寒風と冬の女王
カーテンから姿を現した冬の女王。いよいよ交替が始まろうとしています・・・・
子熊と金風は、裏から塔の外に出ました。
扉の前で訴え続ける国民の声が聞こえてきます。
「これで、俺の臨時お務めも終了だ」
金風はほっと息を吐きました。
「西に戻る前に、君の家まで飛んで送るけど」
「ありがとう。
でも僕、自分で歩いて帰りたいんだ」
そう答える子熊の目は、キラキラ輝いていました。
「そうかい。
気を付けて帰るんだよ」
金風は優しい声で言いました。
その時、北の方から、東風と炎風が飛んできました。
「やぁ、東風。
どうやら、君の出番が来たようだね」
金風が言いました。
「うん、春の女王様も、僕を呼んでいる。
二人のおかげで、無事に春が始まりそうだよ。
子熊君もありがとう」
「そんな、僕は何もしてないよ」
子熊は照れくさそうにしました。
「炎風は早く南に戻って休んでね。
また君に会えるのを楽しみにしてるよ」
東風は炎風の方を見て言いました。
そして、ヒュンと控えのお城に向かいました。
「楽しみにしてる、かぁ」
炎風の口元が綻ぶのを、子熊はじっと見ていました。
それに気付いた炎風は、咳払いしました。
「さ、暑くなる前に、とっとと森に帰るんだ」
炎風は子熊の方を見ずに言いました。
「うん! 皆、ありがとう!
寒風さんにもよろしくね」
子熊は王都の出口に向かって元気よく走り出しました。
◇◆◇
東風は控えのお城の中に入りました。
部屋では、春の女王が塔に入る身支度をしていました。
侍女が結い上げた黄金色の髪から、甘い香りが漂います。
「ご苦労様でした。
貴方達のおかけで、夜明けには交替できそうです」
春の女王は穏やかに言いました。
「お待たせして申し訳ありません。
冬の女王様が扉を閉ざす理由が分かったのです。
それは・・・」
東風が話そうとすると、春の女王はスッと手を差し出しました。
「ありがとう、大丈夫です。
貴方もお務めが始まるまで、休んでおきなさい」
東風は「はいっ」と答えました。
◇◆◇
塔の中の階段を、冬の女王はゆっくりと降りました。
寒風は、彼女の傍にぴったりと寄り添います。
「母熊は生前、子熊のことをとても心配していました。
幼い息子を一人にはできないと、私に打ち明けてくれました。
子熊は臆病で、人見知りをする子でした。
彼女は、彼が一人前になるよう努力してきました。
友達を食事に招いたり、餌捕りの特訓をしたりです」
カツーン、カツーン。
氷に覆われた階段を降りる度に、冷たい音が塔内に響きます。
「王都に向かう前日、私は彼女が亡くなったことを知りました。
子熊は、血まみれになった彼女の傍から離れませんでした。
自分のせいだと、ひどく落ち込んでいました。
お務め前でなければ、一緒に洞窟にいてあげられたのですが。
私は母熊の身体を整え、子熊に言いました。
大丈夫、貴方のお母様は、ずっと傍にいるわ。
お母様は、ただ眠り続けているだけ、と・・・」
寒風は口元に笑みを浮かべました。
「女王様のおかげで、子熊は元気になりました。
彼はもう、臆病ではありません。一人前の熊です。
母熊も安心しているはずです」
「ですが、私は・・・」
女王は歩みを止めました。
階段が終わり、目の前には扉があります。
「多くの国民を長い間苦しめました。
塔の中では、森の様子が分からず、冬を維持することしかできませんでした。
ただただ申し訳ない限りです。
国民達も、今後私が塔に来ることを望んではいないでしょう」
寒風は、女王の手が震えていることに気付きました。
「確かに、国民達が苦労したことは事実です。
しかし、女王様のお気持ちを知れば、皆も分かってくれるでしょう」
「それはできません。
話せば、国民の怒りの矛先が、母子熊に向かいます!」
女王は、大きくはっきりした声で言いました。
「ですが、黙ったままでは、国民も納得しません。
正直に話すべきです」
寒風は、女王の震える手を両手で包むように握りました。
背丈は女王の方が高いです。
しかし、寒風は浮いているので、女王が少し見上げます。
「さぞ、お辛かったでしょう。
たとえ、国民が貴女に刃を向けようとも、僕が貴女をお守りします。
そして、必ず次の冬を廻らせます」
「寒風・・・」
「もっと早く気付いていれば。
塔に入れるのは僕だけ。
貴女は塔の中で苦しんでいたのに、僕はただ雪を降らせるばかりで。
本当に申し訳ありませんでした」
寒風は握る力をぎゅっと強めました。
「寒風。自分を責める必要はありません。
貴方は今年もきちんと務めを果たしてくれました。
寒風、ありがとう」
女王は片方の手を伸ばし、寒風の頬に触れました。
女王の指先はひんやりしていました。
ですが、寒風にとって、それはとても温かいものでした。
「扉を開きましょう」
冬の女王は、微笑みながら言いました。
次回、最終話です。挿し絵は、寒風です。