第一話~日常~
第一話「日常」
「さぁ、それでは登場していただきましょう。去年末から大ブレイクした女優、現役高校生でありながらCM5本出演!ドラマ「青と春と君」にてヒロイン役を演じられました天野有栖さんです!」
朝、我が家で質素な食卓のBGMとして流れるテレビではまた彼女が出ていた。
「あ、有栖ちゃんまたテレビに出てる!ホントお兄ちゃんと同じ学校だなんて信じられないね!」
「同じ学校と行っても、入学式以降一度も顔見れたことないけどな。学校にも来てないし。」
天野有栖、僕と同じ東宮高校に通う女子高生。クラスも同じで入学式の時これから毎日この顔を拝めるのかとドキドキした時期もあったが、入学式以来一か月一度も学校に来なかったため今となっては同じクラスどころか同じ学校だという実感すらほとんどない。
「いいなぁ、私も高校生になったら女優になって大ブレイクしようかな」
「悪いことは言わないからやめとけ。」
頬を膨らます妹を横目に食事を終え、通学の準備をする。
「もう行くの?お兄ちゃん」
食事を終えた妹が皿を片付けながら聞いてきた。
「あぁ、今日は日直なんだ。戸締りは頼んだぞ。」
「えー、めんどくさい、こんな陳腐な家、だれも何か盗もうとか思わないって。」
「何を言ってるんだ!兄ちゃんの部屋にある大切な本を一つでも盗まれてみろ!三日三晩ぶっ通しで唯の胸で泣き続けるぞ!」
「キモイ。あんな古本の集まり、どこにも需要ないよ。」
唯というのは僕の彼女の名前だ。・・・嘘です、妹の名前です。
「早く捨てちゃえばいいのに、お兄ちゃんもそんな過去の遺産にばっかとらわれていないでもっと最新のものに目を向けないと。そうだ、また本貸してあげよっか!。昨日すっごい面白いラノベ見つけちゃってさ、「転生したらバニーガールになったのでとりあえず魔王の妻になりました」ってタイトルなんだけど」
何だその突っ込みどころ満載のタイトルは。唯は世間で言うオタクというものに属するらしく、よく本好きの僕にお勧めの本を貸してくれるのだが、最近は特に「~が転生して」というものばかりで、正直飽きてきている。
「また今度な、もう時間だから行く。唯も早めに学校行くんだぞ」
「はーい、いってらっしゃい。」
今の時間は朝の6.30、僕の家は最寄り駅まで自転車で15分、駅から電車で20分、駅から学校まで5分、よって家から学校まで40分かかるのだ。と、まぁこれは理想のコースであって実際は家から学校まで自転車で90分といったところだ。そのうえ坂道を上り下りする道が多いため、朝学校に行くまで一苦労だ。
この苦行を何とか乗り越えて学校につくと、時間は8.05分を回っていた。日直の朝の仕事というのは日直誌を職員室に取りに行くことと校庭の植物に水をあげることだ。校庭の植物は基本的に園芸部が面倒を見てくれているのだが、朝だけは日直の仕事となっている。教室への通り道であるため先に植物に一通り水をあげ職員室へ向かった。職員室は本校舎の二階にあり、また僕の所属する1-Dも二階にあるため、授業中、廊下の先生の目におびえながら日々を暮らしているのだ。などとしみじみと思っていたら、職員室の扉の前まで来た。やはり職員室の扉というのは唯一全人類が共感できる緊張する場所ともいえるのではないだろうか。特に後ろめたいことがなくともやはり少し緊張してしまう。数秒間心を整え扉をノックしようとすると、なんということでしょう。扉は自らガラガラと開いたのだった。そう、我が学校の扉は実はすべて自動ドアなのだ!…というわけではもちろんなく職員が丁度同じタイミングで扉を開いたのだ。開いたのは北上先生だった。国語担当の女性の先生で、僕と同じ学年の1-Cの担任教師だ。
「あら、おはよう。…日直?」
北上先生はこちらを見て聞いてきた。少し間があったのは名前を憶えてくれていなかったのだろう。まだ入学して一か月、他クラスの生徒の名前を憶えていないのも当然だろう。
「はい。おはようございます。北上先生」
「おはようございます。」
もちろん僕が二回挨拶したわけでも、先生が再度丁寧に挨拶した訳でもない。北上先生の後ろに生徒がいたのだ。長い黒髪の女の子、見かけたことはないので他クラス、もしくは先輩なのだろう。どちらにしろ僕はその女の子に見とれてしまっていた。可愛いというよりは美しい、といったほうが良いのだろうか。とても大人びた雰囲気で、方向性は違うがあの天野有栖に勝るとも劣らない容姿をしていた。
「ほら、小野さん、こっちよ」
北野先生がその女の子を呼び職員室を出て行く。僕は無意識にその小野さんと呼ばれた女の子を目で追っていた。職員室を出る直前小野さんと目が合った。(気のせいじゃないと思う。多分)流石にもしかして僕に・・!?みたいなことを思うほど頭の中は花でいっぱいではないが、男子というものは単純なもので、少しドキドキしてしまったのも事実だった。
「なんだ、文徳。ボーっとして。」
現世に戻るきっかけを与えたのは僕の担任の金剛先生だった。小野さんと北上先生に代わって職員室に入ってきたのだ。教員が僕より登校時間が遅いというのはいかがなものだろうか。金剛先生は名前の通りなかなか強烈な顔をしており、担当科目は言うまでもなく体育である。
「いえ、日直誌を取りに来まして。」
「今日の日直は文徳か。ちゃんと仕事をして偉いじゃないか。昨日翔は日直の仕事全てさぼっていたからな。今日は呼び出してガツンと言ってやらなくては。」
「先生も大変ですね。」
そう言いながら僕は職員室を去った。金剛先生は基本的にいい人だが、どうも一つのことに没頭するタイプらしく、入学式の日ほかのクラスがクラス内の行事を終え廊下で親と話したりしてる中、僕達のクラスだけは30分も長く先生の話が続いたのだ。おかげで金剛先生は生徒からの評価はかなり低い出だしとなってしまっていた。
先生より一足先に教室につくと、先生が呼び出す予定らしい翔が教卓近くで友達と話していた。僕はあまり話したことのない人たちだが、確か背の高いバスケ部期待のルーキーと言われてる高野、入学式、金髪で学校に来て金剛先生に放課後説教を食らっていた水堅(今も金髪である。直す気は無いのであろう。)、もう一人は名前がわからないが多分他クラスの人だろう。
「よぉ文徳、おはよ!」
翔は毎日僕に挨拶してくれるが、翔の周りの人たちの目線が突き刺されるのは正直居心地はあまりよくない。
「おはよ、翔。」
短く返事をして自分の席へと向かう。翔も翔の周りの人達もそれ以上は何も話す気は無いらしくすぐに自分たちの会話へと戻った。翔は小・中・高が同じ唯一の人だった。中学の時文化祭がきっかけで話すようになったが、僕とはタイプが違うため、一緒に遊んだり昼飯を食べたりということはほとんどなかった。決して仲が悪いというわけではないと僕は思っている。朝礼まで別段やることもないため家から持ってきた本を読むことにした。
「おはよ、文徳。読んでるの、それ?転バニ?」
声をかけてきたのは祐樹。僕がこのクラスで一番仲良くしている人だ。
「違うよ、これは玉勝間。本居宣長が書いたんだよ。てか転バニってなんだよ。」
「お前、知らないのかよ!「転生したらバニーガールになったのでとりあえず魔王の妻になりました」っていうラノベ。今超来てるんだぜ!これは読まなきや損だって。これのすごいところはさ、」
止める間もなく祐樹のラノベ紹介大会が始まってしまった。オタク特有の早口…ってやつだ。ラノベも嫌いではないのだが、今は僕の好きな古本を読みたかった。がこうもうるさいと集中できないため適当に聞き流しているとチャイムが鳴り金剛先生が入ってきた。
「席につけー、朝礼始めるぞー。優奈、挨拶…っと、また休みかあいつは。じゃあ今日は2日だから、…伊周。挨拶頼む。」
「!っは、はい。」
急に名前を呼ばれ緊張したのか、ビクっと肩を震わせて呼ばれた女の子が反応する。秋野伊周、彼女は僕と小学校から一緒で、小学校のころはいつも一緒に遊んでいたのだが、中学以来、急に避けられはじめて、今ではほとんど話すことはない。
内気な性格の彼女は顔を赤く染め俯きながら席を立ち、
「起立。・・・礼」
と小さな声で呟くように言った。
「秋野、早く座らせてくれよ」
翔がそう言いクラスが笑いに包まれる。
「あ…着席。」
さらに小さな声で彼女はそう言い、今にも沸騰しそうなほど赤い顔で俯いてしまった。少し可哀そう、といった意味のない同情心が芽生えてくる。クラス委員長である幸寺さんが来ていてくれればこんなことにはならなかったのだろうが、彼女は入学以来、週一ペースで休んでいる。体が弱いのだろうか。などと考えていたら朝礼は終わりすぐに一限の先生が来て授業が始まった。一限は古文だったため、朝礼のことなどすっかり忘れるほどには楽しい一限を過ごせた。
二限の物理を終えたところで廊下やクラスが騒がしいことに気づく。不思議そうに眺めていると祐樹がちょうどその要因を教えてくれた。
「知ってるかー?文徳。1-Cに転入生が来たんだってさ。それであんなに盛り上がってんだってさ。」
1-c、といえば北上先生のクラスだ。ということは転入生というのはあの女の子だろうか、確か小野さんって名前の。
「ちょっと見に行こうぜ!転校生ってのは物語のキーパーソンってのがラノベのおきまりなんだぜ!」
ラノベがどうこうは知らないが今朝見たあの顔を思い出すと、もう一度見たいと思えてしまった。
「わかった。いこうか。」
「お、珍しく乗り気だな。よし、行くか!」
1-Cは僕たちの一つ下の階だ。というか1-D以外は全部本校舎一階に位置している。
1-Cに向かうと信じられないくらいたくさんの人が教室をかこっていた。
きっと上級生もいるのだろう。あの容姿を思い浮かべると当然な気もするが。群衆は教室の扉の中には決して入ろうとはず、外でぎゅうぎゅうに詰まりながら小野さんを見ていた。なんとか前のほうに入り込むと小野さんがクラスの女子数人と会話をしており、クラス内の周りや、僕達外野組がそれを見守る形が出来ていた。ほかのクラスの人たちが決して教室内には踏み込まないのは入ってしまうと収集がつかなくなるとみんな分かって自重しているのだろうか。様々な方角から圧を感じながら小野さんを眺めていると、小野さんが一瞬こちらを見た。また目が合った気がした。今回は群衆の中だったため僕のほうを向いたとは全く思えなかったが、それでも僕は何かうれしくて、その日の残りの授業はずっと、小野さんのことを考えていた。
その日、実は僕は3限終わりにもc組に出向いたのだが小野さんの姿はなかった。
クラスへ帰る途中であった翔が教えてくれたのだが、小野さんは2限の途中で早退したらしかった。早退の理由までは知らないらしいが、あの光景を目の当たりにすると、なんとなく察しがついてしまうのであった。
「文徳、本屋行かね?」
放課後終礼が終わり日直の仕事を終えると、祐樹が席に来てこういった。(ちなみに終礼の挨拶で僕が再び極度の緊張にかられたのは内緒だ)祐樹が本屋に誘ってくるのは珍しくなかった。祐樹はラノベ、僕は古書めぐり、目的は違うがお互いにとって本屋は時間つぶしにも最適で良い憩いの場となっていた。
「いいよ、確か先週は池のほうに行ったから今日は駅前に行くか。」
東宮市には本屋が二つある。一つは駅前にある本屋で、チェーン店のため比較的大きいが僕の好きな古書などは少ない。逆に琥珀池という池の近くにある個人店の本屋は祐樹の求めるラノベは少ないが、古書も多少取り扱っている。入学してから一か月、祐樹と知り合ってから週一のペースでこの二つの本屋を交互に行っている。今のところ高校生活で最も楽しい時間だ(本当のことだ。何か文句でも?)
「ふっふっふ。」
「何笑ってんだ、気持ち悪いぞ。」
祐樹の笑い方は何というか、これまたオタクのそれといったもので、デュフフ、といった擬音がよく似合う。
「そうかぁ、文徳はまだ知らないのかぁ。仕方ないなぁ。特別にこの祐樹様が教えてやろうかねぇ。」
さて、帰るか。鞄を肩にかけ教室の出口へと向かう。
「いいのかい、文徳。丁度今日オープンする新しい本屋に行かなくても。」
「なんだって???」
駅前でも、池の本屋でもない新しい本屋。しかも今日オープン!?それは僕にとって高校生活始まって以来の最大のイベントである。(だから何か悪いか!?)
「母さんが教えてくれたんだけどさ、北小町のサイザリヤの近くに出来たみたいだぜ。何でも店長が直接宣伝しに家を回ってたらしくて、昨日うちの母のところにも来たんだよ。ちょっと遠いけどもちろん行くよな?」
北小町、確かに学校からは遠い位置にある、が僕の家からはとても近い。何といったって僕の家は東小町にあるためお隣の町なのだ。しかもサイザリヤなら丁度境目あたりにあるため、そこに本が出来たとなるとこんなにうれしいことはない。
「あぁ、すぐに行こうぜ!」
少し興奮気味にそう答え教室を出た。無意識に早歩きに階段のほうへ向かう、がそれを呼び止める声がした。
「祐樹、こんなところで何をしている。早く着替えてグラウンドに行きなさい。」
声の正体は丁度職員室から出てきた金剛先生だった。
「グラウンド?」
祐樹は身の覚えがないと首をかしげている。本人は本当にわかっていないようだが僕はもう金剛先生の用がなんとなくわかってしまった。
「1500m走、6分を超えたものは補修だと先週伝えただろう?」
「え、嘘…でも今日はちょっと大切な用事が…」
「本屋に行くのがか?」
先ほどの会話が聞こえていたらしい、かなり大きな声で話していたし当然かもしれない。
「じゃあな、祐樹。俺がおまえの分もしっかり視察してきてやるよ。」
「おまっ、裏切るのか文徳!」
わーぎゃー騒ぐ祐樹の首根っこを金剛先生が容赦なく引っ張っていく姿を眺め、心の中で合掌。先週の体力測定で行われた1500m走、僕は毎日急な上り坂を何キロも登っているため体力だけは少し自信がある。祐樹はまぁ、見た目は運動できそうなのだが中身は本当に残念な人間で、運動神経は恐らく体に一本も通っていないのだろう。僕は本の世界以外でボールが投げた方向の真横に飛んでいくのを初めてみた。しかし、僕の記憶では補修は来週だった気もするのだけど…
夕方、目的の本屋が見つかったころにはもう空が橙色に染まっていた。北小町まではいつもより幾分か早いペースで来れたのだが、その後が問題だった。サイザリヤの近くを散策してみてもそれらしい場所は見当たらず、ネットなどで調べてもホームページのようなものもなく、小一時間が過ぎ、祐樹が場所を勘違いしている、もしくは嘘妄想なのでは、などと考え出した矢先、本当にたまたま目についた小さな一本の裏路地。通ったこともないがあまりの人気のなさに逆に惹かれてしまい入っていくとまぁ本当に見つかってしまったのだ、看板に「北子書店」と書かれている看板を。新しい本屋と聞くともっと新鮮なものを想像していたためまさかこんなところに本屋があるなんて思いもしなかった。そもそもここが本当に今日オープンしたのだろうか…まぁどちらにしろ、目の前に本屋があるのだ。入らない理由がないだろう。と扉を開けようとするが、重くてなかなか動かない。古びていてドアノブも錆びているのだ。新しい本屋でないのは間違いないなと思いながらもう少し力を入れて扉を開ける。ギギッと音をたてながら扉が開き、眩しい光が僕の目を襲う。扉の中には、外のみすぼらしさとはあまりにかけ離れた、こじゃれたお洒落なアンティーク風のデザインの店が広がっていた。奥に本棚が並んでいるのを見て一安心する。ほかにもガラス細工で出来た置物などがたくさん飾ってあり、本を読みながら休憩できるようなカフェスペースとみられる場所もあった。本の数こそ少ないものの、落ち着いた雰囲気にとても好感、安心感すら覚えていた。入り口で突っ立ち、新しい本屋の雰囲気を堪能していると、ちょうど本棚近くにあった扉が開って店員さんが出てきた。が、その店員さんを見て僕は思わず目を丸めて声が漏れてしまった。
「ぇ…?」
「いらっしゃいませ。滝川文徳さん。」
店員さん、もとい学校で早退したはずの小野さんがそこには立っていた。
初の投稿になります目にかけていただき本当にありがとうございます。良ければ続きも見ていってください!