ウサギ印のハロウィン~臨時ボーナス争奪戦~(後編)
透は「あーあ、燃やされた」と呟きながら、黒焦げになったヘアピンを回収していく。酸化しても操れるが、精度が低くなるので論外だ。
透がテンションを下げている間に、彼の相方である恭平が――少々乗り気ではない様子で――前へ出た。平凡な顔をしているのだが、超イケメンの凌と、同じような髪形をしている。
昨日、腕に大火傷を負ったのだが……迅速な治療のお陰で、大事には至らなかった。現在は鎮痛剤も効いていて、ピンピンしている。
そんな恭平はというと、
「ぶっちゃけ、副所長に近付く事すら無理だと思うんスけど……」
と、もう既に諦めムードが漂っていた。
その隣に、彫りの深めな顔をしたイケメン、英志が並んだ。
「んじゃさ。恭平が副所長を引き付けてる間に、俺がやるわ。ボーナスは山分けって事でどうよ」
英志はジャケットのポケットからシャープペンシルの芯を取り出し、恭平に見せた。
「あれ? 伊織はどうしたんだよ」
伊織は、英志の相方だ。小柄な体に金髪碧眼、顔にはそばかすという、目立つ出で立ちをしているのだが――今は、体育館の壁に背を預けてスマートフォンを眺めている。伊織も、早々に戦線を離脱したクチだ。二十歳ほど年の離れた彼女と、週末の予定についてやり取りしているのだろう。
その様子を見た恭平は、納得した、という意味合いで「あー……」という声を漏らした。
恭平は英志からの、共闘の申し出に応じる返事の代わりに、その場で準備運動を始めた。
「んじゃまぁ、隙が出来たら頼むわ」
英志に向かって言うと、恭平はその場から消えた。
恭平と英志は他組織で行われていた、突然変異体を人為的に作る実験の、被検体だった。ふたりは、天然超能力者の透と違い、“強化人間”の部類になる。
恭平の能力は、端的にいうと“凄く速く走れる”。但し、長時間高速で動くと体がもたない。
英志は、一定量の炭素を含む物質を操る事が出来る。但し、直線的な動きでないと精度が落ちる。
テスト基準に満たなかった為に“処分対象”だったところを、日本有数の複合企業である《P・Co》に保護され、今はその服飾部門である《P×P》で働いている。
因みに、彼らの居た組織は現在、消滅している。
未だ頭によっつ風船をつけたまま、潤は跳んだりしゃがんだり翻ったりしながら、攻撃を避けていた。
凌の放つ雹は尽く蒸発し、恵未は床を穴だらけにしている。そして、恵未の右ストレートが凌の左肩を直撃した事により攻撃が途絶え、潤はその場を離れていった。左肩折れたぞ、こんの脳筋ゴリラ! やら、アンタがドン臭いからでしょ! などという怒鳴り声を背中で聞きながら。
その直後、前方から高速で生体反応が接近してきた。こんなに速く動けるのは、恭平しかいない。
潤は横に跳んで恭平を躱すと、恭平の体に隠れて接近していた、シャー芯に気付いた。数は四本。シャープペンシルの芯は、気化すると二酸化炭素になる。だが、ちょっとやそっとの温度では発光するだけだ。しかも、気化させるための温度調整が難しい。
そう一瞬で判断した潤は、結果的にシャー芯を四本、蒸発させる事に成功した。
パン……ッ!
風船の割れた音が、体育館内に反響した。
英志の放ったシャー芯は、五本。
恭平の体に隠れて並走していた一本のシャー芯が、風船をひとつ割ったのだ。
「上手くいけば、連続よっつ割りイケると思ったんだけどな」
と、英志は舌を打った。その瞬間、風船を割ったシャー芯も蒸発した。
風船は残りみっつ。
最も早く戦線を離脱した倖魅は、泰騎の隣で頬杖を突いた。
「ところで泰ちゃんは、何やってるの?」
「見て分からん?」
と問うた泰騎の手元の手摺には、オレンジが並んでいる。大振りで皮の分厚い、酸味の強そうなオレンジだ。泰騎はオレンジを並べとるんよ。と、そのままを答えた。そして、残り半分のビールを差し出す。
倖魅は首を竦めた。
「ボク、ビール苦手なんだよねー。知ってるでしょ?」
「うん。知っとるよ。社交辞令的なアレじゃって」
「ボク相手に、何やってんだか」
倖魅は嘆息すると、手摺に頬杖を突いて体育館内を見下ろした。潤を相手に風船を割る気が全くない様子の人物が、六人。
営業部――透は隅に座り込み、スマホで映画を観ている。伊織は誰かと電話。
警備部――祐稀はスマホで恵未を連写中だ。
広報部――全滅。倖魅は泰騎の隣でオレンジを食べているし、一誠は入口付近の角で座り込んでいるし、最年少の十四歳コンビである歩と大地は、雑談を交わしている。
凌と恵未は戦意を喪失していないが、未だふたりでいがみ合っている状態だ。戦意が潤ではなく、お互いへ向いている。そして今まさに、戦闘開始のゴングが鳴った。ような、気がする。
高みの見物を決め込んでいる倖魅は、ある事に気付いた。
営業副部長の、尚巳の姿がない。
「おれも仲間に入れてもらっていいですかー。オレンジ、食べたくなっちゃって」
そんな気の抜けた声で挨拶しながら、尚巳は現れた。泰騎からオレンジを受け取り、手摺に腕を預けて皮を剥き始めた。
「尚ちゃんは臨時ボーナス、貰いたくないの?」
倖魅の質問に、尚巳は下の様子を伺いながら、答える。
「貰うつもりですよ」
下では、凌と恵未が私闘を繰り広げ、未だ諦めていない恭平と英志は奮闘している。動いているのは、この四人と潤のみ。そこへ向かって尚巳は、左手で支えて右腕を伸ばした。
「おれ、長距離狙撃手なんで」
尚巳が右拳に力を入れると、勢いよく飛沫が散った。
パパパン!
軽快な破裂音がみっつ、重複して体育館に響く。
「尚ちゃんなら、気付くと思ったわー」
所長は笑いながら、裂きイカを指で回した。
「武器の準備の知らせを貰わない状態で召集されて、潤先輩の風船を割るなんて、普段銃を使ってるおれらには無理ゲーですもん。泰騎先輩が何の武器の準備もしてくれていないなんて、そんな筈もないですから」
で、上を見たらオレンジが並べてあったので。と尚巳は笑った。
柑橘類の皮に含まれるリモネンという成分は、風船を割る事が出来る。その中でも、オレンジはリモネンの含有量が特に多い。
オレンジの汁にまみれた潤の頭部には、しなびた風船がよっつ貼り付いている。カチューシャを外し、割れた風船を眺め、潤は呟いた。
「数撃ちゃ当たる――いや、相手は尚巳だもんな……。完全に俺の注意不足か」
「潤ちゃん、実戦なら死んでたねー」
頭上から倖魅に笑われ、潤は、そうだな、と肩を竦めた。
「あーっ! くやしー!」
「もうちょい粘れば、あと一個くらい割れそうだったんだけどな」
恭平は地団駄を踏み、英志は苦笑している。
「お前たちが先輩の注意を引き付けてくれたから、みっつとも割れたんだ。だから、二十五万はお前らにやるよ」
尚巳の言葉を聞き、男ふたりの歓喜の声が、体育館内にこだました。
その横で伊織が「たかが二十五万で、何喜んでんだか」と呟いたのは、透にしか聞こえていない。
風船が割れた事で、催しは終了。泰騎から所員全員に、菓子の詰め合わせが配られて、その場はお開きとなった。
こうして、ハロウィンらしくないイベントは終わったわけだが――。
「っちゅーわけで、この後予定がないやつは『ハロウィン』シリーズ観ようで!」
所長が声を上げたと同時に、ステージに巨大スクリーンが下りてきた。あっと言う間に簡易的な映画館と化した体育館で、ハロウィンイベント第二弾……“ホラー映画鑑賞会”が始まろとしていた。
ここまでお付き合い、有り難うございます。
今回は、『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』でいまいち活躍の場が無かったキャラクターにスポットを当ててみました。
私自身楽しんで書いた話ですので、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。




