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ウサギ印の暗殺屋~短編集~  作者: 三ツ葉きあ
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』辺り
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社長の誕生日




 六月十七日は、日本有数の複合企業である《P・Co(ピコ)》の社長――二条雅弥(にじょうまさや)の誕生日である。


 だからどうという事もなく……。いつも通り。雅弥は昨日から、仕事で他県へ出ていた。


 秘書である空中謙冴(そらなかけんご)の運転する車は、危なげなく道を滑る。黒塗りのセダンはカーブを曲がると、更に奥まった道へと入った。


 松の木で出来た緑門(アーチ)をくぐると、そのまま庭園の中央に伸びる道を走る。先に構えているのは、旅館だ。さながら、隠れ家のようである。

 いや、隠れ家かもしれない。


 雅弥の、今日の仕事場だ。




 三十畳の宴会場に、座っているのは四人のみ。雅弥、謙冴、取引相手に、その秘書。


 本日の取引相手は、電子機器メーカーのCEOだ。五十歳くらいだろうか。スーツの上からでも、腹部に蓄えられている脂肪が分かる。髪は黒く染められているが、口元と目尻に、皺が数本刻まれていた。

 秘書は四十歳ほどに見える女性で、髪を後ろでまとめ、ノンフレームの楕円眼鏡を掛けている。


「僕、広い部屋って苦手なんですよねぇ」


 高い天井を眺めながら雅弥が呟くと、向かいに座っている人物は首を下げた。


「すみません。この部屋が、宴会場の中では一番狭いんです」


 CEOの顔には、汗が滲んでいる。


「あぁ。こちらこそ、すみません。ふふふ。立派な宴会場ですね」


 天井に描かれている鳳凰を眺めながら、雅弥は目を細めた。金と赤のコントラストが美しく、賑やかな天井だ。


 程なくして、四人分の料理が運ばれてきた。

 旬の食材がふんだんに使われた、(かご)懐石(かいせき)だ。中央には鯛のお頭付きのお造りがドドンと構えている。脇を固めるのは、あさりの赤だし、茶碗蒸しや岩牡蠣のせいろ蒸し。天ぷらに、牛鍋まである。


「これはまた、豪勢な食事ですね」

「二条社長が本日お誕生日だと伺ったので、手配させました」


 どうぞお召し上がりください、とCEOは料理をすすめた。

 すると雅弥は、鯛の刺身を箸に取り、謙冴へ向けた。謙冴あーん、などと言いながら。

 言わずもがな、毒味だ。実に堂々としている。しかも、おっさんがおっさんに“あーん”など、絵面的になかなかキツイ。


 だが、女秘書は涎を垂らさんばかりの緩んだ――恍惚ともいえる表情でふたりに熱視線を送っている。

 CEOが咳払いをすると、女秘書は姿勢を正して顔を澄ました。


 その間に、雅弥は料理を自分の口へ運んで、これまた幸せそうに表情を緩めている。


「ところで、今日はどういったご用件で?」


 雅弥が笑顔を向けると、CEOは小さな箱を取り出した。


「我が社最新のインカムです」


 出てきたのはホクロのような、黒い粒。音声送信用と受信用の、ふたつずつ梱包されている。


「今までのと違いないように思えますが……」


 雅弥は箱を覗き込み、首を傾げた。


「今までのものより、〇・二ミリ小さくなっております」


 とCEOは言う。

 雅弥の反応はいまひとつ。


森本(もりもと)さんの会社の電子機器は素晴らしいんですけどね……。〇・二ミリの改良のみで、追加購入は……」


 雅弥が渋ると、CEO――森本は、実はお願いしたい事が! と身を乗り出した。


 話を聞くと、ライバル会社に社員を四人引き抜かれたので社長に復讐をしたい、のだという。


「インカム三百セットで、なんとかお願い出来ませんか?」

「そうですねぇー。ウチは基本、頼まれれば何でもやる方針ですが……。社長を殺したとして、残った社員の事はどうされるおつもりで?」


 社員さんに罪はないですよねぇ? と雅弥が問うと、森本は口を閉ざした。

 雅弥は茶碗蒸しを口へ運ぶと、飲み下してから続ける。


「森本さんの会社じゃ、全員は養えませんよね? そりゃ、全員を殺す事も出来ますよ。出来ますけど、そうとなれば、相応の理由と報酬が必要になります」


 白い衣を纏った天ぷらが、サクッと軽い音を立てて割れた。


 森本は依然、黙ったまま考え込んでいる。


「引き抜かれた人たちを……。というのなら分かるんですけど。我が社でいうと、裏切り行為になりますから」


 雅弥は雅弥で、矛先を変えて提案。森本はその案を採用。

 しかしまだ、


「だが、社長(あいつ)にも何か報復を……」


 と唸っている。


「でしたら、片腕なり片足なりを切断する感じでどうですか?」


 雅弥はサラッとそんな事を言って退けると、牛鍋のえのきを、シャコシャコ言わせながら咀嚼した。

 森本は、そうだな……、と嘆じる。


「両足切断で頼みます。あいつは以前、障害者用スペースに車を停めた事があるんですよ」


 怒りを滲ませ、森本は言う。雅弥も、それは両足を切断されて然るべきですね、と頷いた。


「その場合、インカム五十セットと現金二百万円でお願いします。ウチ、通信機はそんなに数が必要ないので」

「四人始末して、更に社長に怪我を負わせるのにその値段ですか!?」


 なんて安いんだ! と打ち震えている森本。


「ふふふ。森本さんには、いつもお世話になっていますから。サービスしちゃいますよ」


 雅弥はニコニコ笑いながら、湯呑みに口を付けた。




 商談成立。更に美味しいものまで食べられて、雅弥はご満悦だ。


「一般人四人の暗殺なら、事務所の透と恭平あたりに行って貰おうかな。部位切断の奇襲は、花音と巴に……」


 ヴー、ヴー、と震えて着信を知らせるスマートフォンを手に取る。着信画面を確認しつつ、先程名指しした内容で仕事の手配をするように、謙冴へ指示した。

 雅弥は満面の笑みを湛えたまま、ご機嫌で通話アイコンをタップする。


「やぁ、お疲れ様。四十歳になったお義兄(にい)ちゃんだよー!」


 年齢の数字がひとつ増えようと、彼は変わらない。

 電話口から聞こえる祝福の言葉も、去年と変わらない。

 隣からは溜め息が聞こえる。


 いつも通りだ。

 笑うと目尻に、数本の小さな横筋が出現するようになった事以外は――。

 




社長の誕生日でしたー!


もうひとりの義弟からは、色んなお酒が贈られています(笑)

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