月夜の晩に
ブックマークありがとうございます!
引き続き残酷な描写があります。
それが最初に感じたのは、強烈な臭いだった。肉が焼ける臭い、仲間の焼ける臭いだ。アイツじゃない。アイツは火を使わない。一体何だ。アイツ以外に自分たちに楯突くものがいるのか。
次に感じたのは声だった。笑っている。心の底から楽しそうに笑っている。ありえない。ここは自分たちの支配する森だ。なのに、なのにこの声はまるで危険なことなど何一つ無いかのように笑っている。何だコイツは。ふざけるな。
これまでのこの森では考えられない状況に対して、それの心に到来したのは純粋な怒りだった。今宵、同胞を襲っているものがいるというのはわかっていた。しかし、それはあくまでも自然界の弱肉強食の掟に従ったものだと思っていたのだ。
しかしどうだ。コイツは明らかに殺しを楽しんでいる。我らの生命を侮辱し、それをもっておのが愉悦としている。ここでコイツを野放しにするわけにはいかない。必ず殺す。
そう決めた後、それはすぐさま行動を開始した。これまでこの森の王者の一角として君臨していたプライドもその決断を後押ししたが、何よりも自分たちの生命を脅かすものに対しての本能が異物の排除を強く訴えていた。
今宵は満月。この森の覇者たるものが、最も力を発揮できる日だ。アイツも目覚めているのを感じるが問題ない。いい機会だ。因縁にまとめてケリをつけてやる。
それは、一度低く唸ると、仲間を集めて敵を迎え撃つ準備を始めた。
「あははははは!」
「にゃにゃあー!」
わたし、現在ウルフの住処へ向けて侵攻中!楽しい!途中で見張りのウルフが何頭か襲ってきたけど、全部返り討ちだもんね!スキルのレベルがアップしたのを入れても、なんか今までよりもウルフを殺しやすくなってる気がする。考えられるのは称号かな。まさしく今のわたしは【ウルフキラー】なのだ!
クロちゃんは現在魔力を温存中。何となくそうじゃないかなーとは思っていたけど、MPは魔法をしばらく使わないと回復するみたいだね。ほんとに少しずつではあるけどね。
そんな事を考えてる最中も、ウルフは襲ってくるからね。なんも考えずに魔法とか使ってると、すぐにわたしもMP切れになっちゃうから、基本は切ったり叩いたり潰したりしながら対処してる。
たまーにどうしても魔法を使わないといけないときは、火魔法で燃やすことにしてるよ。いくつか魔法を試してみたら、火魔法がいちばんウルフによく効くみたいだからね。燃えろよ燃えろ。
パッと見じゃわたしがガンガン攻めてるように見えるけど、いつ敵の物量に押し切られてもおかしくないからね。節約しながらも、サーチアンドデストロイで敵を確実に減らさないといけないのだ!こういうスリルも楽しいね!
ん?あれ、この感じ、ウルフじゃないね。ヤバそうな気配が少しずつ近づいてきてるみたい。ふふふふふ。いいねいいね。せっかくこんなにいい夜なんだから、メインキャストがわたしたちとウルフだけっていうのは少し寂しい感じがしてたんだよね。この気配の主がどれだけのものかはわかんないけど、きっと楽しいことになるよ。
今宵は満月。狂気満ちて凶気溢れるいい夜になるといいな。
「にゃ!」
おっと。クロちゃんから短い警告がとんできたね。えーっと……なるほど、この先ウルフの気配が濃いね。よし、ここからが宴の本番かな。
さあ、此度はどれほどもてなしてくれるのかな。願わくは、死ぬほど楽しい夜にならんことを。なんてね。
腹が、減った。やつが、邪魔を、しなければ、今頃、こんなに、餓えていることは、なかった。あのときは、思わぬ、反撃を、受けて、十にも、満たぬ、数しか、食えなかった。足りない。これっぽっちでは、餓えは、満たされぬ。奴らを、根絶やしにし、この森、すべてを、我がものと、する。
今宵は、満月。我が力も、満ちる、とき。二度と、あのような、ことは、させぬ。すべてを、喰らい、我こそが、王と、なるのだ。
拝啓 たっくん。月明かりが眩しいくらいの今夜、いかがお過ごしですか。おじいちゃんはおっきなワンコたちと戯れています。喰らえファイヤーボール!どうも躾がなっていないようで、ワンコたちから何が何でもわたしを殺すという強い気持ちを感じます。むしろ統率取れていてよく躾けられているのかもしれません。せいっ!眼球貫手!なんだかんだ言って、たっくんが勧めてくれたこのゲームはとても楽しいので、おじいちゃんはとても満ぞ必殺!脳天唐竹割り!……満足しています。お盆のときに、たっくんたちとゲームの話で盛り上がれることを楽しみにしています。
敬具
追伸 ワンコ多すぎるしボス犬強すぎておじいちゃん死にそうです。秘技!ギロチン足刀!勝てたらめちゃくちゃ自慢したいと思います。
「も〜!何これ〜!きりがな〜い」
「にゃっ!にゃっ!にゃあ〜!!」
たっくんへの手紙を脳内でしたためて現実逃避をしながら、ウルフをちぎっては投げちぎっては投げ(比喩だよ。実際は切って叩いて潰して燃やしてるよ)することしばらく。現在、わたしはウルフの本丸を攻めているところだよ。クロちゃんにも頑張ってもらってます。後でなんかあげないとね。
なんかね、ウルフの中でも特に大きい灰色の個体(体長約2.5メートルかな)が魔法使ってくるんだけど。何あれ。ずっこくない?まあね、クロちゃんが魔法使えるから他のモンスターも使ってくるんじゃないかなーと思ってはいたんだよね。まさかこのタイミングでそうなるとは思ってなかったけどね!
おかげで思うように敵の数を減らせてないんだよね。ボス犬以外のウルフもこれまでよりだいぶ強いし、それにホント何あの魔法。ボス犬本体は月明かりでMP回復してるっぽいのもずるいし、せっかくダメージ与えた個体はボス犬が回復させてるし、回復させながら風の魔法をこっちに撃ってきてるのはホント邪魔だし、あ〜もうっ!
特に、この視界の悪い夜にただでさえ見づらい風魔法っていうのがホント最悪。最初はギリギリまで気づかずに、もう少しで脳天ぶち抜かれるところだったからね。まあでも、いい勉強にはなったね。夜に襲われたら、わたしもコレで襲ってきたやつを穴だらけにしてやるもんね。
仕方ないから、襲ってきた敵から首をはねたり、丸焼きにしたり、脳をかき混ぜたりして、ゆっくりでも確実に数を減らす方式に作戦変更を余儀なくされたしまったね。でも、ふふふ。まだ我慢のときだもんね。それだけでこっちに有利になるもんね。向こうもたぶん気づいてて少し焦ってるけど、もうどうしようもないもんね。
ん?なんか敵が引いてく?あー、そうきたか。きちゃったか。どうやらボス犬が直接わたしを殺しにくる模様。いい判断だね。確実にあのボス犬わたしより強いし。
でも、どっちが勝つかはやってみないとわかんないからね。強いほうが必ず勝つとは限んないからヒトは戦うのをやめないんだよ。
さて、死合ろうか。
それは焦っていた。まずい。アイツが近くまで来ている。目の前のコイツを早急に始末する必要がある。できれば、アイツを討ち滅ぼすために力は残しておきたかったが、仕方あるまい。コイツにこれ以上の時間を割くわけにはいかぬ。
はたから見れば、対峙した時点で既に勝敗は火を見るよりも明らかだった。だからこそそれは戸惑っていた。目の前の男が自分に勝つつもりでいることに。これまでの戦いを見るに、現状で己の勝ち目が無いと言っていい状況であることが理解できないとは思えない。眼前の侵略者は狂気に身を委ねているようで、その実、常に冷静に立ち回っている。いや、おそらく身を焦がす地獄の業火を想起させる狂気と、波一つ立たぬ水面を思わせる冷静さは、コイツの中では矛盾しないのだ。
だからこそ解せぬ。ここに来て、これまでの冷静さをかなぐり捨てたような判断をした理由がわからぬ。狂気か、いや、しかし腑に落ちぬ。確かに、戦いそのものを求める気配も感じるが、それ以上にコイツは勝利を見ている。
数瞬の戸惑いの末、それは目の前の男を獲物ではなく敵と判断した。
不気味だ。目の前のコイツはヒトの形をした別のナニカだ。取るに足らぬ存在とは侮らぬ。アイツとともに、ここで必ず殺す。
初撃は右前足だった。眼前に迫る爪を1センチほどの余裕を持って回避。わー、爪めっちゃ鋭い。そのまま相手の右側面へと体をスライドさせながら攻げ…あっやばっ
「あーっぶな!」
間一髪。かがんだ頭の上を、恐ろしく見づらい風魔法の弾丸が通り過ぎていく。やっぱりずるいよねあれ。なんかさっきよりも威力上がってるっぽいし。かがんだ姿勢を利用して足払いを仕掛けてみるけど……あーやっぱり。大してふらつきもしないかー。多少は効いてるのかもしれないけど、姿勢を崩すのは難しそうだね。
魔法の準備をしながら、一度距離を取るためにボス犬の横腹を蹴って離脱。筋肉分厚いし肋骨も硬いなー。これは大変そう。
着地を狙ってまた風魔法が上から飛んできたから、離脱の勢いをそのままに後ろに転がって回避。今のは少し雑だったね。自分から離れると狙いがつけづらいのかな。
体を起こして、周りを確認する暇なく、今度は右へと飛ぶ。超忙しい。わたしの後ろから飛んできてた弾丸が、さっきまでわたしが転がってたルートを通り抜けていく。
今度は、わたしが今避けた軌道をなぞるようにして弾丸が迫ってくる。狙いが雑だったのは、一発を正確に狙うより、連撃で確実に追い詰めるためだったんだね。納得。もうギリギリまで迫ってきてて、躱すのはタイミング的に無理。だから準備してた魔法で迎撃するね。
「【ウインドボール】!」
迫る風魔法の弾丸に、左手で払うような動作で真横からウインドボールをぶつける。想像通り少しだけ魔法の進路をずらすことに成功。おおっ!やっぱり!うまくいくか賭けだったけど、ホッとするね。
……前言撤回。既にわたしの後ろにボス犬が回り込んでる。ホッとする暇がない!
……近い。血の、臭いだ。あのときの、やつらだ。ようやく、食える。あのときとは、違う。力が、溢れる。やつの、血で、餓えを、満たす。
……なにか、いる。やつらを、減らしている。やつと、戦っている。ふざけるな。それは、我の、餓えを、満たす、ものだ。誰にも、やらん。やつと、まとめて、ここで、必ず、殺す。
ボス犬と戯れる(嘘)ことしばらく、木々の間から、巨大な影が姿を現した。おおー、でかいね。ふふふ。ボス犬も、あれが来る前にわたしを倒したかったみたいだけど、残念だったね!生きてる以上こっちのもんだもんね。死にかけとはいえ!……ポーションどこだったかな。
乱入者から距離を取りながら、初心者用ポーションを使用。ボス犬も一度仕切り直すことにしたみたいだね。距離をおいてる。今のうちに乱入者を観察してみるかな。
まあ、ぱっとみただけで明らかなんだけど……クマだね。約3メートルほどの大きさの。暗い赤毛で額に白くて丸い模様があるね。月明かりに照らされて、まるで全身がゆっくり燃えてるみたいに見える。不思議。
うーむ、全体的に言えるけど、特に上半身が超ゴツい。腕なんてわたしの胴くらいあるよねあれ。ボス犬が結構しまってる体してるから余計ゴツさが目立つ感じ。
ん?あーあ、やめたほうがいいと思うけどなあ。ウルフが何頭か赤クマを狙ってるね。ボス犬は止めようとしてるみたいだけど、どうしてもやめないのが3頭いる。まあわたしとしては、赤クマの強さを見たいからぜひ突撃してほしいね。
お、行った。わたしにもやったような3方向からの同時突撃だね。わたしのときは4方向だったけど。ふーむ、さすがリーダークラスのウルフばかりなだけあって、わたしがされたやつよりも速いね。しかも、ボス犬もなにかしようとしてるし。これは避けれないかな。こっちにとばっちりが来ないようにしないと。
やめろ!下がれ!そいつはお前らの手に負える相手ではない!先程から、そう何度も声を張り上げるが、奴らは止まらない。あの忌々しい化物にぶつかっていくつもりだ。
奴らは怒りに支配されているわけではなく、ここで捨て石となるつもりなのだ。それぞれが自身の持てる全力でやつを攻撃し、その結果を自分に見せようとしている。もはや止まる気はないらしい。
ならば、我もその心意気に応えよう。奴らに合わせ、こちらからも攻撃を加える。アイツの強さを見るなら、こちらのほうがいい。先程のヒトもこちらに構う余裕はなさそうだ。さあ、見せてもらおうか。
結局、赤クマは回避行動を一切取らなかった。ウルフ3頭の突撃も、ボス犬が使ったっぽい風魔法も、そのまま無防備に受けた……んだけど。
「まじか」
ふらつかないね。ウルフ3頭がそれぞれの爪で、牙で、全力で攻撃したのは間違いないね。それにボス犬の魔法も、わたしに使ったものより見やすいし遅いけど、威力は桁違いでしょあれ。なのにまったく動じない。ダメージは多少入ってるけど、いたがる素振りすら無い。
そんな事を考えてると、ウルフが1頭捕まった。爪でしっかりとホールドしてるね。赤クマが魔法を喰らいながらも両手で頭と体を鷲掴みにして、自身の頭の上にウルフをもってくる。あーあ、これはひどそうだね。
「グウオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」
次の瞬間、赤クマがウルフを搾った。ウルフの体が捻じくれて全身から血が滴る。その血を全身で受けて赤クマが雄叫びを上げる。距離が離れてるここまでビリビリと感じるほどの声だったね。あ、首がねじ切られた。
赤クマに食らいついてたウルフたちは、この大声で体が固まっちゃってるね。風魔法も散らされた感じ。まあ、この状況で動けなくなったら結果は見えてるわけで……
あちゃー、やっぱり2頭とも赤クマに捕まったね。今度は2頭とも頭を鷲掴みかー。そのまま、胸の前で両手を合わせるようにして2頭の頭蓋をすりつぶした。うーむ。グロい。今関係ないけど、このゲーム別に18禁じゃないよね。なんでこんなグロいの?下手したらトラウマ間違いなしなんだけど。まあいいか。
「グウオオオオオオオオォォォォォォォ!」
「ウォォォォォォオオオオオオオオオン!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!」
さてと、小手調べもお終い。ここから互いに本番って感じかな。わたしも本格的に混ぜてもらおうか!
補足
初心者用ポーション:HP50回復。クールタイム5分。種族レベル10未満のみ使用可能。
下級ポーション:HP10回復。クールタイム10分。