序章
この世界には瘴気に溢れる迷宮がある。
かつて世界の9割を瘴気に犯した傍迷惑な自称「破滅の魔王」を封印した封印柱から数多の魔物が生まれ、
魔物が世に溢れる際に地上までの迷宮を作り出してしまったからである。
だが人類はしぶとかった。
迷宮の出入り口に防衛都市を築き上げて迷宮を探索する冒険者を集め、
迷宮から生成される魔力結晶や魔物の素材を買い取り武具を生産する一大ビジネスにしてしまったのである。
そして今、数多の冒険者が治安維持やら一攫千金やらを夢見て探索を続けている。
「おおおおおおおおおおおおお!」
・・・と、いつか自身で伝記書くときのネタを考えながら戦闘音と雄叫びで我に返る。
ここは迷宮の第十九階層。
多くの人間がおとぎ話でしか聞いたことのないようなドラゴンが闊歩するとんでもない難易度の階層だ。
数多の冒険者でもここまでたどり着けるのは3%もいるかどうかというような深層である。
「ゴアアアアアアアアアアアア!」
「おああああああああああああ!」
普段静かな深層だけあって魔物や冒険者の咆哮がよく響く。
全長数十メートル程の巨体に鋭い爪と大きな翼を持つ、通称ドラゴンと呼ばれる魔物と対峙している冒険者は4人。
装備をみる限り剣士、守護騎士、魔術師、法術師といった感じである。
パーティのバランスは良いが突出した実力を持っているメンバーは居ないようだ。
「くそっ!ダメだ通用しねえ!」
ドラゴンと対峙している剣士が叫ぶ。おそらくこの冒険者達は初めてこの階層に足を踏み入れたのだろう。
ドラゴンの硬い鱗に刃が通る対竜特攻の剣を持っていないらしい。
「もうちょっと!もうちょっとだから時間を稼いで!」
剣士のやや後ろで魔術師の女が半ば狂乱の声を上げる。迷宮から脱出できる帰還の魔術を構成している最中だ。
その魔術師の後ろには盾と鎧をベコベコにされて倒れている守護騎士と必死で治癒法術を施している法術師が居る。
・・・なるほど、初めて対峙したドラゴンの一撃でパーティの要である守護騎士が倒され、慌てて帰還しようとしているのか。
「ぐああああああヘブッ!」
ドラゴンの翼による薙ぎ払いで対峙していた剣士は剣をへし折られ、お約束のような叫びをあげて地面に叩きつけられる。
さらにドラゴンは、衝撃で動けない剣士の命を奪うべく絶命の一撃を繰り出そうとする。
剣士も、魔術師も、法術師も顔から血の気が引いていた。
こんな深層では死んでも救助隊は来てくれないという絶望か、
あるいは今まで順調だった迷宮冒険がここで終わるのかという絶望か、
その答えを知らぬままドラゴンは命を奪うべく剣士に爪を立てようとして
―プニョン
っと空間の途中で弾き飛ばされた。
剣士も、魔術師も、法術師も何が起こったのか分からないポカーンとした顔をしている。
ここぞとばかりに俺は物陰から出てきて一言。
「どうも迷宮の何でも屋です。何かお困りでしたらご用件を伺いますよ」