表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

ー4ー

 夕方になって、緊急会議が開かれた。ランスト公の執務室には、秘書や執事ら側近に加え、俺達父子も呼ばれた。


「……酷い有り様です」


 半日前とは別人のように焦燥仕切った表情で、エルマッハ隊長は項垂れた。公爵に失礼のないよう拭き取られているが、脱ぐ間を惜しんで身に付けたままの鎧には、節々に泥や血痕がこびりついている。


「生存者の救出と並行して化け物を駆逐していますが……村は壊滅的です」


 テーブルに広げた村の地図に、ランスト公爵の館がある東南地区の境界線が赤くなぞられている。これが防衛の最前線なのだ。


「化け物どもは、とにかく身体の一部に喰らい付きます。かといって喰い尽くす訳ではありません」


 静まり返った室内に、隊長の報告が響く。


「化け物の目的は、仲間を増やすことなのか?」


 プラチナブロンドを綺麗に撫で付けた、秘書のデサロが鋭い眼差しを向ける。


「……分かりません。何せ会話が成り立ちませんから。とにかく人間を見つけると、見境なく襲ってくるのです」


「最前線は、いつまで持ちこたえそうだ?」


「とにかく、一発必中で仕留めていますが……問題は夜です。鎧で身を固めた見張りを配置していますが……防ぎ切れるか……」


 歯切れが悪いのも頷ける。通常の人間相手とは勝手が違う。ひと噛みが致命傷になるのだ。暗闇に紛れて侵入されれば、喩え1体でもパニックは必至だ。


「問題は……まだあります」


 エルマッハ隊長は、沈痛に染まった瞳で、改めて一同を見渡した。


「敵は、異形に変化したとはいえ、元は既知の村人です。兵の中には、身内の首を跳ね、精神的に限界の者もおります」


 それが軍人の使命というには、余りにも過酷だ。万一助かるのであれば、元に戻す方法さえあるのなら――やるせない思いを抱えながら、己の太刀で命を断たねばならないのだ。


「公爵」


 沈黙を破ったのは、執事のコーネンだ。長らく公爵家に仕えてきた貴族の出で、公爵以外に俺達の事情を知る唯一の存在だ。


本家(・・)に使いを走らせていますが、この分では応援は望めないでしょう」


 元々ランスト公爵家とは遠縁にあるそうで、コーネン執事は言いにくいことでもズバリと言って退ける。


「脱出のご決断を」


「それはならん」


 結論が読めたらしく、双方の声が重なった。


「斯様な辺境の地に隔離されたとはいえ、王家の一端という誇りはある」


「左様な誇りなど、本家には意味の無いこと。今は一先ず、この地を離れ、形勢を建て直しましょう」


「村の外が安全だという保証はあるのか?」


 唐突にデサロが口を挟む。張り詰めた空気に水を注した格好だ。


「保証!」


 ハッ、と嘲る調子で言い放ち、コーネン執事は、机越しの向かいに立つ20歳は年下の若造を一瞥した。


「エルマッハ隊長」


「……は」


「宵まで数時間ある。村境を抜けるまで、持ちこたえられるか?」


 デサロを睨んだまま、コーネンは隊長に水を向ける。


「それは……」


「私は館を離れん」


 口ごもる隊長の返事を待たずに、ランスト公爵が結論を繰り返した。


「明日は満月だ。エレインを置いていけというのか?」


 これには、沈黙が返った。エレイン・ド・ランスト公爵令嬢――齢15になるという一人娘は、身体が弱く、普段から人前に姿を現すことは希だ。ランスト公爵家の女性は、美しいが短命だと聞く。公爵の姉上も、俺が5歳の頃亡くなった。色白に黒髪で、大きな瞳の美しい女性だった。高貴な公爵家が、王都を遠く離れた辺境の地に封じられているのも、彼女らの体質に合っているという理由らしい。


「村人を集め、周りを兵で固めよ。防衛線は、館を中心に――川の内側まで狭め、バリケードを巡らせるのだ!」


 ランスト公爵が決断する。もはや、反論は上がらなかった。

 隊長を先頭に、最善を尽くすために側近達も慌ただしく退室した。


「……ジャレン」


「はい。今夜発ちます」


「すまない」


「いいえ。今こそ、長年の恩義に報いる機会です」


 親父は毅然とした眼差しで公爵を見詰め、一礼した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ