二〇〇九年、四月一日(エイプリルフールSS)
二〇〇九年、四月一日、水曜日。
桜の開花が例年より早く、もう葉桜になりつつある今日――。
今期最後の桜を見に行こう! という事で、《P×P》の幹部六人は近場の桜並木へやって来ていた。……のだが――。
「精神が入れ替わった!?」
叫んだのは倖魅で、頷いたのは泰騎と潤だ。
「漫画やアニメや小説やドラマやエッセイの世界だけかと思ってたけど、現実にあるんだねー……」
「エッセイとは、現実に起きた事じゃないのか?」
と小首を傾げたのは、倖魅に頬をペチペチと叩かれている泰騎で、
「そりゃあ、頭突きで記憶障害が治るくらいじゃからな! 現実にも起きるじゃろ!」
とは、腰に手を当てて仁王立ちをしている、潤の言葉だ。
恵未は「わぁー! おもしろーい!」と手を叩いて喜んでいる。
尚巳は「実際、あるもんなんですねー」と、然して驚いている様子はない。
凌はというと、頭から煙を出して目を回している。
「えー、ヤダー! ゲシュタルト崩壊起こすー! 精神不安定になるから、やめてよー!」
倖魅は紫の頭を抱えて、それをブンブン横へ振り乱した。
「『やめて』と言われてもな……」
泰騎が困り顔で唸ると、倖魅は、あぁもう! と地団駄を踏んだ。
ふたりを指差し、
「お互いの真似をして過ごしてよ!」
と命令。
泰騎と潤はお互いの顔を見合せ、なるほど、と頷いた。
そして、泰騎が缶チューハイを掲げる。
「そんじゃあ、かんぱーい!」
実にしっくりくる絵面に、凌も復活。慌てて自身の持っているウーロン茶を、掲げられている他の飲み物へ寄せた。
ブルーシートの中央にあった飲食物――殆どが恵未の菓子――が粗方片付いた頃。
時刻はもうすぐ正午。
「そんでな。昨日家で観とった映画、鮫が空から降ってくるヤツでな」
並んだ空き缶の中央に座っている泰騎が、やはりアルコール飲料入りの缶を持って話している。
それに相槌を打つのは、ウーロン茶のペットボトルを持っている、潤。
「あのチープさがいいんだろうな……」
「それ、おれも観たことあります。透に『何にも考えずに観れるB級映画が観たい』って言ったら、薦められました」
尚巳は、飲み終えた缶を両手で潰しながら「ところで」と、泰騎と潤を交互に見た。
「先輩たち、精神が入れ替わったなんて嘘ですよね?」
尚巳の言葉に、泰騎と潤以外の三人が目を皿にした。
忘れてたけど、このふたり入れ替わってたんだった! と。ただ、あまりにお互いの真似が巧すぎて、忘れていたのだ。
そう。お互いの真似が巧いから……。
「へぇー! 尚ちゃん、よう分かったなぁ!」
と拍手をしながら言ったのは、泰騎。
「泰騎が『エイプリルフールじゃから、皆を驚かせようで!』と言うものだから……」
肩を竦めているのは、潤だ。泰騎のモノマネ付きで。
「因みに潤は、ワシの喋り方を完コピするのに五時間も掛かったんじゃで!」
「いや、五時間はとてつもなく速いと思います」
尚巳は苦笑している。
残りの三人は、やっとフリーズから解けた。そして、三人揃って叫ぶ。
「えええええっっ!?」
倖魅は気持ち悪がっているし、恵未は眼を輝かせているし、凌は落ち込んでいる。
「見抜けなかった……」
がっくり膝を折って項垂れている凌は置いておいて、泰騎は尚巳に、いつ気付いたのか訊いてみた。
「最初は騙されましたよ。でも、潤先輩が酒をそんなに飲むなんて有り得ないし、泰騎先輩がウーロン茶しか飲まないなんて事もないと思って」
泰騎は満足そうに頷いている。
「さっすが尚ちゃん! めっちゃ酒飲んでよかったー!」
両手を拳にして喜んでいる泰騎に、潤が半眼を向ける。
「お前はいつも通りだっただけだろ」
「えー? 潤じゃって、結局はウーロン茶しか飲んどらんがー」
などと言い合っていると、恵未が間に割って入った。
「まぁまぁ。ふたりとも、すっごく上手でしたから! さすが、元エリート工作員です! で、まだまだお菓子持って来てるんで、どんどん食べてくださいね!」
リュックから、滝のように落ちる菓子たち。あっという間に、菓子の山が出来た。
「騙されて凄く悔しいから、ヤケ食いしちゃう!」
この中で一番太るべきガリガリ体型の倖魅が、両手で菓子をかっ拐っていった。
「あー、もう……オレも食お……」
と、凌も菓子を貪り始める。
泰騎と潤はその様子を眺めていたのだが、午後から用事があるからと、ゴミだけ持って切り上げた。
◆◇◆◇
「ぁあー……、ウーロン茶だけはキッツイ。潤! 後で酒買いに行こうで!」
「言っておくが、俺の体では酔えないぞ」
「そうじゃったー!」
二〇〇九年、四月一日、水曜日。
昼食時も終わりという頃――。
マンションのエントランスで、四つん這いになって絶望している潤の姿があったとか、どうとか……。




