第五話 【洗脳】
「……ここか」
足跡を辿り無くなった場所に立つ一際大きな建物を見上げる。
恐らく、開発の際に貴族の別邸として建てられたであろう建物は薄汚れ、庭には樽や瓶、更には壊れた女や死体が放置されている。
それらで楽しんでいる連中もいれば見回りをする者もいると、それぞれに差があるがまさに犯罪の温床を体現している。
(……反吐が出る)
同族嫌悪に等しい感情を苦虫を潰したように噛みしめる。
俺は確かに善を貫くために悪となった。そして、善のために幾つもの地獄を生み出した。それでも、これは許しがたい。最低でも、俺はこんな退廃的かつ冒涜的な地獄は許容しない。
多くの地獄を生み出した者として、この地獄を絶ち切らなければならない。
「あぁ?何だて」
「……黙れ」
静かに見張りの男に接近し反応し行動するよりも速く口に手を突っ込み下顎を引き千切る。
さっきは後の事も考えて服に血の汚れが付かないようにしていたがもうそんなのに構っている暇はない。
……予想以上にキレてるな、俺。まあ、こんな地獄を見せられたら怒らない方が無理だ。
「~~~~~~~~~~~~!?」
「な!?おま―――」
「喚くな」
千切られた顎を押さえて声にならない悲鳴を上げ悶え苦しむ男に気づいたもう一人の見張りに向けて男の腰に携えた剣を引き抜き回転するように投げる。
「……え?」
回転しながら飛んだ剣はもう一人の見張りの首を切り落とし、壁にぶつかり地面に落ちる。
さて、最低限の脱出路は出来たな。さて、始めるか。
「な、何だお前!?」
「敵襲!敵襲ぅ!!」
喚く男の一人に向け疾走し肉薄と共に貫手を喉に突き刺し壁にぶつかった衝撃で穿つ。
「こいつ―――!」
背後から迫る男の剣を見もせず避け、振り向き様に目に血を塗りたくる。
「ぐっ……!?がっ!?」
目に付いた血で視界を朧気にされ剣を闇雲に振り回す男に先程殺した男が持っていたナイフで下顎を貫き脳天まで突き刺す。
使えそうなものなら何だって使う。それが戦いと言うものだ。
「ッ―――!!」
壊れた女で遊んでいた男の後頭部を勢いをつけたドロップキックで蹴り飛ばし、勢いを保ったまま左手を起点に百八十度方向転換する。
「ゴホッ!?」
体を獣のように低く構え地面を蹴り貫手でその豊満な腹を穿ち内蔵を引き抜く。男は絶叫する暇も無く絶命し、近くの死体の山の一つに入る事となる。
「ひひひはひひひはひひはひはひひひひはひひひひひひは!!」
「……すまない」
壊れたように汚物を撒き散らして笑う女の胸の皮膚に指を入れ弛緩した筋肉の中を通り、心臓を握り潰し絶命させる。
……幾つもの違法薬物を持使って人格を破壊されたのか、凄惨なまでの凌辱によって人格が破壊されたのか。死んでしまった以上聞く事は出来ないが……それでも、やはり謝罪しなければならない。
「おい!いたぞ、こっちだ!」
「ッ!!」
後悔の念を思っていると背後の方から数名程の足音が聞こえてくる。
仲間を呼んだやつがいたか。それならば上々。一々探す手間が省ける。
「……失せろ」
落ちていた剣をとり先方の男に一呼吸で接近し肩から腰まで袈裟切りにする。
「なっ……!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
切り落とした男を蹴り飛ばし、集団の中に入ると流れるような連続の斬擊で男たちを切り裂いていく。
集団のメリットは数の差を生かせれば力業でどうにでもなると言うこと。だが、デメリットは……毒が入れば対応するよりも速く蝕まれると言うこと同じ、対応に明確な隙が生まれてしまうことだ。
集団の中心に入ることはほぼ自殺行為。相手にとって普通ではあり得ない行為をしたため、相手には僅かだか確実な隙が生まれる。そこに入り込めばどうとでもなる。
実際、俺はこのほぼ自殺行為の中に活路を見いだす戦い方を得意としている。これのせいで何度も死にかけたが、十分以上の成果を得られる。
「さて……」
最後の一人を切って刃が折れた剣を放り捨てると血の海に沈む男たちの死体の中から使えそうな剣を取り血を拭い少し振ってから鞘に納める。
こういう時、心剣を使えば簡単に事を済ませれるが……この裏の世界では情報伝達が速い。俺の事が他の組織に繋がられると困るから使うことが出来ない。
「よっと」
屋敷の周りを一周し屋敷の扉を三角形に切り中に入る。
中は豪勢な作りになっているが至るところに埃が溜まり、蜘蛛が巣を作っている。まさしく廃墟と言うことば相応しい。
だが、辺りの壁や床には血痕がこびりつき、扉に入ってすぐの場所に俺を襲った連中の死体が転がっている。どんなに安値でも幽霊屋敷に住むつもりはない。
「退廃的で良いと思わないかい?」
「……生憎と趣味が合わないな」
螺旋階段から何人もの剣を携え、首輪を着けた女を連れてやってきた眼鏡をかけた優男に侮蔑の視線を向けながら剣を構える。
この男は実力は大したことはない。筋肉は最低限だし、剣を保有していない。正直に言って雑魚としか言えない。
それなのに組織のトップに立てる理由は単純、心剣だ。心剣の中には精神に影響を及ぼす物もあり、その多くは指輪や髪飾りと言ったアクセサリーと言う形をとる。
戦う意志がない、そう言う意思の現れだと考えても良いかもしれない。
「君のような強者に気に入られないのは残念だ」
「……まあ良い」
「まあ、それは置いといて……君、僕の仲間にならないかい?」
あまりの無謀を越えて呆れしか生まない提案に顔色一つ変えず剣を強く握る。
……こいつは何を言っているんだ?
「君が仲間になれば組織の勢力は大きく出来るし、君は良い地位につくことができる。まさにWin-Winの関係じゃないか」
「…………」
こんなお粗末な思考で組織のトップ?そんなバカな。組織のトップは大きくても小さくても基本的に実力や実績のある者がなる事が多い。
こいつにはそのどちらも存在していない。味方の時間稼ぎでもしているか、若しくは心剣の効果を待っている……そのどっちかか、両方だが……。
「関係ないか」
「へ……うわぁ!?」
一呼吸で接近し剣を振り下ろすが運良く殺気で腰を抜かして避けられてしまう。
この程度の殺気で腰を抜かすとかどういう脳みそをしているのだか。戦闘畑でなくてもこれくらいの威圧はされるだろうに。
こんなものを組織の長にすげると言うのはどうかと思うのだが……。いや、威圧する暇を与えずに制圧できる算段があるのか。
「大体の予想付いた」
「ッ!?」
女たちの剣をあっさりと回避し、射程から逃れたところで立ち止まり、足を半歩下げ剣を上段に構える。
「認識の切り替え、思考能力の上下、精神の掌握……これかは精神に干渉する心剣としては良くあるものだ」
「…………」
「だが、そこの女たちはあんたに忠誠を誓い従っている。それなら考えられるのは……洗脳」
【洗脳】と言う特性を持つ心剣は比較的ポピュラーだ。言葉、視線、行動、接触、それらだけで相手の思考を誘導できるのため、為政者、貴族、商人の一部に出現しやすい特性だ。
上位互換の【支配】には劣るがそれでも強力で自分の意思で解くことは極めて難しい上、【支配】とは違うメリットがある。
「今回の場合はその眼鏡が心剣なんだろう。発動条件は……相手の目を見ることか」
「……なーんだ、やっぱりバレてたんだ」
俺の推理を肯定するように前髪を後ろに持ち上げ端整な顔立ちに狂気とも取れる笑みを浮かべ、指を弾く。
弾いた瞬間、この広間に面した扉全てが開き武器を持った連中がところ狭しと出て来て俺に得物を向け、敵意を示してくる。
まあ、そんなもんだと思ったが……まあ、こっちの方が裏技を使うにはちょうど良い。
「全員が心剣を持っている訳じゃないが十分だろぉ?」
三百六十度囲まれた俺に誇るように自身の力を誇示する。
心剣の獲得は本人の才能によって変動する。全員が全員、心剣を獲得できる保証がない。おおよそ、三分の一の割合か。
そいつら全員を洗脳する……あまりにも発動条件の低いこの特性を使用すれば容易く、そこのクソヤロウに一度忠誠を誓わせればどうにでも出来るか。
「俺の心剣は良いぜぇ~。何せ、どんな令嬢やお姫様でもこんな風に楽しめるんだからよ~」
女の一人の乳房を揉みながら頬を長い舌で舐める男を見ずに瞼を閉じる。
……【洗脳】。使い方によっては感情をコントロールする事も出来る。これは【支配】にはない力だ。
成る程、これなら相手が殺気を向ける暇すらないな。何せ、目線を合わせられればそこから自分の意思は殆んど剥奪されるようなものだ。
(……反吐が出る)
多くの地獄を生み出してきたが、このやり方は絶対にしない。そう断言できてしまう程に人の命を冒涜している。
許しがたい、許しがたい、許しがたい。許しがたい。許しがたい。許しがたい。許しがたい。
―――すなわち、絶許。
「まあ、そんな事は良いか。―――死んでしまえ」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」
男が指を弾いた瞬間取り囲んでいた雑魚どもが雄叫びと共に一斉に憤怒に身を焦がす俺に襲いかかってくる。
絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許。絶許―――絶殺。
【洗脳】されているのなら、無理はない。だが、襲ってきた連中の瞳を見てはっきりと分かってしまう。
こいつらは自分の意思で従っている。従い、敬い、己の欲望を洗脳された女たちにぶつけている。
外に捨てられていた女は、恐らく【洗脳】によって壊されたものだろう。【支配】より時間はかかるがそれは可能だから。女に欲望をぶつけていた男の、醜い欲望のために。
命のため、金のため、欲望のため、色々と考えであのクソヤロウに従っているのだ、殺される覚悟は出来ているだろうな。
「……【黒縄】」
俺に連中の手が伸び触れようとした瞬間、うつ向く俺の口から怨嗟とも言える響きで言葉を漏れ
「「「「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」」」」」
次の瞬間、館の中に絶叫が響いた。