第四話~後悔~
「秋野?」
まさか封鎖されているはずの屋上に秋野がいるとは思わなかった。
「秋野、どうしてこんなところに?」
訪ねながらもお弁当を持っているのを確認した時点で答えは分かっていた。僕にとって悪い癖なのかもしれない。秋野は顔を赤くして俯いて答えない。これは聞いた僕が悪いのだろう。
「文徳はやはり頭が弱いのですね。彼女がお弁当を持っているのが見えないのですか?」
この人に気遣いという感情はないのだろうか。いや、無いのだろう。昨日今日でそれは分かっていたはずである。秋野は小野さんに気づいていなかったのか、ハッとした表情をして小野さんに顔を向ける。
「あなた…は?」
言って秋野は不思議そうに僕と小野さんのほうを見つめている。どうして僕と一緒にいるのか気になっているのだろうか。
「私は小野右喬といいます。昨日東宮高校に転校したばかりです。よろしくお願いしますね、秋野伊周さん。」
「え、どうして私の名前…」
僕だけでなく秋野のことまで事前に知っているのか…もしかして彼女は生徒全員把握していたりするのだろうか?というか小野さんの下の名前初めて聞いた。右喬っていうのか。
「文徳の小学生からの付き合いある方ですので、プロマーの人間関係はしっかり把握しています。」
「?ぷろまー??」
「わーーー、そ、そんなことより、秋野も昼飯食べるんだろ、俺たちもご飯食べる場所探しててさ、良ければ一緒に食べないか?」
これは非常にまずい。僕以外の人間の前でもプロマーがどうという話を平然とするとは思わなかった。勝手に僕と小野さんの秘密みたいなものだと思い込んでいた。小野さんのせいで僕まで秋野に奇怪な目で見られるのは嫌だ。
「え、えっと、私、その、邪魔…するわけにもいかないから、えっと…ごめんなさい!」
そういい秋野はお弁当をもって走り去っていってしまった。何か勘違いしているっぽかったが…小野さんが僕にそういう恋愛めいた感情を向けているわけではないことは、残念だが察しがついていた。
そういえば先ほどから小野さんが静かだ。と思うがまま小野さんの様子を確かめると小野さんは何か真剣に悩んでるように見えた。もしかして秋野に勘違いされたのがそんなに気に入らなかったのだろうか?
「小野さん…?どうしたの?」
呼ばれてハッとした小野さんはこちらに向き直して
「いえ、彼女が屋上にいるとは思わなかったので…彼女が関わるということなのでしょうか…それとも…」
ぶつぶつと独り言を始めてしまった。ちなみに知人がいる目の前で独り言を始める人を僕は初めて見る。
「と、とりあえず昼ご飯にしない?もうあんまり時間もないし。」
「そうですね。」
と言い、適当なところに腰掛けると、小野さんは僕の隣に腰掛けてきた。確かにはたから見たら、これで付き合っていないという方が無理のある話だ。僕がお弁当を開けたくらいで、気づいた。いや、気づいてしまった。
「小野さん、お弁当は?」
答えを聞きたくない気もするが、聞かないわけにもいかず、恐る恐る尋ねる。
小野さんの返事は、まぁ予想通りで(本当に外れてほしかったのだが)僕のお弁当を指さしたのだった。
3限、4限と、僕は昼休み小野さんと話した内容について考えていた。僕の貴重な食料を半分犠牲にして得た情報だ。まぁ恐らく変な交換条件を出さなくても小野さんは教えてくれた気もするが、タダでお弁当をあげるのもよくない気がしたのでそういう形にした。これ以上小野さんに舐められてはいけないのだ。
小野さんが教えてくれた内容は、基本的には理解できなかったり、昨日と同じような内容だった。かろうじて得れた収穫としては大きく二つだろうか。一つは小野さん自身が昨日の北子書店に住んでいるということ。アルバイトではなく北子書店自身小野さんが経営しているらしい。普通なら信じられないが、小野さんとなるとなんだかそのくらいはもう簡単に受け入れてしまった。もう一つはプロマー、エスコーダーの話を再び説明してもらった時のことだ。
「プロマーは、物語を作るものではなく、導くものです。物語は基本エスコーダーたるあなたが作っていくのです。その意味で、私とあなたがアクションを起こした結果でたどり着いたこの屋上に、秋野伊周さんは、少し注意したほうが良いかもしれませんね。」
秋野がこの話に関わるとは思わなかった。というより、小野さんの話に僕以外の人間が関わるとは思わなかった。可能な限り、他人は巻き込みたくない。小野さんを独占したいとかそういう思いとは別に(ないとは言わないが…)小野さんの変人度が他人に知られると、僕まで変人扱いされてしまうだろう。入学してまだ日が浅いこの時期に変人レッテルを張られるのは、高校生活に大きく響いてしまうだろう。つまり僕の当面の行動には、大まかに三通りある。小野さんを常人化させる、小野さんとの関りを切つ、小野さんの異常行動を隠し通す、この3つのどれかだろう。一つ目、可能な限り精進したいがすぐにどうこうできる話ではない。二つ目は、一番現実的な気もするが、僕にはそんな度胸もないし、小野さん自身が嫌いなわけでは決してないため、これもなしだ。となると、やはり何とか隠し通すしかないようだ。
放課後、どうせ小野さんが来るのだろうと思っていたのだが、小野さんの姿は現れなかった。何かあったわけではないだろうが、1-cへと足を向けてみる。(べ、別に小野さんのことが気になったわけじゃないんだからね!)教室に小野さんの姿は見当たらなかった。周りを見渡していると、
「小野さんなら帰ったわよ。」
と教室から出てくる北上先生が教えてくれた。
「えっと、なんで小野さんのことだと…」
「知ってるわよ~、昼休み二人で逃避行したとか」
「してません!教えてくれてありがとうございました!」
早々に教室を後にした。一部のクラスメイトに見られただけなのにまさか先生にまで知れ渡っているとは…小野さんはきっと北子書店にいるのだろう。明日以降まともな高校生活を送るために、小野さんとは少し話しておきたい。毎日小野さんを乗せて登校して、昼ご飯を提供していてはこちらの身が持たない。とりあえず昨日と同じように北子書店に向かうことにした。ちなみに祐樹は図書委員の当番で今日も一緒に本屋には行けないようだった。昨日に続き不運な奴だが、まぁ今日に関しては小野さんと話したかったので祐樹には悪いが都合がいいというものだろう。
小野さんとの話がもう校内に広がっているのだろう、どこを歩いていても周りの生徒の視線が気になり続けた。昨日あれほど騒ぎになっていたのだから、当然と言えば当然なのだろうが、やはりこれほど視線を浴びるのはいたたまれない。気づいていないふりをしながら歩いていると、気が付けば駐輪場まで来ていた。ここまでくると流石に人は少なく、周囲を気にする必要はなかった。今朝いつもより二倍の重労働を背負わせた僕の自転車のほうへ向かい、ちょうど手をかけた時、
「滝川君…」
背後から急に僕を呼ぶ声がして、思わず僕は飛び上がってしまう。振り返るとそこには秋野がいた。これも見たことのある展開な気がするけど…
「お、驚かせちゃってごめんね…滝川君に用があって。」
秋野を見ると、昼の小野さんの話をどうしても思い出してしまう。
「用?どうしたんだ?」
「放課後、人気のないところ、異性と二人」で検索すると、僕の脳内インターネットでの検索結果は1件ヒットした。すなわち、「告白」と。本日二度目の体温急上現象が発生する。
「あの…ね…」
鼓動が高まるのを感じる。
「私と…」
ゴクンと唾をのむ。どうしようか、秋野と付き合うなんて想定したこともなかった。僕は秋野のことが好きなんだろうか。そもそも好きってどういう感じなんだろう。生まれてこの方異性との付き合いのない童貞の僕にはそんなことわかるわけがない。ここは考える時間をもらうべきか。でもそれじゃあ秋野に失礼になるかもしれないし。
「私と…屋上で話した後、鍵落ちてるの見たりしなかった?」
ですよねー…まぁ、知っていましたとも。えぇ、はい。もちろん。
「滝川君?…大丈夫?」
「ん、あぁ!もちろん!全然大丈夫だぞ!全然期待してなんかなかったもんね!うん!」
「??」
秋野が不思議そうに見つめてくる。あぁ、心臓が痛い。
「コホン、で、鍵だっけ?多分見てないと思うけど、何の鍵?」
秋野が帰って行ったあとは、小野さんに昼飯を奪われ、その後は特に何もなく教室に戻ったはずだ。(その後祐樹にかなり愚痴を言われたが、今は忘れよう)
「えっと…その…」
秋野は言葉を詰まらせて俯く。何かいけないことをしている気分になる。
「あぁ、ごめん。言いにくかったらいいよ。何か特徴とかない?ストラップがついてるとか。」
「何も、ついてない。ただの銀色の鍵。」
もしかして自分の鍵ではないのだろうか。秋野は昔はアクセサリーとか好きだったので多分自分の鍵にはそういうものを付けているはずだ。
「なるほど…それはちょっと探すのは難しそうだな。職員室で聞いたりは?」
そう言うと秋野は再び俯いて首を小さく横に振る。
「出来れば、あまり先生に知られたくない…の。」
何の鍵か秘密にしたいくらいだ。何かやはり事情というのがあるのだろう。先生にも秘密にしたいと考えると、悪いことの方面に頭が行ってしまうが、秋野に限ってそれはないだろう。
「わかった。僕も探すの手伝うよ。」
「え!?それは悪いよ。今秋野君帰ろうとしてた所でしょ?」
秋野はあわあわと胸の前で両手を振る。子犬みたいでとても可愛らしい。
「やることがないから帰ろうとしてたんだよ。それくらいには暇だぜ」
本当は小野さんに会いに行こうとしていたが、小学校以来まともに話してなかった秋野とまた話せるようになるかもしれない、と思うとこのチャンスは逃せない。
「でも…」
「秋野困ってるんだろ?」
「それは…うん…」
「じゃあ手伝うよ。小学校からの付き合いだろ?」
そういうと秋野は一瞬思いつめた表情をしたが、すぐに笑ってありがとうと言った。
秋野の鍵を探すとして、まずはやはり一番可能性の高いのは屋上だろう。
「ここで僕たちと話す前までは鍵持ってたんだよな?」
秋野は無言で頷く。となるとやはり一番怪しいのはこの屋上なのだろう。
「一応、屋上とか、私が行った場所は探したんだけど、見つからなくて、。あとは誰かが拾ったくらいしか考えられなくて。」
なるほど、それで僕に聞きに来たということなのか。屋上なんて普通は閉鎖されていると思って近づかないから、ここで落としたとすればそれを拾えるのは僕たちくらいだろう。
「一応、秋野が探した場所一通り教えてくれるか?二度手間かもしれないけど、二人で探せば見つかるかもしれないし。」
「うん!」
秋野は気のせいか、いつもより少し元気があるように見える。そうして僕と秋野は屋上から教室、図書室、と探したが、鍵は見つからなかった。図書室では祐樹に
「お、文徳、愛しの俺に会いにきてく…!!ひどい、文徳、俺を捨てて秋野さんを選ぶなんて!」
なんて妙にハイテンションな絡みを受け、秋野さんは真っ赤に俯いてしまう始末だった。祐樹や金剛先生に、鍵のことは伏せて、落とし物はないか聞いてみたが心当たりはないようだった。また、職員室の落とし物コーナーも見に行ったが、筆箱やシャーペンなどばかりで、鍵の落とし物は一つもなかった。
「ごめんね、滝川くん。こんな時間にまで付き合わせちゃって。」
各地を回っていると、時計は5時半を回っていた。この時期は東宮高校では下校時間は6時なため、残された時間はあと30分といったところで、秋野が今日はもう諦めようと提案したのだった。
「気にするな、それより僕こそすまない。出しゃばったくせに、結局鍵見つからなかったな。本当にいいのか?あと30分、僕のことを気遣ってくれてるなら…」
「ううん、大丈夫。今日はもう遅いし。滝川君の家、ここからだとかなり遠いでしょ。早く帰らないと、妹さんも心配するだろうし。明日また探すよ。」
流石というか、秋野は小学生からの付き合いなので僕の家庭事情などもよく知っている。そういえば、小野さんは僕の妹のことまで知っていたりするのだろうか…明日もきっと家の前に来るのだろう。ていうかそもそも一緒にいる時間を…とか言っておきながら今日は何で帰ったんだろうか?……あれ、小野さん?
「そうだ、小野さんだよ!」
急に僕が叫んだので秋野はまた怯えるように体を震わせてしまった。
「…小野さんが、どうしたの?」
「小野さん、昼に僕と一緒にいただろ。てことはもしかしたら小野さんが鍵を拾っている可能性もあるんじゃないかと思ってさ。」
「なるほど…」
納得したと思ったら、秋野はなぜか浮かない顔をした顔をしている。
「?どうしたの?」
「えっと…あ、のね、本当に悪いんだけど、私小野さんとあんまり仲良くもないし、小野さんってほら、今校内ですごい人気だから、さ。ちょっと声かけづらいっていうか…だから…もし良ければ、明日、小野さんに鍵のこと聞いてくれないかなって…」
秋野はすごい言いづらそうに俯きながらそう言った。確かに、小野さんは端から見れば少し近づきにくいのかもしれない。
「いや、ちょうどいいからこれから小野さんの家に行ってくるよ。秋野も鍵のこと、出来るだけ早く知りたいんだろ?」
あまり人に知られたくない落とし物ということは、日がたてば誰かの手に渡っていく可能性が高いので、出来る限り早く解決するべきだろう。こんな時間だが、小野さんに会いに行く口実もできたため、一石二鳥である。
「え、今から?本当に悪いよ。私のことなんかのためにわざわざそこまでしてくれなくても…」
「何言ってんだ。俺にとって唯一小学生からの友達なんだぜ。これぐらい手伝わせてくれよ。」
これは本当だ。秋野以外、今小学生から付き合いのある人はいないし(まぁ秋野も中学生からはほとんど話すことはなくなったのだが。)秋野と久しぶりにここまで話せたのだから、出来る限りのことはしてあげたかった。当の秋野はといえば、しばらく俯いたままなにやら顔を赤くしていたが、やがて顔をあげて、
「ありがとう!」
と、笑顔でそういった。
学校でなんやかんやあったものの、最終的には予定通り小野さんの家に向かっている。ただし、
「大丈夫か?秋野」
「うん、大丈夫。」
秋野がついてきていること以外は。秋野は普段電車通学なのだが、今回は僕に合わせて秋野も徒歩でついてきている。自転車に乗せるわけにもいかず僕も自転車を降りて一緒に歩いている形になっている。やはりこの通学路は坂道が多いため、秋野もかなりしんどそうだった。
「あの…私も、私も一緒に行っていい?」
僕が自転車に腰掛けたとたん、秋野がそう言ったときは驚いた。秋野がどう思ってそう言ったのかは分からないが、普段の引っ込み思案な彼女からそのような提案をされるなんて思ってもみなかったため、何か想いがあってのことなのだろうと承諾した。が、さっきから後ろでずっと何やら考え事をして歩いていて、会話もろくに成り立っていない。大丈夫?からの大丈夫。の会話がもう3回ほど繰り返されている。正直少し気まずい。
そんなこんな考えて再び10分ほどたっただろうか。秋野が歩みを止めた。
「?秋野、どうした?休憩するか?」
「ううん、じゃなくてね。」
秋野は僕の目を見て首を振った。
「滝川君って、優しいよね。小学生だったころからずっと、変わらない。」
突然そのようなことを言われた。本当に突然のことで、反応に困ってしまった。
「秋野?」
「私は、さ。いつも人の目線ばかり気にして、でも自分のことばっか考えちゃうから。」
「何言ってるんだ。秋野だって優しいところいっぱいあるだろ。」
お世辞ではなかった。僕の知っている秋野は人一倍気を遣える優しい人だった。
「ううん、私のそういうのは、滝川君みたいな優しさとは全然違うの。」
秋野は心なしか悲しそうな顔に見えた。秋野が今何を考えているのか、僕には全然わからなった。
「あのね、滝川君。その…」
秋野はいつしかのように顔を赤らめて俯きながら言葉を探している。放課後と同じようなシチュエーションだ。流石に再び勘違いするほど馬鹿ではないけど、わかっていてもドキドキしてしまう。そんな秋野から投げ替えられた言葉はこの場で最も意外な言葉だった。
「ごめんね、滝川君。」
秋野はまっすぐ、俯かずこちらの目を見てそう、僕に謝った。なぜ秋野は僕に謝ったのだろうか。今日一日秋野に付き合ったのを迷惑だったと思ったのだろうか、それとも小野さんの家に無理やりついてきて僕が嫌がってると思ったのか。どちらも僕は何とも思ってないが秋野にそう感じさせてしまったのだろうか。理解が追い付かず混乱していると秋野は再び歩き出しながら語ってくれた。
「私、ね。小学生のころ、よく滝川くんと一緒に遊んでいたよね。クラスがずっと一緒で、家の方角も一緒だったから。多分小学校で一番仲がいいい友達だったかもしれない。」
「そうだな。僕もあの頃は秋野とばっか遊んでたな。僕がランドセル忘れたとき母さんに頼まれて学校までランドセル二つしょって来てもらったこともあったよな。」
我ながら今思い出すと恥ずかしい出来事だ。確か何かの本の続きが気になって登校中も本を読んでいたらランドセル自体忘れていったのだ。なんて間抜けな奴だ。(僕だけど)
「フフッ、そんなこともあったね。」
秋野の言う通り、僕も小学校で一番仲が良かったのは間違いなく秋野だろう。だけど…
「でも、中学生になって、私は滝川くんを避けるようになっちゃたよね…」
中学に入って間もないころ、小学校と同じように秋野に話しかけにいくと、言われたのだ。
「ごめん滝川君、あまり私に話しかけないで。」
あの頃の僕は何か怒らせることをしたか、ずっと悩んでいた。秋野に直接聞こうともしたが、また拒絶されるのが怖くて話しかけることが出来なかった。それ以降僕と秋野はほとんど関りを持たなくなった。今日、こうやって話していることが本当にどれだけ久しぶりだろうか。
「私、ね。滝川君と遊ぶの本当に楽しかった。でも、小学校で高学年になるにつれてクラスの人たちによく言われるようになったの。いつも男子と一緒にいるなんて変だって。秋野さんは男好きの変態だって。それで、6年生にもなったら私はクラスの誰からもハブられるようになった。」
小学生のころ、秋野が僕と一緒にいることで時々からかわれていることは知っていた。というか僕自身も時々からかわれたこともある。だが6年はクラスが別だったため、まさかハブられるほど酷いとは知らなかった。
「それでも、滝川君が一緒にいてくれるから。それでいいやって、そう思った。この一年耐えることが出来たら、中学生になって環境が変わってまた昔みたいに友達が出来て、滝川君とも周りに気を遣わずに遊ぶことが出来るって。」
なんとなく、話は見えてきた。僕が秋野に避けられるようになった理由、それはきっと僕自身が秋野に何かしたわけではなかったのだ。
「でも、中学生になっても何も変わることはなかった。そりゃそうだよね。小学校同じだった子たちは、家が近いんだから当然中学校も同じ人が多い。噂は一瞬で広がって、小学6年生のころと、状況は何も変わらなった。」
僕の通った中学校は小学校から徒歩で1分かからないくらい近いため、中学受験した人たち以外はほとんどみんな同じ中学校になったのだ。それよりも、そんなことよりも僕は…
「どうしたらいいんだろうって、たくさん考えた。でも全然わからなくて。なんで滝川君とお昼ご飯一緒に食べたらダメなんだろって、なんで滝川君と一緒に帰ったらダメなんだろって。それでも考えて、私は答えを見つけたの。ううん、きっと見つけさせられたの。私は滝川君に依存しているんだって。」
秋野は振り返らない。僕の前を淡々と歩きながら淡々と語る。
「ご飯食べるのも、登下校するのも、ひとりぼっちにならないために、私は全部滝川君に頼ってた。滝川君に甘えていたの。一人は嫌だから、そうならないための手段を全部滝川君に頼っているのがいけないんだって。だから、変わらなきゃいけないって思った。滝川君に頼っちゃいけないって思った。それで、私は滝川君を拒絶したの。変わるために。」
あの拒絶の言葉には、彼女なりの覚悟があったのだ。変わりたいという、ひとりぼっちになりたくないという想いが。なのに僕は…
「だけど、やっぱり何も変わらなかった。滝川君と関わらなくなったからクラスメイトが仲良くしてくれることはなかった。私はただ、唯一の友達も、本当に失うことになった。今度こそ本当の一人ぼっちになったの。」
クラスメイトの反応は容易に想像できる。一度たった噂はそう簡単には消えない。僕と関わらなくなったからと言って、クラスメイトが秋野と仲良くする理由にはならないし、ハブられている人と関わって無用に目立とうとは誰も思わないだろう。
「私は後悔した。なんであんなことを言ったんだろって。滝川くんの傷ついた顔が何度も頭の中に出てきて、そのたびに布団で泣いてた。学校にももう行きたくないって思った。でも親に心配かけたくないし、毎日苦しみながら学校に行った。休み時間はいつも保健室に行ってた。体調が悪いってずる休みすることもあった。でもね、時間がたつと、だんだん慣れてきちゃったの。それでね、思えるようになった。仕方がないんだって。これは私があの時滝川君を拒絶した罪なんだって。そう思うとひとりぼっちも嫌じゃなくなった。一人だと、あの時滝川くんを拒絶したことも許されるような気になった。」
そこで秋野は足を止めた。どこまで歩いただろう。もう日はほとんど暮れていて空は赤く染まっていた。
「でも、今日滝川君と再び話して、滝川君は滝川君のままで、あんなことを言った私なのにどこまでも優しくしてくれて。それで思えたの。ちゃんと謝らなくちゃって。本当に自分勝手で、自己中で、絶対に許されることじゃないけど、それでもちゃんと謝らなくちゃって。そう思ったの。」
秋野は振り返り僕を見る。僕は…
「だからね、滝川君。本当に、ごめ…」
「ごめん、秋野。」
僕は頭を下げて謝った。僕の方こそ、決して許されないだろう。どれだけふがいないんだろう。どうして…
「ぇ…?ぇ…?」
秋野はきょとんとしている。
「どうして…滝川君が、謝るの?悪いのは、全部…私で、私があの時酷いことを…」
「違う。違うさ。悪いのは僕だ。」
「…なにを…言ってるの…?」
「僕は…秋野がそんなに苦しんでいるのに…何も気づけなかった。秋野の一番の友達だったはずなのに、何にも知らなかった。秋野に拒絶された時も、僕が何をしてしまったかってことしか考えられなかった。秋野がどういう想いでそんなことを言ったのか、考えようともしなかった…」
なんで気づけなかったのだろう。こんなにも苦しんでいる秋野にどうして僕は…
「違うよ。滝川君は悪くない!私が、滝川君に依存したいたから…拒絶した時だってそう。これ以上依存しないようにしようって決めたのに、結局私、すべての責任を勝手に滝川君に押し付けて依存していたの…だから…」
「そうなったのも、僕が秋野の悩みに気づけなかったからだ。もっと早く気づいていたらそうはなっていなかったはずだ。だから…」
「余りにも遅いので出向いてみれば…道端で何を大声で喧嘩しているのですか?」
熱くなっていた僕たちを一気に覚ましたその声は、すっかり忘れていた当初の目的である小野さんだった。
時計の短針がちょうど9を指したころ、僕と秋野、そして小野さんは北子書店にいた。あの後、小野さんの提案でとりあえず北子書店に向かうことになった。道中は全員無言で、僕は秋野との会話について考えていた。書店についたら、僕は昨日小野さんと話したテーブルに座り、秋野はその隣のテーブルに座って俯いていた。僕が秋野の悩みに気づけなかったのはなぜだったのだろうか。秋野も言っていたが、きっと僕も自己中なのだろう。自分が楽しければそれで良かった、だから友達の悩みに気づくことすら出来なかったのだ。そのせいで秋野が…
「紅茶です。」
小野さんがお盆に3つ紅茶を持ってきた。秋野も紅茶派だったらしい。
「それで、何を騒いでいたのですか?あんな道端で。」
直球で聞いてこられたが、あまり人に話す話でもないため僕も秋野も返事に困り、目線をそらす。
「まぁ、内容は知っているのですが。秋野伊周さんが文徳を中学時に拒絶した件ですよね?」
「なんで知ってるの!?てかじゃあなんで聞いた!?」
「あなたが良くやるじゃないですか。話のきっかけにと分かっていることを聞くこと。」
小野さんは本当に一体何者なのだろう。今回の件なんて僕と秋野以外恐らく誰も知らないはずだ。秋野と小野さんは今日が初対面のはずだし…秋野も小野さんを目を真ん丸にして見つめている。
「その件は、本当に僕が悪いんだ。秋野がずっと悩んでいたのに、それに気づけなかった僕が…本当、友達失格だ…」
「ち、違う!あれは本当に私が…!私はあの時、滝川君を見捨てたの。ハブられないために、滝川君との繋がりを断とうとしたの!」
「…そのやり取りを一生続けるつもりですか?そろそろ読者も飽きてきますよ。」
「読者って誰だよ!」
とはいえ、このままだと埒が明かないのも確かだ。
「素直にお互い悪いところがあったんだな、といえばいいのに、文徳も秋野伊周さんも頑固な方ですね。」
珍しく小野さんから正論を言われなんだか悔しい。
「…そうだな。秋野、ここはひとつ、お互いに妥協しないか?俺自身、秋野の悩みに気づけなかった自分がふがいなくて許せないが、秋野にもそういう想いがあるのも分かったつもりだ。」
「…うん、そうだね。本当にごめ…ううん、ありがとう、滝川君。やっぱり滝川君は優しいね。」
「こちらこそだよ、秋n」
僕が答えるのを途中で小野さんが遮る。
「しかし喧嘩した以上、タダで仲直りするのは興がありません。なにかお互い条件を提示しては?裁判と一緒です。」
「お前は僕たちを仲直りさせたいのか争わせたいのかどっちなんだよ!?」
ついに小野さんをお前呼ばわりしてしまった。が、小野さんの図々しさを考えるとこれぐらい構わないだろう。
「裁判長の意見は絶対です。」
小野さんはどや顔でそう言う。誰が裁判長だよ…ってツッコみたかったが、キリがないためなんとか留まる。小野さん、なんか楽しんでいないか…?
「すまん、秋野。こいつが一番頑固で、多分言うこと聞かないと終わらないから付き合ってやってくれ…」
「え・・・うん、いい、けど…」
とはいえ条件か。裁判ならお金か何か請求したりするのだろうが、流石にそういうわけにもいかないし、そもそも今回はお互いが同意してるわけだし…やっぱりおかしくないか!?秋野のほうも難しい顔して考え込んでいる。小野さんは…秋野を眺めてニコニコしている。気のせいだろうか、こんなに楽しそうな小野さん初めて見るんだけど…
「秋野、決まったか?」
2~3分たったところで、そう尋ねた。僕の方はまぁ妥当なところを思いついた。
「う、うん。大丈夫、決めた。」
「では、まずは文徳のほうから、条件を提示してください。」
やっぱり小野さんが仕切るらしい。ジト目を送るが効果はないようだ。
「えっと、僕の条件だけど、その、僕ともう一度友達になってくれるってところで、どうかな?」
そういうと秋野は驚いた顔でこちらを見てきた。
「えっと、ダメ…かな?」
「ぇ、あ、ううん、違うの!ダメじゃなくて、私も、その、同じこと考えていたから。」
今度は僕が驚いた表情になる。そして自然と笑えてきてしまった。秋野も笑っている。
「勝手な発言はしないように。秋野伊周さん、文徳の条件を受け入れますか?」
小野さんは少しむくれてそう言った。なぜ少し不機嫌そうなのだろう。もしかして自分抜きで話が進んでいることが面白くないのだろう。秋野もそれを感じたのか、再び僕と視線が合って笑いあう。
「はい、受け入れます。」
秋野は笑顔でそう言った。小野さんはなぜ僕たちが笑いあっているのか分からないのか、相変わらずむくれている。
「では秋野伊周さんの条件を提示してください。」
「え、私も滝川君と一緒…」
「それは受け入れられません。別の条件を提示してください。」
絶対やつあたりじゃないか…再び小野さんにジト目を送るが、やはりダメージは0のようだ。秋野は悩んでいたが、少し考えたのち顔を赤くしながらこう言った。
「えっと、じゃあ…昔みたいに…その、伊周ちゃんって、呼んで、ほしい、です…あと、私も、文徳君って、呼びたい、かも…」
秋野はだんだん恥ずかしくなったのか後半になるにつれ声が小さく俯きながらそう言った。僕の方も少し赤くなっていしまった。にしても…
「僕の方の呼び名は全然かまわないけど、その、伊周ちゃんは、ちょっと、恥ずかしいかなーって…」
「そ、そうだよね、別に無理してっていうお願いじゃないから!本当に!」
秋野は慌ててそう言う。顔は火が出るほど真っ赤だ。
「?条件が受け入れられないのなら別の条件を提示してもらいますが?」
この人はなんでこうも融通が利かないのだろう…
「じゃ、じゃあ伊周って呼び捨てでもいいか?ちゃん付けは…」
「! うん!全然大丈夫!文徳君!」
と秋野は、いや伊周は嬉しそうにそう言った。文徳君と呼ばれるのは本当に何年ぶりだろうか。
「それではこれで閉廷ですね。」
小野さんが空っぽになったティーカップを集めながらそう言った。なんやかんやあったが、伊周とこうやって再び仲良く会話しているのは彼女のおかげともいえるのかもしれない。本人はただ裁判ごっこして楽しんでいただけのようだが。
「あの、小野さん…ついでに出来れば小野さんにも伊周って、呼んでもらえたら、いいなって…フルネームはなんか、違和感を感じるっていうか…」
なんと!ついに小野さんへのカウンター攻撃を伊周が仕掛けた。
「わかりました。伊周。」
小野さんは表情を変えずにそう言う。
「それと、あのもし良ければ小野さんのこと、右喬ちゃんって呼んでもいい、かな?」
伊周がさらに仕掛ける。この姿勢を僕も見習うべきかもしれない。
「いいですよ。」
再び表情を変えずに小野さんはそう言う。
「!良かった!ありがとう。右喬ちゃん!…本当に、ありがとね!」
その後時間も遅いということで伊周も僕も帰った。結局鍵は本当に小野さんが持っていた。後日、伊周が教えてくれたことなのだがあの鍵は屋上の鍵らしい。1-D担当の北上先生が、伊周の親戚らしく一人ぼっちの伊周のために屋上の鍵を内緒で貸してくれたらしい。お昼など、クラス内で食べるのが居心地が悪いためいつも屋上で昼ご飯を食べるようにしていたのだと、伊周は少し恥ずかしそうに話してくれた。
「なんだか終始グダグダでしたが、まぁ最初はこんなものでしょうか。」
プロマーとしての役割、本当に私は果たせているのでしょうか。伊周から鍵を盗むことで物語は進む予定でしたが、思っていたより回りくどい感じになってしまいましたね…もっと効率よくいく方法があったかも知れません。それにしても、やはり不思議なことがいっぱいです。文徳はどうしてちゃん付けを恥ずかしがるのでしょう。私なら文徳ちゃんというのに何も恥ずかしがることはないのですが。伊周はどうしていろんな人のことを下の名前で呼びたがるのでしょう。どうして伊周も文徳もフルネームで呼ばれるのは嫌がるのでしょう。呼び方だけでこんなにたくさん分からないことがあるなんて…やはり難しいです。この調子でうまくやっていけるのでしょうか。しかし、
「……右喬ちゃん…ですか。」
不思議となんだかうれしい気がしますね。本当に、不思議です。
初回はここまで、次回から恐らく週一ペースになります。目にかけていただき本当にありがとうございます。