ウサギ印の肝試し(上)【ギャグ】
長いので、上中下に分けました。
時系列は『13日の金曜日』の年の8月。
勿論、この話だけでも読めますので、楽しんでいただけると幸いです。
見落とすレベルのGLを含みます。
書いてから気付きましたが、『呪い指輪の家』に似た設定が出てきます。
オマージュとして捉えていただけると有り難いです。
今日は八月十二日。明日は盆の入りであり、一般的な会社員であれば、盆休みの始まる日でもある。
「肝試しをやってみたい!」
叫んだのは、恵未だった。ショートカットの黒髪に、健康的な体系の彼女は、花畑を目の前にした少女のように瞳を輝かせている。
「お前、いくつだよ」
と、恵未のテンションと真逆なトーンで突っ込んだのは、恵未の斜め向かいに座っている、凌だ。白髪の長い前髪が、左目を隠している。
「二十歳よ! はたち! この前誕生日会したでしょ!」
「成人した大人が、肝試しって……っていうか、霊だのなんだのが普通に見えるオレらが肝試しって……」
呆れた様子で、凌は視線をノートパソコンから離そうとしない。恵未は「私は視えないわよ」と、頬を膨らませた。
「でも面白そうだよな、肝試し!」
恵未の提案に乗ったのは、同じく二十歳の尚巳だ。太めの眉に三白眼。不細工なわけではないが、特徴のない顔をしている。
尚巳はノートパソコンから顔を上げ、向かいに座っている恵未に視線を向けた。
「昨日の夜、お化けドッキリやってて、楽しそうだったんだよなぁー」
「それそれ! 私もそれ見たのよ!」
「あー、壁から絵画が落ちたり、天井から水がしたたり落ちてたアレか」
凌がやっと、パソコンから視線を外した。
「何よ。凌も見たんじゃない」
「見たからって、やりたいとは思わねーよ」
凌はEnterキーを押すと、パソコンを畳んだ。
「えー? ええが、肝試し! やろやろ!」
ノリノリで挙手したのは、この事務所の所長だ。勢いよく立ち上がった拍子に、ゴーグルに押さえられている灰色の髪が、ポフンと跳ねた。
「そうと決まれば――」
と、所長はスマートフォンを取り出し、どこかへ電話を始めた。
副所長が《P・Co》本社の総務部から帰って来ると、所長はホワイトボードを叩いて声を上げた。
「っちゅーわけで、十九日火曜日の二十時から肝試し大会をやるでー!」
「唐突だな」
左目に薄らと“人”のような傷を持っている副所長は、総務部から受け取った封筒の中から書類を取り出しつつ、ピンク掛かった赤い瞳をホワイトボードへ向けた。ホワイトボードにはでかでかと、こう書かれている。
“第一回 肝試し大会”
その下に、日時と場所が書かれている。
所長はペンでコンコンと、開催場所の書かれている欄を差した。
「発案者は恵未ちゃんな。で、ワシらが墓場で肝試ししたって、つまらんじゃろ? 作りもんの方がビックリ出来ると思うんよ」
“シャイニングハイツ一号館”と書かれている。名前から滲み出るアパート感に、副所長は首を傾げた。
「ワシの知り合いがアパートの管理人しとるんじゃけど、自殺者続出で入室者がおらんらしくてな。アパート丸々お化け屋敷にしたんよ。結構繁盛しとるんじゃけど、盆明けの平日なら客が少ねーからって、貸し切りにして貰ったで」
副所長は、そういう事か、と納得し、手元の書類へ目を落とした。それと同時に、入り口の扉が開いて、紫色の髪と目をしたひょろ長い男が入ってきた。真夏だというのに、首元には白い薄手のマフラーが巻かれていて、はためいている。
ホワイトボードに書かれている内容と全く同じ事の書かれたプリントを数枚、掲げて言った。
「後輩ちゃんたちに、肝試し大会のお知らせしてきたよー」
持っている紙を各々へ配り、紫の人物――倖魅は自分の席へ腰を下ろした。
「あ、泰ちゃん。恭ちゃんとトールちゃんと英ちゃんは合コン行くからパスだってー。何でも、お盆中激務の店舗が落ち着くのがそのくらいで、その日しか予定が合わせられなかったとか何とか。で、イオちゃんもデートが被ってるんだって。他の皆は参加OKだよ」
倖魅の報告を聞いた所長――泰騎は、参加メンバーの名前を書き出しながら大きく頷いた。
「うんうん。営業部はアクティブでええなぁー。んじゃあ、十人で行こか。いやぁー、偶数で良かったわ―。これで、ふたりひと組のペアが作れるな! 潤は番号札作ってくれ!」
泰騎は潤――副所長――に紙を渡すと、ホワイトボードの余白に落書きを始めた。
一分後には、1から5までの数字の書かれた紙が二枚ずつ完成し、丸い穴の開いた箱へ収められた。
ホワイトボードはというと、耳と手足――正確には、四本の足――の異様に長いウサギの絵に埋め尽くされている。
「じゃあ、ワシは番号クジ持ってってくるわー」
と、所長自ら箱を持ち、所長室から出て行った。
クジの結果が出揃ったところで、泰騎はホワイトボードをひっくり返し、真新な白い画面に、1から5の数字を書き出した。更に、数字の下に人物名を続ける。
1、ワシ・潤
2、倖魅・一誠
3、大地・歩
4、尚巳・祐稀
5、恵未・凌
“4”を書き出した段階で顔が引き攣っていた恵未と凌が、全て書き終えられた瞬間、同時に叫んだ。
「異議あり!」
「意義は認めませーん。決定事項でーす」
泰騎はホワイトボードを指の関節で叩いて、ふたりを鎮めた。
倖魅はタレた目尻を細め、組合せ結果をパソコンに打ち出している。
「何だか裏工作が行われたみたいな組み合わせだけど、尚ちゃんと祐稀ちゃんのペアは新鮮だねー」
「そういえばそうですね。折角の女の子ですけど、吊り橋効果が全く期待できない相手で少し残念です」
「お前はまだ良いよ。オレなんて野良熊とペアだぞ。っつか、吊り橋効果が期待できる人材はウチの事務所にゃ居ねーよ。居ても怖いわ。大半が男だぞ」
「ちょっと、今聞き捨てならない事が聞こえたんだけど。私は野良熊じゃないわ。野良熊は私の手下よ!」
「いや、突っ込むトコそこか?」
尚巳の疑問に対する返事は無かったが、念願の肝試しが出来るとあって、恵未の機嫌は上々だ。通常ならば今頃、凌の脇腹に鉄拳がめり込んでいるだろう。
そんな後輩たちの喧騒を聞きながら、潤は自分のスケジュール帳に、次の火曜日の欄に予定を書き加えた。
「そういえば……ちょうど昨日、心霊ドッキリの番組をやっていたな」
潤が呟くと、後輩一同の視線が、一斉に潤へ向けられた。あまりに息の合った動きだったので、潤は瞬きを繰り返した。
その様子に、凌が慌てて弁明を始めた。
「すみません、潤先輩がホラードッキリを見るなんて、少し意外で……」
「テレビを点けたら、たまたまやっていて……。霊が床から足だけ出している様子が、犬神家みたいだと思っていたら、結局最後まで見てしまった」
潤にとっては、本物の霊が面白半分で映り込んでいる様子が興味深かったらしい。演者が驚いているのとは全く別の方向に霊が映り込んでいるのは、心霊系の番組ではよくある事だ。
「へぇー。ワシはハッキリ見えんからよう分からんのじゃけど、幽霊ってそんなに映っとるモンなん?」
泰騎の疑問に返答したのは、凌だった。
「あぁいう、心霊番組は特に多いですよ。雰囲気に寄せられるんでしょうね。大抵の人には害もないですし、見て見ぬ振りをしてますけど……」
はっきりしない接続助詞で言葉を切った凌に、泰騎は「うんうん」と頷いて、続きの言葉を催促する。
「たまぁーに、ヤバいのが居るんですよ。まぁ、だからってオレたちは、依頼が無いと動きませんけど。出演しているタレントに憑いてるのを見ると、少し居た堪れなくなりますね」
凌の説明を聞いた泰騎は、心当たりがあるのか否か、ナルホドー、と頷いて見せた。
パソコンのキーボードを叩きながら、倖魅が笑う。
「テレビに出てる人って、大抵何かしらがくっついてるけどさー。逆に、なーんにも憑いてない人を見ると、『あ、この人は人の心を捨てたんだな』って思うね。ほら、霊ってさ、優しい人に憑くって言うでしょ?」
「って事は、倖ちゃんには憑かんってわけじゃな!」
「ふふふ。泰ちゃんにもねー」
灰色と紫色のやり取りを、尚巳は、まぁーたこのふたりは……、と呆れた顔で眺めている。その向かいでは恵未が、泰騎先輩と倖魅ってホント仲が良いわよねー、と声に出して言いながらチョコレート菓子を口へ放り込んだ。
盆休みが終わり、肝試し大会当日。
合コンだ、デートだ、という営業部の四人を除き、《P×P》に所属する事務所員十人が、“シャイニングハイツ一号館”の自転車置き場に集まっていた。
泰騎はろうそく型のライトをペアにひとつずつ渡しながら、管理人の作った“お化け屋敷”の説明が書かれたパンフレットも配った。
アパート全体がお化け屋敷となっているこの建物内は、ある一軒家という設定だ。
一家の大黒柱を事故で亡くし、母子家庭で育った幸子。幸子は母親の寵愛を受けて育った。父に掛けられていた保険金が莫大だったため、母子家庭でありながら金銭面では困る事なく成人し、就職もでき、結婚の話も進んでいた。
母も大層喜んだ。
しかし、結婚式が近付くにつれて幸子を手放すのが惜しくなった母親は、幸子の首をロープで縛って、殺してしまう。
我に返った母親は、後悔して自殺。
幸子は未だ成仏できず、家の二階から動けずにいる。
ウエディングドレス姿の幸子のヴェールを上げてやり、左手の薬指に指輪をはめてやると、幸子は成仏する。
指輪は、一階で自殺した母親の薬指から抜き取り、それを持って行く事。
パンフレットに書かれている説明は、以上だ。
「ワシと潤が入って十五分したら、二番手の倖ちゃんと一誠が入って来てなー。あ、この中のモンは壊さんようにな」
五組目の恵未と凌が「今から一時間も待つのか」と溜め息を漏らした。
「近くに居酒屋があるから、時間を潰してきてええでー」
泰騎は残っているメンバーにそう告げると、「んじゃ、また後で」と言い残してアパート内へ消えた。
まず、入り口は一階の101号室。中を通って二階へ階段で上り、ゴールになっている201号室の場所まで進んでいく。大雑把な順路は、こんな感じだ。
電気の点いていない“廃れた一般家庭”を模した室内を見回し、潤が発した言葉は、
「よく出来てるな」
だった。
「じゃろ? 自信作じゃで」
「……お前が作ったのか?」
ラップが被せられた肉じゃがの食品サンプルを手に取りながら、泰騎は「ししし」と笑った。
「室内コーディネートはワシのプロデュースなんじゃで」
得意げに言うと泰騎は、端の破れたテーブルクロスを少し引っ張った。するとテーブルの下から、ドライアイスの煙と共に、血糊にまみれたシリコン製の腕が飛び出してきた。
よく見ると、テーブルクロスから紐が出ていて、紐の先は壁と繋がっている。人の足が少しでも触れるとテーブルクロスが動くようになっていた。
「この、腕が飛び出す仕掛け、企業秘密じゃけど結構みんなビビッてくれるんよ」
腕はすぐに引っ込んだが、確かにこれはビックリしそうだ。
「で、お前は何を企んでるんだ?」
潤の問いに泰騎は、小学生男子が女子の机の中に蛙を忍ばせる時のような、意地の悪い笑顔を向けた。




