傷心の介抱(泰騎のSS)
「ねぇ! 聞いてるの!?」
甲高い女のがなり声に、泰騎は「聞いとるよー」と笑って答えた。
煙草の煙が天井まで昇っているが、シトラス系フレーバーの煙草で、煙草特有の臭みが少ない。灰皿には、吸い終わった煙草が数本押し付けられた状態でくたばっている。
ついでに、煙草をふかしている女も、吸い終わった煙草と似たような状態になっている。
長い爪で飾られた細い指。その指に挟んだ煙草を口に咥えると、一気に吸って、煙を吐き出した。
「ねぇー。泰騎はどー思う? 別れたほーがいーと思うぅ?」
根元の黒くなった茶色い髪を掻き上げながら、女は煙草の先を泰騎へ向ける。
「そりゃあ、茉利紗ちゃんがしたいようにすればええと思――」
「もー! 泰騎が決めてよー!」
そんな無茶な。泰騎は思ったが、そこらじゅうに転がっているビールの空き缶を見回し、溜め息を吐いた。
「茉利紗ちゃんは、彼氏の事が好きなんじゃろ?」
「でもアイツ、浮気した! クッソ腹立つー! アイツも女もぶっ殺したーいー!」
拳を振り上げて荒ぶる女を、泰騎は「殺しちゃ駄目よー」と宥めながら、中身のある缶を避けた。
ここは女の部屋だが、ビールがぶちまけてしまっては面倒臭い。何故なら、女が酔い潰れているので、泰騎が片付ける羽目になるからだ。
(あーあ『ぶっ殺したい』とか思うんか。まぁ、好きだからこそ、裏切られた時のショックがでかいんかもしれんけどなぁ……)
泰騎は、数居る“女友達”の内のひとりを眺めながら頬杖を突いた。彼氏持ちながらやたらと肉体関係を持とうとする女が居る一方で、今カレに一途な女友達も多い。
彼女はそのひとりだ。
泰騎の事は、“男代表の意見交換人”と考えているのだろう。
正直、泰騎にとってはその方が都合がよく、有り難い。
「別れたとしても、茉利紗ちゃんはええ娘じゃから。すぐに新しい彼氏が出来るでー」
空き缶を片付けながらそんなフォローをすると、酔い潰れて寝ていると思っていた茉利紗が、ガバッと起き上がった。
据わった眼が泰騎を捉える。
「じゃあ泰騎が彼氏になってよぉー! 泰騎がいいー!」
先刻までテーブルに突っ伏し、動かなかった人物とは思えない声量で叫ばれ、泰騎は面食らった。
「いやぁー……ワシは止めといた方がええと思――」
「泰騎優しいし! 呼んだらすぐ来てくれるし! っていうか、泰騎ってアタシの彼氏なんじゃない!?」
いや、違う。と真顔で答えたい所だが、そうもいかない。
「茉利紗ちゃんも知っとるじゃろ? ワシ、今彼女が四人居るんじゃで?」
浮気されて荒れ狂っているようじゃ、まず無理な関係だ。という意味を込めて言ったのだが、彼女には通じなかった。
茉利紗は、飲みかけの缶ビールを高らかに掲げ、こう宣言した。
「いいのー! アタシが泰騎の一番になるのー!」
「そりゃあ無理じゃなぁー」
間髪入れず、苦笑の泰騎が否定。
頬紅の載った頬を膨らませ、女は唸っている。
「今度、合コンセッティングしたるから。それまでに今の彼氏と別れといで」
茉利紗は空気の抜けた風船のようにテーブルに頬を預け、はぁーい、と返事をしてから、すぐに寝息をたて始めた。
後日、彼女が彼氏と復縁した事を聞かされるのだが……。その後、同じ事を三回繰り返す事を、泰騎はまだ知らない。
Twitterや感想では泰騎の人気が高いのに、短編でメインの話がないなぁー……と思って書いてきました(*´ω`*)




