思い出せない記憶と尋ね人
私は愕然とした気持ちで広場のベンチに腰を下ろしていた。
前世の………王女であり聖女だった記憶は間違いなくあるし、城を出て冒険者として旅をした記憶もある……………そして『魔王』と呼ばれた『彼』と出会った記憶も…………
…………『彼』の顔だけすっぽりと記憶から抜け落ちている…………とても美しい外見だと見惚れたのは覚えているけど…………髪の色も瞳の色も思い出せない。
震える手を抑え、アイテムボックスから本を取り出す。
挿絵に描かれた『魔王』の絵姿……………闇色の髪に血のように赤い瞳…………いかにも魔王らしいけど…………これが合っているかも分からない。
「……………とりあえず……………『彼』が住んでいた城に行けば手掛かりがあるかもしれないわね……………」
『彼』が住んでいた城は……………うん、覚えている…………ここからだといくつかの領地と国を越えなくてはいけないが、大陸各地にある転移陣を使えば問題はないだろう。
本をアイテムボックスに仕舞うと、気持ちに喝を入れ、気になっていた串焼きの屋台に向かい焼きたての肉串を注文した。
「はいよ、お嬢ちゃん。特上肉串三本で銅貨六枚だ」
木の皮の皿に乗せられた肉串を渡される。タレが絡んだ肉が炭で焼かれ、香ばしい香りが食欲をそそる。
店主に銅貨を支払い、周りを見渡し空いたベンチに座ると口布をずらしガブッとかぶり付いた。
肉は柔らかく、それ程力を入れていないのに簡単に噛み千切れる。そして噛み締めれば口中に肉汁が溢れウットリするほど美味しい。
はぁ…………貴族の食事も不味くはないけど、このお肉は焼きたてが一番ですわ。
肉串を食べてるとは思えないような、上品な所作で肉がみるみる消えていく。
食べながら転移陣の位置や必要な費用を計算していく…………転移陣は行きたい場所に直接転移出来るわけではないので、いくつかの転移陣を経由していかなくてはならない。
そして、転移陣の使用料はそこそこ高額だ。そう考えると手持ちのお金だけでは少し心許ない…………。
それに、もう少し地味で動きやすい服装に替えたいし、途中の食事や宿代もかかる………………この町で少し稼いでいったほうが良いかもしれない……………でも、ここはまだ公爵家の領地のため、見つかってしまう可能性も高い……………とりあえず国境を越えてからのが………………。
「お?お嬢ちゃん、こんなとこにいたか。
無事に換金も終わったようだな?」
肉串を追加で買おうか屋台を眺めていたところでギルド長に声をかけられた。
「まぁ、ボンズさん、昨日はありがとうございました。お陰様でゆっくり宿で休むことが出来ました。
先程換金と冒険者登録もしてきましたわ」
「へ?冒険者?
お嬢ちゃん冒険者に登録したのか?」
ボンズが驚いたように眉を上げた。
貴族が…………私が貴族なのは見て分かったらしい…………冒険者に登録するのは珍しくはないが、家を継ぐことが出来ない末弟か、食べていくのもやっとな貧乏な下級貴族の令息か…………とにかく上級貴族の令嬢が冒険者に登録するなんて前代未聞のようだ。
「人探しをしておりますの。
国境を越えるのには身分証が必要ですし、お金がないので稼ぐなら冒険者になるのが手っ取り早いですから」
「人探しなんざギルドに依頼するなり使用人にでも任せれば…………」
「……………人に頼むのは無理ですわ。
それにあのまま家にいては、私もお相手もお互い望まない結婚をするはめになりますから」
「………………そ、そうか…………ちなみにお嬢ちゃんが探してるのはどんなお方なんだ?」
「どんな……………?」
ボンズに尋ねられて頬に手を当て考える。名前も顔も覚えていないのだから話しようがないのだが、ギルド支部は各国にあり、あらゆる情報を共有している。
何かしら情報を得られるかもしれない……………。
「ボンズさんは、『魔王』をご存知かしら?」
「………………魔王って、あの聖女のおとぎ話のか?」
「そう、私はその『魔王』を探していますの」
私が言うと、ギルド長は何か残念な子供を見るような目でこちらを見てきた。
「ちょ………信じて頂けないなら構いませんわ
どうせ、顔も名前も分からないですし」
「そうか………うんうん、いるといいな、魔王……………」
「憐れむような目で見ないでくださいませ。
本当に『彼』はいるんです」
「わかったわかった、おぉ、そうだ肉串食べるか?ここの肉は美味いぞ?」
よしよしと頭をポンポンされ、突然の子供扱いに絶句する。
「おやめください、ここの肉串はもう頂きました!!美味しゅうございました!!
では失礼いたしますわ」
ギルド長の生温い視線からプイッと顔を背けると広場を後にした。
もう服だけ買い替えて次の町にさっさと移動しましょう。
◆◆◆◆◆
「ギ、ギルド長!!お客様が!!」
ギルドのギルド長室の扉が勢いよく開けられ職員が転がり込んできた。
ボンズは書類から顔を上げ渋い表情を作る。
「騒がしいぞ…………何だ?」
「その…………お客様が………下に……………っうあ〜ぁぁやべぇぇ〜」
青くなったり赤くなったり忙しい職員に眉を顰めると、階下に向かう。
階段を降りながら違和感を覚える………一階はいつも何かと騒がしいが、今の階下は妙に静まり返っている。
「いったい誰が……………」
扉を開けるとそこには白銀色の鎧を纏った騎士が並んでいた。
胸の紋章は王家の…………
「……………近衛騎士団」
思わず声が漏れた。
ギルド内を見渡せば壁際にいつもは粗暴な冒険者達が直立で身動きせず立っている。
思わずゴクリと唾を飲み込むと騎士達が左右に分かれた。
…………コツ、………コツ と、ゆったりとした足音が響き現れたのは…………
「やぁ?……………ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
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