ー14ー
短剣を手に、石段を駆け上がる。身体のあちこちが軋むが、そんなこと気にしていられない。
「ヴ……グアァ……」
前方に村人の姿が見えた。近づく俺の足音に立ち止まり、振り向こうとした首をすかさず切り落とす。こちらへ倒れてきた化け物の死体を飛び越え、先を急いだ。背後からの攻撃は有効で、4階まで上り切る間に、更に1体を難なく斬り倒した。
「エレイン様っ!」
扉を開けると、真っ青な光が溢れ出た。部屋の中央に赤い服の少女が1人立っている。やや前屈みで、肩から背中までザックリとブラウスが切り裂かれ、鮮血に染まっている。
少女の化け物が進もうとする部屋の奥には、エレイン様が対峙していた。テーブルの前に立ち、突き出した両手から深蒼の光が放たれている。光は床から天井までスクリーンとなり、化け物が中央より先に踏み込むのを防いでいる。
「俺が相手だ、来いっ!」
呼び掛けると、幼い化け物は、ゆっくりと振り向いた。顔も額が裂け、片目が潰れている。
「グ、ググゥ……」
呻くと、口をニパァと開き、鋭い歯を剥いた。次の瞬間、シュッと空を切って、猫のように素早く飛びかかってきた。
「くっ……!」
咄嗟に短剣を振り抜いたが、俺の脇を抜けて階段を下っていった。部屋の外に出たので、急ぎ扉を閉め、化け物を追う。
隠れる場所などほぼ無い筈なのに、追えども化け物の姿がない。上がってきたばかりの石段を、慎重に下る。
――シュッ!
「うわっ?!」
動体視力は、かなり良い方と自負するが、それを凌ぐ早さで向かってきた。カッと片目を見開き、歯を剥いている。
狭い通路で身を捩る。脇腹を掠めて通過するも、数段上に着地すると、すぐに折り返し降ってきた。
短剣で払うように切り付ける。石段にパッと鮮血が散った。
「ぐ……っ!」
化け物の腹が切れ、内臓がドロリと流れ出した。しかし、髪を振り乱した頭部が、俺の左腿に食らい付いている――鋭い痛みがビリリと広がる。ヤバい、噛まれた!
焦りと恐怖に貫かれながら、まずは首を叩き切る。食い付いたままの頭を取り外す。太股からジワリ、俺の血が滲んだ。
「俺も――変わるのか……?」
声が震える。親父が身を呈してくれたのに、その遺志に応えられなかった。それどころか、俺が化け物になれば、きっとエレイン様を襲ってしまう。それだけは、絶対駄目だ。
まだ自分自身を保っていられる内に、塔の最上部に戻る。
「……エレイン様」
部屋の扉を開ける。先刻光を放っていた場所で、彼女は崩れていた。迷ったが、抱え上げ、ベッドに横たえる。
「――ヴィル、か」
薄く目を開くも、動けずにいる。先程の光――多分、防御の結界――で力尽きたのだろう。月光に照らされた彼女の肌は、酷く蒼白い。
「お守り出来ず、すみません」
俺は、深く頭を下げる。
「……よい。回復したら……終わらせる」
静かな低い声。責めない心遣いに、直立する。
「すみません。俺、ここで、お別れです」
紫の瞳がジッと見詰める。俺は、背中の剣を下ろし、ベッドサイドの床に置いた。
「さっきの化け物に噛まれました。これから地下室に行って、手足を拘束します」
「ヴィル……」
エレイン様の眉間に、細くシワが寄る。怒りなのか失望なのか、感情は分からない。
「最後まで、お守り出来ず、すみません」
もう一度、頭を下げると、俺は部屋を出た。ぐずぐずしていると、拘束する前に化け物に変わり、エレイン様を襲ってしまう。
しっかりと扉を閉め、石段を下りていく。急ぎ駆けたいが、噛まれた左足が熱を持ち、ゆっくり毒が広がるように痺れて、言うことを利かない。小さな化け物の死体を越え、3階と2階の間辺りに差し掛かった時、ズキンと背中が痛み、同時に強い目眩に襲われた。まずい、まだ早い。
「……ここじゃ、駄目、だ――」
呟きが遠ざかり、目の前が暗くなる。身体から力が抜け、動けなくなった。駄目だ。地下室に、行か、な、く、ちゃ――。