を無駄遣いするとしよう。