第一章 夢の中の光
「はい、この問題誰か解ける人?」
祖山高校3年5組の数学教師、山川先生が出題する。しかし、クラスの誰も手を挙げようとしない。それどころか皆落ち込んでいた。
(まあ無理もない、1ヶ月前に小早川勇希が行方不明になったからだろう。それからというもの、皆の空気が重くなっている。俺だって落ち込んでいる。)
「じゃあ工藤、この問題解けるか?」
指名された工藤東弥は立ち上がる。
「84㎤です。」
「正解!素晴らしいな。いつも通り正解か!」
山川は授業を盛り上げようと必死だが、誰も協力しようなどとは思わなかった。
勇希はクラスのムードメーカーで人気者だった。男女問わず愛された男だ。だから彼が居なければ皆盛り上がれないのだ。
(勇希は今どこに居るんだろうか。死んだなどとは思いたくないが、その可能性を考えてしまう自分が嫌になる。会えるなら会いたい。皆そう思ってるはずだ。)
工藤はそんな事を考えていると、急に身体が重くなり、その場に崩れ落ちた。周りの生徒が気がつき駆け寄るが、だんだんと意識を失っていった。
「…ここは、何処だ?」
目を覚ました工藤は見知らぬ森で倒れていることに気がついた。
言い知れぬ恐怖を感じた工藤は周りを見回す。
辺りは暗く、木々の間に夕焼けが覗いていた。
すると自分の隣に二人の女性が倒れていることに気がついた。
「大丈夫ですか?起きてください。」
肩に手を当て声をかけると、一人の女性が目を覚ました。すると工藤は顔見知りである事に気がついた。
「あれ?もしかして工藤?」
目を覚ました女性は寝ぼけ気味に名を呼んだ。
女性の顔がはっきり見え、工藤は確信した。
(三島佳奈だ。俺と幼なじみの同い年で、クラスは違うが同じ高校に通っている。)
「なんで三島まで…?
それより大変なんだ!辺りを見てみろ。」
工藤にそう言われ、三島は周りを見渡すと自分の置かれている状況に気がついた。
「ってここどこ?遭難しちゃったの?…もしかして誘拐…!?」
三島は混乱し始めた。工藤は冷静にもう一度置かれている状況を確認した。
「…なあ、三島。ここに来る前のこと、何か覚えてないか?」
「そう言えば…なんか倒れちゃったような…。」
「やっぱりか、俺もそうなんだ。気を失って気がついたらここに。」
三島は自分の隣に倒れているもう一人の女性に気がついた。
「ちょっと真希までいるの!?起きて真希!」
しかし鈴木真希はぐったりしていて起きる気配が無かった。
すると遠くからこちらへ向かう足音が聞こえてきた。
「…!誰か来る…。」
工藤は警戒したが、三島は真っ先に身を乗り出した。
「なら助けてもらいましょうよ!誰か〜!」
「馬鹿っ!不審な奴だったらどうすんだ!」
三島と工藤が言い争っていると、足音はさらに大きくなり、すぐ近くまで来た。
「やべっ!」
とっさに工藤が三島を引っ張り、草木に隠れようとしたが時すでに遅く、足音の主は木々の隙間からこちらに顔を覗かせた。
それは黒光りする騎士の兜そのものであった。
工藤と三島は驚き、声を出せずに居ると、その騎士が一声発した。
「…なるほど、やはり今日か。」
小さく独り言のように呟いたその言葉の意味を、今の工藤には理解できなかった。
「それより…お前達、こんな魔物達が蠢く森で何をしているんだ?」
騎士が問いかける。工藤は聞きたいことが山々で混乱したが、まず身の安全を優先した。
「…それが、ここで遭難してしまったらしくて…。」
騎士は分かっていたかのように頷き、倒れている鈴木を抱き抱えようとした。
反射的に三島が叫んだ。
「ちょっと何するつもりですかっ!」
「大丈夫。俺はお前達の味方だ。知ってるさ、異世界から来たんだろう?聞きたい事がたくさんあるんだろうが、今は安全な場所へ行かねばならない。分かるだろう?」
騎士は落ち着いて説明し、鈴木を片手でひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「さて、近くに隠れ家があるんだ。そこへ向かおうか。案内しよう。」
騎士が工藤達に背中を向け歩き出す。
すると騎士が背中に一本の長い剣を提げているのが見えた。
(ボロボロの剣だな…。よく見たらあの騎士姿の人、ボロ布をコートみたいに纏って、フードを被っているように全身を覆ってる。一体何のために?ちょっと不気味だな。)
工藤はそんな事を考え、ぼーっとしていると、三島が工藤の肩を叩いて催促する。
「ほら、私たちもいきましょ。あの人変な感じだけど、ここのがよっぽど怖いし。」
三島が工藤の手を引き、騎士の後に続いて歩き出した。
騎士の隠れ家に着くと、そこは大きめの小屋の前に、焚き火と木の椅子が自分達の人数分用意されており、まるで自分達がここに訪れるのを知っている様だった。
「まあ座ってくれ。」
騎士は催促し、工藤と三島は焚き火を囲む木の椅子に座る。
どうやら鈴木は小屋の中に寝かせた様だった。
「さて、まず自己紹介からだな。俺は…そうだな、ホープと呼んでくれ。お前達の名は?」
騎士は問いかける。
「俺は、工藤です。」
「三島です。」
三島が名乗り終わると、間髪入れずに工藤が疑問を投げかけた。
「ここは何処なんですか?さっき魔物とか異世界だとか言ってましたけど、どうなってるんですか?」
工藤が焦っているのと対照的に、ホープはのんびりとした口調で宥めた。
「まあまあそう焦るな。そうだな…まずこの世界の解説からいこうか。
ここはハインデ地方といって、ハインデ王国を中心に村や集落で構成されている。
お前達の世界で言う、狼や熊かな?そんな感じの凶暴な生物を総称して、この世界では魔物と呼ぶ。
分かりやすく例えると、この世界はお前達でいう、RPG?ゲーム?の様な世界なのさ。
お前達は次元の裂け目に巻き込まれてこの世界に来てしまったんだろうな。」
ホープは淡々と説明した。
三島と工藤は混乱した。
「私たちもう帰れないの?」
三島は涙目で呟く。
「…そうかもしれない。」
工藤は落ち込む。
しかしホープの話に疑問点を見つけた工藤は問いかけた。
「あの…そう言えばホープさん。なんでこっちの世界のゲームやら狼やらを知ってるんですか?それに、思い違いかもしれませんが、木の椅子も、まるで俺たちが来るのを知っていたかのような…。」
工藤は疑いの目をホープに向ける。
すると、ホープは微笑しながら答えた。
「フッ…当然の疑問だな。
昔…一人の友が居た。そいつは変わった奴で、異世界から来たんだと自慢気に語ってた。そいつから色々聞いた、君たちの世界の事をな。あいつは…今はもう死んでしまったが、忘れた事はない。
…異世界人が来る時は特有の空気の震えがあるんだ。それでだいたい何処に現れたかも分かる。あいつが来た時もそうだった…。」
ホープは感傷に浸り、話し終えた。
「そうなんですか…お気の毒に…。」
工藤が聞き終わると、工藤は三島が自分の肩に寄りかかりながら眠っている事に気がついた。
「そいつも、疲れたんだろうな。今は休みなさい。小屋に布団があったはずだ。横になって休め。」
工藤は三島を抱えて小屋に運び、布団の上に寝っ転がった。
疲れているせいか、いつの間にか眠りについていた。
「ああ…約束は忘れない。忘れるものか。次こそあいつを…。そう…。」
工藤は何処からか聞こえる独り言に目を覚ました。そっと音を立てないように窓から外を覗くと、そこには木に寄りかかりながら寝ているホープがいた。
「そうだ…。あなたは俺の…。」
ホープは寝言を呟きながら眠っていた。
(…ホープさんも多忙で疲れているんだろうな…。そっとしておこう。)
工藤はそんな事を思いながら、再び眠りについた。