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指先と同じ、病的な程に真白な肌。皮膚の下に血肉があるだろうに、どうすればこんな透明感のある肌でいられるのだろう。
アーモンドアイ、というのだろうか。ややつり上がり気味のくっきりと美しい二重の下の瞳は、睫毛が長く、物憂げな印象だ。黒目がちだが青と黒の中間のような暗い紫色で、一度見たら忘れられない。ツンと高く細い鼻筋は、高貴なプライドを表しているようだ。薄い唇は血色が悪いのか、ルージュなのか、黒っぽく見える。
彼女は腰までの艶やかなストレートヘアを後頭部で1つに束ね、先程の白い服装ではなく、銀と朱色で網のような刺繍が施された漆黒のマントをまとっている。留め具にまで、細かな紋章が彫られていた。
「お父様、ご武運を」
別れの瞬間、彼女の瞳が揺らぐのが見えた。しかし、抱き付いた時のような弱々しさはなく、凛とした決意に満ちている。どちらが本来の彼女なのか――女性というのは、俺にはよく分からない。
「何を見てるの。行くわよ」
父親に向けたものとはまるで違う、冷めた眼差しが俺と射る。同時に、黒い革袋を投げて寄越した。受け取るとズシリと重い。急いで肩に担いでから、公爵達に一礼すると、オーク材の厚い扉を押し開けた。外は、まだ静かだ。
「エレイン様、こちらへ」
「分かってるわよ」
光の加減か、彼女の瞳がキラリと反射した。まるでアメジストみたいだ――刹那、足が止まった俺の横を、スタスタと通り過ぎたので、慌てて追い抜いた。
「先に行かないでください」
「うるさいわね。ぼうっと突っ立っているからでしょ」
言葉に、いちいちトゲがある。何かしら言い返したいところだが、身分も立場も違うから、グッとこらえるしかない。
レフトウィングを出て、センターボーンへ踏み込んだ途端、空気が変わった。階下から血生臭い風が漂ってくる。
月明かりが差し込み、廊下はぼんやりと明るい。チラリ見遣ると、エレイン様の表情が強張っていた。足音を殺しながら駆けていく。ライトウィングまで怪物共が侵入していないことを祈りつつ。
――ギャアアアア……!
そう遠くない背後から、断末魔の叫びが響いた。徐々に、喧騒が近づいてくるようだ。緊張と興奮で背筋がゾクゾクする。俺の中に眠っている狂気のたぎりが、刺激されている。まだだ――まだ、早い。サイクルは明日の晩だ。
「……獣め」
彼女が小さく吐き捨てた。それが俺に投げられた軽蔑であることは明確だ。
「エレイン様、俺は――」
ガシャン……!
口にしかけた言い訳を遮って、ガラス音が響いた。振り向くと、廊下の窓が破られ、侵入してくる影が見えた。ついに来た――!
「先へ!」
彼女を前方に送り、背中の剣に手を掛けたものの、思い直して護身用の短剣を抜く。武器を振り回すには、ここは狭い。
ガシャン! ガシャン!
次々に窓が破られていく。裏庭側まで化け物が達しているのだとすれば、恐らく階下は、もう……。
「ヴゥ……ガァア……」
白濁した焦点の合わない瞳が、俺を捕らえると、低く呻いた。頭から赤黒い血にまみれているが、顔付きには見覚えがある。多分、館の衛兵だったはずだ。
胸から腹にかけて、ザックリ深い傷が開いている。乱暴に裂かれた生々しい傷は、動物に喰い裂かれたみたいだ。
マーセル医師の手紙や、エルマッハ隊長の報告にあったように、やはり怪物に喰われたのだろう。
「……グ、グガァ……」
両腕をダラリと下げた、やや前屈みの姿勢で、一歩一歩近づいてくる。唸る度に、血の混じったよだれが垂れ、唇の間からは赤く染まった歯が覗く。
――バンッ!
すぐ横の窓に、新たな怪物の姿が見えた。両手で張り付き、今にも頭でガラスを割らんとしている。
タイミングを合わせて――。
ガシャ……グギャッ!
ガラスを突き破ってきた頭に、回し蹴りを食らわした。有らぬ方向に頭部が曲がり、更に仰け反った弾みでグラリと後ろに傾く。壁から手が外れ、そのまま宙を落ちていった。
しかし、間髪入れずに正面の怪物が迫る。短剣を逆手に持ち直すと、勢いよく首元目掛けて振り抜いた。スパッと頭部が離れて、ヤツの後方へ飛ぶ。一瞬、動きが止まり、血飛沫を上げながら、傾いた身体が奥へ倒れた。
「ヴィル!」
エレイン様の声に振り向くと、彼女が窓の外を指差している。どの窓にも、びっしりと異形と化した村人が張り付き、今まさに侵入せんとしている。キリがない。
「失礼します!」
「なっ……!?」
ダッシュすると、エレイン様の腰の辺りに左腕を回して抱え上げ、そのまま廊下を駆け抜ける。
すぐ背後で次々と窓ガラスが砕け、化け物共が侵入する音が轟いた。
ライトウィングに繋がる扉が見えた。あそこの4階は窓が小さい。人間の大きさでは潜り抜けることは出来まい。勿論、建物内を階下から上がって来たら、アウトだが――。
「ヴゴォォ……!」
猛スピードで迫りくる気配に、もう一度、対峙すべきか迷いを感じた時だった。
「止まらないで、走りなさい!――シルフィ!」
左肩に担いでいるエレイン様が、俺の背を痛いくらい強く叩いた後、両手をパチンと鳴らした。項の辺りでシュルリと風が舞い――。
ドオォ……ォォン!
「グェェ……!」
呻き声に重なって、化け物が吹き飛ぶ衝撃音が後方から聞こえた。と、同時にライトウィングの扉に手が掛かる。開けて、身体を滑らせて、すぐに閉じる。
ライトウィングには、静寂が残されていた。普段人通りの少ない籠った空気に、血の香りはない。
「エレイン様、貴女、魔術が」
弾む息のまま、問いかける。
「……黙って走りなさい」
気だるげで抑揚のない声が返る。抱えている彼女の身体も、脱力しているみたいだ。
間違いない。体験するのは初めてだけれど、さっきの化け物を吹き飛ばした爆風、あれは魔術の類いだ。
王国には、古くから魔道士と呼ばれる魔術使いが存在する。
魔道は、学んで会得出来るものではなく、生まれついて持つ能力だという。優れた能力を持つ者は、外見上は普通の人間と何ら変わりがないのだが、身体のどこかに印があるのだそうだ。
王都にある魔道庁では、一定のレベル以上の能力者を探し出していて、見つけると半ば強制的に連れ去り、一人前の魔道士に鍛え上げるのだと言われている。
まさか王族に、能力者――しかも、魔術を使いこなせる魔道士が居たなんて。
彼女が満月に必要とする荷物というのは、魔術に関わるものなのだろうか。だとすれば、親父は、彼女が魔道士だと知っていたのだろうか。
ライトウィングの突き当たりには、階段がある。これを1階まで下らなければ、北の塔がある別館には行けない。1階がどんな状況なのか分からないが、恐らくすんなり通過出来る望みは低い。
「エレイン様。これから下ります。しっかり掴まっていてください」
「……」
「え……?」
何か呟いたようだが、聞き取れなかった。聞き返したものの、応えはなかった。




