11話 劣勢の戦い方
カキッ、キンッ、カキンッ!
火花が散る。剣戟の高い音が広場を埋める。
蒼い剣と赤い剣がぶつかり合う。フェイが攻めて俺がいなす、という形ではあるが、どうにか勝負になっている。
俺のこの剣は、銘剣アルス。俺が最も尊敬している人と、俺の友人の鍛冶師の合作の魔剣。魔王に即位する際に譲り受けた至高の一品だ。
フェイと戦ったのは魔王に即位する前の、『試練』のときだから、この剣は知らないはずだ。だから魔王だってバレることはないし、この剣を上手く使うことができる。
剣で戦うこの状況も、大方推定通り。使える魔力や魔力出力に限りがある俺にとって、魔術で戦われたり、切り札を早々に切られていたら危なかった。
フェイには俺が優秀な魔術師に見えているだろう。解呪、回復と、優秀な魔術を見せてきたから。
魔術師相手に距離を詰めて戦うのは定石だし、当然近距離の剣戟を望むだろうけど、それだけじゃ心配だった。
だからあえて、必要以上に煽った。フェイは冷静な男だ。煽れば逆に自制がかかり、切り札の使い時を見極める行動に出る。
油断されない代わりに、下手な手を打たせないようにした。
その思惑通り、今の状況に持ち込めた。魔術は使ってくるものの、距離を離しはしない。
このままだ。このまま、隙を見極め。
・・・・・・・切り札を切らす前に、即死させる。
それが俺の、現実的に勝てる一手だ。
※
「くっそ!死ねぇ!」
そんな頭のない奴の攻撃を避けて、首を捌く。これで六人目。
お父様より譲り受けた宝剣フィーロードでなくとも、雑兵の相手くらい問題ない。魔力攻撃も問題なく防げる。
戦線も大体下げられた。ここまで下げてしまうと、兵士だけで防ぐのは結構きつい。だが、私が相手を削ればどうにかなるだろう。
「エレシア様!」
「大丈夫、あなたたちは戦線維持に集中!」
「ですが、もう少し戦線を前に出した方がいいかと」
「・・・・・・・いや、そのままで維持して」
「了解です!」
私も、ここまで押し返せる状況になったのなら、前に上げても問題ないと思った。何より、そうすれば私もレイカさんの助力に行ける。
だけど、レイカさんは言った。一度しか言わない、と。戦線を下げろ、と。
そこには何かしらの意図があるかもしれないと、勝手に思ってしまった。
ちょくちょくレイカさんを確認して、敵を削る。右を削って次は左。その途中、大きな変化があった。
「・・・・・・・え!?」
敵も味方も、誰もがそちらを見やる。それほど、さっきの広場が一変していた。
※
その数分前。
俺とフェイの激戦は続いていた。競って弾いて避け合って。一歩引いては前に出る。
フェイの足元から生える氷の棘を避けては斬って、その死角を利用して斬りかかり、いなされては一歩下がる。決定打に欠く攻撃を両者続けていた。
それが続いて、最初に口を開くのはフェイ。
「思ったよりやりますね。魔力は使わないのです?」
「使えたら苦労しないんだがなっ!」
横の一撃を跳躍で軽々避けられ、地面から出した氷で空中に足場を作る。上下逆さの状態で足場で踏ん張り、直線の攻撃を使ってくる。
「ッ!!」
間一髪、服を斬られた。トリッキーな攻撃を打ってくるようになってるとは、以前と少し変わったか。
話しかけてきたことを考えると、もう時間がない。そろそろ決着をつけなければ。
攻撃をいなすのは問題ない。というより、むしろ押されているように見せることが難しいくらいだ。
俺とて剣の修業をした身。自分の元部下に後れを取るほど魔法にばかり頼ってはいない。
問題なのは当然ながら隙がないこと。このまま長期戦に持ち込めば、切り札を切られゲームセット。
隙を作りたいが、氷の魔力が厄介だ。対応力が高すぎる。元々自分に出来る隙を埋めることを得意とした万能魔力だ。
(・・・・・・・隙でなければ、つけるかも?)
そこで、俺の剣の師匠との会話を思い出す。―――――
「ん?肩?」
「型だよ。ほら、騎士とかみんな流派ってあるだろ」
「ああ、剣術式のことか」
俺はまだ教えられていない。
「確かに、剣を使う人はほとんど持ってるけど、私はないですね」
ないのか。
「なんで?」
「剣術式ってのは、こういう動きにこう対処するための決められた動きです。確かにそれを覚えていれば、強みになります。大抵の相手とは渡り合えますし」
なるほど。言われて気付いた。決められた動きってのは、機械的な行動原理ってことだ。
「ですが、それは自分の行動が無意識的に縛られることにもなります。最適に組まれた動きではありますが、それは状況によって変わるものです」
「決められたってことは、読まれる可能性もあるってことか」
「そうです。それに、剣術式というものは使うものです。使うという意識が、敵に悟られることになりますし、一瞬のラグを作ります」
「なるほど」
ラグ、か。確かに、使う、する、と意識してから動くまでには伝達する時間分のラグが出来る。
そんな無に等しい時間を気にするあたり、この人っぽいな。
「ですから私は、テキトーに動きます。それが一番」
「考えながら動く、でしょ」
「ほぼ本能です。それを意識することはないですからね」
生きている限り、思考を止めることはない。確かに『考えよう』と、日常で意識することはほとんどないな。
「ですが一つだけ、型、持ってますよ」
「一つ?」
「必殺の型です!」―――――
隙がない。なら、敵の型を誘い出す。
元々、こいつの剣術は知っている。それが俺のアドバンテージで、こいつの想定外。
知っていたから問題なく敵の攻撃をいなせたし、敵にピンチを思わせない攻撃を繰り出し、チャンスを伺えた。
フェイはアイル流剣術式の使い手。守りと攻めのバランスがとれた堅実な剣術式で、守りから組み立てて隙を作る戦い方を得意とする。
フェイは前のめりになりがちだということも。
それを知っていて、攻撃のパターンを読んで、全てを交わした。魔王特権だ。まあ全く同じという訳でもないが。
それを、利用する。
生成された氷のつぶてを三つ。それを見て、チャンスを感じ取った。
攻める。その不均等の攻撃を、右上から一往復半、振りかざして弾き壊し、止まらずフェイに迫る。氷の棘の攻撃よりは余程軽い攻撃だ。なんせ横に避けなくていい。
そのとき、フェイの目が何かを捉えた。それは恐らく、勝利の一手。
俺の剣の動き。剣が振られ、戻され、そういう動き。真逆の進行方向に振られる剣。その、折り返す際の力の入りが逆になる瞬間。その相反する力によって、一瞬、剣が止まる。剣の動きが遅くなる。
その刹那を狙う、至高の一撃。
アイル流剣術式二式・モールスラッシュ
氷の魔力で隙を作り、攻撃を繰り出すアイル流の基本戦法。二式もその一つだが、これは剣のブレが大きくなければ使っても大して有効打にはならない。
・・・・・・・だから、大きくしてみせた。
この後の動きは、真っ直ぐ素早く、大きく動き、俺の開いた右の横腹を裂くような一撃。そして俺の右を通り過ぎ、背後からカウンター。そういう流れになる。
ぶれたように見せた剣が、遅れるはずの剣が、遅れることはない。これは剣と言っていたが、他に知る者がいないゆえに言わないが、俺から言わせれば刀だ。
刀には峰があり、これを相手に食らわせるのなら、一度振った後、剣の刃を相手に向ける動作が必要。それを少しブレさせただけ。回避、防御、反撃が遅れる体制だと思っているだろうが、それはない。
俺の右を狙うフェイの、左が隙だ。フェイより先に入れれば俺が勝つ。そして、俺が先に行ける。
・・・・・・・必殺の型。条件は、揃った。
剣を持つ手に、腕に、そして足腰に力を入れる。逃さず、一撃で仕留める。いつも通り、この状況まで持ち込めれば、必勝だ。
―――――我流、
「ッ!?」
(な!?)
いきなり。下がる。
型を繰り出す、コンマ数秒前。いきなりフェイが、後ろに大きく下がってしまった。
(な、なんだ!?今のは!?今の、は・・・・・・・恐怖、か?)
(くっそ!)
突如繰り出される氷の棘の攻撃を躱して斬って、俺も後ろに下がる。
しまった。力を入れ過ぎた。
今の戦闘、俺の弱体化があり、当然魔力の消費を抑えている。よって俺の基本ポテンシャルは下がっている。
魔力は剣術にとって必須能力である。魔力を扱える者同士、つまり強者同士の場合、限界量まで筋力増強を使うのが常識だ。
だが、今の俺がそれをするにはいささか魔力が心もとない。ここまで来るのに結構な魔力を使ってしまったのもあって、魔力をセーブしながら戦っていた。まあ当然の選択で、俺が持つアドバンテージを考えれば問題ないハンデだった。
だが、ここに来て、それが致命的なミスに繋がった。
いつも通り、やってしまったのだ。唯一の型を使うという意識が働いてしまって、魔力を普段に戻し過ぎた。その変化に気づかれたのだ。
(気のせいか。いや、そうであろうと、時間をかけ過ぎだ)
その変化はあらゆる考えを連想させる。子犬がオオカミに変化したかのように、相手がいきなり強化されたのなら、よりいっそうの害意、殺気を感じてしまう。
一瞬の変化、なんにせよ、時間をかけ過ぎてしまった。唯一のチャンスを逃してしまった。
フェイは慎重な男だ。人間如き、この程度の相手という考えで切り札をもったいぶる奴じゃない。
「そろそろ、終わりにしましょう。あなたは思ったよりも強いようだ」
「そりゃどうも」
「レイカ、でしたか。悪くない技術だ、並大抵の努力では到達しえない域です」
「・・・・・・・」
負けはしない。俺は王だ。努力を怠ったことはない。
年月は短くとも、日本で見てきたものがある。そこには、あらゆる剣技、あり得ざる剣技を見る機会があり、また物理論や構造論、こちらにいない知識があった。
俺より強い剣士は、幹部では一人を除いて他にはいない。
「あなたは・・・・・・・私の本気を見るに値するっ!」
フェイの本気。
魔力が練られ、濃縮し、下に片寄る。フェイの剣は地面に刺され、フェイ自身も完全な集中状態に入った。
足に防御を張る。俺は、これから何が来るかを知っている。隙だらけに見えるフェイにも、刃は向けない。
近づいても、痛手を負うだけ。この予備動作に隙はない。発動は、止められない。
・・・・・・・どうする。こうなってしまっては、もうきつい。もう・・・・・・・勝ちの目は薄い。
消耗も酷い。周りの兵やエレシアも、力にならない。強力な聖剣も、狂猛な魔剣も、最強の神器も、なにもない。
フェイの怒気が、闘気が、殺気が、色濃く、鋭く。兵士が、盗賊が、エレシアが、ついでにメグが、こちらを向いた。剣を止めて、何かが起こる広場を見た。
・・・・・・・・・敗走。それが、一番、現実的に・・・・・・・。
・・・・・・・いや、逃げてどうする。百三十年前、人との闘い。魔族の敗北と分かってて逃げなかった俺が、こんなところで逃げてどうする。
負けが決まったわけじゃない。勝ち目は薄くとも、残ってはいる、はずだ。
・・・・・・・俺は主人公だ。元来、主人公というものは、逆光を打ち破っていくもの。
いささか物語は進み過ぎてしまったが、ようやくそのときが来たという事だ。お約束通り、抗って、勝つとしよう。
剣を腰にもって行って、また、強く握る。魔力を込めずに、力だけで。
大事な第一歩だ。しっかり、行こう。
「・・・・・・・良い。良い目つきです」
「逃げ出すとでも、思ってたか?」
「あなた、魔術師でしょう。だったら、この魔力が分からないわけがない。死よりもプライドを選びますか」
「・・・・・・・足元すくってやるよ」
「フッ、その気概、すぐに無くさせてあげますよっ!」
濃縮された魔力が、臨界点を迎え、爆発する。登って、広がって、そして形作るものは。
「全凍術式機関『氷樹』!!」
枯れた木。氷の木。根を伸ばして、広場の地面に氷を張る。
死の氷だ。振れれば即座に、凍死する。魔力で防護していなければ、俺も例外なく死んでいた。兵士たちを後退させておいて、正解だったな。逆に、盗賊が数人餌食になったが。
「察して回避したか」
「・・・・・・・すぐには、終わらせねえよ」
息を吐く。ここからすることは一つ。とにかく凌いで、隙を見つける。それしか出来ない。
攻撃を防ぎきれるかは五分。魔力は極限まで抑えなければならないし、氷に纏わりつかれれば多くの魔力を持っていかれるので、それも駄目だ。
・・・・・・・多少の痛手は、覚悟の上だ。
「いや、すぐ終わる。人間の命なんてものはね」
動いた。が、すぐに目的を理解する。
俺じゃない。狙いは、メグとエレシアだ。メグは当然、エレシアも対処しきれない。
二本の枝が、高速で二人に迫る。まともには対応できない、魔力を使いすぎる。
「くっ」
咄嗟に剣を取り出す。エレシアの宝剣だ。それをエレシアの方、伸びた氷の枝に投げつけた。
流石は宝剣、枝は容易く切断され、剣はエレシアの右側の屋根に突き刺さった。が、それで枝が止まるわけじゃない。枝が生えてきたのだ。後から生成されるのは根元の方で、先を切ったくらいじゃ止まらない。
だが、その一瞬があればいい。エレシアは剣につられて右に回避して、凍っていく屋根から距離を取った。
メグの方は、俺が空中で対処した。距離の一番近いところを切断した。
「フッ」
それを見逃がさないフェイは、すかさず二本の追撃。今度は俺自身を、そして直線上のメグを狙った一撃。
(チッ、『空歩』)
空中で足場を作り、一歩目で避け、二歩目で対処。追撃の二本の枝も、しっかり切断した。そしてようやく、地面に降りれる。
この戦いにおいて『空歩』で魔力を使うのは必須だ。そしてフェイの『氷樹』は、持続型、耐久戦向けの技。
致命的に相性が悪い。時間が経てば経つほど俺が不利になり、そもそもあんまり時間がない。俺が今出来ることは、その時間をほんの少しでも増やすこと、か。
こいつも俺を見破ってきた。エレシアとメグへの攻撃。卑怯だが、弱点を突くのは戦闘において当然のことだ。後ろに構っていては駄目だ。チャンスが来る確率が下がる。
「エレシア!」
「!!」
「メグを護れ。氷には魔力防護なしに触れるな。魔力防護最大、護ることに全振りしろ」
「し、しかし!」
「そっちは任せる!」
向こうに集中砲火が行くことはないから、エレシアでも問題ない。もし行ったのなら二人共ども射程範囲外に撤退させればいいわけだし、その間相手に隙が出来る。
エレシアと共闘する手もあったが、それはやめておいた。向こうからしてもそうだが、俺はエレシアを信用できない。フェイと渡り合えることを信じ切れないのなら、もとよりいないほうがマシだ。
(私の剣!使ってなかったんだ)
エレシアは、その屋根に刺さった剣を取り、跳躍してメグの傍に立ってくれた。エレシアのあの聞き分けの良さは謎だが、昼の説教が良かったのかもしれない。
とにかくこれで、後ろに構う必要はなくなった。もう守りは捨てる。攻め続けて、隙を作る。
向かってくる枝を避けて、枝の上に乗る。本体に近づくよう枝を伝って走る。もちろん真っ直ぐ行けるわけもなく、魔力増強をしていない俺は隙だらけだ。その隙を追撃される。
それを空歩で下がりながら躱して、剣で捌きながら躱して、また進んでを繰り返す。空歩を使って枝の陰を通ったり、相手の死角を通ったりして、どうにか近づくが、本体には及ばない。
本人からの攻撃もあっては、どうにもならない。どうにか対処するが、本体から遠のく一方だ。
魔力増強なしで剣を振ってるせいか、腕が重くなってきた。息が上がったのなんて、人生で初めてだ。足も痛くなってきて、魔力も残り少ない。
・・・・・・・このままじゃ、負ける。
もう、無理を承知で一か八か、しかない。
空中戦の最中、俺に一直線で狙ってくる枝を、受ける。
(当たりました、か)
いや、直前で受け流した。上着だけ枝に残して。そして、枝の陰で足に魔力をまわした。
枝を足場にして、木の根元にいる本人を狙う。
さっき取った構え、左脇下に剣をまわす。先ほどフェイが意味わからず恐怖した攻撃の前兆。多少は意識が硬直して欲しいと願う。
そして、一直線に、急降下する。
頭から落ちないように、身体が逆さにならないようにして、フェイに迫る。背中を丸めて、素早く。これが最後だ、守りは無視で、相打ちになってでも殺す。
フェイも反撃の態勢に入った。だがもうそれを避ける術はない。反撃を食らう前に速さで殺す。それしか。
(いっけぇぇー---、ッ!!)
カキンッ!!―――――
「・・・・・・・がはっ」
「がっかりですね。万策尽きたからと言っても、これほど能無しの攻撃に全てを賭けるとは。やはりたかが人間という事ですか」
俺の剣は、地面から生えた氷樹の根によって防がれ、フェイの剣は・・・・・・・。
・・・・・・・俺の左胸を、貫通していた。
的確に人間の急所を狙った攻撃から、俺の体温が低下していく。出血と氷の魔力で、俺の身体を凍らせていく。
・・・・・・・分かってはいた。中途半端な威力の攻撃で、フェイの氷は砕けない。枝の先っぽならまだしも、幹や根なんて、到底無理だ。
そう、分かっていたのだ。ならば当然、無策ではない。
(これで、どうだっ!)
声には出せない。ばれてしまうから。
・・・・・・・『アイテムボックス』。それは、自分の触れたものを収納し、好きな時に取り出せるという、高等術式。
収納するときは、自分に触れていること、他人が所有権を主張していないことが条件。取り出すときは、自分の一定範囲内ならどこでも。
つまり。
・・・・・・・これだけ近づいてしまえば、フェイの背後で『取り出す』ことも可能。
「ッ!?」
昼間買った剣を二本、フェイの背後で取り出す。すぐさま念動力をかけ、フェイに切りかかった。
・・・・・・・が。
「・・・・・・・危ない」
フェイの氷の棘で、その攻撃すら防がれてしまった。咄嗟に首だけで振り向き、素早く出せる防御で守ったのだ。
ただの剣に、なけなしの魔力を使った念動力だ。威力なんてあるはずもなく、反応さえできれば簡単に防げる。
「まさかこんな芸当まで。ですが、アイテムボックスは予備動作に魔力が集中する。それを感知できない私ではありませんよ。それにそもそも、直撃したとしても大したダメージにはならな、」
ザクッ―――――――!!
「・・・・・・・は?なっ!?」
赤い光が、空に残る。と同時、赤い液体が、宙を舞う。
俺の剣が再び動き出し、斜めに、フェイの急所を的確に斬った。不格好な一撃だが、この剣ならば十分な一撃だった。
自分の血も、口から溢れ出る。
「がはっ・・・・・・・やっと、隙見せたか、くそっ」
「はぁ!?血、だと?なぜ!?どう、して・・・・・・・!!」
フェイが剣から手を離し、後ずさりながら自分の胸を押さえる。フェイが離したせいで支えを失った俺だが、剣を地面に刺し、どうにか転倒は避けた。
魔力はもうほぼ空だ。身体もギリギリ、フェイの氷の魔力で左胸から凍ってしまっているが、逆にそれが出血を抑えている。冷凍の進行さえ止めてしまえば、死なずには済みそうだ。
フェイは『なぜ』、『どうして』、を繰り返しているが、それに応えている余裕はないし、義理もない。
ただ、最初から全てとは言わないが、おおむね俺の作戦通りだったってことだ。
俺の剣、いや、この刀は、別名『無形の剣』。『複製』の術式を持っている刀で、その刀の術式を軸に、魔力で形を形成する。
そしてそれは、実物の宝剣に引けを取らない威力と耐久性を持つ。
破損しても修復し、手放しても手元に再構築でき、また剣を使った魔力攻撃との親和性が高い。万能の宝剣だ。
だが、万能の宝剣と言えど、なんでも斬れる剣などない。俺の今の力じゃ、この剣がどれほど優秀でも根は斬れなかった。
だから、避けた。
魔力で形成されているのなら、ほどくことも可能。氷樹の根と接触している部分だけ、魔力を霧散させ、剣を通過させた。その後にまた、剣を形成すればいい。
そしてその動作に、魔力の揺らぎはほとんどない。
感知はあり得ないし、見ていたとしても避けられない一撃だったはずだ。
最初から、これで勝つ気しかなかった。最初のプランが破綻したときの、次のプラン。痛手覚悟の勝率五分くらいの策だったが、どうにかなった。
フェイが地面に座り込む。急所を斬られて、もう助かりはしないだろう。
「なぜ・・・・・・・俺が、人間なんかにっ・・・・・・・。」
フェイの氷樹が崩れて、轟音とともに地面に落ちてゆく。その冷気で、周りは霧のように白くなって、ただフェイの姿だけが目に映る。
重症の身体をどうにか地面に座らせて、残った僅かな力で言葉を紡ぐ。
「お前に敗因はない。ただ、お前はずっと、俺の策通りに動いていただけだ」
「・・・・・・・」
声は届いてるようなので、続ける。
「俺は、お前の優秀さを信じただけだ。常に最善手に近い行動をとり続けるお前の判断の早さと正確さを、俺は信じた」
「・・・・・・・信じた?お前に私の何を、」
「例えば、お前が最後に確実に急所を捉えると信じたからこそ、俺はそれを利用できた」
「何を。あなただって、心臓を貫かれたのでは、もうすぐ死ぬ」
「いいや死なない。人間なら、死んでいただろうが」
「・・・・・・・っ!!まさかっ」
そう、人間なら死んでいた。心臓を剣で貫かれて、死なないわけがない。
だが、俺は魔族だ。魔王だ。
人間と魔族は、心臓の位置が違う。
人間は無論左胸に心臓があるが、魔族は身体の中心に心臓を持っている。
別に不自然な事じゃない。魔族は人間の派生で生まれた生き物ではなく、定かではないが恐らく同時期に発生した全くの別個体だ。運命的な性能が違うのなら、体のつくりが違っても何ら不思議ではない。
「お前の性格、強み、何が得意か何が出来るか。それらを把握していたからこそ、俺はお前の動きを読めたし、誘導出来た」
「・・・・・・・」
「俺が知っていることをお前が知らなかった。そこにお前の落ち度なんてものはなく、ただそうだったからお前は負けた」
もちろんフェイが気づいていなかったとしても、俺の策通りに事が進む保証などどこにもなかった。言うなれば、たまたまこうなっただけで、そのたまたまを俺が予期していたからこその勝利だった。
つまり、結局は運が味方しただけだ。
フェイにミスはなく、ただ俺にもミスはなかった。単純に俺の持ったアドバンテージと運で勝敗が決まったに過ぎない。
「・・・・・・・なる、ほど。なぜ、気づかなかったのか。確かに、私じゃ手に余る相手だった」
「・・・・・・・謝りはしない。俺は、後悔していない」
分かってはいたのだ。他の魔族、特に幹部連中は俺の選択を許さないだろうと。
だが、あのときの現状に俺の望み、そして世界のこの先を考えた結果、俺が導き出した結論が、敗北することだった。俺は後悔していないし、誰が何と言おうと俺の選択は間違っていない。
・・・・・・・それは、これからにもよるわけだが。
「・・・・・・・真意、は、聞けない、ですね。私も、あなたを許しませんよ」
「ああ」
幹部たちの怒りを背負うのは、俺の責務だ。
「・・・・・・・私は、いえ、私たちは、あなたを見届けるとしますよ。私たち魔族は、今はどうあれ、あなたを尊敬していた。そのあなたが選んだ、道の先に、一体何があるのか」
「分かってるよ。案外、何もないかもしれないがな」
「それは、悪い冗談ですね」
冗談になるかどうかは、俺次第だ。今の俺の現状じゃ何も残せないかもしれないが、俺の選んだ先に、今の平和がある。
これからのことは誰にも分からない。起きてみなければ、そのときにならない限りは。
だから約束はしない。ただ、望む未来があるだけだ。
「・・・・・・・この剣、俺が受け取ってもいいか?」
俺の胸に刺された剣。蒼く光る剣。極寒の氷雪の中を生きた、勇敢な宝剣・フリーロッド。
「・・・・・・・人間に使われるよりは、まし、ですかね。うっかり、死なないでくださいよ」
「ギリギリだがな。まあ根性で生き残るさ」
魔力は残っていないわけで、治癒なんてすぐには出来ない。凍りゆく進行を止めることで精いっぱいだが、そこは魔王の強靭な身体でどうにか持ちこたえるしかない。
「・・・・・・・途中で、止まらない、で、くださ、い、よ」
フェイの命が消えてゆく。もう、時間がなくなってしまったようだ。かく言う俺も、体力の限界だが。
「・・・・・・・責任は果たす。じゃあなフェイ、また、地獄でな」
「・・・・・・・・・」
座りながら、フェイは息を引き取った。
それと同時に、宝剣・フリーロッドの輝きも、消え失せてしまった。