ランチ会議~シルバーウィークに向けて~
顔は日焼け止めクリームのみで、ノーメイク。
服装といえば、スポーツ用品ブランド“アデダス”のロゴが入った、黒いTシャツ。ボトムスは、深い色のジーンズ。リュックは、どこのブランドかもよく分からない。足元は、Tシャツとは別のスポーツブランドの、スニーカー。
花の二十歳。
女子力ゼロ。
そんな彼女――恵未が向かうのは、喫茶店。お目当ては、タワーの如く聳える姿が若者にウケている、フルーツ・パフェだ。しかも、てっぺんには花火が刺さって出てくるらしい。
行列に並ぶ事、二十分。
テーブル席へ通された。
お供を引き連れ、席へ向かう。
同行しているのは、真っ赤な瞳の北欧系長髪美女と、紫色の髪と目の長身細身オカマ――に見える、日本国籍成人男性のふたりだ。
店内の客は、この一行に釘付けである。
なんて統一性の無い三人組なんだ。という疑問の目が、大半を占めている。
そんな好奇な視線に慣れている三人組は、視線に気付かぬふりをして、案内された席へ着いた。
「私はフルーツタワーパフェですね!」
「ローストビーフ」
「ボクはフィッシュバーガーかなぁー。あと、オレンジアールグレー。食事と一緒にお願いしまーす」
こうして届いたのが、彩り鮮やかな細長いパフェと、ロールパンが添えられたローストビーフのプレートと、フライドポテトが添えられたフィッシュバーガーのプレートと、輪切りのオレンジが入ったドリンクだ。
パフェに刺さっている手持ち花火に点火がされ、黄金の火花が散った。
「綺麗ですねー!」
と恵未が気持ちを上げている間に、花火は鎮火した。
「潤先輩の出す火花の方が綺麗ですよ」
恵未は、燃えカスとなった花火を抜きながら、思い出したように言った。
潤は、そうか、と返しつつ、色素の薄い長い髪を後ろで束ねている。
そんなふたりのやり取りを遮り、紫頭の倖魅が話題を変えた。
「シルバーウィークはどこに行こうかぁー」
「まだ暑いし、キャンプとかどう?」
「えー? キャンプするなら、冬が良いよー。この時期は虫が出るもん」
「アンタは相変わらず、ナヨっちぃわね……」
「ねー、潤ちゃんは何がしたい?」
恵未から発せられるジト目視線を避けつつ、倖魅が潤へ話を振った。
潤は口の中にある肉を飲み下すと、無言で考える素振りを見せた。潤の視線の先には、ゴミと化した手持ち花火。
「花火も良いな……」
近年は花火を禁止する場所が増え、東京で花火をしようとなると、少しばかり厄介だ。
そんな事は、潤も重々承知している。ただ、目の前に花火があれば、自然と思考がそちらへ向いてしまう。
「良いですねー、花火!」
「どうせやるなら、打ち上げるのもやりたいなぁ。ボク、落下傘好きー。今の内に買っとかなきゃ、お店からなくなっちゃうねー」
「鳥取支社に、敷地内で花火をする許可を取りましょ」
「じゃ、ボクやっとくねー」
ふたりはノリノリだ。
そんな流れでシルバーウィークのスケジュールを立てつつ、食事を楽しむ一行。
そんな空気を引き裂く、悲鳴。
女性の声だ。厨房の方から聞こえた。
何だろうかと、まばらに席を立つ客たち。
「何だろうねー?」
さして興味がなさそうに、倖魅が言った。
どうでもよさそうに、恵未が答える。
「ゴキブリでも出たんじゃない?」
そして厨房から飛び出してきた、丸い物体。
ネズミだ。大きい。そして、よく太っている。しかし速い。
「恵未ちゃん、握りつぶしちゃいなよ」
フライドポテトを咥えたまま、倖魅が言った。
玄米フレークを噛みながら、恵未が答える。
「嫌よ。あいつら、バイ菌だらけじゃない。それに今、パフェ食べてるし。早く食べなきゃ、アイスが溶けるわ」
ふたりが言い合っている横では潤が、テーブルに備え付けられている爪楊枝を三本、取り出していた。
「恵未、客の注意を」
と言ったところで、恵未は無言で立ち上がり、トイレの方向へ歩き、ある程度進んだ所で、叫んだ。
「きゃぁあああ!! ゴキブリ!!」
客の視線が、一斉に恵未へ向く。
潤は爪楊枝を思い切り投げつけ、ネズミを串刺しにして動きを止め、一瞬で燃えカスへと変えた。
敏感な客は、なんか臭くない? などと言っていたが、それもすぐに止んだ。
「あ、ゴキブリかと思ったら、おもちゃだったわ。お騒がせしました」
恵未は床に落ちていた――実際には“床にわざと落とした”――ゴム製のゴキブリを摘まんで、他の客へ見せた。客からは安堵の息や、おもちゃでも嫌だという声が漏れている。
倖魅は、黒い燃えカスとなったネズミを見下ろし、嘆息した。
「潤ちゃんの居る飲食店に入ったのが、運の尽きだよねー」
「さすがに、ドブネズミは保護対象外だからな」
潤は小さく合掌し、フォークを握り直した。
席へ戻ってきた恵未は、人に見られないようにゴキブリのおもちゃをポケットへしまい、持ち手の長いスプーンを握る。
「ところで恵未ちゃんは、いつもゴキブリを持ち歩いてるの?」
「そんなわけないでしょ。ジーパン、洗い忘れてたのよ」
倖魅の質問に答えた恵未は、溶けたアイスにスプーンを突き刺した。
『ウサギ印の肝試し』で登場した、ゴキブリおもちゃが再登場(笑)




