表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

ー5ー

 公爵の執務室を退室しようとした時――。


「公爵! 防衛線が突破されました!」


 乱暴にノックもせず、デサロが、血相を変えて駆け込んで来た。俺達は、慌てて壁際に飛び退いた。


「何っ?!」


「東の橋脚の陰から……死角を利用して、川岸の手薄な場所を破られたそうです!」


「何人――いや、何体が侵入したのか、把握出来ているのか?!」


 公爵が、防衛線を川の内側まで下げるよう指示を出したのは、自然境界として有効だと判断したためだろう。皮肉にも、その境界が突破された。流石に公爵の表情に、焦りの色が浮かんだ。


「目撃情報では3体ですが……パニックに乗じて、続々と侵入しているとの情報もあり……エルマッハ隊長が現場に向かっていますが……」


 情報が錯綜しているに違いない。


「公爵、残った戦力を館の周辺に配置すべきです!」


 一息吐くと、デサロは進言というには強い口調で、決断を迫るかのように訴えた。


「それは、村人を見捨てろ、という意味か!」


 広げたままの地図の上からテーブルを叩き、公爵は激昂した。


「何を守るべきか……優先順位を決める時です」


 デサロも引かない。計算高いアイスブルーの双眸は、喩え下々の命が犠牲になろうとも、主君が助かる道を第一に考えているのだ。

 忠誠心は疑うべくもない。だからこそ、公爵は苦い表情で俯いた。グシャリと地図を握った拳が、小刻みに震えている。


「脱出の機を逸した以上、もはやデサロの策に従うしかありません」


 カツカツと靴音を響かせて、開いたままの扉からコーネンも戻ってきた。眉間に深く苦悩を刻んでいるが、外見上は冷静だ。恐らく腹を括ったのだろう。


「……コーネン」


「籠城の準備をさせております。公爵、一縷の希望(のぞみ)に賭けましょう」


 一気に疲労の色を濃くした主を励ますかのように、執事は力強く諭した。


「屋敷の空き部屋を開放してくれ。女、子どもを優先に入れて、窓やドアを塞ぎ、塀の内側にバリケードを……」


「分かってます」


 それでも領主としての責任なのか、必至に指示を絞り出そうとするのだが、コーネンに遮られた。


「既に指示は出しております。公爵は、エレイン様とレフトウィングに退避なさってください」


 コの字型に構えた館は、執務室がある中央部分(センターボーン)、公爵達の居住空間がある左翼部分(レフトウィング)、そして使用人達が暮らす右翼部分(ライトウィング)から成り立っている。因みに、俺達の別館は、血塗られた鉤爪(ブラッディタロン)という別称がある。


 項垂れた公爵の背を抱えるように支え、コーネンは鋭くこちらを一瞥した。


『分かってるな?』


 そんな声が聞こえたような気がした。隣で、親父が頭を下げた。訳が分からないまま、俺も腰を折る。

 デサロと3人、彼らがレフトウィングに引き上げて行くまで爪先を見詰めた。


「下の作業を手伝うぞ」


 完全に足音が消えてから、親父は顔を上げ、俺の背を叩いた。

 闇に紛れて館を離れるまで、まだ間がある。人並み外れた馬鹿力の俺達は、土木作業では大いに役立つ筈だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ