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不登校と桜と……(ウサギとヘビのSS)




 地面がピンク色に染まっている。

 今年の桜は、例年よりも一週間程遅いらしい。

 まだ綺麗な花びらたちは、そよ風に誘われて、宙を舞った。


 少年は灰色の髪を風に(なび)かせながら、桜並木に沿って在るフェンスの上を歩いている。

 花びらを介して風の動きを感じていると、後ろから声を掛けられた。大人の、男の声だ。

 声の主は、制服を着ている。警察官の制服だ。


「君、小学生かな? 学校は?」


 巡査の言う事は(もっと)もだ。

 平日の白昼に、見た目が小学生――実際には中学生の年齢だが――の少年がほっつき歩いていたら、声を掛けるだろう。この地域の小学校は、もう新学期が始まっている。


 実のところ、この質問は初めてではない。二ヶ月に一回は、こうして呼び止められる。当然、毎度違う警官だ。


 少年は、どんな返事をしてこの巡査を困らせてやろうかと、灰色の頭を捻った。

 少年がにんまりとした口を開きかけた時――、綺麗なボーイソプラノが、言葉を未然に(さえぎ)った。


「お巡りさん」


 (あか)い瞳の少年が、桜の木の陰に立っている。これが夜なら、幽霊と間違えられてもおかしくない程、色素が薄い。

 紅眼の少年は、ポストカードほどの大きさの紙を二枚、巡査へ向けた。


「俺たち、アメリカの大学を卒業しているので」


 巡査は、ポストカード大の卒業証明書を、まじまじと見詰めた。

 勿論、本物をベースに偽装したものだ。が、残念ながら彼には、何が書かれているのか、理解が出来ない。


「そうか。それは、悪かったね!」


 それじゃ! と巡査は爽やかに敬礼すると、自転車に乗って去っていった。何故、紅眼の少年が二人分の卒業証書を持っているのかは、疑問に思わなかったらしい。




「あーあ。今日は『実は二十歳なんです』って言って(ちゅーて)やろうと思ったのに」


 フェンスから飛び降りた灰色少年は、頬を膨らませて口を尖らせ、健康保険証を紅眼の少年へ向けた。

 誕生日が、昭和五十年代になっている。これも偽装したものだ。


「また保険証を作って貰ったのか。いざという時、本物が分からなくなるから処分するぞ」


 灰色少年の了解を得る前に、健康保険証は一瞬で、跡形もなく燃え尽きた。灰色少年は、あーあ、と再度嘆息し、その場で一度回った。


「潤! 今から花見しようで! ぎょーさん咲いて、綺麗じゃもん!」


 白い歯を見せて笑う灰色少年に、紅眼の少年は(かぶり)を振って答える。溜め息付きで。


麗華(れいか)先生が呼んでる」


 それは、灰色少年を呼び戻すには、充分なひと言だった。

 はぁい、と項垂れた灰色の頭を捉えていた紅い眼は、群生しているピンク色へと向けられた。

 風が撫でる度に、花弁は枝から離れて舞い踊る。


「三分くらいなら……良いかな……」


 来年の桜が見られるかも、分からないし。

 紅眼の少年が微かに呟く。

 その言葉が灰色の髪の奥にある耳に届いたのか否か。少年は大きな灰色の瞳を瞬いて、白い歯を見せた。


「日本に帰って来る頃には、紅葉(こうよう)じゃな! 今度は紅葉(もみじ)狩りしような!」


 木漏れ日を浴びて輝く笑顔に、紅い瞳が細められる。

 小さな吐息を漏らし、紅眼の少年は、肩を竦めた。


「そうだな。ついでに、銀杏拾いでもするか」


 灰色少年が口を尖らせ、臭いから嫌じゃわ、と不満を口にする。

 少年ふたりは互いに笑いながら、駆け足で帰路へついた。




 それから数日後、彼らは中東へと旅立った。






泰騎と潤が、入社試験へ行く直前の話でした。

紅葉を見ていて、思い付いた話だったりします。


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