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階下では、衛兵の指揮の下、使用人と避難してきた村人を交えた多くの人々が、忙しなく働いていた。
屋内では籠城に備えた物の移動、屋外では怪物の侵入を防ぐための砦造りや窓の板張りが行われている。
前庭に出ると、辺りは薄暗く、塀の内側には、即席のタイマツが等間隔に灯されていた。見上げた空は、不穏な黒い雲に覆われ、人々の不安な気持ちをじりじりと弄ぶかのようだ。
「ジャレン! ちょうど良かった、あの丸太を木組みに刺してくれるか!」
見知った顔の衛兵の1人が、親父に向かって手を振っている。
「ああ。お安い御用だ」
高さ3m近くある、切り出されたばかりの大木を軽々抱え、土台として組まれた木柵を繋げるように、互いの隙間を潜らせて、巨大なバリケードを築いた。
近くの村人達から「おお!」という驚愕と歓喜の入り交じった声が上がる。
「ヴィル、2階を手伝ってくれ!」
大工のミルトンが窓枠に板を打ち付けている。俺は館の石壁に爪を立てて上ると、2階の窓枠を次々に塞いで行った。
「親方、上もやるのか?」
片腕で壁に張り付いたまま3階を示し、地上に目を向けるべく振り向いた時――上がる土埃が視界に入った。あれは――?
「いや……大丈夫だろう。降りて、裏口の補強に回ってくれ!」
まだかなり遠いが、時折赤い閃光が見える。銃を使っている……ということは。
「おい! ヴィル、どうした?!」
「ヤバい! こっちに向かって来てる!」
「――え?」
背中から総毛立つのを感じた。閃光は頻発し、土煙がみるみる広がり、地平線が横一杯蠢いている。一体、どれだけの規模なのか。しかも、段々と近づいて来ている。戦いが押されているのだ。
「だ、ダメだっ! 皆、中に入れぇっ!」
作業はまだ終わっていないが、とても間に合わない。
「ヴィル! お前は裏の人達を誘導しろ! ここは、最後に私が閉める!」
いつの間にか、親父がすぐ側にいた。外壁を上って、近づきつつある災禍を確認したようだ。命じられ、弾かれるようにそのまま壁を上り、4階の屋根を越える。中庭側は前庭より暗いが、作業をしている辺りだけ松明が見えた。壁を伝い降りるが、面倒になったので3階から飛び降りた。ザザーッと派手な音が立ち、枯葉が舞い上がった。
「な、なんだ、ヴィルか!」
「おいっ! もうそこまで怪物が来ている! 中に入ってくれ!」
俺の登場に腰を抜かさんばかりに驚いていた人々だったが、次の瞬間、我先にと裏口に駆けて行った。
レフトウィングを見上げると、4階の端の窓が明るい。公爵達が籠っているのだろう。
一息吐くと、再び壁を上った。屋根を越えると、館の正面の光景が飛び込んできた。
「嘘だろ……」
血生臭い風が、ここまで届く。もう1kmを切ったろうか。怪物の集団は目前まで迫っている。
「隊長」
怪物達の先頭で、狂ったように口から赤い飛沫を吹いて、それでも超人的な速さで駆けて来るのは、紛れもないエルマッハ隊長だ。
「ヴィル! 早く来い!」
すぐ下の4階の窓から、親父の上半身が覗いている。急ぎ滑り込むと、彼は真剣な瞳で俺を見た。
「エルマッハ隊長でさえ、奴等に取り込まれている。ここでの籠城も時間の問題だ」
「親父……」
「いいか、今夜中だ。私は、エレイン様のための荷物を塔の最上階に運んでおく。お前も、何としても彼女を無事に塔までお連れしろ」
親父は、既に何かを予感していて――しかも覚悟を決めているようだった。
「分かった」
「仮に、我が一族が絶えようとも、エレイン様をお守りするのだ。それがランスト公爵家への忠誠の証だ」
肩を痛いくらいに掴んでいた掌を一度外すと、親父は俺をギュッと抱き締めた。そんな仕草をみせたのは、あの時……8年前以来だ。戸惑う間に、彼は腕を解き、「行くぞ」と俺の背を叩いて部屋を出た。
エルマッハ元隊長が率いる化け物軍団が、未完成のバリケードを難なく破り、館内に避難した村人を襲い始めるまで、半時と持たなかった――。




