表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウサギ印の暗殺屋~短編集~  作者: 三ツ葉きあ
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』辺り
12/34

願い事なぁに(七夕のSS)




 織姫と彦星が、年に一度逢える日だとか、なんとか。

 天の川が綺麗だとか、なんとか。


 満天の星は、それはそれは美しい事で――、


「いやぁー、見事に今年も雨じゃなぁ」


 事務所の所長は、会議室の窓越しに外を見た。厳密には、窓についた水滴越しに……である。


 満天の星、綺麗な天の川は、遥か雲の上の話。地上は雨。まだ梅雨も明けていないのだから、仕方がない。


 七夕が晴天な事など、なかなかないのだ。大抵が、雨か曇り。

 だが問題ない。雲の上は、いつも晴れているのだから。

 例え催涙雨(さいるいう)だったとしても、(かささぎ)の群れが何とかしてくれるのだ。

 どちらにせよ、織姫と彦星は天の川を越え、きっとイチャイチャラブラブとしている事だろう。めでたい事だ。




 雨が叩く窓から離れ、所長は笹に近付いた。会議室の奥に在るそれには、様々な色をした短冊がぶら下がっている。

 世界が平和になりますように、だとか、新しいゲームが欲しい、だとか、仕事を減らして欲しい、だとか、お菓子の家に行きたい、だとか――。


「七夕とクリスマスがごっちゃんなっとるなぁー」


 毎年の事じゃけど、と所長は短冊を眺めながらひとり呟いた。


「泰ちゃんは、今日の織姫に会いに行かなくていいの?」

「明日も仕事じゃし、ワシは自分の部屋に戻るで」

「へぇ。じゃあさ、潤ちゃんも呼んでさ、年長トリオで、幹部会議という名の飲み会しよーよー。奢るから! もー、ボク疲れた!」


 両腕を投げ、紫の髪をした細長い人物は、壁に沿ってごろごろと転がった。


「月曜からお疲れさんじゃなぁ……。まぁ、もうひとり疲れとる奴が()るし……、ええよ。ワシの部屋でええ? 倖ちゃんの階、他の三人も()るし」

「もっちろん! ボクはお酒とおつまみ買ってくるから、泰ちゃんは疲れてる織姫様を連れてきてねー!」


 はいはーい、と右手をひらひらさせる所長の前を、紫が(よぎ)る。


「ところで、潤ちゃんのお願い事って何かなぁー」


 細長い指が、淡藤色あわふじいろの短冊を(めく)る。


『皆の願いが叶いますように』


「…………ほんと、潤ちゃんって…………」

「な。相変わらずじゃろ」


 肩を竦める所長に同意すると、細長い指は短冊から離れた。


「お人好しで無欲な副所長さんには、ビーフジャーキーを買ってきてあげよっかな。…………で、泰ちゃんのお願い事は?」

内緒(なーいしょ)


 所長は人差し指を口元にあて、悪戯っぽく笑って見せた。すると紫頭は、当ててあげよっか、と同じように笑い返す。


「相変わらずだなぁー……、って内容に違いないね。ふふ。ボク、買い物行ってくるから、潤ちゃんの事宜しくねー」


 言い残し、白いマフラーをはためかせながら去っていった。


 扉が閉まった事を確認すると、所長は首を竦めて嘆息した。上着のポケットから、薄柳うすやなぎ色の短冊を取り出す。笹の枝に手を伸ばし、紙撚(こよ)りをくくりつける。


「倖ちゃん、当たり」


 ぶら下がった短冊を眺めると、所長は副所長を呼ぶ為に、所長室へ向かった。




 閉められたドアの僅かな空気の流れで、薄柳色の短冊が(ひるがえ)る。


『潤の願い事が見つかりますように』


 その願い事は他の誰にも見られる事なく、翌朝所長によって処分されるわけだが――。取り敢えず今は、“相変わらず”な願いを掲げて、夜を明かす。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ