願い事なぁに(七夕のSS)
織姫と彦星が、年に一度逢える日だとか、なんとか。
天の川が綺麗だとか、なんとか。
満天の星は、それはそれは美しい事で――、
「いやぁー、見事に今年も雨じゃなぁ」
事務所の所長は、会議室の窓越しに外を見た。厳密には、窓についた水滴越しに……である。
満天の星、綺麗な天の川は、遥か雲の上の話。地上は雨。まだ梅雨も明けていないのだから、仕方がない。
七夕が晴天な事など、なかなかないのだ。大抵が、雨か曇り。
だが問題ない。雲の上は、いつも晴れているのだから。
例え催涙雨だったとしても、鵲の群れが何とかしてくれるのだ。
どちらにせよ、織姫と彦星は天の川を越え、きっとイチャイチャラブラブとしている事だろう。めでたい事だ。
雨が叩く窓から離れ、所長は笹に近付いた。会議室の奥に在るそれには、様々な色をした短冊がぶら下がっている。
世界が平和になりますように、だとか、新しいゲームが欲しい、だとか、仕事を減らして欲しい、だとか、お菓子の家に行きたい、だとか――。
「七夕とクリスマスがごっちゃんなっとるなぁー」
毎年の事じゃけど、と所長は短冊を眺めながらひとり呟いた。
「泰ちゃんは、今日の織姫に会いに行かなくていいの?」
「明日も仕事じゃし、ワシは自分の部屋に戻るで」
「へぇ。じゃあさ、潤ちゃんも呼んでさ、年長トリオで、幹部会議という名の飲み会しよーよー。奢るから! もー、ボク疲れた!」
両腕を投げ、紫の髪をした細長い人物は、壁に沿ってごろごろと転がった。
「月曜からお疲れさんじゃなぁ……。まぁ、もうひとり疲れとる奴が居るし……、ええよ。ワシの部屋でええ? 倖ちゃんの階、他の三人も居るし」
「もっちろん! ボクはお酒とおつまみ買ってくるから、泰ちゃんは疲れてる織姫様を連れてきてねー!」
はいはーい、と右手をひらひらさせる所長の前を、紫が過る。
「ところで、潤ちゃんのお願い事って何かなぁー」
細長い指が、淡藤色の短冊を捲る。
『皆の願いが叶いますように』
「…………ほんと、潤ちゃんって…………」
「な。相変わらずじゃろ」
肩を竦める所長に同意すると、細長い指は短冊から離れた。
「お人好しで無欲な副所長さんには、ビーフジャーキーを買ってきてあげよっかな。…………で、泰ちゃんのお願い事は?」
「内緒」
所長は人差し指を口元にあて、悪戯っぽく笑って見せた。すると紫頭は、当ててあげよっか、と同じように笑い返す。
「相変わらずだなぁー……、って内容に違いないね。ふふ。ボク、買い物行ってくるから、潤ちゃんの事宜しくねー」
言い残し、白いマフラーをはためかせながら去っていった。
扉が閉まった事を確認すると、所長は首を竦めて嘆息した。上着のポケットから、薄柳色の短冊を取り出す。笹の枝に手を伸ばし、紙撚りをくくりつける。
「倖ちゃん、当たり」
ぶら下がった短冊を眺めると、所長は副所長を呼ぶ為に、所長室へ向かった。
閉められたドアの僅かな空気の流れで、薄柳色の短冊が翻る。
『潤の願い事が見つかりますように』
その願い事は他の誰にも見られる事なく、翌朝所長によって処分されるわけだが――。取り敢えず今は、“相変わらず”な願いを掲げて、夜を明かす。




