電気石
空に浮かぶ島々。その中でもとびきり小さいが、緑豊かな島があった。
「何見てんの。」
島で唯一の郵便局はようやく午前中の集配が一段落し、各々で休憩をとっていた。
声を掛けられた青年の手には石が握られている。一見、特に変わった様子もない鉱物に見えるが...
「あー、妙に気になって拾った。」
ピシッ
青年の一言でその部署にいた6人全員が凍りつき、手を止めた。
「ブラン!おまっ...何で拾ってきちゃうの!」
「イヤだ!俺は彼女と付き合って間もないんだぞ!まだ別れたくない!」
「早く帰れ!そんでロゼ姉にみてもらえ!」
「局長おおおおっ」
口々に同僚から発せられる負の感情を、ブランは気にする様子もなく眺めていた。
黒髪、碧眼の青年ブランには昔から特技がある。目に留まったものを収集する、そこまでは特に異常はないが、その後が問題だ。彼の身近にいた人々が経験するマイナスな出来事。
ーある人は命の次に大切な眼鏡の破損。
ーある人は彼女の浮気の発覚。
エトセトラ...
「たまたま運が悪かったんだろ」
「ブラン君、今日はキミ早退ね」
局長っ...とそれぞれが口にし、手を当て安堵の息を吐く。
「そういえば局長は去年ブランの餌食になったな」
「くしゃみでぎっくり腰?あれも祟りなの...か?」
眼鏡のトルシェと独り身ルボワの会話がひそひそと続く中、ブランが口を開いた。
「せめて半休で頼みます」
「解決するまで有給でいいよ」
ごくりとその場の皆が息を飲む。つまりは解決するまで有給という名の謹慎ということだ。今まで大事に貯めていた休暇が今ここで支払われてしまう。局長はにこりと笑い更に続けた。
「ロゼ君によろしく」
ブランの家は郵便局から徒歩30分の所にある丘の上。緑溢れる草木に囲まれ、この島特有の青い花が所々に群生していた。
『おかえりなさい。今日は早いのね』
透明な肌に銀の髪、鮮やかな青服を身に纏った女性が数名座りながら井戸端会議を始めていた。彼女達は《アオハナ》どこにでも姿を現す神出鬼没の花の精霊だ。
「ああ、謹慎くらったからな。」
あと何日有給が残っているか。チッという舌打ちと共に苦い表情を出しているブランとは反対にアオハナ達は笑い出した。
『またか。今年に入って何回目だよ』
『今回は何拾ってきちゃったんですかー』
ケタケタと彼女達が笑う度に周囲の青い花がそれぞれに揺れていく。
「お前ら、覚悟はできてるんだろうな...」
『あら、でもロゼはまだ帰ってないわよ。ハーブが何種類かきれたから貰いに行ったの。夕方からの開店があるからもうすぐ帰ってくるんじゃない?』
『ねえ、それよりさ、テオとカーラの話なんだけどね...』
ーなになに?えー!?ウソー!?
アオハナ達の話は長い。コロコロ話が変わり、展開について行けずこちらの生命が吸われていくようなのだ。
ブランは息を吐き、先程入り損ねた我が家へ入っていった。
しっかりした木の家。一階は食堂が営われ、二階は生活の場となっている。ブランはカウンターの椅子に腰掛け、胸ポケットにしまっておいた手に収まる小さな石を取り出した。基盤となる色は黒に近い青だが、よく見ると角度によって黄色や緑など様々な発色を見せる。石を眺めながらぼんやりと昔の事を思い出していた。
「ロゼ姉、なにやってんだ」
まだ幼い日、目映い光を浴びた金色の長い髪をまとめた姉は青空の下でせっせと何かを混ぜていた。
「さ~あ、なんでしょうね。ブランもやってみる?」
お菓子...にしては香りがしない。訝しげにボウルの中身に目をやると、何やら薄い黄色の液体が入っているのが見えた。
しばらく考えているとロゼは笑い口を開けた。
「これは石鹸を作ってるのよ」
せっけん!?こんな所でせっけんなんか作れるのか!?
ブランはぐるぐると考えを巡らせた後にひとつの疑問が頭を駆けていった。
「なぜ魔法でつくらんのか」
そう、ロゼは“魔法を使える者”。せっけんなんぞ、彼女が願えば一瞬で作れるはず。時間も体力も必要な根気な作業を何故かいつもこの人は楽しそうにやっていた。
「そうねえ...........ヒマだから?」
その日と同じ青空の色をした瞳を動かし、にっこりと笑った。全く予想をしていなかった姉の言葉に開いた口が塞がらない。
「ウソツキめ」
「そうねえ、嘘じゃないんだけど。もう少し大きくなったらどうしてか教えてあげるわよー」
まだ五つの頃だ。あの時の答えはまだ聞いていない。共に暮らし、一つずつ年を重ね、同じような事が繰り返されていくうちにブランはロゼの手のかかる行いに疑問は持たなくなっていった。
トントン、カチャン
金属の触れ合う音で目を覚まし、ボヤけている視界の中にあの頃と同じ金色の髪を見つけた。ブランはいつの間にか寝ていたようだ。
「あら、起きた?アオハナ達から聞いたわよ。結局お昼食べられなかったんでしょ。とりあえずこれ食べちゃってねー」
ブランの前に程よい大きさの皿が出された。その皿の上にはサラダとキッシュが小さくのせられていた。
「...姉さん」
んー、と聞き返しながら仕込みをしているロゼの表情をブランはテーブルにうなだれながら見上げていた。
「腹へった」
「後で追加したげるから」
明らかに足りないという彼の訴えに、平然と続けた。
彼女はあの頃から変わらずペースを乱さない。変わったのは以前と比べ少し幼くなった外見だけだった。
鍋の中身をゆっくりとかき回し、きらしていたというハーブを入れてからロゼはブランとようやく目を合わせた。
「さてと、その握りしめているものを見せてみなさい」
キッシュを頬張りつつ、空いている手でロゼに石を手渡した。じっくりと石を見つめ暫く動かなかったが、ブランが皿の上の物を全て食べ終わる頃には石の鑑定は終わったようだった。
「面白いもの見つけてきたわね~!」
「何だったんだ、それ」
ふふっとイタズラをする時のような笑みを浮かべ口に手を当てるロゼ。途端に二人がいる部屋は薄暗くなり、キッチンの火も消えていた。魔法を使うなら何かしら前置きがほしい、といつもブランは思う。
「これは、電気石よ。電気石は別名ね。よく使われる名前はトルマリン。しかもかなり反応いいわよ、この子」
ロゼの手の平から多くの色を帯びた電流が小さく走る。
「トルマリンは熱や摩擦で電気を発するの。電気と言っても普通は“電気を帯びる”位のようなものよ。これは私が熱を加えてるんだけど、こんなにハッキリとした色を帯びた強い電流は初めてね。」
「じゃあ特に危なっかしいものではないんだな」
「まあ、今は結構な熱を加えてるけど普段こんな熱さだせないでしょ?」
一体どんだけの高熱。しかもそんな熱に耐えられる強度なんだ、とブランは思ったが口には出さなかった。ロゼは魔力を調節し、石から発せられる色を楽しむ。青、緑、桃、黄....柔らかな光と共に多彩な色がパチパチと飛び散っていく。その様子を見てブランはある事を思い出した。
「“...が虹に乗って地球から太陽まで旅をした時に、虹の色が移った”」
突然の言葉に首をかしげるロゼ。
「本に載っていた虹の伝説だ。何せ古かったからな。読めない箇所があったんだが...この石のことだったのか」
ブランの知力はかなり高い。頭の回転も良いが適応能力、柔軟性が抜群に備えられている。いつの頃からか、暇を見つけては書を読み漁るようになっていた。
「やるよ」
薄暗い部屋の中、ロゼの手のひらからこぼれ落ちる光がほんのりお互いの顔を映す。
「確かこの石は守りの石と書かれてあった。多くの色を含めた物は万能なる力を発揮するとも。拾ってきたもんだけどな。」
石からの彩られた光のせいでか、ブランの耳は少しだが赤く染まっているように見えた。
ロゼが口を開きかけた瞬間...
バタンと大きな音をたてて玄関のドアが勢いよく開いた。
「ブラン!ロゼ姉!大丈夫か!?」
郵便局員の同僚、トルシュとルボワが謹慎...もとい、有給を言い渡されたその後が気になりブランの様子を見に来た所、日暮れまでまだ時間があるにも関わらず家の中が暗く時折光が覗いたので心配で中に入ってきた、との事だった。
「お前らはもう少し静かに入ってこれないのか」
仏頂面のブランを横目にロゼはクスクスと笑いながら部屋にかけてある魔法を解いた。部屋に西日がうっすらと差し込んだ。
「マジびびったわー。ブランの呪いがロゼ姉にまで降りかかったら困るじゃん」
「そうだ!ここの上手い飯が食えなくなる上、ロゼさんに会えなくなるなんて想像できん」
ブーブー文句を言う同僚に向かいブランはハイハイと息を吐く。
「ロゼ姉、とりあえず飲み物ちょうだい.....って、ん?これか~ブランが拾った石ってのは。」
「あ、」
止める間もなくルボワがロゼの手の中に収まっている石に触れた。
その後の様子は言うまでもない。ブランの特技にまたひとつ箔がかかったという所だろう。
翌日からロゼの胸元にはキャンディカラーのトルマリンが静かに存在を示すようになった。