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ー6ー

 階下では、衛兵の指揮の下、使用人と避難してきた村人を交えた多くの人々が、忙しなく働いていた。

 屋内では籠城に備えた物の移動、屋外では怪物の侵入を防ぐための(バリケード)造りや窓の板張りが行われている。


 前庭に出ると、辺りは薄暗く、塀の内側には、即席のタイマツが等間隔に灯されていた。見上げた空は、不穏な黒い雲に覆われ、人々の不安な気持ちをじりじりと弄ぶかのようだ。


「ジャレン! ちょうど良かった、あの丸太を木組みに刺してくれるか!」


 見知った顔の衛兵の1人が、親父に向かって手を振っている。


「ああ。お安い御用だ」


 高さ3m近くある、切り出されたばかりの大木を軽々抱え、土台として組まれた木柵を繋げるように、互いの隙間を潜らせて、巨大なバリケードを築いた。

 近くの村人達から「おお!」という驚愕と歓喜の入り交じった声が上がる。


「ヴィル、2階を手伝ってくれ!」


 大工のミルトンが窓枠に板を打ち付けている。俺は館の石壁に爪を立てて上ると、2階の窓枠を次々に塞いで行った。


「親方、上もやるのか?」


 片腕で壁に張り付いたまま3階を示し、地上に目を向けるべく振り向いた時――上がる土埃が視界に入った。あれは――?


「いや……大丈夫だろう。降りて、裏口の補強に回ってくれ!」


 まだかなり遠いが、時折赤い閃光が見える。銃を使っている……ということは。


「おい! ヴィル、どうした?!」


「ヤバい! こっちに向かって来てる!」


「――え?」


 背中から総毛立つのを感じた。閃光は頻発し、土煙がみるみる広がり、地平線が横一杯蠢いている。一体、どれだけの規模なのか。しかも、段々と近づいて来ている。戦いが押されているのだ。


「だ、ダメだっ! 皆、中に入れぇっ!」


 作業はまだ終わっていないが、とても間に合わない。


「ヴィル! お前は裏の人達を誘導しろ! ここは、最後に私が閉める!」


 いつの間にか、親父がすぐ側にいた。外壁を上って、近づきつつある災禍を確認したようだ。命じられ、弾かれるようにそのまま壁を上り、4階の屋根を越える。中庭側は前庭より暗いが、作業をしている辺りだけ松明が見えた。壁を伝い降りるが、面倒になったので3階から飛び降りた。ザザーッと派手な音が立ち、枯葉が舞い上がった。


「な、なんだ、ヴィルか!」


「おいっ! もうそこまで怪物が来ている! 中に入ってくれ!」


 俺の登場に腰を抜かさんばかりに驚いていた人々だったが、次の瞬間、我先にと裏口に駆けて行った。


 レフトウィングを見上げると、4階の端の窓が明るい。公爵達が籠っているのだろう。


 一息吐くと、再び壁を上った。屋根を越えると、館の正面の光景が飛び込んできた。


「嘘だろ……」


 血生臭い風が、ここまで届く。もう1kmを切ったろうか。怪物の集団は目前まで迫っている。


「隊長」


 怪物達の先頭で、狂ったように口から赤い飛沫を吹いて、それでも超人的な速さで駆けて来るのは、紛れもないエルマッハ隊長だ。


「ヴィル! 早く来い!」


 すぐ下の4階の窓から、親父の上半身が覗いている。急ぎ滑り込むと、彼は真剣な瞳で俺を見た。


「エルマッハ隊長でさえ、奴等に取り込まれている。ここでの籠城も時間の問題だ」


「親父……」


「いいか、今夜中だ。私は、エレイン様のための荷物を塔の最上階に運んでおく。お前も、何としても彼女を無事に塔までお連れしろ」


 親父は、既に何かを予感していて――しかも覚悟を決めているようだった。


「分かった」


「仮に、我が一族が絶えようとも、エレイン様をお守りするのだ。それがランスト公爵家への忠誠の証だ」


 肩を痛いくらいに掴んでいた掌を一度外すと、親父は俺をギュッと抱き締めた。そんな仕草をみせたのは、あの時……8年前以来だ。戸惑う間に、彼は腕を解き、「行くぞ」と俺の背を叩いて部屋を出た。


 エルマッハ元隊長が率いる化け物軍団が、未完成のバリケードを難なく破り、館内に避難した村人を襲い始めるまで、半時と持たなかった――。




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