三つ巴
戦闘シーンを上手に書ける人は本気で尊敬します。
「グウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォオオオオオ!!!」
「ゥゥゥゥウォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
激突は誰からだっただろうか。たぶん全員同時。とりあえず、わたしは赤クマの鼻面をぶん殴ってみたよ。クマの弱点は基本的にそこだしね。剣はそろそろ耐久値が尽きそうだから、いざってときまで封印かな。
大したダメージはなかったけど、結構痛そうにしてたから、弱点ではあるのかもね。赤クマが怯んだのを好機と見て、ボス犬が追い打ちをかけてる。やっぱり、わたしよりも与えるダメージが大きいね。たぶんさっきのウルフ3頭が突っ込んだときも、ボス犬の魔法が一番ダメージ大きかったんじゃないかな。
そんなことを考えてると、赤クマの右腕が眼前に迫ってきてた。おっと、顔を左にそらして緊急回避。これに捕まると、間違いなく死んじゃうからね。爪が頬をかすって、すこし血が流れる。相手の腕がそのまま振られて、わたしは赤クマの背後に回る形になった。久しぶりに使ってみようか。
(裏参番、破槌)
飛び上がりながら左足を垂直に高く掲げる。そして、そのまま踵を赤クマの延髄に振り下ろした。幼い頃、護身術の先生から絶対に対人で使うなって言われた技だけど、なら教えちゃだめだってこんな殺人技。まあ、先生は護身術っていうよりも殺人術を身に着けてますって言われたほうが納得できる見た目と雰囲気してたけど。
踵が赤クマの後頭部に吸い込まれ、鈍い音を響かせる。しかし、赤クマはそれを物ともせずに、左腕を後ろの私に向けて振り回してきた。よし、これなら問題ないかな。
(壱番、木ノ葉舞)
迫ってくる腕に対し、瞬時に全身から力を抜いていく。自身の腕を相手の腕に添わせ、指、手首、肘、肩と順に関節を使い、緩やかに衝撃を殺していく。結果として、わたしは赤クマの腕に押されるようにして吹き飛び、一度赤クマから距離を取る形となった。
裏じゃない方は一応護身術っぽいんだけど、基本って言ってたこの技にしても、先生曰く日常で最も使いそうな場面が交通事故ってどういうことなんだろうね。先生は一体何と戦ってるんだ。
2度のわたしへの大振りで赤クマの体勢が僅かに崩れる。ボス犬がその隙を逃さず、赤クマの顔面に爪を振るった。ん?ボス犬の爪がなんかおかしい…ってやばっ!
「グルウウウアアアアアアアアアア!!!!」
「あああああああああああああああ!!!!」
や、やばかったー!ボス犬がわたしに向けて魔法を使ってたみたい。あと少し気がつくのが遅かったら蜂の巣だったよ。まったく!こっちにリソースを割く余裕があるなら、赤クマにもっと攻撃を集中させればいいのに。正直、わたしと赤クマの単純な戦力差なら倍はあるでしょ。
一方、赤クマは顔の左半分に爪の跡がきっちりつけられてる。目に見える形での負傷は初めてだね。もしかしたら左目が潰れてるかも。それに、あの爪はやっぱりただの爪じゃなかったみたいだね。傷跡が墨でも塗られたみたいに真っ黒になってる。赤クマは気にしてない感じだから、どんな効果があるのか知らないけど、わたしも気をつけよう。幸い、ああなる攻撃のときには、爪が黒くなるっていうわかりやすい(?)特徴があるみたいだし。
よし!今のままじゃ無理!どうしても戦力が足りてない。ちょっと無理しないとだめだね。そうと決まれば、
「クロちゃん。お願いできるかな?」
「にゃあ!」
うむ!いいお返事だね。温存してもらって多少はMPも回復してるはず。魔法を使ってもらって、少しでもこっちに有利に進めていかないとね。
さーて、仕切り直しじゃー。まだまだ先は長そうだけど、最後はわたしが勝つもんね!
それは、三つ巴の戦闘が始まってから1時間ほど経ったときのことだったと思う。自分の放った、渾身の爪の一撃が、熊の胸を切り裂いたのがきっかけだったのだろう。熊が急に動きを止めた。
来たか。以前はこうなる前に撤退されたため、何が起こるかはわからぬが、自身の例に当てはめて考えればある程度の予想はつく。ろくなことにはなるまい。
はじめは足元からだった。先程まで暗い赤色だった熊の毛が、鮮やかな朱に染まった。魔力が体表でうねり、まるで燃えているかのようだ。徐々に足元から体全体へと朱色は広がっていき、最後には全身炎上しているかのような有様となった。
その間も魔法を撃ち込んでみたが、熊に当たる前に弾丸が消滅した。おそらく相手の魔力のせいだろう。厄介なことだ。
ヒトの方は、呆けた顔をして熊の変化を眺めていた。隙だらけのようだが、今この瞬間も明らかに死角から放った弾丸を、見もせずに最小の動きで回避している。ただただ不気味だ。
どうやらここからがあの熊の本領のようだ。気を引き締めてかからねばなるまい。
なにあれ。赤クマがいきなり固まったと思ったら、急に燃え上がったんだけど。うーむ、あんなの殴ったら、逆にこっちにダメージありそうだよね。まあでも、ボス犬の魔法が通じないなら必然的にわたしの魔法も通じないから、直接殴るしか無いんだけど。
クロちゃんも魔法を既に使い切って休んでる。MPが0になったら、急にぐったりして結構焦ったよ。今はポッケで寝てる。
あれ?今赤クマのHP減らなかった?ボス犬の魔法は効かなかったはずだけど。まさか、あの状態になってるだけで自身の命を削ってるのかな。
うーむ。だとしたらまずいかも。赤クマの残りHPは約30%。今の減り方からして、まだまだ時間はありそうだし、それにじっとしてるだけで死んじゃうんだから、赤クマがこれまで以上に凶暴になりそう。あの状態で突撃されるだけでも、凶悪極まりない攻撃だしね。
「おっと」
ボス犬がこっちにも魔法を使ってきてるね。回避回避。もうね、あんだけ撃たれれば流石に慣れるね。まったく。相手が魔法を撃つときの前兆というか、魔力?の動きみたいなのがなんとなくわかるようになってきたね。あんだけ撃たれればね!
「グゴアアアアアアアァァァァァアアアア!!!」
ッ!吠えただけでビリビリと体に衝撃が走る。この距離ならダメージは無いみたいだけど、これ至近距離で効いたら鼓膜破けるんじゃない?ボス犬は耳が良いから、わたしよりも苦しそう。
あ、赤クマがボス犬に突撃した。一歩ごとに地面が震える。ボス犬は、さっきの雄叫びの影響か動きがぎこちないね。明らかに精彩を欠いてる。
ボス犬は、なんとか突撃を躱そうとしたけど、ギリギリ間に合わなかった。赤クマの爪がボス犬の首のあたりを抉る。流石にボス犬のほうが速いから、傷は浅いみたいだけど、傷をつけられたところが燃えてる。
あの燃える傷は、ダメージを相手に与え続けるみたいだね。ボス犬のHPがどんどん減っていってる。一撃であれなら、何発か食らったら体力が満タンの状態でも赤クマより先に死にそう。
ん?ボス犬の様子が……あれ?これまさか、こっちも!?
変化は一瞬だった。自身が闇に包まれる。こうなる前に決着をつけたかったが、そう上手くはいかないようだ。自分の命を脅かす相手が現れた場合に、自身の命を使って敵を倒すための力となす能力。この群れの長となったときに手にしたチカラ。これまで散っていったものたちから託された呪い。
あの熊の変化も、おそらく似たようなものだろう。未だに傷の炎が消えていないのがその証だ。この闇に包まれて消えていないということは、この炎がこの闇に近い性質の力であることを示している。力の源泉が何かは知らぬが、関係ない。この状態であれば、遅れは取らぬはずだ。
えー、何これ。今度は、ボス犬が闇を身にまとってるんだけど。わたしもあんな感じの奥の手が欲しいね!黒い靄みたいなのが、ボス犬にまとわりついてる。ただ、眼だけが青白く光ってるね。まるで今夜の月みたい。
いや、眼だけじゃないね。さっき食らった傷の炎が消えてない。闇に飲まれてるけど、たしかにまだ燃えてる。体力の減りはさっきよりも緩やかになってるね。
「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオン!!」
さっきの雄叫びの仕返しとばかりにボス犬が吠える。赤クマは、ボス犬が闇に包まれてからどうも様子がおかしかったけど、この遠吠えを受けて明確に苦しみだした。ここまでの反応は初めてだね。
あ!赤クマの顔の、さっきボス犬にやられて黒くなったところから闇が広がってる!これは、あの闇でダメージを受けてるのかな。良かった。わたしは爪の攻撃もらってなくて。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
赤クマが怒りを爆発させるように吠える。顔のダメージは気にしないことにした模様。それに応じて、ボス犬の怪我から吹き出していた炎が勢いを取り戻した。んー?あの2頭の変化は、結構似たものなのかな。
なんだかなー。さっきから、わたしだけ蚊帳の外な感じ。ボス犬と赤クマのどっちも本命の敵は互いだと思ってそうだし。実際、わたしだけレベルも低いだろうし。状況が良くないなー。
…なんたる、ことだ。我が、押されて、いる。闇に、包まれた、狼も、狂った、ヒトも、未だに、斃せて、おらぬ。このままでは、また、以前と、おなじ、結果と、なって、しまう。
認め、られぬ。しかし、状況は、悪い。あの、狼だけでも、手を、焼く。加えて、ヒトが、厄介。力は、我らに、遠く、及ばぬ。が、未だに、死んで、おらぬ。意識を、外すと、必ず、攻撃を、されて、いる。不気味だ。狼に、至っては、言うまでも、無い。状況が、良く、ない。
首が熱い。燃えているのだから当然か。呪いをもって得た力を持ってしても、抑えきれない。熊も同じようだが、三つ巴の状況では、耐久力で劣るこちらが不利か。
退くことも考えねばならない。このままでは、何も為せずに無駄死にの恐れもある。ここに来て、あのヒトを始末できなかったことが悔やまれる。
今この瞬間、あのヒトこそが最大の不確定要素だ。自分よりも、熊への攻撃のほうが幾分多いようだが、なんの慰めにもならぬ。これならあの熊との一騎打ちのほうが、遥かにマシだった。状況が良くない。
知ったことか。ここで全員殺す
今度こそ、わたしから動いた。もうね。わたしをこれ以上蚊帳の外に置けなくしてやるもんね。そして皆殺しじゃー!
「【ファイヤーボール】!」
赤クマへと走り出して、ボス犬に向かってフェイントで火球を放つ。ボス犬は魔法を避けず、魔法が当たるのを無視して赤クマへと駆け出した。むう、やっぱりボス犬にも魔法が効いてない。まったく!もう!
ボス犬を横目に見ながら赤クマへ突撃。どうやら、わたしからの攻撃は防がないことにしたらしいね。2頭ともわたしに注意は向けてるけど、互いの攻撃を最大限に警戒してる感じ。ええい!言ったそばから蚊帳の外!絶対許さないもんね!
とは言っても、燃やされても闇に飲まれてもすぐ死んじゃいそうなので、素手で突撃は無理なんだよね。しょうがない。剣を使おうか。既に耐久値が残り2割ほどだから、あまり使いたくなかったけど、ここで使わないでいつ使うんだって話だからね。仕方ないね。
走りながら、アイテムボックスから二振りの剣を取り出す。うーむ、もったいない。せっかく慣れてきていい感じに使えるようになってきたのに。でも、ここでこの剣とはお別れするくらいじゃないと、きっと勝てなさそう。くっ、勝利のためと割り切ろう!
赤クマとの距離は、既に1m弱。互いに必殺の間合いだね。まあ、わたしは攻撃力不足で攻撃当てても全然必殺じゃないんだけど。
腕を振り回してきた赤クマの左脇をすり抜けながら、左手の剣で胴を薙ぐ。やっぱり身に纏う炎は、触れるだけでダメージを与えてくるみたいだね。ただ、傷をつけられない限りは、自分が燃えることはなさそう。たまたま燃え移らなかっただけかもしれないけど。
そして、振り抜いた剣にはこれまでよりも確かな手応えがあった。もしかして、肉体そのものの防御力が落ちてる?それならチャンスだけど……おっと、そう上手くはいかないかー。
赤クマは手を高く振り上げ、わたしごと追撃しようとしてるボス犬へと振り下ろした。ボス犬は構わず突っ込むかに見えたけど、ギリギリで方向転換して躱したね。結果として、ソレで正解だった模様。腕を振り下ろした先の地面が、爆発でも起きたかのような轟音を立てて弾けた。えぇ…。
どうやら、赤クマは体の防御力が下がった代わりに、攻撃力が半端じゃなく上がってるみたい。防御も、こっちの攻撃でふらつかないのは変わってないし、身に纏う炎でこっちにダメージを与えてくるし、ひたすら殲滅力特化みたいだね。
「ん?おわっ!」
ボス犬が、わたしに向かって魔法を撃ってきてる。まとめて数発、わたしの周りを囲むように放たれるから、めちゃくちゃ避けづらい。赤クマには通じないから、魔法はわたし相手に限定して使う気なのかな。正しい戦法ではあるんだけど、やられる方はたまったもんじゃないね。
しかも、ただの風魔法じゃないねコレ。黒い靄をまとってる。もう目で見るのは不可能に近いんだけど。ひどくない?しかも、当たったら、やられたところから闇が吹き出すんでしょ。ほんとずっこいね。
ボス犬は、身体能力では赤クマに一歩譲るけど、その分魔法が厄介。それに、身体能力が劣るって言っても、赤クマと比べてであって、わたしからしたらどっちも格上であることに変わんないから、スピードがある分ボス犬のほうがきついかもしれないね。
まあでも、男に二言はない!ここで必ず殺すもんね!最終局面じゃー!
補足
MP切れ:かなりの疲労感が体をおそう。そうなる前に、マナポーションを飲むなりしてMPを回復させるのが吉。基本的に自然回復は気休め程度。
AIについて:NPCや上位のモンスターは個別にAI搭載。群れは全体を一つの単位として、ボスAIがサブ運用している。ときたま指示に従わないモンスターが発生するのは、AIが群れをそういうものとして認識しているから。