炎と闇とわたし
戦闘シーンホント苦手
斬って、躱して、斬って、斬って、躱して、斬って、堪えて、斬って、流して、斬って、躱して、躱して、斬って、斬って、斬って、斬る。
……終わりが、近い。さっきから、赤クマもボス犬もわたしもまったく余裕がない。絶えずボス犬の魔法は全周から襲ってくるし、赤クマの突撃は激しさを増してる。直撃をもらうとまず間違いなくお陀仏だし、そうじゃなくても炎や闇に飲まれれば、どのみち結果は同じことだね。
斬って、斬って、斬って、躱して、流して、斬って、斬って、跳んで、斬って、斬って、斬る。
剣もさっきから無理をさせてるから、もう耐久値は1割を切ってる。でも、素手じゃどうしようもないから、もうこのまま行くしか無いね。
体力も、既に全員1割以下。わたしは、ポーションで回復しながら戦ってきたけど、次が最後の1本だね。クールタイムがそろそろ切れるから、また飲まないと。体力全快状態から約5分で死にかけるって、初心者用ポーションがなかったらどうしようもない戦力差だよね。ん、来たね。あと5秒。斬って、4秒、廻って、3秒、跳んで、2秒、流して、1秒、離れて、0秒、飲んで、と。
「よし!」
体力全快!でも、このままやってたんじゃあ、また5分くらいで今度こそ死ぬね。剣も、あと数撃が限界。もうここで決めにいかないと、どうしようもないね。残りのHPは、赤クマもボス犬もあと少し。わたしは今全快したけど、クリーンヒットをもらったらほぼ確実に死んじゃうから、安全圏とは言えない。もう決めるしか無いかな。
わたしがそう考えて赤クマとボス犬を見ると、2体とも同じくらい距離をとって、互いに力を溜めているところだった。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れてしまったね。みんな考えることは一緒みたい。体力的に厳しい赤クマはともかく、ボス犬がここで勝負に出るのはちょっと不思議だけど。もしかしたら、MPがなくなりかけてるのかな。MP切れで、クロちゃんみたいにぐったりしてしまうなら、ここで決めにくるのも理解できるね。ボス犬は、魔法を多用する戦闘スタイルみたいだし。
さてと、全員ここで決めるつもりなら、みんな余裕がないってことだから、わたしにも十分な勝ちの目があるね。それでも一か八かの状況には変わりないんだけど。やることは一つ。どちらかの懐に潜り込んで剣で斬る。これだけだね。
準備もできたし、いざ!!
自身の命の危機にありながら、ソレの心は不思議なまでに落ち着いていた。
ここまで来た。次はない。この交錯ですべて終わらせる。あの熊もヒトもどうやら腹の中は同じらしい。この満月の下、よもや魔力が尽きようとは思いもしなかった。以前戦ったときよりも、あの熊は遥かに力を増していた。おそらく、自分と同じでアイツも今宵が全力を出せる夜なのだろう。
必ず、必ず我らは生き残る。既に奴らに勝利はない。奴らもすぐにそのことに気がつくだろう。自身の愚かさを悔いるがいい。
打てる手は全て打った。ここが最後だ。
殺す。必ず、殺す。この身を、燃やし、たとえ、灰に、なろう、とも、奴ら、だけは、必ず、殺す。この、月の下、我、こそが、この、森の、主、なのだ。奴ら、では、無い。
力を、溜めろ。次の、攻撃で、すべて、終わりだ。奴らの、血肉で、餓えを、満たし、我は、この、森を、支配、する。
力を、溜めろ。もはや、あとは、無い。今こそ、すべてを、手に、入れる、時だ。
時は、来た。
最後まで、動き出すのは全員同時だった。誰が定めたわけでもないのに、三角形の頂点から中心へと向かって一斉に駆け出した。わたしも全力で走ってるけど、赤クマとボス犬の方がやっぱり速いね。先にあの2体がぶつかりそう。むう。
わたしの視線の先で、ボス犬が赤クマに向かって飛びかかっていく。ボス犬は高く飛び上がり、上から赤クマへと降っていった。たぶん、全体重を載せた一撃を放つために。
赤クマは、それをやっぱり正面から迎え撃つつもりみたい。立ち上がって腕を振りかぶり、自身の全力を込めた一撃を見舞う準備をしているね。さて、どうなるかな。
目標との距離は、重力に従って急速に縮まっていく。目の前の熊は、どうやら最後まで正面から自分を打倒するつもりらしい。別に、舐められているわけでも、己の力に驕っているわけでもなさそうだ。ただ、それがアイツにとっての最善の選択だったと言うだけの話だろう。
あとは、こちらの全力とあちらの全力、どちらが上回るかというだけの話だ。ただ、自分のすべてをぶつけるのみ。
相手が、自身の間合いに入ったのを確認した瞬間、振り上げた右の爪を叩きつけた。空気を切り裂き、熊の左肩へと爪が吸い込まれていく。決まったか?その時、全身総毛立つような悪寒がした。だが、もう止まれない。気がついたときには、熊の振りかぶっていた右腕が眼前に迫っていた。
溜めた、力を、解き、放つ。奴も、正面、から、くる、つもりか。いい、だろう。左肩は、くれて、やる。その、かわり、おまえの、命を、もらう。全力の、右腕を、奴へ、たたき、こむ。
ぐっ。左肩に、奴の、爪が、食い込む。だが、その、程度では、止まらぬ。既に、右手は、解き、放たれて、いる。狙うは、奴の、頭。一撃で、落とす。
奴は、危険だ。ヒトも、正体が、つかめぬ、不気味さが、あるが、それ、よりも、奴が、奴こそが、我が、宿敵。奴の、纏う、闇ごと、灰燼と、なす。
そして、腕が、奴に、吸い、込まれ……
「「グルアアアアアァッァァァアアアアアア!!!!」」
そんな声が2頭から発せられる。そう、まだ2体とも声を発せられるんだよね。ピンピンしてる。少なくとも見た目はね。
ボス犬の攻撃は確かに赤クマの左肩に突き刺さったけど、赤クマのカウンターでそれ以上深くは切り裂けなかった。それでも、もう赤クマの左腕は動かせないだろうね。
その赤クマの一撃も、ボス犬がギリギリ左手でかばって決まらなかった。いや、ガードしたボス犬の左手が捻じ曲がってて、もう使い物にならないね。痛み分けかな。
さあ、そんなことを2頭がやってる間に、ようやくわたしもこの舞台に上がれそうだね。
お二人さんや、誰か忘れてない?
「アハハハハハハ!!」
っ!後ろから、声が、する。奴か!消耗は、激しいが、奴は、奴と、違って、今の、我の、敵では、無い。
振り返り様、右手の、爪を、振り上げて、奴を、切り裂く。木を、伝ったか。奴が、高い。上から、降って、くる。
爪が、浅かった。奴を、切り、裂きは、したが、皮一枚、だけだ。距離を、誤った。まさか、奴に、圧された、のか。そんな、はずは、ない。この、我が、そんな、はずは、ない。
奴が、降って、来る。傷を、燃やし、ながら。1本の、剣を、両手で、振り、上げて、いる。狙いは、左肩か。させぬ。させては、ならぬ。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
この、距離で、吠えるが、奴は、止まらぬ。落ちる、だけ、だからか。ならば、振り、上げた、右腕を、全力で、振り、戻す。間に、合え。あと、少し、なのだ。我が、この、森の、主と、なる。間に、合え。ここで、すべてを、殺し、今夜、我が、王と…なる……のだ………我…………が………………
轟音を立てて、巨体が仰向けに沈んでゆく。自分が爪を突き刺したところから、あの熊を斜めに切り裂いたようだ。これで、残る敵はコイツ1人。
ヒトは熊を切り裂いたものの、その代償は大きかったようだ。右脇腹から左肩口へとかけて、燃える爪痕が走っている。立っていられることからして、傷は浅いかもしれないが、問題は、傷が未だに燃えているということだ。アイツの置き土産か。我が傷も癒えぬ。
それに、切りつけた剣は半ばよりまっぷたつに折れている。あれではもはや使い物にはなるまい。剣は2本あったはずだが、もう1本を持っていないということは、使い物にならなくなったか。
これらのことを考えているときには、既に自分は獲物との距離を急速に詰めていた。左の前足は使えず、体を疲労が包んでいるため、普段よりも速度は落ちているが、それでも既に獲物は目の前だ。
あと一歩で間合いに入る。魔力が切れて、もはや自分の肉体しか使えぬ。その肉体も十全とはとても言えぬ。しかし十分だ。こちらが先に動く。コイツの体力が先に切れるのを、待つ余裕は自分にはない。
コイツにもはや打つ手はないはず。あの熊に止めを刺したのが最後の全力だ。素手の力は既に見ている。問題ない。剣もなくては、こちらへ攻撃する手段があるまい。だからこそ、今、ここで!
赤クマを袈裟懸けにしたと思ったら、ボス犬が目の前に迫っていた。迅い。まだMPは切れていないのかな。動きは少し不自然だけど、さっきまでとほぼ変わらない速さだね。わたしと、赤クマが交錯する瞬間には、既に覚悟も準備も済ませていたのかな。早い。ただ、それでも、今この状況下では少し遅すぎたね。
わたしとボス犬との距離はもう2メートルもない。ボス犬が、後ろ足に力を込めて飛びかかる瞬間、わたしの目の前に剣が落ちてきた。さっき、赤クマへと襲いかかる直前に上へ投げておいた剣が。
ちいっ!備えていたか!ヒトが地面に突き刺さった剣を抜き、そのまま自分へと向かってくる。いや、敵が何をしようともはや関係ない。自分にできることは限られている。ただ、全力でコイツを殺りに行くのみ。
それまでの勢いそのままに、目の前のヒトへと向かって飛びかかりる。狙うは唯一つ、コイツの頭だ。奴が前傾姿勢のため、そこ以外に狙えるところが無いというのが実態ではあるが。
先程、左腕が熊によって折られたため、動かせる右腕で闇を纏った爪を振るう。渾身の力で振り下ろした爪は、果たしてヒトの左顔面を縦に切り裂いた。
ボス犬の爪が額から肉に食い込み、そのまま振り下ろされる。わたしは、顔の右側を前に出し、左側を後ろにそらしながらその一撃を受けた。眼球が切り裂かれたみたいで、見え方がさっきまでと違う。
でも、それだけだね。命までは届いてない。ボス犬の攻撃が右手しか無いってわかっていたから、左半身を下げた姿勢で受けることは確定だったんだよね。ホントは避けたかったんだけど、そうしないとこっちの間合いに入れなかったからね。仕方ないね
次はこっちの番かな。わたしは右手で振り上げた剣を、ボス犬の頸めがけて振り下ろす。ボス犬は左手が動かないから、これで決ま…り……
え!なにそれ!
ヒトが剣を振り上げ、自分の首へと落としてくる。防御せねば確実に首が落ちる。振り切った右腕は間に合わない。躱すだけの余裕はない。
…できればやりたくなかったが仕方あるまい。今使わねばどのみち死ぬのだ。
自身が纏う闇そのものを動かす。体は動かした闇へと引っ張られるように動くため、自分自身を操り人形とし、関節を無視して左腕を強引に首と剣の間にねじ込んだ。左腕から凄まじい痛みが体を走る。が、それだけのことをした甲斐はあった。
自分の爪と、ヒトの剣がぶつかる甲高い音がして、剣がまっぷたつに折れた。ヒトの顔を見ると、驚愕で残った目を見開いている。
さあ、ここが最後だ。右腕は振り切り、戻していては間に合わない。左腕は防御に使用し、今後使い物にはなるまい。ならば、残っているものは………
嘘でしょ。闇動かせるの!?ぐぬぬ。
今夜の死闘にけりをつけるつもりで振り下ろした剣は、ありえない動きでねじ込まれた左腕で防がれた。見間違いじゃない。今の動き、間違いないね。腕を動かしたんじゃなくて、腕がまとっている闇の方を動かしてた。だったら、もうおそらくボス犬の魔力は切れてる。動きがさっきからぎこちないのは、疲労感に襲われてる体を闇で無理やり動かしてるからだね。もはやここが最後の勝負どころかな。
そんなことを考えている間にも、ボス犬との距離は更に近くなっていく。互いの吐息が感じられそうな距離にまで近づいたとき、目の前の闇が大きく裂けた。
あぁ…そうきたか。
眼前に迫ったヒトに向かって牙を剥く。魔力が尽き、爪も使えないのであれば、もう使えるものはこれしか無い。自分の最大の武器だ。ヒトの喉を噛み砕くべく、自分の首を伸ばす。あと少しだ。目の前のヒトはなんとか躱そうとしているが、こちらのほうが速い。
ヒトの頸が噛み砕ける範囲に入った瞬間、溜めていた力を開放し、全力で噛み砕いた。牙が肉を裂き、血管が破けて血が吹き出す。そして、一瞬だけ月を背景にしたヒトと目があった。
判断は一瞬だった。ボス犬が口を開けたのを見たときには、わたしは右手から剣を放して、ボス犬の右腕へと伸ばしてた。同時に体をわたしから見てボス犬の右側へと開いていく。ボス犬の牙が頸に迫ってくるのを感じながら、ボス犬の右腕をたしかに掴んだ。同時に、わたしは左手をボス犬の顎に添わせる。
ボス犬の牙がわたしの頸を噛み砕こうと閉じられるのと、わたしがボス犬の右腕を思いっきり引いたのはほぼ同時だったね。空中に身を投げているボス犬の体が、右腕を引っ張られたことによって上下反転する。
それによって、ボス犬の牙がわたしの頸を逸れた。少し掠めたけど。ギリギリだったね。
一瞬、ボス犬と目があった。この状況でもその闘志に翳りは見えないね。だからこそ、こっちも手は抜けないかな。
体が半回転し、空中で地面を背にする格好となる。してやられた。このまま落とすつもりか。だが、まだだ。
自分の牙は、コイツの頸を噛み砕けこそしなかったが、確かに傷は与えている。ただの傷ではない。とびっきりの呪いだ。
いくらこの激突の直前にコイツが体力を回復させていると言っても、元々こちらのほうが全てで遥かに上回っているのだ。もちろん、力でも。
ならばコイツの体力もまた、かなり厳しいはずなのだ。万全の状態から、わずか数瞬で死の淵が見えるくらいには。だから、今は耐える。
剣ももう無いのだ。コイツの攻撃を凌ぎきり、最後にはこちらが勝つ。さあ、来い。
剣は折れて、魔法も効かない。両手はふさがってて、相手はかなりの格上。こうやって並べてみると、今の状況ひどいね。まあ、それはボス犬も似たようなものだと思うけど。
さあ、ここが今宵最後の正念場だね。ボス犬は、わたしに攻撃手段がもう無いと思ってるのかもしれないけど、まだとっておきがあるんだよね。狙うは、ボス犬の頸一つ。
ボス犬の顎に当てた左手と、右前足を押さえる右手に力を込める。このまま全体重をかけて、地面とわたしでボス犬の頸をサンドイッチにしてやるもんね。
わたしの体力も、もう残りわずか、1割くらい。これで決まらないようなら、わたしの負けかな。
来た。ヒトが両手に力を込めて、自分を地面に叩きつけようとしている。狙いは、頭か頸か、あるいは両方か。どのみち、これが最後。多少の犠牲は覚悟の上だ。
ヒトが力を込めきるよりもわずかに早く、先程、左腕を曲げたときと同じように、右腕にまとっている闇を頭の後ろに向けて曲げていく。やはり激痛が走るが、気にしてはいられない。今この瞬間、頭さえ守れば死は免れる。
ここで死にさえしなければ、月光で魔力を取り戻し、魔法で傷は癒せる。つまり、この傷も問題とはならない。
それに、これには頭を守る以外にも、もう一つ意味がある。右腕が予期せぬ方向に曲がったため、自分の右腕を押さえていたヒトの右手が、押さえる対象を失った。
それにより、両腕に体重をかけていたヒトが体勢を崩す。その状態では、地面に叩きつける勢いも万全とはいえまい。
これならば耐えきれる。これならば。
右手が空を切り、体勢が崩れる。まさか自分の右手を捨ててくるとは思ってもみなかったね。それだけ向こうも必死だってことなんだろうけど。それは、こっちも一緒だからね。なんでもするよ。
ん?今なんか大事なことを忘れてるような………うーん、ま、いいか。覚えてないってことは大したことじゃないんだろうし。それよりも、今はここをどうするかだね。まあ、もう決めてあるんだけど。
崩れた体勢を利用して、顔をボス犬の喉元へと持っていく。本命は最初からここだからね。そのまま口を開け、頸へと思いっきり噛み付いた。さっきやられたお返しだよ。
そして、互いに密着したまま、地面が迫って――――――
補足
クローディア:赤クマの爪が胸ポッケの端を掠めて実は超ピンチだったが、夢の中にいたので気が付かなかった。
折れた剣:武器としては使用不可。アイテムではあるが、基本的に破損武器はゴミ扱いである。同じ素材の破損武器をいくつか集めて、特定のスキルを使うと素材に戻せる。