ウサギ印のハロウィン~臨時ボーナス争奪戦~(前編)【ギャグ】
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』第七話(最終話)の日の夜の話です。
勿論、本編を読んでいなくても読めるようにしてあります。
寧ろ、本編で活躍の場が無かったキャラクターがよく動いております。
本編より戦闘描写が多いです。(当社比)
ギャグなので、お気軽に読んでやって下さいませー!
十月三十一日。金曜日。
ハロウィンだ。
約二千年前に誕生した、ケルト民族の祭事であり、死者が蘇る日だとされている。カブやジャガイモに怖い顔を彫って、それを魔除けにする。
“トリック・オア・トリート”と言いながら家々を回り、お菓子を貰い、祝福の歌を歌う。子どもにとって、楽しみなイベントのひとつだ。
イベントがアメリカへ伝えられてからは、カボチャをくり抜きジャック・オー・ランタンを作り、大々的に死者の仮装をするようになった。
更に日本へ伝わった“ハロウィンイベント”は、メインとなる子どもを差し置いて、大人が亡者とは全く無関係なアニメキャラクターなどのコスプレをし、ワイワイと騒ぐ催しへと変貌を遂げた。
とまぁ、今日は、そんな日なわけだ。
《PEACE×PEACE》――略して《P×P》。それがこの事務所の名前だ。一般的には、服飾ブランド。裏社会では、合法非合法総裏工作業者。事務所員は十四歳から二十四歳の、十四人で構成されている。
親会社は、《P・Co》。
ただし、現在事務所員が集まっているここは、事務所ではない。民間への貸し出しも行っている、《P・Co》所有の体育館だ。
十二人はテキトーに固まって立っている。その前に立っているのがふたり。その内のひとりが、手のひらを叩いた。雑談を交わしていた声が止む。
「はーい。ちゅーもくー」
灰色の髪の所長は、持っている札束を掲げた。その場に居る全員――厳密には、所長の隣に立っている副所長以外――の視線が、レーザービームの如き速さで札束へ向けられた。
「昨日言った通り、ハロウィンっぽい催しを行うでー」
皆の視線は依然、ハロウィンとは直結し難い、その札束へ集中している。
札束には帯が巻かれている。つまり、福沢諭吉の印刷された紙幣が百枚。これが一体どうしてハロウィンと関係があるというのか。
所長は札束で顔を扇ぎながら、隣に立っている副所長を指差した。
「題して“ボーナスくれないとイタズラしちゃうぞ☆”じゃで!」
いや、意味が分からない。と誰かが言った。
「一昨日、ワシから特別手当が出るっちゅーたじゃろ?」
と所長が説明を付け足したのだが、納得しているのは数人だ。
「要約すると」
と、今まで無言で突っ立っていた副所長が口を開いた。ミルクティーのような髪の、女のような顔をした、男だ。左目に“人”のような傷があるが、それをチャラにするほどの美貌を持っている。だが、後ろ頭は立派な刈り上げ。ツーブロックだ。
そんな副所長は現在、何かの仮装をしている。多分、悪魔だ。いや、死神かもしれない。黒いタキシード風の服装に、黒いマントを羽織っている。真顔で。
「皆に仮装をしてもらってから行うつもりだったのだが、業務の都合上、俺がその役をする事となった。とまぁ、そんな事より本題だ」
仕込んでいたのか、副所長はマントの中からフリップを取り出した。間抜けな顔をしたピンク色のウサギが、図解をしている。黒いマントを着けたヘビも描かれていた。ヘビの頭部には、大きなコブのようなものがよっつ並んでいる。
それを指差しながら、
「今回、俺は悪霊役だ。皆は生きている現世人とでも考えてくれ。俺を除霊するのが、今回のミッションだ。除霊方法は、この風船を割る事」
泰騎の付けたイベントタイトルを相関的に訳すと、人間が霊に悪戯するというわけだな。と、所長の考えた設定を説明。そして、これまた仕込んでいた物をマントの中から取り出した。ヨーヨー風船の水が入っていないものを、よっつ並べて取り付けたカチューシャだ。
それを頭へ装着すると、副所長――潤は風船を指し、表情を変えず、淡々と説明を続けた。
「ひとつ二十五万円。よっつ割れば百万だ。俺への攻撃は自由。但し、俺は武器を使用しないが、反撃はあるから気を付けろ。ここまでで、質問があれば受け付ける」
無言の返答。
事務所員の反応を見届け、潤は所長である泰騎へ視線を向けた。
「っちゅーわけな。この体育館から出たら、失格。ワシが再起不能と判断しても失格。今回も、四隅に貼ったら簡易的な結界が展開できる、便利なお札を買ってきたから。存分に暴れてくれてええよー」
所長からのお達しに、事務所員は揃って了解の返事をする。
その返事に満足そうに頷くと、泰騎は白い歯を見せて笑った。
「理解の早ぇ後輩たちで助かるわー。武器の使用は自由じゃけど、この場にある物以外はNGじゃからなー」
と、ここで初めて、ポツリと不平の声が上がった。舌打ちも聞こえた気がする。
そこで泰騎がひと言。
「あー、さっき『了解』って言うたからには、異議は認めんからなー」
そんな、空気が抜けるような声によって、抗議の声は制された。そう。とても“理解の早い”後輩たちなのだ。
彼らは、所長が決定した事に逆らっても無駄だという事を知っている。
泰騎はスマートフォンを取り出すと、タイマーを一時間でセットした。そして右手を振り上げ、スタートの合図を切った。
服装はタキシードにマント。頭部には風船がよっつ。ちんちくりんな格好をしているものの、動きは俊敏だ。伊達にプロの暗殺屋をやっているわけではない。
潤は、風船という、空気抵抗をモロに受ける物体を頭に装着しているとは思えない動きで、その場から飛び退いた。それと同時に、潤が先刻まで立っていた場所は凍り付き、大きな穴が開き、ヘアピンが数本ぶっ刺ささった。
泰騎は潤が投げ捨てたフリップを回収し、体育館のキャットウォークへ跳び乗った。手摺に両腕を乗せ、下の様子を眺める。所長のくせに、完全に傍観者だ。どこから取り出したのか、ビールと裂きイカまで持っている始末だ。
「へぇー。潤信者の凌ちゃんと恵未ちゃんが、真っ先に攻撃仕掛けたんは意外じゃなぁー」
などと呟きながら、裂きイカを噛んでいる。更に、これまたどこから取り出したのか、大振りなオレンジを手摺りに乗せ始めた。
体育館の床を凍らせたのが白髪の凌で、穴を開けたのが黒髪の恵未。因みにヘアピンを飛ばしてきたのは、天然パーマの透だ。
先ほどの泰騎の声が聞こえたのか否か、凌は冷気を纏った右腕を振り払って、言う。
「潤先輩が余計な怪我をしない内に、終わらせます」
十二天将――式神、精霊、水神の一種――である天后の使役者である凌は、自身の意思で水を放つ事が出来る。熱湯も出せるが、凌はマイナス温度との相性が良い。なので、水より氷の方が速く発生させられる。
凌の向かいに居る恵未は、左手に右拳を打ち付けた。
「そうですよ。潤先輩、病み上がりなんですから!」
「いや、ふたりの行動は完全に潤ちゃんを殺る気そのものだと思えるんだけど……」
半眼で呟いているのは、年長者である倖魅だ。外にはねた紫頭に、白いマフラーが揺れている。倖魅はやる気のないまま、闘志と殺気に満ちた現場から立ち退いた。
恵未の空けた穴に刺さっていた、カラフルなヘアピンが宙に浮く。操作型の電気特異体質である透は、念動力者と間違えられがちだが、電気を通す金属類を操る事が出来る。所謂、“超能力者”だ。
気怠そうに、上瞼が半分下がっている。
「僕、来月観たい映画と、買いたい本がたくさんあるんです」
風船を割ると手に入るらしい金を、娯楽費に充てる気満々な様子で、透はヘアピンを空中で整列させた。完全に、殺る気だ。
潤は、飛び交うカラースプレーのようなヘアピンを、ひょいひょいと避けていたのだが――大きく後ろに飛び退いた。
潤が事務所員から距離をとった瞬間、透のヘアピンが酸化鉄の塊と化す。
因みに潤は、ある組織の研究で、十二天将である騰蛇の血清を打たれている。蛇の火神の遺伝子を体内に持っているので、負った傷はすぐに治るし、ピット器官も備わっているので超感覚もあり、体がほぼ筋肉なので瞬発力もあり、力が強いので握力は最大一一〇キログラム。勿論、発火能力も標準装備。一般人目線からしたら、とんだ化け物だ。




