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不思議な落とし物

作者: 立涌丁字路

今回の作品は大学での落とし物についての話です。読んでいただければ幸いです。

 とある大学内の施設、ここでは単位の履修や就職活動の相談など、学生生活の支援を行っている。

 その施設内のカウンターの右奥には大学内での忘れ物や、落とし物が保管されているガラスのディスプレーがある。その中には紙の辞書や電子辞書、教科書、さらには弁当箱などがある。弁当箱については、「きちんと洗ってあります」とふたの上部に付箋紙が貼ってある。

 博隆はこの大学の職員で、学内のこの施設で働いている。事務作業を行うことが多いのだが、忘れ物や落とし物を担当する係でもある。先程の弁当箱も洗っているのは彼である。ディスプレー内の光景も博隆にとっては見慣れたものである。

 ある日のこと、博隆は用務員と一緒に講義がすべて終わった後の大きな階段教室にいた。忘れ物や落とし物がないかどうかを確認するためである。学生は誰もおらず、博隆は机の中や床などに忘れ物や落とし物がないかどうかを確認していた。

 博隆が部屋の半分程の机の中を見てから床を見ると、弁当箱が一個落ちていた。形は楕円形で、銀色で、アルミ製のようなものだった。見たところ、一度使ったようなものではなく、新品のようであった。

 用務員の人と相談して、彼はその落とし物があったということを施設に届けて、それをディスプレー中の空いているところに置いた。


 弁当箱の落とし物が見つかってから半年くらいたった。しかしその間、それを取りに来る人はいなかった。忘れ物や落とし物は半年の間、ディスプレーの中に保管されるが、それ以上たつと、学内の別の部屋に移される。

 その弁当箱も移されることになり、博隆は鍵を開けて、ディスプレーの中からそれを取り出そうとした。しかし手を滑らせて、落としてしまい、落とした勢いで、ふたが空いた。弁当箱は壊れなかったが、少し傷が付いてしまった。

「大丈夫ですか?」

 気付いた他の職員が、博隆のそばに行って声を掛けた。

「いえ、大丈夫です」

 彼はこう返した。

 職員が自分の机に戻る中、

 やっちゃったな―

 と博隆は自分のしたことを後悔した。

 しかし、

「あれ、何だろう?」

 腰をかがめて弁当箱を取ろうとしたところ、その中に小さな紙切れが折り畳まれていた。最初見つけた時には何も入っていなかったのだが。

 博隆はその紙切れと弁当箱を自分の机に持っていき、席に座ってからその紙切れを開けて、中に書いてあることを読んだ。

 紙切れには鉛筆のようなもので、次のようなことが書かれてあった。

「ひろくん、大学はどう? 勉強は大変だと思うけど、がんばってね。もう少しで卒業だけど、仕事もがんばってね。体には気をつけるんだよ」

 読み終えた博隆は、はっとした。もしかして、これは祖母からのメッセージなのではないか。

 祖母は博隆が大学を卒業する前に他界した。離れて暮らしていたが、子どもの時から博隆をかわいがり、「ひろくん」と呼んでいた。アルミ製の弁当箱は夫、つまり博隆の祖父からもらったもので、祖母が大事にしていたものだった。子どもの時に祖母の家で見たのを、博隆は思い出した。

 大学を卒業し、同大学の職員になって働いている自分の姿を、祖母は見たかったのではないかと博隆は思った。弁当箱が落ちていた階段教室は、自分が在籍していた心理学科での講義で使っていた所だ。そして、落ちていたのは、博隆が講義でよく座っていた場所だった。だから、祖母はこのような形でメッセージを送りたかったのではないか。

 弁当箱を見て、博隆は祖母との懐かしい日々を思い出した。かわいがってもらったが、時には厳しく教えられたこともあった。今、自分がこうして職員として働いているのも、祖母のおかげなのではないかと博隆は改めて思った。

「おばあちゃん、ありがとう」

 自分の机から立ち、窓から空を見上げて、自分の祖母に語りかけるようにこうつぶやいた。


 次の日、さらに不思議なことが起こった。博隆が付けた弁当箱の傷が消えていたのである。博隆は自分の机で首をかしげる。

 一体どういうことだ―

 そう思っていると、カウンターに博隆を呼ぶ若い女性の姿があった。博隆はその人の所へ向かって、応対する。

「あのすみません、楕円形の銀色をしたアルミ製の弁当箱を落としたのですけど、届いていませんか?」


 いかがでしたでしょうか。今回は落とし物は思い出を伝えるキーとなっていました。落とし物や忘れ物は完全になくなるということはありません。しかしだからこそ、人間社会の中で存在を忘れられた物たちが何かメッセージを伝えているのではないかと想像することができるのです。

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