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ー3ー

 ランスト公爵の館には、強固な石造りの別館がある。地下牢と高い塔を持つ、一風変わった建物は、かつて戦火激しかった時代の遺物だそうだ。小さな明かり取りの窓には、ご丁寧に鉄格子が嵌められ、近寄りがたく陰鬱とした雰囲気を漂わせている。別館といっても完全な離れではなく、本館の北東部分と幅の狭い廊下で繋がっている。これは万一地下牢から囚人が脱出した時、挟み撃ちにするための非情な設計なのだそうだ。

 別館の1階、かつて看守が詰めていた空間が、親父と俺の生活の場だ。現在、地下牢に囚人はいないが、ペケルが運び込む荷物(・・)の保管所として機能している。


「親父、さっきの話だけど……」


 住まいに戻ると、親父は無言で台所に向かい、黙々とウサギ肉のソテーを作り始めた。

 料理に専念するのは、何か考えに集中したいというサインだ。こうなっては、出来上がるまで話しかけても無駄だ。


「チーズを取ってくれ」


「はい」


「食器を並べて」


「はい」


 少しでも早く聞きたいことがある俺は、素直に従う。棚から取り出した皿をテーブルに配置する。


「赤ワインを……それじゃない。右の――ああ、それだ」


 淡々と指示を出していた親父は、大きな鉄鍋を片手で持ち上げると、軽々と振り、中の肉を返した。焼けた脂の美味そうな匂いが室内に広がる。


 小一時間程で、テーブルの上には、表面にこんがり焼き色の付いたウサギのソテーと、たっぷりチーズの絡んだオムレツが並ぶ。椅子に腰を下ろすと、親父はワインをなみなみと注いだ。


「ランスト公に」


 神を持たない我が家では、糧への感謝の祈りを公爵へ捧げる。声を揃えて唱えると、食事が始まった。


「ヴィル、そろそろ誕生日だな」


 しばらくの間、言葉もなく肉にかぶり付いていたが、ふと親父の問いかけに瞳を上げた。彼はワイングラスを緩やかに回しながら、俺を眺めている。


「再来月だ」


 覚える気が無いのか――元々覚えていないのだろう――親父は3ヶ月に一度は、俺の誕生日を確認する。


「そうか。幾つになる?」


「17」


 誕生日を覚えない親父が、息子の年齢を知る筈もない。俺はグラスに半分ほど残っていたワインをガブリと飲み干した。


「ふむ。どうだ? 髭は生えてきたか」


「うーん……無いことはないけど」


「見せてみろ」


 促されるまま、天井を仰いで顎を突き出す。親父の大きな掌が伸びてきて、固い指先が喉から顎にかけて撫で回す。くすぐったさに背筋がざわついた。


「この程度じゃ、まだだな」


 誕生日の確認とセットのやり取り。そして今回も、俺は落胆する。


「特別に許可してくれよ。村の――公爵様の大変な時だろ、俺も役立ちたいよ」


「ダメだ。反って迷惑になる。ディルのことを忘れたのか」


 親父は穏やかに諭すが、眼差しは反論を許さない。忘れるものか――8年前の悲劇を。


「分かってるよ」


 引くしかなかった。俺も辛いが、あの時の出来事は、親父の方が辛いはずだから。


「ヴィル。この大変な時だから、言っておく」


 グラスをクイと空け、彼は真っ直ぐにこちらを見据えた。


「この化け物騒動が収束しなくても、私は今夜、代替品の捕獲に行く」


「今夜? それなら、俺もっ!」


「ダメだ。お前は、まだ半人前(こども)だ。足手まといになる」


 身を乗り出した俺を、冷静に切り捨てた。親父が真剣なのは、失敗が許されないからだ。代わりの品が何を意味するのか、俺にも大体は分かっている。けれども、何故必要としているのか、その理由は分からない。しかも、納品(・・)には期限がある。遅くても明後日の夜明けまでには、絶対に運び込まなければならないのだ。


「明日の夜は、お前1人だ。いつも通り……出来るな?」


「大丈夫。鍵を首輪に着けておけば、いいんだろ」


 わざと事も無げに――虚勢を張ってみせた。


「ああ。だが今回は、もし引きちぎって遠くに飛ばしても、誰も拾ってくれないんだからな」


 空のグラスにワインを注ぐと、親父は口の端に皮肉めいた笑いを浮かべた。


「分かってるよ」


 分かっていても、そうしないという自信はない。首輪と手枷・足枷を嵌めて、壁に固定した鎖に繋ぐのだが――翌朝我に返ると、鎖には必ず数ヶ所、破損がある。

 成人(おとな)になるまでのあと数ヶ月か……数年間、年々強くなる馬鹿力に、地下牢の拘束施設がいつまで耐えられるのか。我がことながら、溜め息が漏れる。


「いいな? 私に、もしものことがあったら――お前が、ランスト公をお守りするんだぞ」


「ああ」


 しつこいくらいに念を押すのは、親父自身不安だからに違いない。


 化け物は村の外でペケルを襲った。つまり、村の外には、既に一定数の仲間がいると見ていい。そいつらが、いつ村の中に雪崩れ込んで来ないとも限らないのだ。

 この危機的な状況は、一体どのくらいの規模で発生しているのだろう。そして、発生源はどこなのだろう。


 エルマッハ隊長が如何に勇猛果敢な軍人とはいえ、たかが王国の辺境の衛兵隊のみで、果たして不死の化け物の群れを駆逐できるのだろうか――。




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