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紋章使いの英雄譚  作者: 紅曇
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episode2 「未知と既知」

episode2

「未知と既知」


シンはロアナと共に昏い森を駆けていた。


「シン様、お身体大丈夫ですか?」

「...ロアナ、それを聞くのはもう五度目だ」


ロアナの回復魔法により、幾分か身体がマシになったシンはロアナの支えを無くし、一人で走っていた。


「ですが、やはり心配で...」

「くどいぞ、ロアナーーー俺は大丈夫だ」

「シン様...」


シンが何かを焦っているようにロアナは思えた。それが一体何なのか、恐らくはレルガやロロのことなのだろうが、ロアナはそれを追及することが出来る立場ではない。ロアナは視線を落とし、唇を浅く噛む。


「ロアナ、俺はオーウェルという名を捨てる」

「シン様!?それは...」

「分かっている。王家の名を持たん俺はただの赤髪の忌み子だ、どこに行っても快く歓迎はしてくれんだろう」

「でしたら!」

「だが、このまま王家の名を持ち、オーウェルの名を名乗っていれば行く先々に迷惑をかける。それはあってはならないことだ」

「......分かりました。シン様がそう仰るのなら」


ロアナは渋々と言った様子で頷く。


「理解してくれて助かる。それに関連して、ロアナ、そのシン様という呼称は辞めておけ」

「え!?」

「当然だろう。何処ぞの名家出身だと思われても厄介だ...そうだな、兄妹という設定でどうだろうか」

「き、兄妹、ですか!?」

「あぁ、それならロアナが俺の世話をやいても不思議ではないだろう」

「で、ですがそうなると、年齢的に私が妹ということに...」

「いいじゃないか、丁度、男兄弟ばかりでつまらなかったんだ」

「うぅ...」

「何だ?俺が兄じゃ不満か?」

「い、いえ誠心誠意努めさせていただきます!」


ロアナがそう張り切って言うと、シンは口元を綻ばせ、正面へと向き直る。


「ところでシンさーーー兄様はどちらへ」

「爺さまところへ向かう。そこで服と髪色を変える」

「爺さまというとーーーヴェルモンド伯爵ですか」


ヴェルモンド伯爵、カルオスの幼少期から面倒を見、政治の補佐の役割をしていた。高齢になり、その任は解かれたが、カルオスがシンを養子に迎え入れてからはシンの面倒を見てきた。シンにとっては実の祖父のような人なのだ。


「あぁ、日が暮れる前には着きたい。ペースを上げるぞ」

「はい!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「くっ...うぅ」


ロロは森の中で目を覚ました。小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、苔の匂い、木々の間から差し込む木漏れ日。壮大で、幻想的で、自然的な情景。

セスティリア王国の昏い森とは大違いな景色だった。


「こ、ここは...」


辺りを見渡せど見知った景色は存在しない。


「だ、誰!?」

「?」


ロロがふと気付くと、背後に何者かが立っていた。声を頼りにそちらを振り向くと、そこには一人の少女がいた。


(気配がしなかった...何者ーーー!)


少女の身体を観察するように視線を投げるとロロの視界に信じれないものがそこにあった。


「長耳...エルフか?」

「ひっ!に、人間...?」


互いに一歩引き、出方を伺う。


「解明せよ———『存在解析ソウル・アナライズ』」


ロロの右目に青い光が宿る。

存在解析ソウル・アナライズ—―—発動者の瞳を一時的に、魔力でコーティングする魔法、その魔法を通して視た人物の魔力の流れを視ることができる。


「ーーー!」

(魔力が流れた...!ならばこちらも!)

「森よーーー『新緑の檻(フォレスト・ケージ)』」

「燃えろーーー『炎上輪ブラスト・サークル』」


エルフの少女が放った魔力の波がロロの足元の草木に影響され、ロロを取り囲むように草木がロロに襲いかかる。

しかし、ロロにその草木は届くことなく、黒く煤けた炭に姿を変えた。


(フォレスト・ケージ...精霊を扱えないと使えない魔法だな。やはりエルフと言ったところか)


「なっ!私の『新緑のフォレスト・ケージ』を炭に変えてしまうだなんて...」

「悪いな、嬢さん。とりあえず、俺の話を聞いてくれないか」

「...賊に答えるつもりはありません!!」

「はぁ、既に賊扱いかよ...じゃあ仕方ねぇな...!」


そう言うとロロは地を蹴る。直後土埃が上がり、ロロの姿がエルフの少女の眼前から消える。

驚き、硬直するエルフの少女の耳元に声が聞こえる。


「こっちだぜ」

「ーーー!!」


驚き、振り向くエルフの少女。しかし、その先にロロの姿がまたもやない。

不思議に思っていると、背後に鈍痛が走る。


「がはぁ!」

「相手の言ってることを真に受けるな」


ロロがエルフの少女の背中を肘鉄で強襲する。

エルフの少女は数メートル後方に飛ばされ、木の幹に体を打ち付ける。


「...強化魔法...ですか」

「まぁ、そんなところだな...で、俺の話を聞いてくれる?」

「随分と脅迫じみたお願いですね...」

「存外外れてないよ」

「......」

「......」

「...分かりました。あなたのお話を聞かせてもらいます」

「それは、助かる」


そうして、ロロは今の自分の状況をセスティリア王国のことを伏せて話した。


「なるほど、つまり貴方は何者かに襲われて、部下の人達が決死の覚悟で貴方を強制転移させた。ということですか?」

「あぁ、概ねその通りだ」

「では、貴方はこの場所に心当たりは...」

「無いな。少なくとも自国のものではない...。なぁ、あんたはここどこか知ってんだろ?」

「えぇ、ここは辺境の国、アーブル共和国の奥地、沈黙の森最奥部です。」


エルフの少女の話を聞き、ロロはため息をひとつこぼす。

アーブル共和国ーーーセスティリア王国とは地図でいうと全くの反対側に存在する国家。多種多様な人種や、職業の人達が集まる工業国家だ。色々な人達がいるため、出入りは比較的容易だが、治安はあまり良くない。

と、そこでロロは今まで忘れていたことに気づく。


「そういや、自己紹介をしてなかったな、俺はロロ、ロロ・ヴェルザーだ。あんたは?」

「セレスです」

「んじゃよろしくな、セレス」

「あまり、馴れ馴れしくしないでください」


そう言って、セレスは森の中へとスタスタ歩いていく。ロロもその後ろに続いて歩く。


「......」

「......」

「何故、付いて来るのですか」

「?だってここら辺の地形分かんないし」

「......はぁ、分かりました。勝手にしてください」

「無論。そうさせてもらう」


そうして、ロロとセレスは森の奥地へ足を踏み出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「失礼します」

「し、失礼します」


森抜けた先の平原に佇む一軒の小屋。その扉の前にシンとロアナはいた。

扉を開けると、中には顎に白い髭を生やした一人の老人—―—ヴェルモンドが座っていた。


「む?おぉ、シンか、何用じゃ?」

「爺さま、急ぎで変装の魔法をかけてほしいのですが」

「ふむ、何かあったのじゃな。...分かった。この場では何も聞かん。じゃが、必ず何かあったか教えてもらうぞ」


シンはしっかりと頷き、ヴェルモンドの前に置かれた椅子に座る。


「さて、変装といってもどこを変えるのじゃ?」

「取り敢えず、髪色を。ロアナの髪も一緒に変えてもらいたいのですが」

「ふむ、色の希望はあるかの」

「これから、交易都市『ベルトムング』へ向かおうかと思っています。なのでベルトムングで違和感のない髪色にしていただけるとありがたいのですが…あ、あとロアナのも同じ色でお願いします」


ベルトムング—―—大陸随一の交易都市で、王や、権力者を持たずに商人が組合を作り、都市を運営している。位置的には大陸のちょうど中央あたりで、多くの商売が多くの人種の間で行われている。


「ベルトムング…か。あそこは色々な人たちが集まるからな…赤色じゃなければどんな色でも大して目立たないはずじゃが…強いて言うなら金と碧が多いかの」

「金か碧…ここら辺と大して変わらないんですね」

「まぁ、様々な物や人が行き来するといっても、やはり近隣諸国の人間が集まるからの...さて、どちらにする?」

「そうですね、金色は貴族の象徴ですから…目立つのは避けたいので碧でお願いします」

「分かった…少し違和感があるだろうが、我慢してくれ」


ヴェルモンドは少し腰を浮かせて、シンの頭に左手を添える。

左手から青い光が淡く輝きだす。

やがてその光がシンの髪を包み込み、輝きが増す。

頭頂部からゆっくりと赤色が碧色に染まっていく。

毛先まで碧色になり、光が徐々に消え始める。


「こんな感じじゃな」


そう言ってヴェルモンドは鏡を魔法で作り出し、シンに見せる。


「えぇ、さすがじい様ですね」

「ふぉふぉふぉ、まだまだ魔法の扱いでは負けんわい」

「ロアナのもお願いします」

「分かった。嬢ちゃん、こっちへ来なさい」

「は、はい!」


シンが起立し、ヴェルモンドがロアナを呼ぶ。

ロアナはやや緊張した面持ちで椅子に着席する。


「…お主、ロアナと言ったかの」

「は、はい。シン様の専属として仕えさせていただいています。ロアナと申します」

「ふむ、儂がいたころにはいなかったとみると…ここ数年で雇われたのかの?」

「はい、三年ほど前に、シン様から直接…」

「蒼髪、ということは—―—」

「じい様、そろそろ」


シンがヴェルモンドとロアナの会話に口を挟む。

ロアナにとってはあまり触れられたくない話題だったからだろう。ロアナの表情が少し暗く感じられた。シンもこれ以上深入りして欲しくはなかった。だから、無理矢理でも会話を途切れさせるために言ったのだ。


「む、すまんの、つい聞きすぎてしまったわ」

「いえ、大丈夫です」

「それでは、気を取り直して—―—」


ヴェルモンドはシンに施したようにロアナの髪を蒼色から碧色に変えていく。


「ほい、これで終いじゃ」

「わぁ、ありがとうございます」

「よいよい。…してシンよ」

「何ですか?」

「この魔法は三日…72時間しか持たぬ。気を付けるのじゃぞ」

「えぇ、分かっています。それといくらか服と袋を頂きたいのですが」


シンがそう聞くとヴェルモンドは立ち上がり、部屋の隅にある戸を開ける。

しばらくするとシンとロアナに服と袋を投げ渡す。


「これを持っていけ」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


ヴェルモンドに礼を告げたシンとロアナはヴェルモンド邸を後にしようとする。


「シン」


そこで突然にヴェルモンドに呼び止められる。


「...はい」

「お主に何が起こっているのか儂には分からん。じゃがな、儂は何があってもお主の味方じゃ。それだけは忘れんでくれ」

「はい。それでは...行ってきます」

「うむ。行ってこい」


そうして、シンとロアナはヴェルモンド邸を後にした。

残されたヴェルモンドは一人、そっと椅子に腰掛け、ため息をこぼす。


「カルオス...お前は何をやっているんだ...」


昔を懐かしむ瞳を虚空に向け、独り言を呟く。


「さて、儂もやることをやるとするかの」


ヴェルモンドはそっと立ち上がり、シンとロアナが向かった方向へ左手をかざす。


「気休めかもしれぬが、ないよりはマシじゃろう」


青い光が迸り、やがて霧散する。

ヴェルモンドはそっと手を下ろし、今度は別の方向へ身体を向ける。

おぞましい魔力が流れ、滞留する、セスティリア王国の王都へと...。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ーーー数刻後、ベルトムング国セスティリア王国間を結ぶ街道。


「ここを通してくれないか」

「...何者だ」


ベルトムング国に入るための関所。そこでシンとロアナは看守に身分を尋ねられていた。

ヴェルモンドからもらったローブで顔を隠しているため怪しさはかなり高いが、これを安易に脱ぐ訳にはいかない。

シンはしばし逡巡すると、懐からバッジのようなものを取り出し看守に見せる。


「はっ!も、申し訳ございません!王家の方でしたか!」

「いいんだ、故あって、身分を隠している。このことはくれぐれも内密に頼むぞ」

「はっ!かしこまりました!」


そう言うと看守は急いで門番に門を開けるように命じ、シンとロアナを招き入れる。


その後しばらく、シンとロアナは街中を探索し続けた。

町の中では常に道に面しているところに屋台や、店が立ち並んでいる。道を歩く人たちは多種多様な髪色や肌色をしており、国際性がうかがえる。そうして大きな通りをシンとロアナは店を見ながら少し小さめの路地に入っていった。


「もし、そこのお二人さん」


比較的安価な宿を探し、その通りを歩いているとふと誰かに声をかけられらる。

二人は足を止め、そちらを振り向く。そこには顔をヴェールで隠した女が如何にもな水晶玉を前にして座っていた。


「それは俺たちのことか?」

「えぇ、そうです」

「何か御用でしょうか?」

「えぇ、よければ1回、占いを受けてみませんか?」

「占い?」

「えぇ、この水晶玉は特殊な魔道具でして、私の魔力を通すことでお客様の未来を知ることができるのです」

「そんな魔道具が…」

「はい。どうですか?初回ですので無料で構いませんよ」

「……」


シンはしばし考える。ここで、時間をくうわけにはいかない。だが、特殊な魔道具を用いて行う未来予知というのには興味があった。それでもシンは一抹の不安が過ぎり、判断を下せずにいた。

そんなシンにロアナの声が届く。


「し…兄様、私、興味がございます。受けてみてもよろしいですか?」

「ロアナ…あぁ、分かった―――なぁ、あんた」


シンはロアナの言葉に頷くと。ヴェールの女に声をかける。


「この場ではステラと名乗っています」

「じゃあ、ステラ、こいつを占ってみてくれ」

「ええ、では、こちらにお座りください」


ステラがロアナに目の前の椅子に座るよう促すとロアナはそれに従い、そっと椅子に腰かける。


「では、水晶に掌を当ててみてください」

「こうですか?」

「はい、そのままじっとしていてください…」


ロアナはステラの言う通りに水晶に掌を当てると、それを確認したステラが瞼を伏せる。

直後、紫色の光が水晶玉を包み込み、淡く輝きだす。


「わぁ…」

「『汝、理を記すものよ、彼の力の奔流を読み解き、其の道を示せ』」


ステラがハッキリとそう詠唱すると、透き通っていた水晶の中身がゆらりと歪む。

やがて、揺らめいていた像がゆっくりと鮮明に浮かび始める。


「これは…?」

「『万象を抱き、叡智の欠片を―――』あ、あれ?」


突如として、鮮明になりかけていた像が酷く歪み始める。


「え、ちょっと、何で?」

「え…っと、これは?」


今まで努めて冷静だったステラが急に慌てだし、やがて、水晶が元の透明な状態に戻ってしまう。ロアナもシンも不思議に思い、呆けてしまう。


「…すみません、どうもお客様の魔力との相性が悪いみたいです」

「そうですか…残念です」

「こんなことは初めてで…本当にすみません」

「い、いえ、大丈夫です」


何となく決まづい雰囲気になってしまい、ロアナもステラも互いに何も言えなくなってしまう。見かねたシンが、何かないかと話題を探す。


「ところで、ここら辺に安い宿がないか?」

「え…安い宿ですか?」

「あぁ、泊まる場所が見つからなくてな」

「それでしたらここの道を進んで三つ目の路地を左に曲がってください。そこの通りにある『妖精の宿』というところがおすすめですよ」

「『妖精の宿』か。分かった、教えてくれて助かる」

「いえ、ステラの紹介だと言えば多少サービスしてくれるはずですよ」

「馴染みのある場所なんですね」

「まぁ、そんなところです」

「さぁ、行くぞロアナ」

「あ、はい」

「ありがとうございました」


シンとロアナはその場を立ち去り、ステラはそれを黙って見送る。

やがて二人の姿が見えなくなると、そっと顔にかかっていたヴェールを取る。

ヴェールの下から現れたのは金色と青色の瞳と、褐色がかった肌に整った顔立ち。ひとたび男がすれ違えばその美貌に眼が奪われるほどの妖艶さがある女性の顔。そんな顔を曇らせて、ステラはため息をつく。


「はぁ、何なのあの兄妹」


正直、ステラはあの二人に声をかけたことを少し後悔していた。兄みたいな人は最初からタメ口だし、纏う雰囲気も普通のそれとは違った。妹っぽい人は、すごく明るかったけど、兄みたいな人には一歩引いてる感じもある。


「明らかに、兄妹じゃないわよね…あれ」


そう、例えるならば主人と従者のような。決定権は男の方にあって、女の方はそれにただ従う。たまに要望を言うがそれの決定権すら男にある。


「それに、あの子…」


ステラが指すあの子―――ロアナの魔力は不思議だった。何せステラの用いた占星術で客の未来を視ることができなかったのは初めてで、魔力の流動が不自然だった。


「はぁ…。ねぇ、そろそろ出てきなさいよ」

「気づかれていましたか」

「当り前よ」


ステラがそう言うと、背後から黒い影が浮き上がる。その影は徐々に人の形を成し、男の姿へと変化した。


「姫様、そろそろ...」

「えぇ、分かっているわ」


ステラは立ち上がり、一言、『転移ワープ』と唱えると影の男と共にその場から姿を消した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ーーー『妖精の宿』二階客室


ステラに勧められ『妖精の宿』に宿泊することになったシンとロアナはそれぞれ個室でゆったりと過ごしていた。


「はぁ」


ロアナは従者としての責務を忘れ、ベッドに身体を沈めていた。シンに言われ、努めて妹のようにあろうとしたが、それが酷い疲労感を生み出してきた。


「シ、シン様を...に、兄様だなんて〜〜〜っ!」


近くにあった枕に顔をうずめ、もんどり打つロアナ。恥ずかしさとやり切れなさと罪悪感が押し寄せ、普通の顔を維持することが出来なかった。

自身の全てを賭けると誓った主に対して、『兄』と呼ぶなんて、身の程知らずもいいとこだ。


「はぁ」


ロアナは二度目の大きなため息をつくと、寝転がった姿勢から、ベッドに腰かける姿勢へと正す。するとタイミングよくドアがノックされる。


「お客様、夕食の準備が整いました」

「あ、はい」


ノックの後に聞こえた幼い店員の声に返事をし、扉へと向かう。

ロアナが扉を開けると、そこには十歳前後の少女が可愛らしい笑顔を浮かべて、立っている。


「では、食堂にご案内します」

「うん、ありがとう」


この少女―――ラインは歴とした店員でありこの店、『妖精の宿』の看板娘だ。どうやらステラと何かしらの縁があるらしく、ステラの名前を告げたところ、食事代をまけてくれた。


ラインの案内によって食堂へ向かうと数人がテーブルに座り、食事をしていた。

宿泊客とみられる人がちらほらと食堂に集まってきているのが見えるが、中には宿泊客らしからぬ風貌の人もいるが、夜は酒場として運営しているらしいのでその客だろう。

その中央のテーブルにシンは一人で座っていた。


「し…兄様、もういらしていたんですか?」

「ん、あぁ、ロアナか。先に案内されてな」

「そうだったんですか」

「ほら、ロアナも座るといい」

「あ、はい」

「それでは、食事をお持ちしますね」

「あぁ、よろしく頼む」


タイミングを見計らってラインが言うと、恭しく頭を下げ、厨房の方へと向かっていく。


「…今日一日、大変だったな」

「えぇ、そうですね」

「その、何だ。あの時は助かった。改めて礼を言わせてくれ」

「い、いえ!私は何もしてませんから…兄様を助けたのもレルガさんですし」

「あぁ、そうかも知れないな。けどロアナに助けてもらったのも事実だ。だからありがとう、助かった」

「兄様…」


シンがロアナに対して頭を下げる。ロアナからしたらこんな光景は初めて見るもので、焦りや驚きもあったが、感謝されたことが純粋に嬉しくもあった。


「お待たせいたしました、お食事です」


と、そこにラインが食事を持ってきて、テーブルの上に並べられていく。


「随分と豪華な食事だな」

「まさかこんなにいただけるとは…」

「えへへ、ステラさんのお客さんですから、いっぱい食べてください!」


ラインは年相応の可愛らしい笑顔を浮かべて、全ての料理を並べ終える。


「早速、頂こうか」

「はいっ!」


シンとロアナがナイフとフォークを手に取ったその瞬間、『妖精の宿』の扉が勢いよく開け放たれる。

食堂にいた者たちは全員そちらに視線を向ける。もちろん、シンとロアナとて例外ではなかった。


「なんだ、あれ」


食堂にいた誰かがそう言った。無理もない。体躯が小さく、ボロボロの麻布のローブに身も顔も包まれている少年か少女か分からない存在だ。さらに、麻布の隙間から見える身体はひどくやせ細っているようにも思える。


「おい、見ろよ。『輪っこ』だ」

「あぁ?おいおい、マジじゃねぇか」


謎の人物が黙っていると食堂のいたるところから失笑が起こる。よくよく目を凝らしてみるとローブの隙間からそれが見えた。


「『隷属の輪』か…」

「奴隷、のようですね」


奴隷を手なずけるために、使用される魔道具の一種。セスティリア王国では禁止されている奴隷だが、この、ベルトムングでは許可されている。だから別段、奴隷が現れるのは珍しいことではない。だが、蔑視される対象であるのは間違いないようだ。あちこちから上がっている失笑はどうやら嘲笑の類のものらしい、汚いものを見るかのような目や、興味がないといったような目をしている。


「おいおい、ガキ…ヒック、奴隷が来るところじゃねぇぞっと…ヒック」


すると、客の中から酔っぱらった大柄な男がローブの人物に向かって歩き出す。かなり酔っぱらっているようで顔も赤く、足元もおぼつかない様子だった。大柄な男はそのままローブの人物の眼前まで近づくとその肩を力強く掴んだ―――はずだった。


「…邪魔」

「あ?―――ごふっ!」


ローブの人物が掴まれた腕を軽く払うと、大柄な男は一瞬にして吹き飛ばされ、食堂の壁に叩きつけられる。


「―――――!」


大柄な男が、華奢な奴隷に腕を払われただけで飛ばされたという現実を目の当たりにした他の客たちが息を呑んだ。


「ロアナ…魔法の発動準備をしろ」

「は、はい」


シンがロアナにそう言うとロアナは即座に小声で詠唱を始める。

しばらく呆然としていた客たちだったが、先ほど吹っ飛ばされた男の飲み仲間たちが、ハッと気づいて、おもむろに立ち上がる。


「おい、ガキ!てめぇ、なにしやがる」

「奴隷風情が…調子に乗ってると叩きのめすぞ!」

「そうだそうだ!」

「やっちまえ!」



段々と食堂がヒートアップしてしまい、怒号が飛び交う。


「お客様!落ち着いてくだ―――きゃ!」


喧騒を止めようとしたラインが後ろから客に押されて尻もちをついてしまう。

他の宿の従業員も手の出しようがなく、おろおろとしてしまっている。


「ロアナ、撃てるか?」

「はい、いつでも」

「よし、合図をしたら撃て」

「はい」


酔っぱらった数人がローブの人物へと殴り掛かる。


「今だ!」

「はい!『夢に溺れる(フロウ・スリープ)』」


魔法を唱えたロアナを中心として、青い光が食堂内を満たしていく。

直後、殴り掛かろうとしていた酔っ払いたちの動きが止まり、その場に倒れていく。さらに食堂内にいる人が次々とその場に倒れていく。

少し経って、その場に立っていたのはシンとロアナとローブの人物だけだった。


「今のは…?」


ローブの人物は、小さな声で呟いた。高くて、静かな声だった。


「ん?」

「え、嘘…何で立ってるの?」


シンはその声を聴き、そのローブの人物が女であることに確信を持った。と同時に何故あそこまで華奢な身体であれほどの巨体を吹き飛ばせたのかが奇妙に思えた。

一方ロアナは自身の放った魔法を受けて、何故立っていられるのか不思議に思えて仕方がなかった。


「似てる…」

「?」


ローブを着た少女が一言呟き、二人のもとへ歩いていく。

ロアナがシンの前に立ち、シンを庇おうとするが、シン自身がそれを制する。


「あなた…シン・オーウェル?」

「…いや、悪いが人違いだ。俺はシン・フォルティスだ」

「シン…フォルティス…?顔立ちは似てる…けど、髪色が違う…」

「え、いや、ちょっ、近っ!」


ローブの少女は自分の記憶を確かめるように、シンにじわじわと近づいてくる。

シンは大して動揺せずに、ローブの人物を注視してるが、なぜかロアナがひたすらに狼狽していた。


「やっぱり、人違い…?」

「人違いなら離れてください!」

「どうしたロアナ、そんなに焦って」

「べ、別に焦ってません!」


シンがロアナの行動を奇妙に思っている間に、ローブの少女はシンから離れる。


「どうやら人違い…。じゃあね」

「え、ちょっと!」


それだけ言い残すと、ロアナの声も聴かずにローブの少女は立ち去って行った。


「何だったんでしょうか、あの子」

「…」

「し…兄様、どうかなさいましたか」

「…『白銀の一族』か」

「え?」


シンは見えてしまっていた。彼女が接近してきたときにローブの隙間から彼女の瞳と髪の毛を。

紅色の瞳に、銀色の髪。かつて『帝』がこの大陸を統治した時、『帝』に忠誠を誓い、『帝』のために全てを捧げ戦い抜いた、『戦場の怪物』と呼ばれた伝説の一族。絶滅していたとされるその一族、『白銀の一族』の特徴と酷似していたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


―――沈黙の森最深部


「これは…」


ロロはエルフの里がある沈黙の森、最深部にて、書物を漁っていた。

何百年、何千年と生きるエルフ。だからこそ、歴史に関係する書物があれば知らないことを知ることができるだろうと考えた結果なのだが…。結果的には収穫はゼロだった。というよりも、歴史書がそもそも存在していなかったのだ。セレスに聞いたところ、人間の歴史なんて、興味がない。の一言で一蹴されてしまった。そんな中、ほかに何かないかと探していたところ、ある一角にあった書物の山にロロが気づき、その書物を開いたところ、見たことのない魔導書ばかりであった。そんな魔導書を読み漁り始めてから、数刻経ち、外も夜の帳が降り始めた、そんな時だった。


「まさか…これは…」

「ヴェルザー殿。そろそろ終わりにしませんか、もう外も暗いですよ」

「…セレス、この本を書いた人は?」

「ん?その本は…知りませんね…。長あたりに聞いてみたら分かるかもしれませんが」

「…そうか」


そう言いながらも、ロロは開いた一ページから視線を外さないでいた。いや、外せないでいた、というべきだろうか。


「取り敢えず、今日はここまでです、続きは明日やること、いいですか」

「…あぁ、分かった」


セレスにそう言われ、ロロはそっと本を閉じ、立ち上がる。

セレスについて、蔵書室を後にするロロ。

閉じられた本の表紙が月明かりに照らされ、『魔術総編』と書かれた文字がはっきりと浮かび上がる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


―――ベルトムング、某所


「おい!三十二!三十二はいないのか!」


薄暗い部屋の中で、一人の男が大声で叫び散らす。

しかし、呼ばれているであろう三十二という人物からの返事はない。


「チッ!おい!魔術師!」

「はい、何でしょうか」


苛立ち始めた男は魔術師と、今度は別の人物を呼び上げる。すると、直ぐに、返事が返ってきて、男の背後に女が現れる。


「三十二はどうした」

「部屋にはいませんでした。どうも早速、向かったのではないかと」

「チッ…勝手なことを…まぁいい、兎に角、例の話は本当なんだな」

「えぇ、姿は変えていましたが、魔力の流れが一致していたので間違いないかと」

「そうか…クックック、ハッハッハ!」


男は大声で下品な笑い声をあげ、豪華な造りをした椅子に腰かける。


「これで、大陸制覇の道が近づいてきたな…もう少しだ…」

「…」


男は下品な笑みを浮かべたまま、座っている。一方、魔術師と呼ばれた女は冷ややかな目で男を見つめていた。


第二話を投稿させていただきました。前回と比べたら文字数が少々少なく、バトルシーンも多くありませんが、次の第三話に直接的に関わってくる内容なので、前編だと思って読んでいただけたら幸いです。

今後も月一のペースで投稿していきたいと考えています。

続いて謝辞になります。

ブックマーク登録、ポイント評価、一話目に早速していただきありがとうございます。これからも、ご期待に副えるように善処していきたい所存です。

最後に、良かったら、評価、ブックマーク、レビュー、お願いいたします。

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