第七話 奴隷
「……これで全員だな」
最後の一人の首をへし折り床に落としたところで俺は怒りを滲ませ拳を壁に叩きつける。
こいつらはどいつもこいつもクズだ。ゴミ以下の価値しか存在しない。
「……すまない」
絶望が色濃く映り、憔悴しきった虚ろな瞳で天井を見あげる女性の心臓を謝罪の言葉と共に貫手で穿つ。
強姦、監禁、麻薬……人の尊厳を徹底的に失くすこれらは俺が最も忌み嫌うものだ。それをこうまで見せられ続けると……クズどもの殺し方をもっと残虐にすべきだったか。襲われ易いだろうと普通の平民の服にして得物を持ってこなかったのが悪いだろう。
(さて、そろそろ本題の方に向かうか)
全滅させた以上、こっちも本来の目的を果たさなくてはならない。
「……ここだな」
近くにあった死体を蹴って退かし、本棚をズラすと隠し階段が地下に続いていた。
ここはこの部屋にいた連中を皆殺しにした後に見つけたものだ。これを見つけれたため援軍が来ても困るから他の階にいた連中を皆殺しにしたのだ。
……殺すのは合理的だが、やはり躊躇いなく殺せる俺は人として壊れてるな。だが、壊れてるからこそ生き残れるのか……皮肉、としか言えないな。
「……カビっぽい」
ツンとするカビ臭さに鼻を押さえながら階段を降りていく。
この匂い……下水道と繋がっているのか。いや、搬入を考えたら繋がっている方が効率が良いか。
「……ここか」
最後の段を降り、近くに付けられていたランプに灯をともして辺りの状態を見る。
洞窟のような造りの牢には幾つもの白骨死体が放置されカビが生えているものもある。ゴウゴウと流れる下水道の匂いは牢獄の中のカビの匂いと混ざり吐き気すら催す程鼻の曲がる匂いになっている。
こんなところに何日も押し込められていると考えると……死にたくなる。そんな劣悪な環境だ。
「おい、大丈夫」
「ヒィ!打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで何でもするから、打たないで!!」
中で踞る痩せ細った少女に話しかけた瞬間虚ろな瞳から涙を流し、体を恐怖で震わせてしまう。
そして、少女の首には自害した女たちと同じ鉄の首輪を付けられていた。
奴隷。裏の世界で取引されている商品の代名詞。親が口減らしのために売ったり養殖だったり、色々と供給源があるが多くの場合は誘拐によって供給されている商品だ。
奴隷に落とされた者は基本的に人としてではなく『家畜』として生活させられ、徹底的に陵辱と暴行を繰り返され人間の尊厳を傷つけられる教育を施させる。この際、【洗脳】等の精神に干渉する心剣を使い人格を歪めることもある。
結果、主人のどんな命令にも絶対服従する人形の出来上がり……となるわけだ。
(……反吐が出る)
クズどもの思考を理解できた自分に嫌気をさして思考を切り替える。
とりあえず、こいつらを救出こそが俺の目的だ。
「大丈夫だ、傷つけるつもりはない」
「打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで打たないで!!」
奪った牢の鍵で扉を開けて中に入ると少女はより一層体を震えさせる。
……これは酷い。恐らく、こいつはリコール品……商品としての価値が無くなりここで死を待つだけの奴だったのか。
だが、俺はそんな奴でも助けなければならない。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
少女が隠し持っていたナイフで身を屈めていた俺を刺してくる。だが、俺は抵抗せずそれを体で受け止める。
一応、当たる部分を間接移動で変えたとは言え普通に痛い。今日最初の傷だ。
「……安心、しろ。俺は、傷つける、つもりは、ない」
「う……うぅ……」
傷を作りながらも少女の頭を撫で、言い聞かせるように言葉を紡ぐと少女はナイフを手離す。
俺の心剣の特性なのか、はたまた偶然なのか。俺は奴隷の精神に上手く入り込める。その結果なのか奴隷の精神を元に戻すのに一役買っている。
「俺は、お前を傷つけない」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
俺は微笑むと少女は大粒の涙を流しながら地面に座り込む。
これは……嬉し泣きなのだろうか。まあ、生きていてくれて良かった。
奴隷を助ける際に、俺は『暇潰し』や『道楽』と言った言葉を使用する。無論、そんな訳ではないが意地でもそう思い込むようにしている。
これは敢えて突き放し一定の距離の立ち位置にいるような言葉を言うことでいざ離れる時に悲しみに暮れる暇を少しでも減らすための努力である。
まあ、そこまで大きな効果はないが、無いよりはマシだ。
「えっぐ……えっぐ……」
「よし、外せた」
涙を流す少女の首輪を外し少女を背中におぶる。
……やはり、少女の体は軽い。そこまで食事を取っていなかったのか。この衰弱しきった見た目からだとそこまで判断出来ないが俺とほぼ同じか二、三歳程度しか違うのにこれか……。
(……やはり、見捨てれない)
少女をおぶり牢を出ながら手から血が流れる程力強く握りしめる。
俺は幾つもの組織や商会をこの身一つで潰し、多くの奴隷を救ってきた。それは一重に見捨てれないからである。
俺にとって奴隷を解放するのも、困っている老婆を助けるのもそう大差はない。
見捨てて効率的に動き、自分の目的を遂行することは容易い。だが、それのせいで多くの人間が死ぬのならそれを見捨てる事は出来ない。
何度も見捨てようと思ったがその度に見捨てることができなかった。
これは善意でも悪意でもない。こんなもの、俺の我が儘でしかない。
「すぅ……」
「寝てしまったか」
少女が俺の背中で寝息をたて始めたところで少し苦笑いしてしまう。
穏やかな寝息だ。安心仕切った証拠と言えばそうなんだろうな。やはり、恐怖に怯えながら眠るのを見るのは気が気でないからな。