ー15ー
『グゥ……ゥガアァ……!』
咆哮が大きく響く。苦しみに悶えているのか、快楽に高揚しているのか――両方なのか、分からない。
鉤爪の生えた血塗れの俺の手が、プラチナブロンドの男の肩を掴み、恐怖する彼の喉を裂く。悲鳴を上げているようだが、声は聞こえない。崩れる男は、デサロ秘書だ。
鮮血を滴らせた俺の手は、次にコーエン執事を切り裂いた。その向こうには、猟銃を構えたランスト公爵の姿がある。公爵の銃口が火を吹く。視界にバッと血飛沫が広がる。俺は撃たれたらしいが、痛みはない。映像を眺めるように、まるで感覚が麻痺している。更に火を吹き、血肉が飛ぶ。それでも俺の腕が伸び、猟銃を払いのけると、公爵の頭を掴み、そのまま胴体から引き千切った。
首の骨も筋肉も剥き出しになり、噴水のように血が吹き上がる。視界が深紅に染まる。禍々しく赤く、何も見えない――。
ー*ー*ー*ー
「……グゥ……ゥガアァ……」
化け物の唸り声がする。俺の――声ではない。
「――っつ!」
ズキンと頭痛が襲い、思わず呻いた。ここは……どこだ? 血生臭さが漂い、掌が触れる感触は冷たく硬い。ぼんやり視力が戻る。薄暗い――夜目の利く俺の眼がすぐに反応し、周囲の状況が見えてきた。俺は、石段の途中に倒れていたようだ。ここは、北の塔か。
「俺――何で」
思い出した。子どもの化け物に噛まれて、地下室に行く途中だった筈だ。
両手を見るが、デサロや公爵の血に汚れちゃいない。あれは、夢か……。
ホッと一息吐いて、身体を起こす。噛まれた左腿辺りでは、ズボンを染めた血が固まっている。でも――。
「化け物じゃ……ねぇよな」
呟きは、人の言葉。どうして、変わらずに済んだのだろう。親父ですら、化け物になったのに。
ゆっくりと立ち上がる。少しふらついたが、これは戦った疲労のせいだ。足の傷は塞がっている。
「――ガアァ……グルル……」
地響きのような化け物の唸りが聞こえる。まだ遠くだ。通路の辺りかもしれない。
――エレイン様。
今、何時だろう。夜か朝かも分からない。化け物から身を守って、倒れていたっけ。大丈夫なんだろうか、どうしているんだろう。
迷ったが、石段を上る。全身が重いけれど、今から改めて化け物に変わるとは思えない。だったら、当初の使命を全うするまでだ。
――コンコン
「エレイン様、俺――ヴィルです」
扉の向こうは静かだ。もう一度、ノックしようと手を構えた時。
「……お入りなさい」
金属にも似た澄んだ音が空気を震わす。エレイン様の声とは違うけれど、雰囲気が彼女だと告げている。
「失礼します――あっ……ええっ!」
飴色の円やかな明かりが差し込む部屋の中、純白の竜が鎌首をもたげ、こちらを振り向いた。