01
肥満気味だと男爵令嬢エリーゼは自覚していた。
少し瘦せてはまた太るを繰り返してきた結果、エリーゼは物心ついたときからお太り様として生きてきた。
「他の女子と比べたら確かにそうかもしれないが俺は気にしない」
婚約者のアロンが友人から『お前の婚約者太りすぎじゃね?』と言われたときに、そう答えたのをエリーゼは聞いた。
(アロン様はこの先太った婚約者がいる哀れな男として生きていくのかな......そんなのアロン様の名声に関わることなんじゃ......)
エリーゼはアロンの優しさに感激すると共に危機感を覚えた。
自分が太っていることは気にしないが、エリーゼが太っているせいでアロンに迷惑がかかるのではないか。と思い始めたのだ。
12歳の春、エリーゼは一歩を踏み出した。
約4年の歳月はエリーゼにとって酷く辛いものだった。一年ほどかけて無理せず健康的に-10キロ落とした。もちろん、ただ食事療法をするだけではなく体を引き締めるために苦手な運動も日常的に行うようになった。
美容にも気を遣い、リバウンドをしないように細心の注意を払って生活してきた。
アロンの隣に堂々と立てるようになるために......
(あんまりだよ~~~!!!!!)
エリーゼをランニングをしながら泣いていた。
本日、アロンから婚約破棄されたのだ。
なんでも、好きな人と一緒になりたいらしい。
恋愛に不慣れながらアタックしていたが、正しいアタックの方法ではなかったのだろう。自分が斜め上のアタックをしている内に他の女の子がアタックしてきたのならば仕方がない。空回りしてしまっていたんだな。と自分を納得させようとしたが、納得できないものは納得できない。
相談もなしにいきなり婚約破棄はあんまりではないか。
悲しいことにアロンの隣に立つため、何よりアロンに振り向いてもらうために習慣にしているランニングを体が自然にやってしまう。婚約破棄された以上もう無駄なのに。
(終わった。 私の初恋、あっけなく終わった)
両親にこれ以上心労をかけまいと耐えていたがもう限界だ。
「うあっ......!」
足が止まった。
「エリーゼさん大丈夫?!」
聞き覚えのある青年の声にエリーゼは顔をあげた。
「せんぱい......」
顔を見るなりもっと泣き出したエリーゼに、先輩ライは慌てている。
エリーゼとライの出会いは、エリーゼがダイエットを始めてすぐのことだった。ランナーとして知り合ったが、後に同校の先輩後輩だということがわかった。
世話好きなようでエリーゼのことをとても可愛がっているので、エリーゼはよく懐いている。
「ごんやくはぎざれまじた!!!」
「え、ええ、随分急な話だね」
「午前中にいきなりご両親と来て、婚約破棄するって!」
「どこかベンチにでも座って話そうか。 ね?」
ライに手を引かれ、エリーゼはベンチに連れていかれた。
「うう.....もう恋なんてしたくないです」
「無理に恋愛する必要ないと思うよ」
「......いや、でも、思い切って新しい出会いを求めるのはありだと思いませんか?」
急に冷静になって泣き止んだエリーゼは、気持ちを切り替えようと新しい出会いを求めることにした。
「あー」
「良い人いませんか?」
「良い人......そうだ、青薔薇会入る?」
エリーゼ達が通う高校には、『青薔薇会』というサロンがある。会員から紹介を受けた貴族の子供しか入会が認められない学校の華。
「いいんですか?」
「うん。 皆歓迎すると思うよ」
「ありがとうございます!」
(素敵な殿方見つけて、アロン様のことを綺麗さっぱり忘れないと!)
ライの紹介により、早速翌日から青薔薇会に入会したエリーゼは、女子会員から質問攻めにあっていた。
エリーゼを青薔薇会に入れたライは、公爵家嫡男で文武両道の完璧イケメン。そんなライを狙っている女子は、青薔薇会にも多数在籍するのだ。
「ライ先輩には実の妹のように可愛がってもらっています」
皆が疑うような関係ではない。とエリーゼは潔白(?)を主張した。ライのことは好きだが、好きは好きでもLIKEの方だ。質問攻めにしてくる女子達の敵になるつもりは一切ない。
正直、別の形で出会っていたら恋愛対象として好きになっていたかもしれないが、今のこの関係をエリーゼは心地よいと思っているので変わるつもりはない。
(きっと、お互い恋愛対象として見ていないから仲良しになれた気がする)
放課後、エリーゼはアロンから準備室に呼び出せれた。
婚約破棄についての連絡事項があるのだろう。とエリーゼは、約束の時間の5分前に準備室の中に入った。
すると、アロンはもう来ていたようだ。
「ご機嫌用、アロン様。 本日はどういったご用件ですか?」
「もう一度俺と婚約してほしい」
「はい?」
「婚約破棄をなかったことにして、婚約を『申し訳ないのですが、そのお願いは叶えることはできません。 失礼します』」
(意味わかんないんですけど?!)
婚約破棄から一日でもう一度婚約などエリーゼは困惑している。
怒っているわけではないが、婚約者の自分を捨てて他の女を選んだアロンに対しての信用はなくなっている。一日で撤回するなら何故婚約破棄をする必要があったのか、何故元の関係に戻れると思っているのか。
そもそも、エリーゼの両親が許すとは思えない。娘を傷つけた相手と婚約などさせるタイプの親ではない。
「エリーゼ!」
アロンに掴まれた腕を反射的に振り払った。
「十年間お世話になりました。 アロン様」
「好きな奴ができたから婚約破棄なんていうのは本心じゃない。 俺は昔からずっとお前のことが好きだ」
「では、昨日婚約破棄したのはどうしてですか?」
「お前が綺麗になればなるほど俺から離れていく気がして......」
「......私を試したってこと?」
「本当に悪かった」
「......」
アロンが幼少期母親に裏切られたことがトラウマになっていることを薄々察していたエリーゼは、アロンを責める気持ちにはなれなかった。
アロンだって苦しかっただろう。
それでも、好きと言われてももう遅いのだ。
エリーゼの初恋はもう終わってしまっている。
(アロン様と私では恋愛観が合わないみたい......)
(もっと早く好きって聞きたかったな)
「もう一度チャンスをくれないか?」
「ごめんなさい。 私とアロン様では恋愛観が合わないみたいなので、また不安にさせてしまうと思います」
エリーゼはそう謝ると足早に準備室から逃げ出した。
もやもやを晴らすために爆走し、疲れ果てているエリーゼの前にライが現れた。
お互い早朝に走ってることが多いので、昨日、夕方に遭遇したのは珍しいことだった。
「おはよう。 いつもよりペース早かったけどまた何かあった?」
「おはようございます。 ちょっとしたことなので大丈夫です」
笑顔を作るもどこかぎこちないエリーゼ。
「困ったことがあったらいつでも言ってね。 力になるよ」
「ありがとうございます! 先輩!」
「先輩に一つ質問があるんですけど、いいですか?」
「いいよ」
「先輩なら好きな人と恋愛観が合わなかったらどうしますか?」
「好きな人に合わせる。かな」
「そうですよね......」
エリーゼは自分が薄情者ではないか。と悩んでいた。
一日で恋心が冷めてしまうなど、本当は対して好きではなかったのではないか。など、どうしても考えてしまった。
アロンの黒い過去も知っていたのにそれに寄り添えていなかったのではないか。
「......」
ライの自分を心配する眼差しに気が付いたエリーゼは明るく振舞おう。
「恋愛って難しいなって思っただけです。相手との折り合いとか色々大変だなって」
「恋愛は自分一人じゃ成立しないから難しいよね。 誰にとっても難しいことだからエリーゼさんが気にする必要ないよ」
「先輩......私、アロン様のこと本当に好きだったのかわからないんです」
「そっか」
「もしかしたらアロン様のことが好きな私が好きだったのかもしれません」
「アロン様、婚約破棄本気じゃなかったらしいです。 私を試したみたいです。 本当は私のこと好きらしいです。 でも、私好きって言われたのに嬉しいとは思えませんでした」
頭の中を整理するようにエリーゼは言葉を紡ぐ。
「アロン様が愛情に対してトラウマを持っているって知っていたはずなのに、私は、アロン様にそれでもいいです。とか言って受け止めてあげれませんでした」
「先輩、私、どうすればいいですか? アロン様とよりを戻すべきですか?」
エリーゼが縋り付くような目でライを見上げる。
「エリーゼさんはどうしたいの?」
「わからないです」
「自分でもわからなくなっちゃってるんだね」
優しい声色でライが言った。
頭を撫でられエリーゼの目頭が熱くなる。
「こんな状況で言うのは卑怯だと思うけど、俺と付き合わない?」
(???)
「俺と恋愛の練習しない? アロン君とよりを戻そうにもエリーゼさん、恋愛に対していい印象持てなくなってるでしょ?」
「え、あ、先輩が恋愛について教えてくれるってっことですか?」
「大体そんな感じかな」
「先輩さえよければぜひお願いしたいです!」
(一瞬でも勘違いして自分が恥ずかしい.......)
「それじゃあ、今から恋人だね。改めてよろしくね、エリーゼさん」