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3階を過ぎた頃、嫌な気配を感じた。複数の唸り声があちこちから反響している。2階に差し掛かると、再び血生臭い空気が満ちてきた。
「グ……ガアァ……」
居る。ゾクリと総毛立つ程、強い力の塊が近付いて来ている。
狭い階段で戦うには短剣しか使えないし、もし挟み撃ちにされた場合、圧倒的に不利だ。1階の別館への通路前なら、幾分広い。何としても駆け下りて、体勢を整えなければ。
「なん……だ、これっ!」
1階は、見るも無惨な状況だった。廊下と部屋を隔てている筈の壁が破壊され、家具や日用品が散乱し、血肉が天井まで飛散している。そこに、3体の化け物がいた。2体が、1人の女性を貪り喰っているところだ。朱に染まった手足は全く動かず、バリボリと骨ごと噛み砕かれている音が響く。
「ヴ……グルル」
手前の1体が振り向き、俺達を捉えた。
「親方……」
顔の右半部が崩れたように潰れているが、化け物の元は、バリケードを一緒に築いたミルトン親方だ。右足を有らぬ方向に引きずっている。太股の先が折れているのだろう。
「ゥガァ……ァアァ」
裂けて歪んだ唇の間から、呻き声が漏れる。化け物になった後、感情が残るのか分からないけれど、彼が発する咆哮は、苦し気にも聞こえる。
ならば――俺が終わらせてやる。
短剣を収め、背中の剣を抜く。やはり、不思議と手に馴染みがいい。
「ウ、ウゥ……ガアァ」
間合いを詰め、一歩踏み込む。腰を落として、剣を振り抜く。シュッ、と切っ先がかするが、素早く身を引いた親方に避けられた。狙いは首、振り抜いた剣を返し、上から叩き斬る!
ゴシュッ……!
掴み掛かろうとした左腕ごと、ゴロリと首が落ちた。だが、その後ろに、女を喰っていた2体が迫っていた。
親方の身体を蹴って、1体にぶつけ、もう1体の左側に回り、斬りかかる。
化け物は、意外に俊敏に避け、腕を振り回す。エレイン様を抱えていなければ、もう少し動けるのだけれど――防戦一方になる。
「……グフゥゥ!」
背後から、生臭い息と共に威嚇するような唸り声が発せられた。視線を向けると、鎧を身に着けた大きな化け物が、2階から下りて、こちらへ向かって来るところだ。
「隊長……!」
階段で感じた強い力の気配は、この1体――かつてのエルマッハ隊長に間違いなかった。




