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ー18ー

「……ヴィル」


 エレイン様の呼び掛けに、耳がピクンと反応する。感覚が研ぎ澄まされたからだろうか、背中の疼きがピリッと強くなる。その刺激は、過剰な熱を奪い、水面の波紋を鎮めるように、俺の中に冷静な意識を甦らせた。


「ヴィルヘルム!」


「ガァ……あ――はいっ」


 人語が戻る。不思議だ。いつもなら狂気に巻かれ、翌朝まで喋れない筈なのに。


「変化は、済んだようね」


「エレイン様……どうして、俺」


「私を傷付けなかったでしょう?」


 勝ち誇ったような得意気な眼差しが、俺を見下ろす。彼女は白竜に変化し(かわっ)たが、一方の俺は、栗毛色の毛並みに覆われた人狼に変化し(なっ)た。


 人狼(ワーウルフ)、または半狼(ハーフウルフ)とも呼ばれる俺の一族は、満月光で獣化する。全身深い体毛に覆われ、胸元には襟巻きのような長毛と、豊かな尾が生える。鋭い牙や鉤爪が伸び、金色の獣の瞳に変わる。顔付きも変化するが、骨格が狼に取って代わることはない。身体能力は飛躍的に高まっても、身体の造りは人間のままなのだ。


 人狼の一族は、かつては王国北部の山岳地帯に、幾つかの大群を成していたそうだ。しかし、100年前の戦乱によって、散々になってしまった。今では、王国のどこかで、数家族がひっそり身を潜めて暮らしていると聞く。俺達も、そんな家族の1つだった。


「さぁ、ここから脱出するわよ!」


 そう言うと、エレイン様はブンと長い尾を振り、部屋の石壁をなぎ払う。


「わっ!?」


 竜という生き物の性質だろうか。彼女の大胆な振る舞いに、驚いて床に伏せた。

 ガラガラと派手な音を立て、塔の屋根が地上に落ちていった。


 丸い月が、天空の全体を金色に染めている。降り注ぐ甘やかな光に、活力がみなぎってきた。立ち上がり、ブルッと身体を震わせる。

 エレイン様は畳んでいた背鰭をピンと立てると、続けて大きな黒い翼を広げた。彼女は、翼竜だった。


「そうか――公爵家の紋章だ」


 今更ながら腑に落ちて、呟く。彼女は伸ばした首を曲げると、悲し気な眼差しを向けた。


「そう。呪われた翼竜の血統だわ」


「呪われた?」


「満月に変化することは止められない。けれども、この身体を維持するためには、乙女の活き肝を喰わねばならない……」


 テーブルの下にあった布袋を思い出す。あの中身は、人間――しかも汚れなき乙女か。それこそが、ペケルが毎月運び込んでいた「エレイン様の荷物」の正体だったのだ。


「これからは、お前に調達してもらうことになるわ。いいわね、ヴィル?」


「分かりました」


 断る選択肢など、俺には無い。俺が狼に変化する一族に生まれたように、彼女もまた宿命づけ(さだめ)られて生まれてきたのだろう。

 自らを「呪われた」と悲し気に語った紫の瞳には、魂の気高さが映し出されている。だから、迷わず忠誠を捧げられる。


「発つわよ。私の背にお乗りなさい」


「はい、失礼します!」


 剣を背負い、黒革の袋を抱えると、彼女の背に飛び乗った。ちょうど翼の付け根辺りだけ背鰭が途切れ、身体を置くことが出来た。

 夜風がサアッと吹き抜け、思わず目を細めた。髭や体毛がそよいで心地好い。


「しっかり捕まって!」


 エレイン様はグンと首を伸ばすと、ゆっくりと翼を動かした。フワリ、羽が舞うかの如く、静かに身体が持ち上がり――あっという間に月が大きくなった。


 彼女は、一度旋回した。遥か下界に遠ざかる館へ、惜別するかのように。

 それから、月を左に見ながら南へ向かう。王都へ――この平和な辺境の村を襲った化け物を根絶やしにするために、俺達は旅立った。


【了】


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