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ウサギ印の暗殺屋~短編集~  作者: 三ツ葉きあ
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』辺り
16/34

ウサギ印の肝試し(下)




 最終組の凌と恵未は居酒屋の会計を済ませ、“シャイニングハイツ一号館”の入り口前に立っていた。


「私、お化け屋敷って初めてなのよね」

「おい。怖いからって物を破壊するなよ」


 ろうそく型のライトを持った凌が警告すると、恵未の裏拳が空を切って、超局地的突風を生んだ。


「うるっさいわね。っていうか、何でアンタがライトを持ってんのよ」

「そんなの、お前が持つと握り潰されるからに決まってんだろ」

「先にアンタの頭かち割ってやろうかしら」

「それより先に、オレがお前の両腕を砕いてやる」


 と、口喧嘩ばかりで先に進まないふたり。見ようによっては、怖がって先を譲り合っているように見えなくもない。


「何よ。アンタ怖いんじゃないの? 涼しい顔して『霊が視えるオレらに肝試しってー』とかって笑ってたけど、怖いんでしょ!」

「はぁ!? 怖くねーし! お前こそ、ビビってんだろ!」


 こんな押し問答が、既に三分は続いている。


「いや、早く行けよ」


 後ろから声を掛けられ、凌と恵未が体を大きく跳ねさせた。

 ふたりの背後に立っていたのは、尚巳と祐稀だ。


「おれらがこんなに近付いても気付かないなんてなぁ」


 と尚巳は苦笑い。祐稀は「恵未先輩、危険な仕掛けは無かったので、大丈夫です!」とエールを送っている。


 尚巳は「いや、多分、安全とか危険とかじゃない部分でビビって……」と言い掛け、矛先が自分に向いては困るので、喉奥で(とど)めた。


 代わりに「っていうか、早く行けよ」と、凌と恵未を入り口に押し込み、尚巳は扉を閉めた。


 玄関。暗い玄関に、埃にまみれた靴が数足置かれている。それだけで、他に何もない。それが異様な不気味さを演出している。

 凌はライトで廊下を照らしながら、居間を横目に通り過ぎようと進んでいたのだが、恵未に呼び止められた。


「大正ロマン的な居間があるわ」


 畳の敷かれた、小さな部屋だ。低めの箪笥(たんす)には、小さなブラウン管テレビと、こけしが乗っている。


「大正時代にテレビはねぇよ」

「え、そうなの?」

「日本でテレビが普及したのは、昭和三十五年だ」

「ふぅん」


 テレビのダイヤルをカチカチと回していた恵未は手を放し、凌に続いた。

 台所。ここも、そこはかとなく昭和臭の漂う作りになっている。


「時代設定がいまいち掴めねぇな」


 ボヤいている凌の脇では、恵未が「ハエ取り紙がぶら下がってるー」と、食卓テーブルの上を見ている。そのまま歩いていたので、仕掛けられていた紐に足を取られ――そうになったが、恵未は跨いで通った。代わりに、凌が紐に足首を引っかけた。それをきっかけにテーブル下からシリコン製の腕が飛び出し、凌の足首にぶつかったと同時に、凍り付いた。


「あ……」


 凌の能力――というか、凌の使役している式神の能力が作動して、辺りは冷気に包まれた。


 霜だらけになった腕を見て、恵未は溜め息を吐いた。


「何よ。凌の方が先に展示物壊してんじゃない。ビックリすると近くのものを凍らせる癖、厄介よねー」


 と呆れている中に、どこか勝ち誇ったような表情を覗かせている。


「こ、壊してねーし。ちょっと表面に霜が被っただけだっつーの」


 どうだかー、と背中の方へ歩いていた恵未の背後で、突然点いたテレビが『ザザザザザ』とノイズ音を発した。


「っせい!」


 恵未の叫びに被って、ドガシャァアン! とテレビが砕け散った。


「あ……」


 テレビに腕を突き刺したまま、恵未が間抜けな声を上げた。


「お前の方が、オレより性質悪い壊し方してんじゃねーか」


 凌は殺しきれなかった笑いの所為で顔を歪めている。


「うるさいわね。脅かす方が悪いのよ!」


 お化け屋敷の趣旨を根底から否定する恵未の発言に、切れ長の凌の目が半分に狭められた。


「お前は、お化け屋敷に来てはいけない存在だ」


 言い放つと、シンク前に横たわっている母親に近付いた。乱れた黒い長髪の女が、血に濡れた包丁を右手に持って、うつ伏せで倒れている。凌は、薬指から指輪を抜こうと、母親の手元にしゃがみ込んだ。


 すると突如、母親の左手が動き、凌の足首を掴んだ。


「うわッッ!!」


 人形だと思っていた母親が動いた事と、足首を掴まれた事と、指輪を取り損ねた事で、凌の脳内はプチパニック状態だった。というわけで、母親の左手は凍り付き――、


「……冷たい……」


 という呻き声と共に、母親――潤は黒髪のカツラと地毛に被せていたネットを取り去り、頭を振った。色素の薄い長髪が、重力に逆らう事なくストンと伸びる。


 潤の顔を見た瞬間、凌は青ざめ、顔を引き攣らせて叫び声を上げた。


「ひぃぃい!! せ、せんッッ、潤先輩ぃぃい!? なななななんっ何でこんな所に――ッぐぎぁっ」


 ドゴォッ! と恵未に蹴り飛ばされ、凌は冷蔵庫横の壁にめり込んだ。

 さっきまで凌の居た場所では、恵未が座り込んで、両手で潤の左手を握っている。


「あぁ! 凍ってるじゃないですか! あんのバカ、よくも先輩の手を……!」

「恵未、痛い」


 怒りの所為で無意識の内に力を込められている両手の中で、潤の左手がミシミシバキポキと鳴っている。ついでに、指輪も変形している。


「まぁ、銀製だからな」


 と指輪を外しながら、潤は凌に向かって「冷やしてくれ」と、青くなったり赤くなったり腫れたりしている左手を差し出した。

 自己再生治癒力がとてつもなく強い潤は、自分の左手よりも部屋の中の有様の方が気になるようだ。視線の先には、凍り付いて動きの止まっている腕に、砕けたテレビに、穴の開いた壁。


「……なんとなく、そんな気はしていたが…」


 潤はポケットからスペアの指輪を取り出すと「これ以上壊すなよ」という言葉を添えて、凌に渡した。


 凌と恵未は、器物破損しまくった台所から廊下へ出て、風呂場へ向かった。何とも不気味な洗面台の奥に、何とも不気味な浴室がある。そんな不気味な浴室から、不気味な呻き声が聞こえてきた。「うぅ」とか「んん」とかに、濁点が付いているような声だ。


 凌がライトで照らして、ちらりと浴室を見てみた。だが、誰も居ない。凌は首を傾げたが、そのまま風呂場から出て行った。

 因みに先程の声は、浴槽の蓋に隠れてしまった歩のものだった。無情にも気付いて貰えなかった彼の意識は、未だに戻らない。




 廊下を進み、トイレの中も確認した。便座に座っている大地が居たが、凌と恵未は「あ、大地。疲れてるのかな」くらいの認識で先へ進んだ。


 階段だ。四足歩行の人間らしきものが、二階から下りてきている。ただ、その手には何か握られている。階段中腹で掲げられた右手には、白旗が握られていた。


「何だよ、それ」


 凌が半眼で問うと、ゆらりと立ち上がった一誠が白旗を振りながら、微かに口を動かした。


「驚かれて、ノリで攻撃されたら堪ったもんじゃないからさ。ガチで死んじゃうからさ」


 凌は「じゃあ、何であんな登場の仕方だったんだ」と思ったが、上に居るであろう人物を思い浮かべると、何も言えなかった。


 次は寝室だ。蜘蛛の巣が張られている天井の隅、写真、ベッドに、衣装箪笥(だんす)らしきもの。それに、床中に散らばっている、タランチュラやらムカデやらゴキブリやらのゴム製玩具。


「これ、百均で売られてるおもちゃよね?」


 ライトを持っていない恵未は顔を近付けて、足のたくさん生えている虫のおもちゃを見やった。すると、毛の生えた蜘蛛が恵未の顔面目掛けて飛び掛かってきた。


「は!?」


 動く筈のないゴム製玩具を叩き落とすと、恵未は床を見渡した。凌の持っている灯りに照らされ、黒い影が蠢いている。

 叩いた感触は、確かにゴムだった。


「さすがに、この量はキモイな」


 と、凌も腕を組んで唸っている。身体中に、タランチュラとムカデを纏いまくった状態で。


「何で払い落とさないのよ……」

「いや、どうやったら壊さずにいられるかって考えたんだけど、動くと踏みそうだし。なら、じっとしてて、全部体にくっつけとこうかと」

「アンタって、頭が良いのかアホなのか、よく分かんないわ」


 恵未は呆れて肩を落とした。


 凌は「アホとは何だ」という顔をした。次の瞬間、彼に(たか)っていた虫たちは一斉に、恵未の顔面に向かって飛び掛かった。

 やたらと統率のとれた動きをする虫たちに、恵未が眉根を寄せる。ムカデのおもちゃをひとつ手に取ると、ひっくり返して目を凝らした。小さなICチップのようなものがくっついている。


「あいつ……」


 呟くと、恵未はムカデのおもちゃを握り潰した。


「そっちがその気なら、全部潰してやるわよ」


 と虫に向かって構えたところで、ベッド下から「ちょっと待ってぇー」と、声がした。


「待って。ね? このICチップ、結構高いんだよー。まだボクのじゃないけど、肝試しが終わったら、泰ちゃんがくれるって言ってるからぁー」


 少しばかり埃を被った状態の倖魅が、スマートフォンを手に持って這いずり出てきた。そんな倖魅を、恵未は蔑むような眼で見下ろした。


「ごめん。この数の虫が飛び掛かってきたら、流石の恵未ちゃんも『きゃー』とか言ってくれるかなぁって……。ほんの出来心でぇぇえ……いたたたたっ」


 倖魅の手の甲を(つね)り上げながら、恵未はそっぽを向いて嘆息した。


「顔面に向かって総攻撃っていうのは、悪意しか感じないわ」


 やれやれ、と倖魅から手を離し、恵未は床に散らばっている虫の軍勢を見下ろした。倖魅に操作されているそれは、今は綺麗に整列した状態だ。

 ビジュアルで怯みはしないが、ゴムのぐにゃぐにゃとした動きは、手で捕らえにくい。


 この仕掛け、結構時間が掛かったんだけどなぁ……。と落胆している倖魅(あいかた)の肩に手を置くと、恵未は闘志を感じさせる瞳でこう言った。


「このおもちゃ、泰騎先輩がくれるって言ったの?」

「え……あー、うん」


 恵未の瞳がキラキラ――否、ギラギラと輝いた。


「倖魅。今週末はこの虫を使って特訓するわよ! ICチップを壊さないように叩き落とす! ふふふ。正確性と力加減の訓練にもってこいだわ!」


 握り拳を天井に向かって突き上げ、実に楽しそうな恵未に向かって、凌は「おーい、先行くぞー」と水を差した。

 何にしろ、次が最後の部屋だ。何だかんだで、このお化け屋敷に入ってから、十五分はとうに過ぎている。


「っとに。あいつときたら……」

「いやぁー、恵未ちゃんは血気盛んでええなぁ」


 背後ゼロ距離の耳元から聞こえた声に、凌は「ぅわぁっ!?」と反射的に飛び退いた。


「ちょっ! 泰騎先輩! 気配を消して背後に忍び寄らないでください!」

「ワシが敵じゃったらぁー、凌ちゃんはサクッと首を掻っ切られてー……」

「先輩、意地が悪いです」

「肝試しじゃけんな。ほら、ヒヤッとしたじゃろ?」


 悪戯が成功した悪ガキのような顔で笑う泰騎に、凌は渋面で、そうですね、と呟いた。


(この人に殺されたら、皮膚を(えぐ)られて鮮血ボディアートを造られるからなぁ……。意地が悪いとか、そんなレベルじゃないんだよな……)


 凌は身震いすると、手の中に在る指輪を見た。手汗で少々湿っているそれは、(わず)かばかりの明かりに反射して、鈍く光っている。

 それに気付いた泰騎が「次の部屋で最後じゃから。行っといでー」と、凌の背中を軽く叩いた。


 中央に幸子が陣取る、最終関門。薄暗い部屋にはミスマッチな、純白のドレスに、レースのヴェール。年頃の女性ならば、この白いドレスに憧れを抱くのだろうが――(よわい)二十歳の、所謂“年頃”の恵未は「動き(にく)そうで嫌なデザインよね」と、苦い顔でウェディングドレスを睨んでいる。


「コレ着て仕事するわけじゃねんだからさ……」


 と凌は、したくもないウェディングドレスのフォローをしつつ、幸子の薬指に指輪をはめた。


 数秒経っても、何も起こらない。


「アンタ、ヴェール上げるの忘れてるわよ」


 恵未が幸子のヴェールを上げると、幸子がカタカタ、ガタガタと痙攣しているように動き出した。大きな黒い瞳の中心は赤く光り、口はガクガクと小刻みに振動し、椅子から立ち上がって――


「順番が、違うだろうが! ボケカスがぁぁあああ!!」


 女のような、おっさんのような、複数人の声が合わさったような叫び声を発し、全身で怒り(?)を表現している。


「えぇー……っと、すみません」


 凌が頭を下げる。


 幸子は、どこから出したのか――右手に包丁を持って、襲いかかってきた。

 振り下ろされた包丁は、ブォン、と空気を切り、幸子はぎこちない動きで再度包丁を構え直した。


「……なんか、怒らせちまった」


 幸子からの包丁乱撃を(かわ)しながら、凌は幸子を指差し、恵未に向かって“どうしようか”と視線を向けた。

 幸子の懐に飛び込んだ恵未が、「決まってんでしょ」と(こぶし)に力を込めた。


「やられる前に、やる!」


 見事に放たれたアッパーカットは、その場に強い風こそ起こしたが、幸子に当たる事はなかった。人間では不可能であろう海老(えび)()りでもって恵未の攻撃を避けた幸子は、重いドレスを身に纏っているとは思えない俊敏さで、包丁を振りかざしてきた。


「人形のくせに、やりやがるわね」


 半眼で舌を弾く恵未に、凌は肩を竦めた。


「壊すなって方が無理だよなぁ。こいつが持ってんの、本物の包丁だし」

「どうでもいいけど、アンタがはめた指輪……右手の薬指に入ってるわよ」

「あ、マジだ。ははは」

「……わざとらしいのよ」


 再度舌を打つ恵未に、凌が苦笑した。


「オレはお前と違って、霊とか何とかが視えるからなー。この部屋、スッゲェぞ。霊道でもあんのかってくらい集まってるし。何なら、その数十体は居る霊が、合体してる感じだ」

「へぇ。視たいような、視たくないような」


 恵未は、襲い来る幸子の攻撃を躱しつつ、幸子の腹部にカウンターを喰らわせた。だがしかし、実体は只の人形だ。作り物の体は腹を中心にふたつに分かれたが、幸子の動きは止まらない。

 下半身はドレスがはだけ落ちて、マネキンの質感が剥き出し。上半身は長い髪が支えて、動き回っている。


「うっわ。きもちわる!」


 本日初めて、恵未が嫌悪感を露わにした。包丁を持っている右手をボッキリと折りながら、呟く。


「まさかコレ、バラバラにしてもパーツ毎に独立して動くのかしら……」


 恵未の不安通り、折った手首から先が、包丁を持ったまま床の上を動き回っている。


「ちょっと、凌。アンタどうにかしなさいよ」


 包丁付属の右手を踏み付けて、恵未が凌に半眼を向けた。


「流石にコレは、無視出来る状態じゃねーな。瘴気(しょうき)がヤベェ」


 不本意そうに、凌は後頭部を掻きながら重い息を吐き出した。右手で九字を切り、


六根清浄(ろっこんせいじょう)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)


 と口早に唱えると、青白い光と共に、青白い人のような形をした液体が出現した。宙に浮いているそれは、凌の式神――十二天将の水神“天后”だ。


『あらぁ。凌ったら、今日もカッコイイわねぇ。チューして良い?』


 詰め寄ってくる“神様”を、凌は「何でそうなるんだ」と手で押し返した。


「ここにアホほど居る霊、浄化してくれ」

『あらまぁ。悪霊怨霊の集会か何か? 賑やかねぇ』


 ふふふ、と優雅に笑いながら、天后は自分の体――青白く発光している液体――で、幸子の体を包み込んだ。一層強い光が放たれ、その光が落ち着くと――室内に充満していた瘴気と霊は、綺麗に消滅していた。




「凌ちゃん、お疲れ様ぁー」


 ひらひらと手を振りながら現れた所長に、凌が腑に落ちない表情を向ける。


「泰騎先輩……、ハメましたね?」


「はっはっはー。ほら、ここは自殺者が多発した場所って言うたじゃろ? 本物(ホンモン)の心霊現象がシャレにならんレベルになってきたーって、相談されとってな。除霊を条件に、今回タダで貸し切らせてもらったんよ。あ、設置物を壊した事に関しては、ワシが適当にやり過ごすから気にせんでええで」


 満足そうに笑っている泰騎の後ろで、倖魅が肩を(すく)めて嘆息した。


「前半は本当に肝試しだったんだけどね。恵未ちゃんと凌ちゃんが建物に入ると音が凄そうだから、誰か様子を見に来たら困るし……尚ちゃんと祐稀ちゃんには外で待機して貰ってるんだよねー。でも凌ちゃん、幸子怨霊モードの発動条件、よく分かったね」


 “騙されたみたいで解せぬ”状態の凌が、渋い顔で「幸子怨霊モードって……」と溜め息を()いた。


「クリア条件と違う事をすれば、何か起きるかな、と思っただけです。まぁ結果的に、解決出来て良かったです」


 理由はどうあれ、一般人があの包丁の餌食になるのを未然に防ぐことが出来たのだ。凌はそう前向きに捉え、今度は安堵の息を吐き出した。

 そして、はたとある事に気付く。


「オレがやらなくても、潤先輩なら一瞬で解決できる案件じゃないんですか?」

「何言うとん。それじゃ肝試しにならんじゃろ。何より、つまらん」


 即答すると所長は伸びをして、その場に立っている全員に向けて、こう言った。


「んじゃ、気絶しとるふたりを回収して、帰ろっか」


 と階段を下りると、服を着替えた潤が、両肩に歩と大地を抱えた状態で立っていた。台所のシンク前には、本物の母親(の人形)がうつ伏せで倒れている。


「あ、潤先輩。ひとり貰います」


 そう言って、恵未が歩を担ぎ上げる。雑に扱われて歩が(うな)ったが、覚醒はまだしないようだ。


 外で待機していた尚巳や祐稀とも合流し、営業四名を除いた《P×P》事務所員一同は帰路についた。




 ◆◇◆◇◆




 翌々日――営業部の専用業務室。


「で、お前ら何か成果あったのか?」


 尚巳が後輩に向かって問うと、やたらと色艶の良い伊織(いおり)が「お陰様で、とても楽しい時間が過ごせました!」と報告をした。


「今の彼女、二十歳以上年が離れてるんですけど、可愛いんですよー。旦那さんが単身赴――」

「不倫はやめろ!」


 尚巳と、話を聞いていた凌が声を揃えて叫んだ。

 伊織は両耳を塞いで、聞こえないフリをしている。


「で、お前ら合コン組は……」


 と尚巳が視線を、残り三人へ向けた。


 文庫サイズの小説を読んでいる(とおる)は、視線を上げずに「僕は数合わせだったんで」と答え、ネクタイを結んでいる恭平(きょうへい)は「取り敢えず、連絡先交換は成功ッスかね」と答え、鞄の中身をチェックしている英志(えいじ)は「お持ち帰り成功したんですけど、彼氏持ちでした」と残念な答えを返した。


 凌はそんな後輩たちに向かって「問題だけは起こすなよ」と告げると、外回り用の鞄を掴んだ。


「尚巳、行くぞ」

「はいよー。んじゃ、今日も安全に気を付けて仕事しようなー!」


 こうして営業部の面々は、日中外気温四十度近くまで上がる街中へと赴いて行った。



 

 ◆◇◆◇◆




 所長室では、泰騎がファッション雑誌を眺めながらハミングしていた。上機嫌だ。

 そして、隣の席に座っている相方――潤に向かって、白い歯を見せてこう言った。


「次は何して遊ぼっか!」


 潤は卓上の書類に視線を向けたまま「そうだな」と呟き、赤い瞳を、灰色の瞳へ向けた。


「取り敢えず、これに目を通してくれ」


 潤によって、泰騎の机にドサッと積まれた書類や冊子の山。副所長の視線は再び、手元の書類。


 所長は盛大な溜め息を吐き出すと、広げていた雑誌を閉じて、机の隅に追いやった。







ここまで読んでくださり、有り難うございました!

中・下がやたら長くて申し訳ありません。


少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。

私は、書いていて楽しかったです(笑)

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