子熊の冒険
寒風の説得に応じない、冬の女王。困り果てた寒風は、ただ黙るしかなく・・・
王都、季節の塔。
外の吹雪は止みましたが、冬の女王は姿を見せません。
何枚も重なった白と青のカーテンの裾を、寒風は見つめました。
「女王様、申し訳ございませんでした。
せめて、どうすれば塔を出てくださるのか教えてください」
寒風はぎゅっと拳を握りしめました。
◇◆◇
女王と寒風の間に、沈黙が続きました。
すると、遠くから熱を持った空気が飛んでくるのを感じました。
寒風は窓を見ました。
ゴゴゴゴーーーー
空気の塊はぐんぐん塔に近付きました。
そして、使い用のガラスのない窓から部屋に入ってきました。
ゴロゴロと塊は転がり、壁にぶつかって止まりました。
「いてててて。
おい、子熊君、大丈夫かい?」
金風が片手で腰をさすりながら起き上がりました。
もう片方の腕で、子熊を抱いています。
「気持ち悪い・・・」
子熊は頭を揺らしていました。
「金風、子熊君、来てくれたんだ!」
寒風が呼びました。
カーテンから、ヒュッと冷たい風が吹きました。
女王が反応したのです。
「あちらにいらっしゃるのが女王様だよ。
子熊君、ご挨拶して」
金風が子熊を立たせました。
その後、寒風に近付き、部屋の中央を空けるよう促しました。
子熊は二本足で部屋の中央まで進みました。
体をポリポリ掻きながら、カーテンと向かい合いました。
「冬の女王様、こんばんは。
スノードロップの森の熊です。
冬の前に、お母さんに会いに来てくれてありがとうございました」
女王から返事はありません。
金風は小声で「続けて」と子熊に言いました。
「女王様のおかげで、僕はこの冬、ずっとお母さんと一緒にいられました。
本当にありがとうございました」
子熊は丸めていた背中をスッと伸ばしました。
晴れ晴れとした表情で真っ直ぐカーテンを見ています。
「お母さんが死んじゃって、とても悲しかったです。
でも僕は、冬の間お母さんと一緒に寝て、分かったんです。
お母さんはどんな時でも、ずっと僕の心の中にいるんだって」
子熊の目が潤んできました。
寒風は、彼が泣かないか心配になりました。
彼が泣けば、女王も困惑すると思ったからです。
寒風は子熊に声をかけようとしました。
ですが、金風が首を振って止めました。
「洞窟を出るのは、正直怖かったけど、全然怖くなかったです。
空を飛んで、ここに来ました。
凄く楽しかったです。
帰りは色んなところを見ながら帰りたいです。
森に着いたら、お母さんのお墓に行って、旅の話をしたいです。
お母さん、きっと喜ぶと思います。
女王様も村に戻ったら、お母さんに会いに来てください。
春になったら、お母さんを埋めるのが、おじさんとの約束です。
きっとおじさんは、素敵なお墓を作ってくれると思います」
子熊の毛並みがふわりと立ちました。
うっすら湯気が見えるようです。
「そうですね・・・」
カーテンの向こうから女王の声が聞こえました。
「それでは、雪を解かす必要がありますね。
お供えものが用意出来ませんもの」
寒風は大声を出しそうになりましたが、金風が止めてくれました。
カーテンが揺れ、女王が姿を現しました。
青白い光が、身体の内側から発せられているようです。
光輝く肌や真っ直ぐ伸びた髪は、銀の雪のようです。
白く柔らかい生地のドレスを纏い、女王は微笑んでいます。
その目元は、うっすら赤みを帯びていました。
子熊は女王の美しさに見とれてしまいました。
「子熊君、遠いところまで来てくれてありがとう。
もっと、おもてなししたいのですが、ここは季節の塔。
貴方が入ってはいけない場所です」
女王の言葉に、金風は困ったように、指先をいじりました。
「村に戻ったら、すぐに貴方のお母様のお墓へ行くわ。
だから、貴方は金風と一緒に、裏から塔を出なさい」
「分かりました!
お母さんと一緒に、僕の旅の話を聴いてくださいね!」
子熊の明るい声に、女王はにっこりと頷きました。
残り二話。無事に冬と春は交替できるのでしょうか・・・