ウサギ印の肝試し(下)
最終組の凌と恵未は居酒屋の会計を済ませ、“シャイニングハイツ一号館”の入り口前に立っていた。
「私、お化け屋敷って初めてなのよね」
「おい。怖いからって物を破壊するなよ」
ろうそく型のライトを持った凌が警告すると、恵未の裏拳が空を切って、超局地的突風を生んだ。
「うるっさいわね。っていうか、何でアンタがライトを持ってんのよ」
「そんなの、お前が持つと握り潰されるからに決まってんだろ」
「先にアンタの頭かち割ってやろうかしら」
「それより先に、オレがお前の両腕を砕いてやる」
と、口喧嘩ばかりで先に進まないふたり。見ようによっては、怖がって先を譲り合っているように見えなくもない。
「何よ。アンタ怖いんじゃないの? 涼しい顔して『霊が視えるオレらに肝試しってー』とかって笑ってたけど、怖いんでしょ!」
「はぁ!? 怖くねーし! お前こそ、ビビってんだろ!」
こんな押し問答が、既に三分は続いている。
「いや、早く行けよ」
後ろから声を掛けられ、凌と恵未が体を大きく跳ねさせた。
ふたりの背後に立っていたのは、尚巳と祐稀だ。
「おれらがこんなに近付いても気付かないなんてなぁ」
と尚巳は苦笑い。祐稀は「恵未先輩、危険な仕掛けは無かったので、大丈夫です!」とエールを送っている。
尚巳は「いや、多分、安全とか危険とかじゃない部分でビビって……」と言い掛け、矛先が自分に向いては困るので、喉奥で留めた。
代わりに「っていうか、早く行けよ」と、凌と恵未を入り口に押し込み、尚巳は扉を閉めた。
玄関。暗い玄関に、埃にまみれた靴が数足置かれている。それだけで、他に何もない。それが異様な不気味さを演出している。
凌はライトで廊下を照らしながら、居間を横目に通り過ぎようと進んでいたのだが、恵未に呼び止められた。
「大正ロマン的な居間があるわ」
畳の敷かれた、小さな部屋だ。低めの箪笥には、小さなブラウン管テレビと、こけしが乗っている。
「大正時代にテレビはねぇよ」
「え、そうなの?」
「日本でテレビが普及したのは、昭和三十五年だ」
「ふぅん」
テレビのダイヤルをカチカチと回していた恵未は手を放し、凌に続いた。
台所。ここも、そこはかとなく昭和臭の漂う作りになっている。
「時代設定がいまいち掴めねぇな」
ボヤいている凌の脇では、恵未が「ハエ取り紙がぶら下がってるー」と、食卓テーブルの上を見ている。そのまま歩いていたので、仕掛けられていた紐に足を取られ――そうになったが、恵未は跨いで通った。代わりに、凌が紐に足首を引っかけた。それをきっかけにテーブル下からシリコン製の腕が飛び出し、凌の足首にぶつかったと同時に、凍り付いた。
「あ……」
凌の能力――というか、凌の使役している式神の能力が作動して、辺りは冷気に包まれた。
霜だらけになった腕を見て、恵未は溜め息を吐いた。
「何よ。凌の方が先に展示物壊してんじゃない。ビックリすると近くのものを凍らせる癖、厄介よねー」
と呆れている中に、どこか勝ち誇ったような表情を覗かせている。
「こ、壊してねーし。ちょっと表面に霜が被っただけだっつーの」
どうだかー、と背中の方へ歩いていた恵未の背後で、突然点いたテレビが『ザザザザザ』とノイズ音を発した。
「っせい!」
恵未の叫びに被って、ドガシャァアン! とテレビが砕け散った。
「あ……」
テレビに腕を突き刺したまま、恵未が間抜けな声を上げた。
「お前の方が、オレより性質悪い壊し方してんじゃねーか」
凌は殺しきれなかった笑いの所為で顔を歪めている。
「うるさいわね。脅かす方が悪いのよ!」
お化け屋敷の趣旨を根底から否定する恵未の発言に、切れ長の凌の目が半分に狭められた。
「お前は、お化け屋敷に来てはいけない存在だ」
言い放つと、シンク前に横たわっている母親に近付いた。乱れた黒い長髪の女が、血に濡れた包丁を右手に持って、うつ伏せで倒れている。凌は、薬指から指輪を抜こうと、母親の手元にしゃがみ込んだ。
すると突如、母親の左手が動き、凌の足首を掴んだ。
「うわッッ!!」
人形だと思っていた母親が動いた事と、足首を掴まれた事と、指輪を取り損ねた事で、凌の脳内はプチパニック状態だった。というわけで、母親の左手は凍り付き――、
「……冷たい……」
という呻き声と共に、母親――潤は黒髪のカツラと地毛に被せていたネットを取り去り、頭を振った。色素の薄い長髪が、重力に逆らう事なくストンと伸びる。
潤の顔を見た瞬間、凌は青ざめ、顔を引き攣らせて叫び声を上げた。
「ひぃぃい!! せ、せんッッ、潤先輩ぃぃい!? なななななんっ何でこんな所に――ッぐぎぁっ」
ドゴォッ! と恵未に蹴り飛ばされ、凌は冷蔵庫横の壁にめり込んだ。
さっきまで凌の居た場所では、恵未が座り込んで、両手で潤の左手を握っている。
「あぁ! 凍ってるじゃないですか! あんのバカ、よくも先輩の手を……!」
「恵未、痛い」
怒りの所為で無意識の内に力を込められている両手の中で、潤の左手がミシミシバキポキと鳴っている。ついでに、指輪も変形している。
「まぁ、銀製だからな」
と指輪を外しながら、潤は凌に向かって「冷やしてくれ」と、青くなったり赤くなったり腫れたりしている左手を差し出した。
自己再生治癒力がとてつもなく強い潤は、自分の左手よりも部屋の中の有様の方が気になるようだ。視線の先には、凍り付いて動きの止まっている腕に、砕けたテレビに、穴の開いた壁。
「……なんとなく、そんな気はしていたが…」
潤はポケットからスペアの指輪を取り出すと「これ以上壊すなよ」という言葉を添えて、凌に渡した。
凌と恵未は、器物破損しまくった台所から廊下へ出て、風呂場へ向かった。何とも不気味な洗面台の奥に、何とも不気味な浴室がある。そんな不気味な浴室から、不気味な呻き声が聞こえてきた。「うぅ」とか「んん」とかに、濁点が付いているような声だ。
凌がライトで照らして、ちらりと浴室を見てみた。だが、誰も居ない。凌は首を傾げたが、そのまま風呂場から出て行った。
因みに先程の声は、浴槽の蓋に隠れてしまった歩のものだった。無情にも気付いて貰えなかった彼の意識は、未だに戻らない。
廊下を進み、トイレの中も確認した。便座に座っている大地が居たが、凌と恵未は「あ、大地。疲れてるのかな」くらいの認識で先へ進んだ。
階段だ。四足歩行の人間らしきものが、二階から下りてきている。ただ、その手には何か握られている。階段中腹で掲げられた右手には、白旗が握られていた。
「何だよ、それ」
凌が半眼で問うと、ゆらりと立ち上がった一誠が白旗を振りながら、微かに口を動かした。
「驚かれて、ノリで攻撃されたら堪ったもんじゃないからさ。ガチで死んじゃうからさ」
凌は「じゃあ、何であんな登場の仕方だったんだ」と思ったが、上に居るであろう人物を思い浮かべると、何も言えなかった。
次は寝室だ。蜘蛛の巣が張られている天井の隅、写真、ベッドに、衣装箪笥らしきもの。それに、床中に散らばっている、タランチュラやらムカデやらゴキブリやらのゴム製玩具。
「これ、百均で売られてるおもちゃよね?」
ライトを持っていない恵未は顔を近付けて、足のたくさん生えている虫のおもちゃを見やった。すると、毛の生えた蜘蛛が恵未の顔面目掛けて飛び掛かってきた。
「は!?」
動く筈のないゴム製玩具を叩き落とすと、恵未は床を見渡した。凌の持っている灯りに照らされ、黒い影が蠢いている。
叩いた感触は、確かにゴムだった。
「さすがに、この量はキモイな」
と、凌も腕を組んで唸っている。身体中に、タランチュラとムカデを纏いまくった状態で。
「何で払い落とさないのよ……」
「いや、どうやったら壊さずにいられるかって考えたんだけど、動くと踏みそうだし。なら、じっとしてて、全部体にくっつけとこうかと」
「アンタって、頭が良いのかアホなのか、よく分かんないわ」
恵未は呆れて肩を落とした。
凌は「アホとは何だ」という顔をした。次の瞬間、彼に集っていた虫たちは一斉に、恵未の顔面に向かって飛び掛かった。
やたらと統率のとれた動きをする虫たちに、恵未が眉根を寄せる。ムカデのおもちゃをひとつ手に取ると、ひっくり返して目を凝らした。小さなICチップのようなものがくっついている。
「あいつ……」
呟くと、恵未はムカデのおもちゃを握り潰した。
「そっちがその気なら、全部潰してやるわよ」
と虫に向かって構えたところで、ベッド下から「ちょっと待ってぇー」と、声がした。
「待って。ね? このICチップ、結構高いんだよー。まだボクのじゃないけど、肝試しが終わったら、泰ちゃんがくれるって言ってるからぁー」
少しばかり埃を被った状態の倖魅が、スマートフォンを手に持って這いずり出てきた。そんな倖魅を、恵未は蔑むような眼で見下ろした。
「ごめん。この数の虫が飛び掛かってきたら、流石の恵未ちゃんも『きゃー』とか言ってくれるかなぁって……。ほんの出来心でぇぇえ……いたたたたっ」
倖魅の手の甲を抓り上げながら、恵未はそっぽを向いて嘆息した。
「顔面に向かって総攻撃っていうのは、悪意しか感じないわ」
やれやれ、と倖魅から手を離し、恵未は床に散らばっている虫の軍勢を見下ろした。倖魅に操作されているそれは、今は綺麗に整列した状態だ。
ビジュアルで怯みはしないが、ゴムのぐにゃぐにゃとした動きは、手で捕らえにくい。
この仕掛け、結構時間が掛かったんだけどなぁ……。と落胆している倖魅の肩に手を置くと、恵未は闘志を感じさせる瞳でこう言った。
「このおもちゃ、泰騎先輩がくれるって言ったの?」
「え……あー、うん」
恵未の瞳がキラキラ――否、ギラギラと輝いた。
「倖魅。今週末はこの虫を使って特訓するわよ! ICチップを壊さないように叩き落とす! ふふふ。正確性と力加減の訓練にもってこいだわ!」
握り拳を天井に向かって突き上げ、実に楽しそうな恵未に向かって、凌は「おーい、先行くぞー」と水を差した。
何にしろ、次が最後の部屋だ。何だかんだで、このお化け屋敷に入ってから、十五分はとうに過ぎている。
「っとに。あいつときたら……」
「いやぁー、恵未ちゃんは血気盛んでええなぁ」
背後ゼロ距離の耳元から聞こえた声に、凌は「ぅわぁっ!?」と反射的に飛び退いた。
「ちょっ! 泰騎先輩! 気配を消して背後に忍び寄らないでください!」
「ワシが敵じゃったらぁー、凌ちゃんはサクッと首を掻っ切られてー……」
「先輩、意地が悪いです」
「肝試しじゃけんな。ほら、ヒヤッとしたじゃろ?」
悪戯が成功した悪ガキのような顔で笑う泰騎に、凌は渋面で、そうですね、と呟いた。
(この人に殺されたら、皮膚を抉られて鮮血ボディアートを造られるからなぁ……。意地が悪いとか、そんなレベルじゃないんだよな……)
凌は身震いすると、手の中に在る指輪を見た。手汗で少々湿っているそれは、僅かばかりの明かりに反射して、鈍く光っている。
それに気付いた泰騎が「次の部屋で最後じゃから。行っといでー」と、凌の背中を軽く叩いた。
中央に幸子が陣取る、最終関門。薄暗い部屋にはミスマッチな、純白のドレスに、レースのヴェール。年頃の女性ならば、この白いドレスに憧れを抱くのだろうが――齢二十歳の、所謂“年頃”の恵未は「動き難そうで嫌なデザインよね」と、苦い顔でウェディングドレスを睨んでいる。
「コレ着て仕事するわけじゃねんだからさ……」
と凌は、したくもないウェディングドレスのフォローをしつつ、幸子の薬指に指輪をはめた。
数秒経っても、何も起こらない。
「アンタ、ヴェール上げるの忘れてるわよ」
恵未が幸子のヴェールを上げると、幸子がカタカタ、ガタガタと痙攣しているように動き出した。大きな黒い瞳の中心は赤く光り、口はガクガクと小刻みに振動し、椅子から立ち上がって――
「順番が、違うだろうが! ボケカスがぁぁあああ!!」
女のような、おっさんのような、複数人の声が合わさったような叫び声を発し、全身で怒り(?)を表現している。
「えぇー……っと、すみません」
凌が頭を下げる。
幸子は、どこから出したのか――右手に包丁を持って、襲いかかってきた。
振り下ろされた包丁は、ブォン、と空気を切り、幸子はぎこちない動きで再度包丁を構え直した。
「……なんか、怒らせちまった」
幸子からの包丁乱撃を躱しながら、凌は幸子を指差し、恵未に向かって“どうしようか”と視線を向けた。
幸子の懐に飛び込んだ恵未が、「決まってんでしょ」と拳に力を込めた。
「やられる前に、やる!」
見事に放たれたアッパーカットは、その場に強い風こそ起こしたが、幸子に当たる事はなかった。人間では不可能であろう海老反りでもって恵未の攻撃を避けた幸子は、重いドレスを身に纏っているとは思えない俊敏さで、包丁を振りかざしてきた。
「人形のくせに、やりやがるわね」
半眼で舌を弾く恵未に、凌は肩を竦めた。
「壊すなって方が無理だよなぁ。こいつが持ってんの、本物の包丁だし」
「どうでもいいけど、アンタがはめた指輪……右手の薬指に入ってるわよ」
「あ、マジだ。ははは」
「……わざとらしいのよ」
再度舌を打つ恵未に、凌が苦笑した。
「オレはお前と違って、霊とか何とかが視えるからなー。この部屋、スッゲェぞ。霊道でもあんのかってくらい集まってるし。何なら、その数十体は居る霊が、合体してる感じだ」
「へぇ。視たいような、視たくないような」
恵未は、襲い来る幸子の攻撃を躱しつつ、幸子の腹部にカウンターを喰らわせた。だがしかし、実体は只の人形だ。作り物の体は腹を中心にふたつに分かれたが、幸子の動きは止まらない。
下半身はドレスがはだけ落ちて、マネキンの質感が剥き出し。上半身は長い髪が支えて、動き回っている。
「うっわ。きもちわる!」
本日初めて、恵未が嫌悪感を露わにした。包丁を持っている右手をボッキリと折りながら、呟く。
「まさかコレ、バラバラにしてもパーツ毎に独立して動くのかしら……」
恵未の不安通り、折った手首から先が、包丁を持ったまま床の上を動き回っている。
「ちょっと、凌。アンタどうにかしなさいよ」
包丁付属の右手を踏み付けて、恵未が凌に半眼を向けた。
「流石にコレは、無視出来る状態じゃねーな。瘴気がヤベェ」
不本意そうに、凌は後頭部を掻きながら重い息を吐き出した。右手で九字を切り、
「六根清浄急急如律令」
と口早に唱えると、青白い光と共に、青白い人のような形をした液体が出現した。宙に浮いているそれは、凌の式神――十二天将の水神“天后”だ。
『あらぁ。凌ったら、今日もカッコイイわねぇ。チューして良い?』
詰め寄ってくる“神様”を、凌は「何でそうなるんだ」と手で押し返した。
「ここにアホほど居る霊、浄化してくれ」
『あらまぁ。悪霊怨霊の集会か何か? 賑やかねぇ』
ふふふ、と優雅に笑いながら、天后は自分の体――青白く発光している液体――で、幸子の体を包み込んだ。一層強い光が放たれ、その光が落ち着くと――室内に充満していた瘴気と霊は、綺麗に消滅していた。
「凌ちゃん、お疲れ様ぁー」
ひらひらと手を振りながら現れた所長に、凌が腑に落ちない表情を向ける。
「泰騎先輩……、ハメましたね?」
「はっはっはー。ほら、ここは自殺者が多発した場所って言うたじゃろ? 本物の心霊現象がシャレにならんレベルになってきたーって、相談されとってな。除霊を条件に、今回タダで貸し切らせてもらったんよ。あ、設置物を壊した事に関しては、ワシが適当にやり過ごすから気にせんでええで」
満足そうに笑っている泰騎の後ろで、倖魅が肩を竦めて嘆息した。
「前半は本当に肝試しだったんだけどね。恵未ちゃんと凌ちゃんが建物に入ると音が凄そうだから、誰か様子を見に来たら困るし……尚ちゃんと祐稀ちゃんには外で待機して貰ってるんだよねー。でも凌ちゃん、幸子怨霊モードの発動条件、よく分かったね」
“騙されたみたいで解せぬ”状態の凌が、渋い顔で「幸子怨霊モードって……」と溜め息を吐いた。
「クリア条件と違う事をすれば、何か起きるかな、と思っただけです。まぁ結果的に、解決出来て良かったです」
理由はどうあれ、一般人があの包丁の餌食になるのを未然に防ぐことが出来たのだ。凌はそう前向きに捉え、今度は安堵の息を吐き出した。
そして、はたとある事に気付く。
「オレがやらなくても、潤先輩なら一瞬で解決できる案件じゃないんですか?」
「何言うとん。それじゃ肝試しにならんじゃろ。何より、つまらん」
即答すると所長は伸びをして、その場に立っている全員に向けて、こう言った。
「んじゃ、気絶しとるふたりを回収して、帰ろっか」
と階段を下りると、服を着替えた潤が、両肩に歩と大地を抱えた状態で立っていた。台所のシンク前には、本物の母親(の人形)がうつ伏せで倒れている。
「あ、潤先輩。ひとり貰います」
そう言って、恵未が歩を担ぎ上げる。雑に扱われて歩が唸ったが、覚醒はまだしないようだ。
外で待機していた尚巳や祐稀とも合流し、営業四名を除いた《P×P》事務所員一同は帰路についた。
◆◇◆◇◆
翌々日――営業部の専用業務室。
「で、お前ら何か成果あったのか?」
尚巳が後輩に向かって問うと、やたらと色艶の良い伊織が「お陰様で、とても楽しい時間が過ごせました!」と報告をした。
「今の彼女、二十歳以上年が離れてるんですけど、可愛いんですよー。旦那さんが単身赴――」
「不倫はやめろ!」
尚巳と、話を聞いていた凌が声を揃えて叫んだ。
伊織は両耳を塞いで、聞こえないフリをしている。
「で、お前ら合コン組は……」
と尚巳が視線を、残り三人へ向けた。
文庫サイズの小説を読んでいる透は、視線を上げずに「僕は数合わせだったんで」と答え、ネクタイを結んでいる恭平は「取り敢えず、連絡先交換は成功ッスかね」と答え、鞄の中身をチェックしている英志は「お持ち帰り成功したんですけど、彼氏持ちでした」と残念な答えを返した。
凌はそんな後輩たちに向かって「問題だけは起こすなよ」と告げると、外回り用の鞄を掴んだ。
「尚巳、行くぞ」
「はいよー。んじゃ、今日も安全に気を付けて仕事しようなー!」
こうして営業部の面々は、日中外気温四十度近くまで上がる街中へと赴いて行った。
◆◇◆◇◆
所長室では、泰騎がファッション雑誌を眺めながらハミングしていた。上機嫌だ。
そして、隣の席に座っている相方――潤に向かって、白い歯を見せてこう言った。
「次は何して遊ぼっか!」
潤は卓上の書類に視線を向けたまま「そうだな」と呟き、赤い瞳を、灰色の瞳へ向けた。
「取り敢えず、これに目を通してくれ」
潤によって、泰騎の机にドサッと積まれた書類や冊子の山。副所長の視線は再び、手元の書類。
所長は盛大な溜め息を吐き出すと、広げていた雑誌を閉じて、机の隅に追いやった。
ここまで読んでくださり、有り難うございました!
中・下がやたら長くて申し訳ありません。
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。
私は、書いていて楽しかったです(笑)




