第五章 希望は何処へ
朝早く起きた工藤は、バルトから貰った両手剣を背中に背負い、三島と鈴木を起こさない様にゆっくりと寝室の扉を開け、宿屋の管理人室の前を忍び足で通り、外を出た。
ナザム村の時計塔は4時を指していた。
まだ日が出ていない早朝の村は静まり返り、どこか不気味だった。
ナザム村の出入り口まで来ると、工藤はホープに言われた通り、ホープを思い浮かべ、指輪に強く念じた。
(…ホープさんの元へ導いてくれっ!)
すると指輪は青い光を勢いよく放ち、一点の方角へ向けて射していた。
工藤は恐る恐る暗い森へ足を踏み入れると、まるで森そのものが工藤を喰らうかの様な恐ろしい気配に包まれていた。
工藤は足を竦ませるが、直ぐに振り切り、足を更に一歩踏み出した。
暫く歩いていると、森の暗闇からどこからか息遣いの様な音が聞こえた。
工藤は辺りを見渡すが、指輪の青い光だけでは充分に見渡せずにいた。
すると今度はこちらに向かう足音の様な音が聞こえ、立ち止まり、両手剣を構えた。
(嘘だろ…魔物だったらどうする…?やはり一人で来るのが間違いだった…!)
震える手で両手剣を持つ工藤は汗を垂らしながらその足音の方角を必死で探した。
足音は更に勢いを増し、こちらに走って来ている様だった。
(来るぞ来るぞ来るぞ…!どうすれば…!自分より体躯がデカい相手にはあの技…いやでも小さかったら…?)
工藤は混乱し取り乱す。
その足音がすぐ近くまで来ると、指輪の青い光で、その人物の顔が薄らと見えた。
「…レアさん!?」
足音の主はレアであり、工藤はホッと一息吐く。しかしレアは顔色を一切変えず、更に足を一歩踏み出した。その右手には短剣が握られていた。
「なっ…!レアさん!レアさんですよね!?どうしちゃったんですか!?」
工藤は恩人に剣を向けることが出来ずにいた。そんな工藤にレアは一歩一歩と近づき、ついに目の前まで来ると、短剣を持った右手を振り上げ、構えた。
「…そ、そんな…。」
工藤は恐怖で固まっていると、右手が振り下ろされ、工藤は目を瞑った。
キィン!
鉄と鉄がぶつかり合う音が森に響き、恐る恐る工藤が目を開けると、目の前にはレアの短剣をボロボロの剣で受け止めたホープがいた。
「ホープさん!」
工藤は歓喜するが、ホープは怒っていた。
「馬鹿野郎!どうしてこんな場所にいやがる!」
「ホ、ホープさん、レアさんが襲って来て…!」
「違う…。コイツはレアなんかじゃない。」
ホープがレアの方に向き直ると、レアは不敵な笑みを浮かべて語り出した。
「あんたの友人か?その子供。あんたなら充分理解している筈だよなぁ?そいつの血が欲しいんだよ!」
声はレアのものではなく、男のものだった。
鍔迫り合いをしながら、偽物のレアは続ける。
「あんたも飲んだんだろ?なぜ庇う?独り占めは許さねえぞっ!長生きしやがって!」
偽物のレアは短剣に更に力を込める。
するとホープはわざと力を緩め、鞘に短剣をひっかけ、剣を翻して短剣を受け流した。偽レアがよろめいた隙に、ホープは右足で思いっきり偽レアの鳩尾を蹴り飛ばした。
偽レアは派手に吹っ飛び、鳩尾の痛みに転げ回ると、姿形がどんどん変わっていき、最後には老いた男のような姿に変わった。
「工藤を油断させるためにレアの形を取ったんだろうが、俺の目は誤魔化せんぞ!!」
ホープはもの凄い気迫で叫び、森中を轟かせた。
「チッ、クソがっ!」
老いた男は捨て台詞を吐くと、森の暗闇に消えていった。
「ホープさん…ありがとうございます…。」
腰を抜かしていた工藤が立ち上がり、ホープに礼を言うが、ホープは無言で剣を背中の鞘にしまい、一言放った。
「…俺に話があって来たんだろう?俺もお前に話さなくちゃならない事がある。ついて来い。あの小屋まで向かうぞ。」
ホープと工藤は小屋に向かったが、移動中、ホープは終始無言だった。
小屋に着き、焚火を囲んだ木の椅子に座るとまずホープは先ほどの男について語った。
「あの男は昔の俺の同僚だ。今は老いさらばえて、若さへの嫉妬に狂った男だ。見た目を他人に変える魔法を使ったのだろうな。
…魔法というのは禁忌だ。王国が秘匿している邪悪な力だ。それを扱って来たとなると、あいつは、王国上層部の手先だろうな。」
工藤は困惑した。
「何故若さと俺が関係あるんですか?
それに、王国上層部って?」
ホープはいつにも増して真剣な雰囲気で言った。
「これからの話す事を静かに聞いて欲しい。
まず、異世界人について語る必要があるだろう。この世界と異世界には時間の流れにズレがある。
二つの世界のタイムラインを平行にして考えろ。それらのタイムラインを三等分して、それぞれにA時代、B時代、C時代と名付けたとする。
二つとも同じ時間の流れだが、ある日突然、B時代の異世界から、A時代のこの世界に人が流れつく。するとどうだ?一等分の時間のズレが出来ただろう?
その時間のズレを持つ異世界人の血を、この世界の人が摂取する事により、その人の寿命は一等分の時間分増える事になる。理屈は分からんが、どうもそうなっているらしい。
そしてそれを、70年前のハインデ王国当主の三代目が知ったのが発端だった。奴はずっと不老不死の方法を探していた。
そこに、ユーキ・コバヤカワが現れた。その頃俺は王国の兵士だったが、あいつを匿い、この世界で生きる方法を教えた。
だが俺はまだ三代目の狂気を知らなかった。
俺が留守にしている間に、ユーキは奴に襲われた。間一髪で、奴にユーキの生き血を奪われずに済んだが、ユーキは虫の息だった。そんな時、ユーキが俺に遺した言葉があった。
「奴はまだ諦めていない。必ずまた異世界人を呼ぶ。その為に俺の血を使え。」
とな。俺は躊躇ったが、事態は一刻を争っていた。俺は最終的にユーキの血を吸い、不死に近い身となった。お前達を守る為に。」
工藤は頭が混乱した。
「俺のいた世界と、この世界の時間のズレってどの位何ですか…?」
工藤が疑問を投げかける。
「少なく見積もっても50…いや60年か?
正確な数値は分からない。だが王国の奴らは知っている筈だ。
だからナザム村で言ったんだ。特に王国の兵士には自分が異世界人だと言ってはならないと。
どうやって異世界人をこの世界に呼び出しているのかは分からないが、そのシステムが王国にあるのは確かだ。今も王国の手先共がお前達を捜している。気をつけろ。」
話し終えたホープはコップに水を注いで、工藤に手渡した。
工藤が眼を開けると、そこはナザム村の宿の寝室だった。
(あれ…ホープさんは?)
すると、枕の近くに一通の手紙が置いてあった。
[工藤東弥、起きたか?すまない、手荒な方法だが、宿の寝室に送っておいた。そうでもしなきゃ、お前は追求を止めなかっただろう。
奴らの手先に見つかったのが森で良かった。まだ時間が稼げるが、そう長くない。ナザム村は直ぐに王国の捜査の手が伸びるだろう。少しだけ俺に時間をくれないか。]
工藤は手紙を読み、その手紙をバラバラに破った。
(ホープさんめ…まだ俺に隠し事を…。)




